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あたしとナル、瑞希先輩の三人は、リンさんを見送って、ベースに戻って来た。
「えー?あの席と陸上部に共通することねぇ……」
丁度良く、ぼーさんに会いに来たタカと鉢合わせて、ナルが早速話を訊いている。
ぼーさんのバンドの追っかけをするくらいお熱なのは分かるけどさー。毎日会いたいなんて、タカってばあたしより恋する乙女じゃーん。
あたしは、絶対零度のナルに毎日会いたい…とは思わないもん。あれ?あたしナルが好き…なんだよね?あたしってば恋する相手に割と淡泊なのかも。
「最初にあの席に座っていたのは?」
「んー。一学期は……忘れちゃったなあ。二学期になってからは、村上さんっていう子」
「いつからいつまでの期間?」
「えーっと、最初の席替えが九月半ばで……うちの学校、毎月十五日に席替えするのね、だから……夏休み挟んで、七月十五日から九月十四日までかな」
あたしの瑞希先輩の眼下で、ナルによる質問大会が始まった。
「彼女は事故にあったんだね?いつ?」
「んー席替えの二、三日前かな」
「…犯人は、七月十五日から、九月十一日、二日の間に机にヒトガタを仕掛けたわけだ」
「ヒトガタ?なんじゃそりゃ」と、疑問を顔に乗せているタカに、心の中で大きく頷く。
そうだよね…何の説明もなしに、訊かれても意味わかんないよねー。先輩はあたしの横でおとなーしく耳を傾けていた。
「事故が起こり始めたのが、九月半ばだから、村山さんの前の人間は関係ないだろう。彼女はこの間に犯人の恨みを買うような事をしてしまったわけだ」
「恨み…」
犯人、恨み――まるで人が生徒達を呪っている前提で話を進めるナルに、タカの表情がまさかと歪んだ。
「恨みを抱くぐらいだ。犯人は顔だけにしろ村山さんを知っているはず――…ということはクラスの担当ではない。教師や他の学年の生徒は除外できる」
「んなことないよ。連絡とかで知らない先生来るし、部活の事で他学年の人来るし、村山さんのことだって……」
「どうしたの?」
途中で言葉を切ったタカに、小首を傾げる。
瑞希先輩もナルも、何かを思い出すように口に手を当てたタカを見つめて。全員の視線をタカは集めた。
「…うん、あの……カサイ・パニックの時にね、あたし達何度か笠井さんを教室に引っ張り込んで、スプーン曲げを見せてもらってたんだけど、そんときに村山さんが――…」
「いい加減にしてくんない?いつまでもギャーギャーうるさいのよ!超能力だってほんとバッカじゃない?」「――って言ってた。それだけじゃなくて。産砂先生にも文句言ってたって……」
「超能力に否定的だったわけか」
「あ!そー言えば、陸上部もどっちかってーと否定的だよ。顧問の先生がそーゆーの信じないタイプでね、そのせいか部全体がそうだって」
〈その顧問の名前は?〉
「宗城先生」
――あ…その名前聞き覚えがある。
車のミラーに女の霊が見えるとかって相談して来た先生だ。瑞希先輩のそうと頷く声が耳に届いた。
「笠井さんのクラスってもと陸上部が多くて、随分いじめられてたみたいだよ」
〈虐め…〉
「麻衣、佐藤さん、……これが原因?犯人は笠井さんなの?」
不安そうな、それでいて信じたくないと意思のある瞳をしたタカに、瑞希先輩が、〈まだ分からないわ〉と答えていた。
あたしもタカも先輩も、笠井さんが犯人だって思いたくないんだ。しんみりとした空気が三人の間に流れた。
□■□■□■□
「高橋さんの言っていた反笠井派の人間は、全員被害に遭っている」
被害を訴えて来た人達の名前が載ってる名簿を眺めていたナルが、やっと声を発した。
「これで、笠井さんが犯人である可能性が高くなったな」
「なっ……」
「呪詛というのは、誰がやっても成功するわけじゃない。予め素養がないと」
「…超能力があるとか?」
分かりたくはないけど、ナルの言っている事は正しくて。
素人よりも素養がある人が呪った方が、格段に確率が上がるかもしれないけどさ。素人にだって出来るでしょーよ。
「そう。本格的な修行をしたことがあるとか――…、」
「……?どうしたの?」
「…いや……」
ナルが瑞希先輩を一瞥したのに、先輩は窓の外に視線を遣っていて、あたしにナルは言葉を濁した。
――なんなんだ?一体…。
ナルは先輩に何か訊きたかったんじゃないのか?あたしがいるから訊けない…とか?ってそれってやっぱり笠井さんが犯人ってこと!?ありえん。
「それにしても何故僕や瑞希にまで呪詛が?」
「!そりゃ、ナルが邪魔だからじゃない?事件を解決に来たんだもん」
〈……〉
「犯人が“邪魔者は消せ!”っと」
「だったら僕等全員にかけるべきだろう」
「そっか」
瑞希先輩も、ナルの疑問に小首を傾げていて。
あたしは、二人の悩む姿を見ながら、悶々と考えを巡らせて――…ピンッと閃いた。そうだよ!
「そーだ!呪詛って陰陽道なんだよね?ってことは、陰陽師は呪詛を破れるんじゃない?だからだよ!」
〈??〉
「…日本語を話せ」
「だーかーらー!ナルは陰陽師でしょ?特に邪魔ってわけで」
あたしが、指をさしてビシッと決めた先で、ナルと瑞希先輩が顔を見合わせていた。何ぞ。
そんな反応が返ってくるとは思ってなくて、あたしも小首を傾げる。
「…ちょっと待て」と、ナルの低い声が放たれて、どきーんと心臓が跳ねた。
「僕がなんだって?」
「陰陽師」
「なんでそうなるんだ」
――てん、てん、てん、まるっと。
ついでに眼も丸を描いた。
「…ちがうの?」
「違う」
「だっ」
〈だ?〉
「だってこないだの事件のとき、ヒトガタ使ってたじゃない!陰陽師じゃないと出来ないことだってぼーさんが…」
「あれを作ったのは、リンだ」
――え。
「…え?…アレ?じゃあリンさん…が、陰陽師……?」
「そんなものだな」
「そんな誤解を犯人がするはずがない。…仮に僕がそうであっても知る方法があるとは思えないし……瑞希が襲われた理由にもならない」
〈あ。私が襲われたのには、多分心当たりあるかな〉
ナルが瑞希の言葉に、なんだと口を開こうとしたが、次に放たれた麻衣の言葉に思考がそちらに流れた。
「――あたし…言っちゃった」
〈ん、なにを?〉
「ナルが陰陽師だって。…笠井さんに……」
がく〜っと机に項垂れて。
再びナルと瑞希先輩が、お互いの顔に視線を走らせた。二人とも意味深に頷いている。
「と、いうことは――…、」
「笠井さんが犯人の可能性がまた高くなったってことだよね」
「でも……例えばだけど、自分でも知らない内に、無意識とかで呪詛を行うなんてことは……」
「ありえないだろうな。特に厭魅では」
〈うん。ないでしょうね。呪ってやるって気力がいるはずだから、無意識ではありえないわ〉
ナルが否定の言葉を吐いて、瑞希先輩が悲しそうに眉を八の字に下げた。
二人の中で笠井さんが犯人の線が濃くなったのを感じて、あたしはなんだか悲しくなった。
「…じゃあ、やっぱり笠井さんは犯人じゃないよ。そんなことする人じゃないって思うもん」
「…いいだろう。もう一度だけ麻衣を信用してみよう――ただし、次に彼女が犯人だと暗示する証拠がでてきたら承知しないぞ」
「僕は調べ物をしてくる。麻衣はみんなを手伝ってヒトガタを捜せ」
「ラジャりました!」
ナルがそう言って、先輩について来いと一声かけ、二人でベースを出て行くのを、あたしは敬礼して見送った。
あたしが先輩に嫉妬しないのは――…二人が信頼しあってる相棒のような雰囲気がするからかな?
脳内のあたしにそう答えを求めてみたけど、脳内にいるあたしも疑問符を飛ばしていた。やっぱり答えは出そうになかった。
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