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一般的に狐の妖怪は、善狐と野狐に種類分けされる。

文字の通り“善狐”は、行いが良い狐で、“野狐”は、悪さばかりする狐。とは言っても、境界線は酷く曖昧なのだ。

野狐だと思われた狐が善狐となり、何百年と生きて地狐神になったり仙狐になったという例もある。

私の家に居候している野狐は、白い毛並みに尻尾が黒だったからどちらかと言えば野狐だと判断したのだけれど、彼はまだ妖怪として産まれたばかり。これからの生き方で、どの狐に成長するかは分からない。


《えっ!ぼ、ぼくを式神にしてくれるンすかッ》

『――うん。良ければ』


式神にもいろいろ種類がある。霊魂を使役したもの、動物霊を使役したもの、これらは使い魔とも呼ばれる。リンさんの式は…恐らく使い魔だ。

妖怪である彼等を式神として降すためには、力でねじ伏せ、使役する方法が手っ取り早い。

術者の力がねじ伏せたい相手の力に負けてしまうと、信頼関係は崩れ逆に喰われてしまう――故に、式札に彼等を入れて持ち運ぶのは便利だが常に危険が伴う。

どうやって向き合って、従わせるかは術者次第。

私は、妖怪や霊を対等な関係でいたいので、式神に降ってもらっても自由に動けるように、彼等の存在の上から“名前”を与えて“私”という存在で上書きしている。

ジェットやヴァイスの二人が、私を襲わないと信じているからこそこの手段を使っているわけで。


『(この子の場合はどうしよう…)』

《ぜひッ!すぐにでもっ!》


私と彼等の仲は、ジェットとヴァイスの身に何かあれば駆けつけられるように、またその逆も助けてもらえるように――…と、持ちつ持たれつな関係なのだ。

人間世界にいても周りに悪影響をもたらさない様に、彼等の力を抑えている。だから、ジェットもヴァイスも、本来の姿には戻れるようにはしているが、完全な妖力は使えない。

自由にさせたいとは思ってるけどこればかりはどうしようも出来ない。私よりも力が大きければ“使う者”と“使われる者”の関係が逆転してしまうから。


《ぼくも、ついに名前を貰えるンすぴねー》


捕縛を目的とした結界術――…“念糸”を使って水晶に通し、ジェットとヴァイスの手首に着けている。この数珠が式札の代わり。

二人と同じものを私も持つ事で、緊急事態は離れた場所にも使役できるようにしている。

初めてジェットにこの術を施した時は、私はまだ結界師として未熟だったため、かなり彼を苦しめた。……念糸は、本来拷問に用いる術だから…。

ヴァイスと出逢った時は、少しは成長していたし、二度目だったので、スムーズに出来た。


――今回はどうしようか。

瑞希はそわそわしている野狐を、苦笑しながら見つめた。


《ひゃっほい》

『とは言ったものの…』

《?名前もらえない?》

『いや、それは大丈夫。ただ君は妖として産まれたばかりだから…ジェット達と同じ方法にしなくても、妖力の暴走とかなさそうだし……うーん、』

《ヴァイスさんと同じでいいっスよ??》

『…そうね、もう時間もないし…そうしよう』


こんな時の為に、数珠を用意していて良かった。

野狐が妖怪として産まれて間もないから、力を安定するまでは命の危険もあると気にしていたから、この前リンさんへのお礼の品を買いに行ったついでに購入したのである。

ちゃんと力を持ってる石を選んだ。

因みに、私とジェットが繋がってる数珠は黒色で、ヴァイスとは青色だ。

仕事の時は必ず私も手首に黒と青を身に着けている。じゃないと危険な時も、呼び出せないもの。

今日から、“黄色”が加わる。なんだかんだ言って家族が増えるのは嬉しい。それはきっと仲が悪そうなジェットも同じだと思う。


『ちょーっとチクッとするよ』

《!あい!》


右の手の平から力を込めて細い糸を出し、二つある数珠の石を混ぜて、念糸で通して、野狐の左腕に回した。

彼の身体は小さいので、石の数も少なめで済んだ。同じ要領でもう私の分も作る。


『よし!終わったよ』

《痛くなかった!》


ほっと一息ついたかと思えば、期待に満ちた瞳で、見上げる彼に思わず笑みが零れた。

思った事が顔に出るタイプの彼は、ウザく感じる事もしばしばだけど、可愛らしく癒される。


『君の名前は――…テイル』

《ている…テイル、テイルっ!ぼくは今日からテイルっ!》

『うん』


野狐――もといテイルは、ぴょんぴょんと身軽に飛び跳ねている。全身から嬉しさが滲み出ていて、私も嬉しくなる。

狐に因んだ名前にしようと思って思いつかなくて、尻尾を英語でテイル、捻って考えなかったのに喜んでもらえて光栄です。

黒狼一族のジェットは、漆黒の毛並みから、漆黒を英語でジェット。

雪女のヴァイスは、雪をイメージして。白をドイツ語にして――ヴァイスと名付けた。……うん、簡単だった。


『今からテイルに初仕事があります!』

《!なんでも言って下さいっす》


そうこのタイミングで、彼を自分の式神になってもらったのは、やって欲しい事があったから。

自宅で待機しているジェットやヴァイスを呼び出した方が手間はかからない、のにそれをしなかったのは、二人は…特にジェットは勘がいい。

“あの日”の絶望を共にした二人だから、きっとこの不可解さに気付く。

暴走されても困るし、不快な思いを彼等にはして欲しくない。後からバレるのは構わない。でも現段階では、関わらせたくない。


『あの人、ナルについて行って』


解散と告げられて、帰るふりをして、ベースに戻って来た。

もともと調査で泊まることもあると学校にナルが説明していたのを聞いていたから、こっそりいても言い訳が可能。

茜色に染まる空の下を、長身の彼と一緒に帰ろうとしているナルの背中を指差して、テイルにお願いした。


『私の力の加護があるから、なにかあっても大丈夫だから』

《わかったっス!まかせてっぴ!》


テイルもリンさんと一緒に、霊に襲われたから話は早かった。

窓からぴょーんと元気よく飛び降りて、下から尻尾を振るテイルに手を振って返す。

ちゃんとナルの後を追っているのを見届けて。一人になった室内を見渡した。静寂しか返ってこない空間に、自分の溜息が大きく響く。


――ここからが正念場よね。

直接ではなかったにしろ…私の後輩にまで危険に晒すなんて有り得ない。

私達の前に現れたあの悪霊は、私の結界から自力で脱出したらしい。麻衣のもとへ駆けつけてゴタゴタしていた間に、結界を破られた。見てなくても術者の私には判る。確認はしに行ってない。

自由の身になった悪霊は、私が目的なら、今夜必ず来るはず。闇夜は、負の力が増すから。

恐らく…私の前に現れた霊が同一人物でなければ、ナルのもとにも。


『来るなら来てみなさいよ!ってね』


手掛かりが増えたら、不安になってる真砂子の心を晴らせる。





 □■□■□■□



夜の学校は日中の騒がしさを知っているからこそ、不気味に感じる。

校舎内も今いる会議室も、人の気配がなく、ただただ静寂が支配していた。

見回りの人は既に通った後で、これから闇との戦いになるわけだ。それを狙ってここに残ったのだから、肌を刺すぴりりとした感覚に怯えるはずがない。緊張感は程よく高まっている。

そう言えば…と、唯一可愛がっている後輩の怯えた姿を思い出したところで――…カタッと音がした。


『……』


椅子に座ったまま耳と目に意識を集中させる。


――この感じは…昼間に見た霊だ。

この霊が、ナルと麻衣の前に出た霊なのかはまだ分からないけど、生け捕りにする必要があった。

私としては存在自体を滅却させてもいいのだけれど。それはきっとナルが許してくれないだろう。後にバレれば厄介だ。

厄介と思考しつつ瑞希の顔が幸せそうに綻んだ事実に、当の本人もいつも彼女に引っ付いている式神もこの場にいない為に気付かなかった。


『……やっぱり、』


床からゆらりと現れた女の幽霊は――やはりリンさんと一緒に視た霊だった。

瞼から零れそうな目玉がぎょろりと動いて私を捉える。

白いワンピースが揺れて、きっと生前は似合っていたのだろう清爽なその服装は、不気味さを煽るだけ。

一か八かの賭けに勝機した。この悪霊が私とリンさんどちらに目的があるのか、今この瞬間まで判断がつかなかったが、どうやら私が目的らしい。

殺気立つ目の前の霊は、私をあの世へ連れて行こうとしている。


『誰に頼まれた?』


尋ねても無駄だろうとは分かりきってる。

私の声に反応しないのを確認して、手の平から念糸を出して、霊の身体を簀巻きにした。

アアア…と言葉にならない声を上げる霊を見て、苦しいのだろうと嘆息した。当たり前だ、これは拷問に使う術だし今の私は力を緩めてないから。ぎりぎりと霊の力を奪ってる。


『今日は徹夜かな』


――拘束したまま寝てもいいけど。

気が緩んでその隙にこの悪霊が私を襲わないとは言い切れない。

リンさんではなく私のところに現れた、最初から私が狙い。リンさんじゃなくて良かったと言うべきか。

これで今夜ナルのところにも霊が現われたとなれば、一番疑わしい“彼女”が犯人の線がより濃厚になる。


『あなたが従えた人間の名を言ってくれれば楽なんだけど…無理よね。理性がなさそう』


悪霊を睨む。返ってくるのは唸り声だけ。

今夜は、彼女と睨み合いで寝れそうにない。ピンッと糸を張りつめた空気の中で一晩中睨み合うのは、体力を使う。

手の平から出した念糸と拘束した霊は繋がってるから――…朝早くに一旦家に帰るとして、ジェットとヴァイスに…悪霊と遭遇した事がバレるわね。

ジェットの説教は長いから疲れた身には酷なんだけど…帰らないとシャワー浴びれないし仮眠もとれない。うん、一旦家に帰る。


でもこれで真砂子に視えなかった理由が分かった。

私を狙ったからには、犯人の思い通りにはさせない。見てなさい、澄ましたその鼻を明かしてやるわ。






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