3-3 [11/28]



『…なんで、』


――何でいるの!

朝から気分は最悪だったのに、産砂先生と喋った事により憂鬱さが増した気がする。

重い身体を引き摺ってベースに来てみれば、もっと気分が重くなった。


《あー遅かったっスね〜》

「瑞希…」

《心配してたっすピよ〜》


真砂子の膝の上に当たり前の様に居座っている我が家の居候――野狐。

もちろん妖怪も視える真砂子が困惑したように笑みを零している。…あ、そっか。真砂子は一度、コレと会ってたわね。

この場に関係ない野狐の存在を周りに言ってないのは、私の為を想ってくれたのね。――野狐め、真砂子に感謝しなさい!


「遅い出勤だな」


冷やかな声に、真砂子からナルに目を向ける。

私が最後だったみたい。ベース内には、真砂子の他に滝川さんや綾子さんジョンもいた。麻衣もね。

リンさんの横で作業をしているナルの眼差しは、火も消せるくらいの冷気が灯っていて。文句を言い返そうと思ったが反論する元気は今の私にはなくて、ただ頷いて謝った。


『少し気になって2-Bに行ってたので…』

「何か判ったのか」


素直に謝った瑞希を見てた麻衣は、少なからず瑞希の性格を最近になってより知っていた為、驚いて目を見開いた。

近くで討論していた滝川さんも怪訝に彼女を見ている。


『それを確認する前に…、』


――あの先生が…。

って、産砂先生はどこから私の行動を見ていたのかしら?

生徒じゃない私があの教室に入るのを目撃して気になったっていうのは不自然ではない。けど、何かが引っ掛かって、ナルに言い掛けた言葉を飲み込んだ。


『それより何の話をしていたのです?』

「……」

「EPSとPKについてだ」


疑問に答えてくれたのは、ナルじゃなくて滝川さんだった。

何か言いたげなナルの視線に小首を傾げながら。


『もしかして笠井さんの?』

「PK-ST!」

「について、何も知らねーみたいだったから、教えてやってたんだ」


なるほど。

渋谷サイキックリサーチで働くようになってから、超心理学についての書籍に触れる機会が多くなった。故に以前よりRSPKについて理解しているつもり。

EPSとPK。PKは三つに分類される。

PK-STは、制止した物体に影響を与える力――笠井さんがした金属曲げもこれ。

PK-MTは、その逆で動いているものに影響を与える。

PK-LTは、生物に影響を与える力で――…PKで有名なナルは、PK-STで。彼ほど凄い人物でもPK-LTは出来ないようだ。

霊視能力も一種の超能力だと言われているらしく、その説で言うならば私の結界術はPKに種類分けされるのだろう。まあそれも学者の考えによって変わる。


『私も見ました、綺麗にスプーン曲がりましたよ』

「瑞希まで信じてるの?」

『まあ目の前であんなに綺麗に折られたら、信用するしかないじゃないですかー』


綾子さんが信じられないって顔してるけど…残念、私はこの眼で見てしまったから否定できない。

一緒にいた麻衣も、私の返しにうんうんと激しく頷いている。


「デイヴィス博士はPKいうよりサイ研究者の印象が強いですね。あまり表舞台にも登場せえへんし」


と、ジョンが喋ってるけどね。

その博士は、目の前にいるのよ。何でか偽名を使ってらっしゃるけど、目の前に。


「…それはともかく、とりあえず重要なのは、笠井さんが自分の能力を信じていたということだ」

『本物だったしね』

「彼女は教師の攻撃を非常に不当だと感じていた。その結果が――…」

「“呪い殺してやる”?」


ナルの言葉尻を綾子さんが引き継いだ。


「実際に出来るかね?」

「それはそうなんだが……」

『――呪い殺す、ね…』


――気分が悪くなる言葉だわ。

呪う行為なんて。やり方は沢山あるけれど、私は呪う行為は嫌い。許せない。だって私の一族が滅んだ直接の原因だから。

あの日、あの夜、一族を襲った幽霊や妖怪の意思でやって来たとは思えない。妖怪ならともかく霊まで結託する理由がないもの。人の手が加わっているのは確かで。私は誰がそれをしたのか突き止めたい。

一族の無念を晴らすためだけに、私は今を生きている。


「とにかく今の状況をなんとかする方が先だ、除霊にかかろう」


何らかの方法で呪ったとして、どうやって?

最近はスプーンを曲げられなかった――他の事に力の配分が必要だったから?


「麻衣と瑞希はここで待機しててくれ」

『待って、私…』

「……どこに行きたいんだ」

『陸上部の部室』


そう言ったらナルは溜息を一つ寄越して頷いてくれた。


「リンと一緒に行け」


余計なひと言と共に。

ここに霊はいないと言い切った瑞希が、気になると言い出したのは何かあると言っているようなもので。

その気になるものが彼女の中で確固たるものへと変われば、ちゃんと報告してくれるだろうと追求せずに頷いたナルの思考の流れは、当然私は知る由もなかった。





 □■□■□■□



ナルの指示の元、何故かリンさんと一緒に部室に向かっている。リンさんとの組み合わせ…なんでか多いんだよね。


《あの狼のやろーに、ついて行けッて家から蹴られたンすぴよ!》


野狐もついて来た。

彼はリンさんと私の斜め後ろを歩いている。


――ぷりぷり怒っているのは、そういう理由があったのね。

真砂子に引っ付いていたから彼女について行くと思ったんだけど、気に喰わないといいつつジェットの言う事を訊く当たり、この子は素直な性格をしてる。


「何かありました?」

『――ぇ』

「心ここに非ず、今の瑞希さんの様子はそんな感じですよ」


苦笑するリンさんに、私も苦笑した。

リンさんにそう言われるまで全然気付かなかった。ふっと意識が浮上して、なんの話をしていたのか思い出せなくて、初めて上の空だったのだと知った。

リンさん怒ってない様子だから良かったけど、ふつふつと罪悪感が込み上げる。


「また夢見が悪かったのですか?」

『良くわかりますね』


それくらい見てるんですよ――…そう言いそうになって、喉の寸前でリンは言葉を飲み込んだ。

夢見が悪くて気分が悪くなっている彼女を何度か見ているので、簡単に想像出来た。今日の彼女も、顔色が全体的に青白く、今にも倒れそうである。


「顔色が悪いようでしたので」

『っ、リ、リリリンさんっ!?』


「大丈夫ですか?」と、何処までも冷静な声が降り落ちたのに、落ち着けないのはリンさんに頬を撫でられているからで。

長身のリンさんと視線が合うのは滅多にない上に、ここまで近距離で見つめ合うのは初めて――…あ。いや、一度髪についたゴミを取ってもらった時も、こんな体勢だったっけ。

辿り着いた部室のドアの前で、何をしているんだとツッコミを入れたくなる私の心情を察して欲しい。

誰かに見られたら確実に誤解を生む光景だと思うの!全然大丈夫じゃないからっ。

この時間は運動場は使用しないのか人っ子一人見当たらないけど、校舎からは位置的に見えると思うの!


「言い忘れてましたが、スコーン美味しかったです。茶葉もありがとうございました」

『そ、そうですか、それは良かったです』

「お礼に…今度食事にでも行きませんか?」

『え。いや、あれは上着を貸して頂いたお礼なので…』

「えぇ。そのお礼としてスコーンを頂戴いたしました。茶葉も頂いてしまったので、そのお礼に今度は私が」

『いや、いやいや何を言ってるんですかっ』


リンさんの勢いに思わず頷きそうになった。いや、冷静になりましょう。私もリンさんも!

身を捩ってリンさんから逃げようとしたら、手を掴まれて断念。足元で野狐がおろおろしているのが、見えないけど空気で察した。


『意味が判らない――…、ん』


『ですけど』と、続けようとした言葉は、吐息として消える。

ひやりと冷気を感じて。野狐も近くで異常を察知して警戒していた。ひた、ひた、ひた――…視えないのに、ソレはゆっくりと私達の方向に近付いてきているのは確かで。


《なンか…来る》

「瑞希さん?」


ちょうどリンさんが目の前にいるため前が良く見えず。

右、左と眼球を動かして、何処から異常が歩み寄っているのか確かめようとした。後ろは――…!?


「っ危ないッ」

『!』


リンさんの焦った声と共に背後で霊気を感じ、慌ててリンさんを手で押して、背中に庇う。

強く押されたリンさんが目を見開いたのを横目に、急いで振り向き、視えた影に向かってまずは“方囲”で指定し、“定礎”で位置を指定して、最後に『――結』で、標的を囲む。

襲って来た霊に対して、通常の私なら話を訊かずに滅却はしない。

話しが通じる相手で成仏ができそうな霊ならば、話を訊いて、それから真砂子を頼って成仏してもらうのだが……この霊は無理そうだ。滅する?

結界の中に捉えたソレは、両目が飛び出て顔の原型が判らない霊だった。来ている服と長い髪に、性別は女なのだと窺える。

ぎょろりと動く落ちそうな眼が不気味で。

カエルのように地面に手をつけてこちらを睨むその形相は、とてもじゃないが理性があるとは思えない。髪に隠れた口から唸り声が終始聞こえる。完全に堕ちている悪霊だ。


「これは、」

『リンさん…視えてるんですね』

「え、えぇ」


通常なら視えないソレが視えているリンさんは、息を呑んだ。

体勢的に、瑞希が背を向けた際リンとぶつかって、彼女がコケないように腰を掴んで支えていた為、リンさんの呼吸音が鮮明に伝わる。

霊の出現にそれ処ではなかった瑞希は、状況を把握しようと斜め後ろを見てしまって。振り向いた先にあったリンの顔を見て、更に腰に回された腕に、赤面して――…その表情を見て、ああ気付いてなかったのですねとリンは思った。


『ベ、ベースに戻りましょう』

《え…滅しないンすぴか?》


――滅したいんだけど…。

もしこれが私の考えている通りならば、ここで霊を滅却したら、この悪霊を従えている“元凶”を傷つけてしまう。

私の力を込めた紙で造った式と同じ原理。つまり、攻撃を受ければ、術者の私にもそれが返ってくる。この霊が誰に従っているのか……一番怪しいのはあの人だけれど。

それに、コレが視えてしまっているリンさんの前で、霊を滅したくない。

浄化しないで魂そのものを滅する私のこの力を、彼に見られたくない。殺人と同じだと思われるかもしれないもの。結界師だと知られていても、実際に力の威力を知らないリンさんの前で力を披露するつもりはない。これは私情だ。


「除霊しないのですか?」

『……気になることもありますから』

「このままここに放置するおつもりで?」

『大丈夫ですよ。どうやらアレは私達が目的のようですし、結界の中にいる間はここの生徒を襲いません』

「いえ、私が心配しているのは、結界を張ったままでは瑞希の負担になるのではないかと、顔色も悪いのに無茶を――…」

『それは大丈夫です』


人に心配され慣れてないから、リンさんの言葉がくすぐったくて。

自分の感情なのに自分が感じている気持ちが理解できなくて、慌てて彼の言葉を遮った。そうそれよりも、


『っあの…リンさん?放してくれると有り難いのですが…』

「あ。すみません」

『……リンさん?』

「そうですね、では食事に付き合って頂けると言って下されば、すぐに放して差し上げますよ」


はぁ!?

っと言いそうになったのを、音にしなかった私を誰か褒めて。

リンさん…ホント最近、変。強引って言うか何がしたいのか意味が判らない。え、人間嫌いな私と向き合ってくれるとか言ってた、その延長線で食事?

いや、深読みしすぎかもしれない。行きたいお店に、一人で入る勇気がないから、ただ単に近くにいた私を誘っているのかもしれない。失礼だけど、リンさん友達いなさそうだし。うん、この考えが正解かも。


「瑞希さん」

『〜〜っ!判った!わかりましたからっ!!』


背中に感じる生きた温度だけでも、呼吸困難になりそうなのに!

後ろから腰を支えてくれるのは大変ありがたい。でもその角度から、わざわざ腰を屈めて耳元で私の名前を呼ばないでっ!低音な声が腰にくるッ!変な意味じゃなくてッ!

嫌でもリンさんを意識して――…いやいや私なに考えてんのっ、違うから。違うわよ。混乱なんか、照れてもないからっ。


「ありがとうございます。さ、ベースに戻りましょう」

『(なにその身の変わりよう…)』


滅多に笑わないリンさんの口元が緩やかに弧を描いているのが、酷く憎い。謎の悔しさも込み上げた。

《ヤツが今日来てなくて良かったっすピね》と、足元から聞こえた気がしたが気のせにして。悶々とする私の心の模様は、ベースにいる取り乱した麻衣を見るまで続いたのだった。

しれっとしているリンさんの背中が、悔しさと恥ずかしさを私に植え付けた。なんて、きっと彼は知らない。






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