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一番最初に顔を見せたのは、私が休みの間に来たという“伊藤清美”さんのグループ。

友達が、狐に憑りつかれたと言っていたグループだ。


「伊藤清美さんでしたね」


吉野先生と同じく顔色が悪い女子生徒が数人ベースを訪れた。

ふ〜ん、私が休んでる日に依頼に来たのは彼女達らしい。ナルと麻衣の表情から流れを汲み取った。一瞬リンさんの意味深な笑みが脳裏を過ぎったのは気のせいとする。


「事務所で伺ったのは、“友達がキツネに憑かれた”という御依頼でしたが、今日その子は?」

「休んでます。…ずっと」

『(狐…ね、)』


これまた吉野先生と同じく邪気を纏ってる彼女達を一瞥して、足元にいる野狐を見た。

狐憑きにもいろんなケースがあるわけで。

“狐憑き”――誰かが憎い相手を呪って、呪いたい相手の人間に霊が憑依してしまうケースが多い。数百年前などでは珍しくなかった。

力を持たない人間が、呪うなんて芸当出来ないから、現代では行う人はいなくなった。数百年前よりも、そういった霊的なものに感心やそもそも信じてない人が増えたから。

故に化学などが発達して占いなどに目を向けなくなった現代では、そうそう本物にはお目に掛かれないのだ。

狐の妖怪にもいろんな種類があるから、狐に憑りつかれているとも言い切れない。

本当に狐に憑かれていたら、もっと生きる力を吸い取られていてもおかしくないのだけれど。被害者に直接会わない事には…なんともなぁ。

“狐憑き”イコール狐の霊に憑りつかれたというわけでもない。呪った相手に訳の分からない霊が憑りついた様子を、昔は良く狐に憑りつかれたと言っていた。訳の分からない現象は全て狐憑きのせいにしていたともいう。

本当に狐に憑りつかれたケースもそうでないケースもあるわけで。――彼女の友達はどうなのかしら?


「机に飛び乗ったり、砂を食べたりするという話だったけれど、」

「…それだけじゃないんです」

《キツネ?ぼくと同じ妖怪がいるンすかー?どこ、どこに?》


ちょこまかと訪れた彼女達の足元をくるくる回ってる野狐を見て、頭痛が増した。

行動よりも声が甲高いからかな、ウザいと思ってしまうのは。少しだけでもいいから大人しくして欲しい。彼女達の話をゆっくり訊けないじゃない。


「いつだったか制服のままプールに飛び込んじゃったりして。すごく……寒い日だったのに」

「他人に危害を加えたことは?」

「それは、ありません」

「普通、人がそういう状態になった時は、病気じゃないか疑うと思うけれど、何故キツネが憑いたと考えたんです?」


確信を突くナルの質問に、彼女達はお互いの顔を見合わせていた。


――確かにそれは避けて通れない疑問だわ。

相変わらずナルの頭の回転は速い。たまにその頭の良さが憎くなる。


「だって……自分で“わたしはお稲荷さんの使いの白ギツネじゃ”って。変になったのもコックリさん見てからだし」

『コックリさん?』


伊藤さんの口から聞き捨てられないワードが出て来た。自然と私の声も低くなる。

呪われた方ではなく、呪った方だったとは――その線は考えてなかった。いや、それよりも、彼女は、“コックリさん”と言わなかったか?

狐憑きに考えが取られて、“コックリさん”の言葉に、目を剥いた。

彼女達が“コックリさん”をしたのなら、話は別だ。


「紙と……なんていうんだっけ、グラス?杯?それを使う?」

「ううん。あたし達のは、紙に五十音を書いて鉛筆を使うやつです」


あれは簡単に低級霊を呼び寄せてしまう。それも素人でもだ。


「コックリさんが帰らなかったとか、コックリさんをバカにしたりとか全然なかったの。でも帰るときその子が…」


グループのリーダーらしい伊藤さんがそこで言葉を切ってごくりと生唾を呑んだ。

彼女の緊張が、周りにいた女子生徒達にも伝染していく。


「“憑りつかれた気がする”って」

『……』

《キツネ、どこにも視えないっスよー?どこにいるンすぴか?》

「そんなはずないって言ったのに…“肩が重い”って」

『(コックリさんを遊び半分でするから)』


本当に憑かれたのか、憑かれたと思い込んで自分自身に暗示をかけてしまったのか――なんだか自業自得のような彼女達に、知りたくないと思ってしまった。

彼女の家に行くかどうかは、吉野先生と同じく、ナルの判断に任せよう。


「次の日にはもう変だったんです」


同意するように、周りの女子生徒達も頷き合う。その仕草が更に私の苛立ちを煽った。

貴方たちが面白半分でそんな事しなければ、こんなことになならなかったのは明白でしょ!全部、視えない霊のせいにするのはお門違いだ。少しは反省して欲しいわ。

そう苛立つ私の目の前で、狐に憑りつかれたらしい女子生徒だって乗り気だったのにとかなんとか口々に声を揃える彼女達に、溜息と苛立ちしか出てこない。


「…そのコックリさんをした場所は?」

「1-3の教室です」


ナルはそれだけ訊いて、伊藤さん達を教室に帰したのだった。



 □■□■□■□



「陸上部の部室が変なんです」


伊藤さん達の次にベースを訪れたのは、久我山さんのグループで。

瑞希が伊藤さん達のグループに怒り心頭している間に、ナルが淡々と話を聞いていた。


「ロッカーが倒れてたり、備品が散乱してたり」


はきはきと説明してくれている利発そうな子が、陸上部の部長のようだ。

最初の伊藤さんのグループとは違い、後輩も一緒に引き連れてベースに来ていた。…うん、陸上部のレギュラー全員で来ましたって感じだ。


「あまりしょっちゅう起こるんで、イタズラかと思って犯人を捕まえてやろうって思って、部室にみんなで泊まりこんで見張ったりしたんですけど、」


彼女達の依頼は、部室でポルターガイストが起こるといった内容だった。

こちらが訊きたい事を尋ねる前に、はきはきと喋ってくれるので、ナルの眉間に皺が寄ることはなかったが。

瑞希はさっきのグループの怒りが尾を引いて、胸がざわついてるままで。隠すことなく顔が、ナルのように無表情になっていた。それに気付いていたのは、滝川さんとナルだけ。

麻衣は、話を聞きながら、ひい〜っと悲鳴を上げていた。うん。彼女だけが通常運転だ。


「ちょっと目を離した隙に箱にしまってあった砲丸が床に一列に並んでたり……」

「砲丸?」

《ほうがん?》


麻衣がこてんと頭を斜めに傾けて、ナルが一瞥して溜息を吐く。

彼女の可愛らしい仕草にイライラから浮上して、私は『砲丸投げっていって陸上の競技で使うボールみたいなもののことよ』と、麻衣に耳打ちした。

麻衣と同じく首を傾げていた野狐の姿は見えなかったことにする。

猫よりも大きいけど大型犬よりも小さい野狐は、白い毛並みも相まって可愛らしい容姿をしてるんだけどねー。でも邪険に出来ないのは、こういった時の仕草が麻衣と被るからかしら。

うざいと思いつつ可愛いと思ってしまう。そう、何も喋らなければ、可愛いのよ!愛でれる容姿だものね。


「鍵を変えたりして、自分達なりに注意してたのに、気付いたら物の配置が変わってるんです」

「霊を視たといったことは?」

「ないです」


ナルの質問に、お互い顔を見合わせて首を左右に振った陸上部部員達は、「怪現象に心当たりは?」と、続けられた質問にも首を左右に振って否定した。

依頼人の量が多いので、メモはやめてボイスレコーダーで一旦録音してから、後でまとめようと、私も麻衣も、ナル達のやりとりを見るだけで。

陸上部達が各々教室に戻って行って――…一息つく間もなく、次のグループがベースにやって来た。

入って来た情報を整理する暇もない。でもナルは頭の中できっちり処理出来てるんだろうなあーなんて、少しだけその頭の出来が羨ましく思う。私、この時間にここにいるけど、受験生だからね。



 □■□■□■□



「体育館に開かずの倉庫があって先月そこで肝試しをやったんです」


三番目に現れたのも女子生徒達のグループだった。


――肝試し!?


「そこで百物語してホントに何か出るのかなって。それ以来変な影が見えるようになって……」

「百物語?」

《それはぼく知ってるーっス》


またも小首を傾げる麻衣を見て、ナルはお前もしてただろと言いたくなったが寸前で堪えた。

麻衣に冷たい言葉を吐く時間さえ無駄だ。

何故、彼女は学習しないんだと、彼女の保護者の位置になりつつある瑞希を一睨みして、三番目に現れたグループの中心にいる三浦聡子に視線を戻した。因みに、睨まれた瑞希は、何で睨まれたのか分からず、睨み返していた。


「それと、友達がこないだ入院したんですけど、あの…肝試しを一緒にやった子です。彼女の机にあれ以来、幽霊が出るようになったって」

「机に?」

「はい。あの…授業中、突然金縛りにあって、誰かがお腹のあたりを触る感じがして見てみると――…」

『(次は霊ね)』

「机の中から人間の手首が出ててお腹を撫でまわしてるらしいんです」


――それにしては、霊の気配が感じられない。

二番目に来た久我山さん達には感じなかった邪気を、三浦さんには感じるのは何で。

吉野先生よりも微弱、でもこれは邪気だわ。近寄りたくない…そんな空気の悪いものを三浦さんは背負ってる。

そう思考を巡らせる私の横で、麻衣がひいいいと掠れた悲鳴を上げていたが、誰も麻衣に目を向けなかった。


「それが何度もあって。そしたらその子胃に穴があいちゃったって……」


そもそも百物語をするから悪いのよ。これまた自業自得じゃない。

霊の話をすれば、霊が寄ってくるなんて、素人でも知っている常識でしょう。その覚悟もなく遊び半分でやるから、こんな痛い目にあうのよ。

心の中で悪態吐いて、冷静さを取り戻す。

仮に、その女の子が霊に憑りつかれていたとして、一緒に百物語をしていた三浦さん達にも霊の気配が感じられないのは、おかしい。一瞬、私の“眼”が可笑しくなったのかと、自分を疑ったほどだ。

邪気は感じ取れるのに、霊の姿さえ視えないのは、現われた霊が私をも凌ぐ力を持ってるからとか?に、しては感じる邪気が薄い。

あー結局は、その問題の女の子を見ない事には何とも言えないわね。ここであーだこーだ考えても答えは出ないわ。






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