6-3



「なあ、グウェンダル、訊こう訊こうとは思ってたんだけどさ、コンラッドやヴォルフラムや兵士の皆は本当にあそこから抜け出せたわけ? それ以前にどうしてニューカラーバリエのパンダが、おれやサクラ以外には見えなかったんだ? 
それから、ドジふんで手錠なんかされちゃったのには責任感じるてるけど、途中でいくつも手頃な石を見かけたのに、鎖が切れるか試しもしないのはどういうわけ? ガンガンやれば何とかなるかもしれねーじゃん」

『うむ。私も気になるな』


地球組の二人は頷き合う。こちらの常識も私達にとっては知らぬ事の方が多い。


「全てに答えろというのか」


そんな二人にグウェンダルは眉を寄せた。


「……できたら」

「いいだろう」


恐る恐る頷くユーリと、じっと見つめて来るサクラを一瞥して、グウェンダルは頷いた。


「まず砂熊に関しては、我々にも気の緩みがあったことは否めない。 だが本来あれは、小規模な砂丘に生息する種ではない。 ということはスヴェレラの人間どもが、国境の行き来ができないようにと、人為的に放ったものと考えられる。内戦の名残か密売人の妨げか、その辺りのことははっきりとは判らんがな。
実は数年前にスヴェレラでは法石が発掘されたのだ。各国の法術使いは、喉から手が出せるほど欲しがっている。 不法に儲けようという商人が、それを見逃すはずがない。 貴重な法石を国外に持ち出されないようにと、国境に、危険な罠を仕掛けたのだろう」


「しかもこの地域は戦乱の歴史が長いんです。 つ、ま、りっ、それだけ法術が発達しているってことなんです」


オリーヴもそれに加わって説明してくれる。


「ちょっと待った、その法術ってのはナニ?魔術と法術ってどう違うの?」

「魔術はあたしたち魔族だけが持つ能力です」

「魔力は持って生まれた魂の資質、つまり魔族の持つ者にしか操れない。 逆に法術は人間どもが、神に誓いを立て乞い願うことで与えられる技術だ。 生まれつきの才や祈祷の他に、修行や鍛錬でも身につけられる。 法石は法術の技量をいくらか補って、才のない者にも力を与える。 これまでに発掘された地域は少ないから、かなりの高値で捌けるだろう」

「じゃあその貴重な資源の流出を防ぐために、国境にトラップを仕掛けたのか……」

「だろうな。 お前たちにだけ砂熊が見えたというのは、惑わすように覆っていた法術の効果の効果がなかったせいだろう。 どういうわけか判らんが、生来の鈍い体質なのか」


『なぬっ?』


「それにこの手鎖にも法石の粉末が練り込まれている。 石で叩き切ろうとしたところで、余計な体力を使うだけだ。 我々に従う要素が濃く存在する、魔族の土地ならいざ知らず、こんな乾いた人間の土地で、法術を破るのは困難だ」


聞き捨てならぬ言葉を放ったグウェンダルは、サクラをスルーして説明を続けた。


「嘘、外せねーのこれ!? それじゃおれたちこれからどーすんの!?」

「先程の街でコンラート達が追いつくのを待つつもりだったが、こうなった以上は首都に向かう。 まず教会で法術の使えそうな僧侶を捕まえて、この忌々しい拘束具を断ち切らせてくれる。 ゲーゲンヒューバーと魔笛の件はそれからだ」

『確かにここのままでは動けぬしな。それが一番よい方法かもしれぬ』

「そうですね」

「けど、その調子じゃ、コンラッドもヴォルフラムも八割方は無事なんだな? だって落ち合うのが当たり前って感じに聞こえるし」

「奴ほどの武人が砂熊相手に命を落としたら、末代までの語り種だ」

『(…そうか、そうだな、――コンラッド…)』


あの時、コンラッドを砂熊の棲みかに行くように仕向けたのは私だ。

コンラッドの剣の腕ならば最悪の結末にはならぬと判ってはいるが、やはり彼の兄からの言葉で聞かされると安堵する。


『ふっ、(心配…、心配しておったのだな…私は)』


思わず笑みがこぼれた。

コンラッドならば、ちゃんとヴォルフラムの事も無事に助け出して、コンラッド自身も怪我一つなく無事な姿で切り抜けられると、信じているのに、心配してしまうのだ。



そんなサクラをグウェンダルとオリーヴは見ていた。



「すごいなあ、おれなんかパンダと相撲とったら負けちゃうよ」

「それに、サクラお前が砂熊の巣に刀を投げるのを見た。刀にヴォルフラムを助けさせるつもりでいたのだろう」

『あー…、あぁ』

「サクラもすごいなー、あんな状況で一手投じたわけだろ?おれなんか、パニックに、なってただけ、だった、よー…」


おそらく深夜だろうこの時間。ユーリは眠気がやって来たのかウトウトしている。私も少し眠い。

目の前にある暖をとる為の火を見ていると、余計に瞼が重くなる。


「おい」

「なに」

「保温効果を上げるためにもう少し近づけ」

「……そんな小難しく言わなくても」


そんなユーリにグウェンダルが声をかける。

サクラの耳に届くグウェンダルの声が、低くて心地よく子守唄のように感じる。


「おい」

「まだなんかあんの?」

「動物は好きか。 ウサギとか、猫とか」

「……オレンジ色のウサギは嫌い。猫は……そうだな、猫よりライオンが……好きだ……白いやつ。白い獅子」


二人の会話を聞きながら、隣にいるグウェンダルの体温を感じながら思うのはコンラッドの事。


――獅子…ルッテンブルクの獅子……コンラッド…コンラッド。


『(大丈夫であろうか…)』


乾いた風も肌で感じながら寒がってなどいないか、本当に無事なのだろうか――…と、眠気で鈍った頭の中に、コンラッドの事が浮かんでは消え、浮かんでは消える。


「――、―――っ! サクラっ!聞いてるのか?」

『う、うむ?』


ウトウトしていて左の方向に顔を向けていたから、グウェンダルにはサクラが寝はじめていたとは気付かなかったみたいだ。

声をかけられて気付いたが、ユーリはオリーヴに寄りかかりながら、気持ちよく眠っていて。 グウェンダルにではなくオリーヴにくっついて寝ているっ!――意外に積極的なユーリだ、そう思ったサクラ。





「お前は…」


――何故、憶えていないんだ。


「お前は、」

『うむ?』


これを機会に、と訊きたかった事を訊こうとしたが…、記憶のない本人にその疑問を口にした所で本人だって困るだろう。そう考え、グウェンダルは同じくらい気掛かりだった事を口にした。


「――コンラートの事をどう考えているのだ」

『…ぇ』


一瞬、何を言われたのか判らなかった。だが、その質問を理解したと同時に答えに困る。彼はあやつの兄なのだ。


『それは…』

「あいつは真剣にお前のことを想っている。前回サクラ、お前が現れたときも見たこともないほど浮かれていた」

『……』

「そして、お前が地球とやらに帰ったときは…普段では考えられないくらいに落ち込んでいた。 それを目の当たりにして…コンラートにはサクラしかいないと再確認した。 腹の内をみせないあいつが私たちの前で婚約したんだ、それだけコンラートは本気だ。―――――サクラ、お前はどうなんだ?」


今まで考えぬようにしてきた事を問われ動揺する。


『わ、私は…』


グウェンダルの目が怖くて見れぬ。


『私は、』

「サクラ…、お前は何を抱え込んでいる?」

『―――っ!』


誰にも話した事などない、隠してきた過去まで感付いているような口ぶり。それを言われるとは思っておらなかった。

はっとしてグウェンダルを見ると、見透かしたような眼が目の前にあり、思わず息を呑む。



今世では――…こちらの“世界”では大事な物を作らぬようにしてきた。

私の“大切なモノ”は全てあちらに残して来ている。 今世でも大切なモノを作れば、あの世界…、尺魂界に戻れなくなってしまうではないか。そう考えているから……。

戻れるわけがないと知っておるが、それでも認めたくはなかった。



私は失うのを恐れている。

零番隊の隊士達、ルキアに一護、冬獅朗、雛ちゃん…乱菊……ついでに狸爺―――…仲の善かった人達が走馬灯の様に頭を過ぎる。

――大切なモノをまた作れば己は守れるのか?


私は前に進むのを恐れている。

前を向いて生きるという事は……ルキア達の事を“昔”の事にする、思い出になるという事だ。


――ルキア達を忘れたくなどない、思い出になどしたくはない。

サクラは溢れ出てきそうな涙を、下唇を噛む事で必死に堪えた。長い、長い沈黙の後グウェンダルは口を開いた。


「何に苦しんでいるのか知らんが、コンラートに少しでも話してみたらどうだ。その抱えている物がコンラートに答えられない要因なのだろう? どんなことでも、お前のことならコンラートは嬉々として相談にのるはずだ」

『……判っておるさ』


嗚呼、判っておる。

もうこっちでも“大切なモノ”を作ってしまって…後戻りなど到底出来ぬ事など。

ユーリ、オリーヴにラザニア彼女達を始め眞魔国で出会った人達、全員の笑顔を守りたいと思っている。そして――コンラッドの事も守りたい。

握りしめた拳からジャラっと金属の鳴る音がした。



それから二人は、何も言わずに体を休めた。



「(サクラ様…)」



その夜、最後に寝たのはオリーヴだった。

火の明かりに照らされて見えるオリーヴの顔は、悲しみに染まっていた。








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