13-14



「サクラも眠れなかったの?」

『うぬ!?……何だユーリもいたのか、気付かぬかった』


コンラッドの背後にいたユーリは、護衛であるコンラッドが、サクラの事でヨザックと言い合っていたのに……サクラってば全く聞いていなかったのかと、コンラッドの心中を察した。


「(肝心なところで、いつもいつもサクラは訊いてないんだから!)」

「ユーリから伺いましたが…サクラも昔のことを訊いたんですね」


はっきりとコンラッドに言われて、知ってしまった真実に私は、気まずくて目が泳いだ。

ユーリが視界に入ったけれど、ユーリも気まずいのか目は下を向いていた。なんと答えて善いのか判らず、うぬぬと唸る。


「怒ってるわけではありません。いつか…俺から話すつもりでした。――ジュリアとの思い出を…。彼女は何て言うか、同志って感じでしたね」


彼女の名を柔らかい表情で、話しているのを目にして、それ以上その笑みを見たくなくて視線を下にずらした。

同志って…そのような笑みを零しておいて、同志などホントかよッと、心の中で叫んだ。コンラッドの雰囲気から、ジュリアが特別な存在だったのだと伝わる。

その思い出を間接的に聞いたとしても、私はその“時”を共有することはなく、それが酷く悔しい。


「……コンラッド…でも…おれ達、コンラッドたちの気持ちのこと考えてなかった…」

『…うぬ』


ユーリと一瞬視線が交じり、静かに頷いた。知らぬかったとはいえ、反対するコンラッドの言葉に耳を傾けなかったのは事実である。

心の中では気持ちの悪いモヤモヤをそのままに、目を背けて、コンラッドを見上げた。


「彼を助けたことを間違いだったと思うんですか」

『助けた事は後悔しておらぬ。ただ…コンラッドの気持ちを考えておらぬかったのを……反省しておるのだ』

「うん、おれもサクラと同じで後悔はしてないよ。そりゃ、いきなり襲われたり下手したら、コンラッドが怪我してたかもしれないけど、グレタに優しくしてくれたり、ニコラとあああ愛しあっちゃったり…そういう話を訊くとさ、そんな悪いヤツとは思えなくて、昔のことはそりゃあ知らないんだけど……」


――ユーリよ、吃りすぎである。


「確かに、彼は変わったようですね。以前の彼ならそれこそ人間と仲良くしようなんて思いもしなかったでしょうから」

『……うぬ。話を訊く限り…そんな感じではあるが…』


私個人としては、本人と会話した事ない故それこそ客観的に見たヒューブの人物像が、過去と現在では結びつかぬ。

ニコラやグレタから訊いた話では、優しい印象を受けるのだが――…彼の過去の話では、誇り高い血に拘る人物なのだと。この二十年でヒューブは、きっと想像のつかぬ経験をして、価値観や考えがぐるりと変わったのだと思う。


「そうだよなー。でも、みんなの許せないって気持ちも判る、コンラッドは――…」

「――!?」





びゅんッ



『!』


気を許しておった私でも、空気を斬る音に、瞬時に気付いて、刀に手を添えた。

何が起きたのか理解しておらぬ魔王は目を白黒させており、私は座っておったベンチから狙われたユーリの傍に、身軽に飛び降りる。

カキン、キーンッと鋭い金属音が間近で聞こえ―――コンラッドの方に視線を走らせたら、コンラッドは謎の刺客と距離を取って剣を構えていた。ユーリに向けられた剣を、彼が剣で受け止めたのだ。

またも命を狙われたことに、ユーリが息をゴクリとのむ音が聞こえた。

暗闇で、刺客の顔が見えぬけれど、相手から殺気が感じられなくて、私は眉を上げた。…――刺客の癖に…本気を出しておらぬ…と?

コンラッドは、ジリジリ間合いを詰めつつ、相手の出方を窺う。相手もゆっくり動きながら、コンラッドの動きを観察しており、雲に隠れていた月が顔を出した時、そやつの顔が見えて、私は息を呑んだ。


『ゲーゲン・ヒューバー…』


怪我をして立てぬ筈なのに、グウェンダルに似た風貌の彼は――…思いつめた顔して、コンラッドに剣を向けている。

コンラッドは、ヒューブに殺気を向けて威嚇した。――今度は許さない、とばかりに。


「えぇぇ!ヒューブー!?」

『…』


え、何をそんなに驚いておるのだユーリ…。

緊張感漂う、張りつめた空気の中で、隣から間抜けな叫びがして、ガクッと体から力が抜けそうになったではないか。


「あんたさっきまで生死をさまよってなかった!?なんでまたおれを襲ってくるわけぇぇ!!」


視線の先では、コンラッドとヒューブが剣を交えており、耳慣れた金属音が耳朶を叩く。何度か刃を重ねたコンラッドの剣が、ヒューブの剣を受け止めて弾いた。

ヒューブは剣を構えつつ、怪我をした腹部に手を当て、呻いた。あのように素早く動ける怪我ではないのだ。かなり痛むのだろう。

痛みを堪える呻き声に、私までが痛みを覚えて、顔を歪めた。見るだけで痛い。

ヒューブは上半身裸で、肩から腹部に向かって包帯が巻かれていて、まだ完治しておらぬのだ。このような緊迫した状況でなければ、私は迷わずあの筋肉へと目を奪われたことだろう、……誰にも言えぬのでここに明記しておく。


「サクラッ」


ヤツと対峙しておるコンラッドに叫ぶように名を呼ばれて、よもはや邪な思考がバレたのではと、顔を上げた――けれど、続けられた内容に杞憂だとほっとした。


「下がって下さい!陛下もッ!」


間合いを取りながらじりじりと隙を伺いながら、コンラッドは、私達を庇い、痛みで前のめりになっているヒューブを睨む。

“陛下”とユーリの敬称を耳にして、ヒューブが眉をぴくりとさせたのを、私は見逃さなかった。


「陛下!?双黒…!あの時のっ」

『――!』


ヒューブはうわごとの様に、ユーリを目にしてぶつぶつ呟いた。

何を呟いたのか、距離が離れている位置にいた私達の耳には届かなかったけど、私は驚くヒューブを見て、やはりヒューブがユーリが魔王だと知らなかったのだと、人知れず頷いた。グレタが、魔王陛下は女性だと思っていたと申しておったから、ヒューブも現魔王を知らぬのではないかと思っておったのだ。

ヒューブがヒルドヤードで剣を向けた時は、ユーリはまだ髪と瞳の色を誤魔化しておったから、ユーリが現魔王だと気付けぬかったのであろう。


『…ふむ』


痛みに悶えながら何か考えていたヒューブは、はッと目を見開かせて、「私は…また取り返しのつかないことを…!」と、手をくたりと力を抜けさせていた。

戦意喪失気味の…否、最初からヒューブから殺気は感じぬかったけども――ショックから青褪めるヒューブに向かって、コンラッドがジリッと前へ踏み込もうとしておるのを視界の端で認識した。


――ヒューブはもう戦う意思はないのにッ!


『ヒューブッ!』


己が叫んだ声が辺りに響き渡るのと同時に――…一歩踏み込んだコンラッドによって、ヒューブの剣が遠くへ弾き飛ばされた。

カチャンッと金属が地面に叩きつけられる音が耳朶に届き、一瞬静寂がおとずれる。私はひゅうッと息を吸い込んだ。


『っ』

「コンラッド…。ヒューブッ!」

「近付かないでッ!!」


ヒューブの安否を気遣う二人に、怒鳴る様にコンラッドが大声を出したので、二人は足をぴたりと止める。

思わず足を止めたのは、全身をかけて守ろうとしてくれたコンラッドを無視して、近付けぬかったから。ユーリも同じく。


「陛下〜」


だが、ヒューブの荒い息づかいが僅かに聞こえたので、私は、ほっと安堵の息を零した。

コンラッドに守られるのに、嫌だと感じないどころか…コンラッドが傍におると思うだけで、肩から力が抜ける安心感を感じる。

そのコンラッドが、たった今守ってくれたコンラッドが、ヒューブに近づくなと申したら、頭ではヒューブの怪我を心配しておるのに、体が動かぬ。


「姫様ああ〜!サクラ様〜!陛下ぁぁぁぁー!」


男のくせに甲高い声を響かせるギュンターと、複数の足音が聞こえ、私もユーリも振り返る。コンラッドは、味方が駆けつけているのを背中で感じながらも、ヒューブから目を離さぬかった。


「一体、何事ですか!これは…」


痛みに顔を歪めるヒューブと、剣を構えたままのコンラッドの姿を交互に見て、ギュンターはその顔をキリッと真剣なものへと変えた。

同じく騒ぎに駆けつけたグウェンダルとオリーヴ、ロッテも、意識のあるヒューブに目を留めた途端、顔を歪めた――三人の反応を見て、焦る。何か声を掛けなければ、剣を抜く勢いだ。


「あぁぁ、待って、グウェンダル――…」


ユーリの願いも虚しく、グウェンダルは私とユーリの間をすり抜けて、ヒューブへと足を向けてしまう。

ツカツカとグウェンの足音だけが響いて、向かい合うヒューブは、凄い形相で近寄るグウェンダルと睨み合い――…反抗もせずに、グウェンに殴り飛ばされた。


『うわっ』


強く殴られたヒューブの体は、三メートル程飛ばされ、地面へと叩きつけられた。

殺気が込められてなければ、凄い飛んだなと笑い話に出来るのだが……否、そんな事を考えておる場合ではないな。サクラの思考が現実逃避をし始める前に、グウェンはヒューブに向かって口を動かした。


「だから、言ったのだ。コイツを再び城に戻すのは反対だと」


ヒューブとこうやって顔を合わせるのは実に二十年ぶり。長かったのか、短かったのか。二度とコイツと会う事もないと思っていたのに、と剣を抜く。


『わッ!待て、待て待て!』


昼間、廊下でコンラッドと言い合っておる際に、ゲーゲン・ヒューバーを城に入れたのを最終的には納得してなかったか!?

ヤツを目の前にすると、やはり憎しみが表へと出てしまうのかッ!


「わぁ!待て待て!やめろッ!!話し合おう!誤解があるかもしんないし、あ、ああえ、ぇ?…――コンラッド!?」

『ぶっ!?――貴様等…』


ユーリと制止の声が重なったけど、それに見向きもせずに、ヒューブとグウェンの間へと飛び出そうとしたのに。

私達の体の前へと、素早く立ちはだかった――コンラッドと、オリーヴ、ロッテの背中に、意思など関係なく足を止めさせられた。勢いあまってロッテの背中に、顔をぶつけてしまい、私の鼻は真っ赤に……痛い。

こんな時、誰よりも早く声を荒げそうなオリーヴも、いつも爽やかなコンラッドも、飄々と掴みどころがないロッテも、グウェンダルとヒューブの二人を見つめたまま、ユーリとサクラに目を向ける事もなく、無言だった。

立ちはだかる三人の重々しい背中に、サクラもユーリも、言葉が出ぬかった。


「二十年前に、こうしておくべきだったのだッ」


サクラとユーリが、止めたくても止められぬジレンマと戦っているのを横目に、グウェンダルは、地面に寝転がったままのヒューブの首に剣の先を添える。

そして、ヒューブに見せつけるように右手を高く上げて、勢いよく振り下ろした。

空気を斬る音に、私は間にあえッ!と、瞬歩で二人の間に入り込もうとしたが――…左腕を強く引っ張られて、それは出来ぬかった。引っ張った犯人、ロッテの顔を振り返って見たけど、ヒューブが気になって、視線を戻す。

ヒューブは、振り下ろされる刃の空気を斬る音を聞きながら、やっと死ねると目を閉じた。


『ッ!』


――生きると言う行為は尊い。

明日を生きておるのかもしれぬ過酷な環境でも、未来を想って生きようと足掻く子供達もおるのに。あやつはッ!

罪を犯したのかもしれぬが…命を自ら捨てるなどッ!私の前では、そのような事させぬッ!!







(私の目の前で)
(命を散らす事は断じて許さぬッ)



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