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「元気そうで何よりだヒスクライフさん」


ビロン氏は、ニタニタ気味の悪い笑みを脂ぎったその面に乗せ、ヒスクライフの両隣にいたユーリとサクラに向かって視線を寄越した。

視線が合うのを生理的に無理だと判断した私は、ビロン氏がこちらに視線を寄越す前に、視線をずらした。

ビロン氏は“強欲成金”ってな言葉が善く似合う。角ばった顎に、太い眉毛、そして悪くどい笑み。私とユーリを小馬鹿にする視線に吐き気がする。



「ビロンさんも益々商売繁盛のご様子ですな。ああ、こちらのお方はエチゴのチリメン問屋、ミツエモン殿とスケ殿、まだ若いが一廉の人物でして、私などは早くも頭が上がりませぬ。ぜひともご意見を伺いたく、この交渉に同席をお願いしました」

「たっ、タダイマご紹介に与りましたミツエモンです。ミツだけ片仮名でえもんは平仮名とかにはこだまりません。ドラえもんとは赤の他人ですからしてー」

『……どうも』


仏頂面で、ビロン氏に答えたので、ユーリは目を白黒させて、私に視線を寄越した。


「早速だがビロン氏」


ヒスクライフは、ビロン氏のニタニタ顔に臆する事もなく、コフンッと喉を一旦鳴らして、場の注目を集める。


「本来ならば明朝に場を設ければよいところを、このような時刻にもかかわらずこうしているのには理由がある。 そちらの展開する商売を、早急に改めてもらいたいのだ。そう、今すぐにでも、今夜からでもだ」

「どうも要旨が飲み込みませんなあ」


早速、本題に。

ビロン氏の目の前にある客用のソファーに、ヒスクライフが座り、その隣にユーリとグレタが座った。

私もグレタを挟んでソファーに座ろうとしたのだが、グレタが一言も喋らずある一定の場所に目を向けておるのに気付いて、私はソファーには座らず、ヒスクライフさんの護衛の隣に立って控えた。


「惚けるつもりならば有り体に言おう。 前所有者の博打好きから判断すれば、そちらがどのような手段でこの地区の権利書を手に入れたかは明白。しかしそれには言及すまい、去りし者を愚かと呼ぶのは空しいだけですからな。 だがビロン氏所有となってからの四月で、西地区はがらりと姿を変えた。 品性に欠ける客が多く集まり、店子との揉め事も後を絶たぬ。 そればかりではない。 南地区の権利保有者として、我が手の者に調査させたところ、倫理にもとる商いまでも手広く行っているという」


グレタの視線の先には、ビロン氏の背後に控えておる護衛の男四人だ。否…その内、左側に立っている一人の男を見ているみたい。食い入る様に見ておる。

私も片眉を上げて、怪しげな男を観察してみる。耳はちゃんと、ビロン氏達の話に向けておるよ。

護衛のその男は、狛村隊長みたいに頭を籠で隠しており、顔がどんなヤツかは判らぬ。長身で、腰には一つの剣が……剣?

護衛なのだから剣を差しておっても、別段可笑しくはないのだが…その剣に既視感を感じ、サクラは眉間の皺を深くさせた。


「先程この眼で確かめたが、なるほど部下の言葉どおり、胸の悪くなる光景だった。娼婦たらぬ者にまで客を取らせ、その利まで与えず搾取するとは! ビロン氏、私は忠告と同時に要求する。即座に事業の携帯を改め、これまでに蹂躙した者達への補償を申し出なさい。さもなくばそちらの不道徳な事業内容はヒルドヤード王政府の知るところとなり、いずれは両手が後ろに回りますぞ!」

『……その利まで与えず搾取だと!?』


怪しげな男に警戒し始めたサクラの耳が、ヒスクライフさんの言葉にピクリと反応。


――身を粉にしてニナもイズラも家族の為に働いておるのに…したくもない行為を我慢している彼女らにお金を払っておらぬと言うのかッ!!許すまじッ!



「いいこと言った! 感動した! さすがミッツナイのヒスクライフさんだ!」


――そうか…。ユーリが見た偽札疑惑のお金とやらは……偽札かどうかはともかく、このビロン氏が荒稼ぎしたお金なのか。

目撃されたからユーリとグレタを監禁して…――。くッ、許すまじッ!

感動するユーリの背後でサクラは殺気混じりの視線をビロン氏に向けた。

グレタの視線の先で、あの男がサクラに殺気に反応して指をぴくりとさせた。


「エヌロイ家のご当主直々のお出ましというから他の予定を取りやめてお待ちすれば、なんとも下らぬ偽善論ですか。用というのがそれだけならば、さっさとお引き取り願いたい。 こちらとしても忙しい身の上でしてね」

「忙しい? 法石の産出が止まり穀物の種籾もなく、家畜の育たぬ気の毒なスヴェレラに、年端もゆかぬ娘達を、騙し狩りに行くのでお忙しいか」

「何を言い出すやら、さっぱりぽんですな」


ヒスクライフさんの嫌味に、ビロン氏は、馬鹿にした笑みを寄越した。


「なにひとつ騙してなどおりませんよ! この、世界に名だたるルイ・ビロンが、そのような人聞きの悪いことをするものですか。 我々はきちんと保護者と契約書を交わし、双方合意の上で娘達を預かってきているのだ。 仕事のないスヴェレラの民に手を差しのべるのが目的で、採算など度外視、すっかりぽんですよ」

『(…殴りてぇー!!!)』


今は、朱雀も青龍も刀にしておらぬのに……私は怒りのまま腰辺りに、思わず手をやってしまう。

その行為にも視線の先で、あの男がぴくりと反応したので、気になった私は、またビロン氏から、男に視線を戻した。


『(あの男…)』


覚えのある気配。間違いない、あの男は――…



「その契約、まず文字を学ばせてから結ぶべきでしたな。 スヴェレラの何家族かから、契約書の内容を理解していなかったという証言を得ている。 そちらが態度を改めないのなら、これを持って王政府に訴え出るころもできるが」

「どうぞそうしなさい。担当役人に幾人か知り合いがいる。 よろしければ窓口として紹介しましょう」



つい先程、港で私と剣を交えた男だ。こやつの護衛であったのか…。腕の立つ男なのに、こんなクズを。



『(もったいない)』


然し…、このビロン氏、莫迦なのだろうか。ヒスクライフさんに担当役人を紹介するなど…笑止!

ヒスクライフがただの遣いだとでも思っておるのだろう、莫迦め。何処出身なのかすら知らぬのであろう。会談する時点で、ヒスクライフさんの事を調べるべきだったのだ。侮りすぎだ、莫迦め。

ここが人間の地ではなく、魔族の土地であったならば、サクラやユーリがしゃしゃり出て権力に物を言わせて、街を改善する事など簡単なのだが……。

サクラは、数か月前に訪れた“パプリカ”を思い出した。

パプリカは、村長もゲス等とグルで人身売買をしており、村の住人にまで誘拐に目を瞑るよう脅していた為――…関わったのも何かの縁だと、村長がいなくなったパプリカを、今はサクラが責任を持って立て直しに力を入れている。

今では、エノキさん達を始め村人とサクラの仲は良好だ。……最初は、刑が軽すぎると、オリーヴもグウェンもコンラッドも善い顔しなかったが…そこは押し切った!



「ここまで言っても改める気がないのなら、仕方がない。 その権利書を手放してもらうほかはあるまい」

「ほう。 どのような条件を提示するおつもりで? エヌロイ家の財産を積まれても、お譲りするつもりなど、さっぱりぽんですが」

「金などこの先いくらでも稼げる。そんな在り来たりなものでは働きませんよ」


サクラが心の中でビロン氏を罵っておる最中に、会話はどんどん進み、ここで初めてユーリが静かに口を開いた。


「じゃあ、ギャンブルすれば?」

『…う、ぬ……?』


一瞬、ユーリが何を申したのか判らず、ビロン氏と共にアホ面を晒してしまった。

いち早く我に返ったヒスクライフが「それはどういうことですかミツエモン殿?」と、私の疑問を口にしてくれた。



「どこのどんなミツエモンかは存ぜぬが、若造の口をはさむ問題ではないのだよミツエモンさんとやら」

「だって元々、賭けに勝って手に入れた権利書なんだろ? だったらまた賭事で勝負して争えばいいじゃん」

『う〜ぬ…』


ユーリの言い分も判るには解るのだが……必ずしも勝負に勝てるとも限らぬし、何よりこの問題にはユーリは全く関係ないのだ。ヒスクライフが申し出るのならば話は判るが。

…――ユーリ……誰が責任を取るんだ。こちら側の賭ける物もありゃ〜せぬ。



「なるほど、お育ちの良さそうな坊ちゃんだと思っていたら、考え方もやっぱりぽんですな。 博打などの経験がないのでしょう。こちらが金で頷かない以上、西地区の興行権に見合うだけの高価な者が必要となる。 そう簡単に見付かりますかな。おおそうだ、南地区の権利を賭けるおつもりなら、予めお断りしておきましょう。あんな風呂ばかりのつまらん土地は要りません」


――イラッ。

お前に指摘されなくとも、判っとるわッ!!貴様如きがユーリを莫迦にするなッ!!!


『許すまじッ!』

「え、温泉パラダイスはヒスクライフさんが経営してたのか。 こんな時にナンだけど、あの超きわどい海パンはなんとかなんねーかなぁ」

「おや、ご婦人にはご好評なのですが」

『なるほど、詐欺のような商売をなさってる人物は、どのようなお方かと思えば……なるほどなるほど、やはりクズですな。頭の中もスッカスカなのでしょう!』

「なに?」

『ミツエモンはこう見えて、素晴らしいお方なのだ。貴様如きに、莫迦にされる云われはない。嗚呼、失礼、貴方のようなスッカスカには、ミツエモンの良さが判る筈もなかった、すまぬ。―――賭けの話であるが、心配なさるな。貴様如きに…否、失礼。南地区の素晴らしさを判らぬ貴方に、南地区の権利を賭けるような愚かな事はせぬ。宝の持ち腐れ、と言うようなものだしな』


私は、温泉を楽しみにしておったのだ。熱のせいで、まだ入れておらぬが…年端もゆかぬ少女に身売りさせる様な商売をしておるこの地区よりも、遥かに素晴らしい。

温泉の善さを知らぬとは、まぁ…このような輩に判ってもらおうとも思わぬが。



ここに来て初めて口を開いたサクラの言葉が、殺気と嫌味が込められていて――…一瞬何を言われたのか判っておらぬビロン氏は、ポカーンと固まった。

ユーリは、またサクラがイライラしてるーと頬を引き攣らせ、遠回りに庇われたヒスクライフさんは目を丸くした後、目尻を下げた。


「スケさんと言ったかな?室内なのに帽子を被ったままで、常識すら知らないお嬢さん……そこまで申すなら何を賭けるおつもりで?」

「そうだよっ何を賭けるつもりなのッ?」

『私だよ、私!』


ふんッと胸を張ったサクラに、室内にいる全員が硬直した。

それを視界にいれながら、私は帽子をゆっくり取ってやった。ヒスクライフさんの様な頭ではないが、ここが人間の土地で、目の前におるビロン氏が人間なのだから……喰い付くだろう黒髪を見せてやる。

強欲なビロン氏は悲鳴は上げぬだろうと見越して、な。


『この黒髪を提供しても善いし、私は瞳も黒だ。負けたら抉っても善いぞ』

「っ!!なに言って――…」

《主ッ!》


双黒を目にして驚愕する一同を見て、私はにんまり笑ってやった。若干一人は、目を吊り上げたが……負けなければ善い話ではないか。それに、言いだしっぺはユーリなのだ。


――まぁ、賭け事頑張れ。青龍の咎める声もスルー。

心配から怒ってくれておるユーリにそう言おうとしたが――……見知った足音が耳朶に届いて口を閉じた。







(いつもいつも)
(善いタイミングで登場するな)
(それを嬉しく思う己も…どうかしてる)




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