11-8





「どんな仕事したかったの?」


ぽつりと放たれた言葉に、一気に気まずい雰囲気が払拭されて、全員の視線がグレタに注がれる。


「イズラは脚が速いから、手紙を届ける人になりたかったんでしょ。ニナは何になりたかったの? 大人になったら何したいの?」

「あたしはね、先生になりたかったの」


はにかみながら尋ねてく来るグレタを見て、嗚呼…気を使ってくれたのかと、気付いて、ふっと笑みが零れる。


『先生…素敵な夢だな』

「教師かぁ。でも教師って苦労多くねぇ?」


――将来の夢…かぁ〜。考えた事なかったな…。結城を育てる事しか考えておらぬかったし……何より、渇望しておるのは…あの世界でまた零を背負う事だ。

まだ死神としての誇りも生き方も捨てられぬ……と、私は隠れて自嘲した。


「だって、先生はすごいのよ。字も書けるし、本も、読める。毎日、学校も行けるのよ」

「毎日学校に行かなきゃいけないのは、教師やってる大人じゃなくて生徒だろ」

「生徒は滅多に学校には行けないわ、だって働かなきゃならないもの」


ユーリの世界は狭い。故に…苦労しておる人々の生活が判らぬのであろう。人には人の事情とやらがあると言っても理解出来ても納得出来ぬのは、恵まれた環境にいるから。

身分の激しいこの世界では――…人間の国を始め、眞魔国の人々だって、お金と時間がある子供しか学校には行けぬのだ。

地球…つまり日本の義務教育は恵まれている。かく言う私とて、恵まれておるのだ。 前世は一応、貴族だったし…死神の学校にも行けたしな。ルキアや恋次のように、苦労しておる人達を間近で見て来たからこそ判る。


『…貴様も私も……恵まれてると言ったであろう』


ニナを治療しておるユーリの魔力が足りなくなってきて、疲労感からクラッとしていたユーリの肩に手を添えて、己の魔力を渡しながら、ユーリしか聞こえぬようにそう言った。


――己の価値観で物事を図るなよ。

そう思ったが、それは口にはしなかった。ユーリには真っ直ぐ光のようにいて欲しいから。少しは指摘するけれど、それは何もしらぬままでなく勉強して欲しいからであって、真っ直ぐで優しく正義感が溢れるユーリのまま成長して欲しいのだ。





「グレタは何になりたいの?」


ふと、少しは顔色が善くなったニナは、グレタに尋ねた。少し余裕が出て来たのかな。


「グレタはね、子供になりたかったの」

「「「子供じゃーん!」」」

『…子供ではないか』


グレタの回答に、ユーリ、イズラ、ニナと、少し遅れて私が突っ込んだ。


「違うよ、ちゃんと誰かの子供に、お父様とお母様のいる子供になりたかったんだよ」


子供だと突っ込まれたグレタは、表情に陰りを落として、続けた。


「グレタはスヴェレラのお城に住んでたの。けどそこの子供じゃなかったんだよ。最後の日にお母様は言ったの、グレタ、あなたは明日からスヴェレラの子供になるのよって。でもあちらのお二人は、あなたを子供として育ててはくれないかもしれない。だからこれから先はあなたは誰も信じてはいけない、自分だけを信じて生きていきなさいって。……最後の日にお母様は言ったの」

『(お城…?)』


自身の母をお母様と呼ぶグレタ、そしてお城にいたと言うグレタ。……その言葉から、この子が位の高い位置の子ではないかと推測しまう。

そのグレタが何故、血のつながった母親ではなく関係のないお城に住まなければならぬかったのか……サクラは、真剣に耳を傾ける三人を横目に、ぐるぐる思考に耽っていた。


「お母様の言ったとおり、スヴェレラの陛下と妃殿下は、グレタを娘にしてはくれなかった。あんまり話さなかったし、会うことも少なかった。けどグレタはスヴェレラの子になりたかったの。だから王様達の気に入ることをすれば、誉めてくれて喜んでくれてあの国の子供にしてくれるんじゃないかと思ったの」


スヴェレラの陛下と妃殿下とグレタが口にした途端、ニナは固まり、イズラは「やっぱり…」と、唖然としながらも零していた。


『…(親の愛情が欲しかったのか…)』


そうだよな…この年頃は、親の愛が恋しいのは当たり前だよな。震えながらも懸命に子供になりたかったと言うグレタを見て、私の脳裏に我が弟の姿が過ぎった。

夏休みは、嫌と言ほど遊んでやろうと思っていたのに……長いこと地球へと帰れぬとは。私も結城を…望むほど愛を与えてあげてるだろうか……。


「四月前くらいからお城では、魔族の悪口が多くなった。たまに陛下と妃殿下とお会いしたときも、魔族に腹を立ててばかりいた。だから魔族の国の王様を殺したら陛下も妃殿下も喜んで偉いって誉めてくれると思ったの。スヴェレラの子にしてくれるんじゃないかと思ったの」

『……』


簡単に殺すなど…言うなと言いたいが……それほどまでに、親からの愛情を欲しておったのか。

だが…魔王陛下を暗殺出来たとして…そのまま城に帰ったとしても――…恐らく、この歳で魔族、しかも魔王を殺したのだと褒められる所か、危険分子されより一層白い眼を向けられるに違いないのに。…――グレタは純粋すぎる。魔王暗殺が失敗して善かった。この子に肩身の狭い思いをしてほしくない。


「だから地下牢にいた魔族の人と取引をして、一緒にお城を抜け出したの。眞魔国のお城に連れて行ってもらって、ユーリを殺そうとしてんだよ」

『…ぇ…』


魔族を連れ出したなど……もうその時点で、グレタは罪に問われる。家があるならば帰すべきではあるが…グレタの身に危険がある場所には帰せぬ。

サクラが複雑な表情を浮かべた横で、ユーリも悲痛な顔をしており――……イズラとニナは、魔族と言う単語に、目を見開いて硬直していた。


「……いい人だなんて思わなかったの……あんなに悪く言われていたから、ユーリが……ユーリもサクラもいい人だなんて思いもしなかったんだよ。もう誰かの子供になんかならなくてもいい」


三者三様のリアクションに、グレタは気付かず、大きな瞳に涙を溜めてユーリに謝った。


「ごめんねユーリ」

「なに言ってんだ!」

「なに言ってんだよグレタ、お前はおれの隠し子だろ!? つまりはお前は誰かの、じゃなくて、もうちゃんとしっかり、うちの子だろうが!」


ユーリの言葉に、サクラは口角を上げた。


「……ほんと?」

「ほんとだよッ」

『――それに…グレタは私の妹だ!レタスもな』


グレタの目線に合わせるように、しゃがみそう言えば――…堪えきれなくなった涙を流しながら、グレタは嬉しそうに笑った。


「サクラお姉様…」

『ふっ、様などつけなくとも善い。サクラでいい。あっ、おねぇちゃんって呼んで欲しいな…レタスみたいに』

「ッ!!…うん、うんっ」

「よかったなグレタ、父親だけでなく一気に、二人の姉が出来たな〜」

「っ、うん…ありがと」


ぐずっと鼻を鳴らして、涙を流すグレタをユーリと共に眺めて慈愛のある笑みを零し――、嬉し涙に変えたグレタにサクラは笑いながら、『ほれ、使え』と、白いハンカチを渡した。



「魔族なの!? こいつら魔族なの!?」

『――!!』

「落ち着いて! 落ち着いてニナ」

「どうしようあたし、魔族に触られたわ! きっと呪われる、きっと神様に罰を与えられるっ」


魔族だとバレてしまったな…。話の展開について行けなくて…恐らく、ユーリが魔王だと理解出来てはおらぬのだろう。 魔王だと理解してたら、魔王って叫ぶだろうし。

錯乱状態のニナを私は悲し気に見る。何だか覚えのある光景だ。そう魔剣を探しに行った時に――…ユーリが女性に魔族だと罵られた時の事を思い出した。

こんな時に、魔族と人間の壁の深さを感じる。いつか、いつか――…変装しなくとも、素である己の黒い髪と瞳を晒して、堂々と人間の地を歩けたら…。


「誰か来て! ここに魔族がいるの、魔族がいるのー! 殺される」

「なんでッ!?」


どうしたものか…と、ユーリと話し合っていたら、側で、グレタが眉をキッと吊り上げて、ニナを睨んだ。

錯乱状態のニナにはグレタの言葉は届かず、ユーリと私から距離を取って、ニナは壁をドンドン叩く。グレタの顔が信じられないと、物語っていた。


「なんで!? 助けてもらったんだよっ、親切にしてもらったんだよっ、なんでそんなこと言うのッ!?」

「……いいんだよグレタ、慣れてるから。お前が怒らなくてもいいんだって」

『うぬ…ありがとな、私達の代わりに怒ってくれて』

「だって」

「だいたいいつもこんなもんさ。な?」

『…ああ…悲しいがな。魔族は大体が嫌われ者さ』

「そんな…」


私達よりも悲痛な表情を浮かべるグレタの頭を、ポンポンと撫でてたら、ユーリが私を見据えて――…


「……それよりこの騒ぎで見張りがドアを開けたら、その隙にうまく逃げ出そう」

『――うぬ』


逃走しようと言いだしてくれた。そうだな、悲観するのは何時でも出来る。早くこの場から逃げなくては。


それに頷き、私はまだニナを睨んでいるグレタを抱きかかえ、背中を撫でながら気配を殺すように息を潜めた。

隠しきれぬ気配が一つ、こちらに向かって来ておる。今度は私がユーリを見据え――…『来る』と、短く告げた。ユーリとアイコンタクトし、私はグレタを抱えながら――二人で入り口の左右に待ち構える。





「お前等ぎゃーぎゃーうるせえ……」



_____そして、乱暴に扉が開かれた。


扉の側にいた私は、乱暴に入って来た男の背に向かって足を振り下ろす。無様にコケた男を確認したその隙に――…。


「今だ!」


ユーリが鋭く、声を上げたので、私はグレタを抱えたまま外へと出ようとした。その瞬間、背後でユーリの「っ!!」と痛そうな声を聞き、振り返ったら――…、ユーリは、立ち上がった男に拘束されていた。

そうか…ユーリはまだ右足が完治しておらぬかった。拘束する男を視界に入れて、私の顔が険しく歪む。


「ユーリ」

「グレタ、サクラっ、逃げろ! 宿に向かってコンラッドを……」

『!!――チッ』


――仲間を見捨てて逃げるわけなかろうがッ!!思わず舌打ちをしてしまう。

ユーリを掴んでおる男の右手目がけて、霊力を込めながら手を振り下ろした。痛がる男の傍から、瞬時にユーリが抜け出して、私達は逃げる。


「このっ」

『しぶといヤツだなっ!』


私の攻撃を受けて痛い筈なのに、男は今度は左手で、ユーリを捕まえており、私はまたも足を止めた。今度はユーリを後ろから羽交い絞めしておるので、下手に動けぬ。

腕の中でグレタが身じろいでユーリとか細く名を呟いた。


『…あ、』

「行って!」


男の背後から、イズラの姿が見えたと思ったら――…瞬きした瞬間に、男が地に伏せ、イズラの手元には鹿の剥製が見える。

あれは…この倉庫の壁に飾ってある剥製の一つだ。他にも、兎、イタチ、馬や熊などの剥製があるのを、この倉庫の様な部屋に閉じ込められた時に確認していた。

イズラ……その鹿の剥製で男の後頭部を殴ったのか。大丈夫であろうか…思わず男の心配をしてしまう。後頭部の衝撃は、後々命に関わるのだ。素人の攻撃であればあるほどその危険性が出てしまう。


――嗚呼、だが女性の力であるし…気絶しただけだろう、そう己に言い聞かせて、イズラに視線を戻した。


『勇ましいな…』

「イズラ……きみはそれで殴ったの?」

「行って、いいから。逃げて」

「でもそれじゃきみが……。なあ、一緒に」


そう提案するユーリの横で、私も静かに頷く。イズラはこの仕事から逃げようとしていた、逃げるならば共に逃げた方が安全であろう。


「ニナがいるもの」


ユーリの言葉に、イズラは目を丸くして、ふわっと笑みを浮かべた。


『……そうか』


友を見捨てぬイズラの柔らかな笑みに、私もふっと笑みを零す。魔族である私達を助けて、ありがとう。

まだ悩んでろうユーリの背中をつついて、早く逃げるぞと促す。


「なんで魔族なんか助けるのっ!」

「いい人だって判ってるから。行って、早く!大丈夫、これは落ちてきたことにする」

「イズラ……」


パニック中のニナが、そう叫び、私の胸にツキンと棘が刺さった。

魔族だって…善いヤツがいるのに。時々腹黒いけど何時だって優しいコンラッドや、一見近寄りがたいグウェンだって不器用なだけで優しいし、わがままプーなヴォルフラムとて真っ直ぐな性格で善いヤツだ。私を守ろうと躍起になっておるオリーヴや、勉強を見てくれるギュンターだって、人間が噂するような悪い輩ではない。

こうも直接叫ばれると、一応魔族である私をも否定された気がして――…ツキンと胸に棘が刺さる。


「お母様はねっ、お母様はねっ、ご自分と同じ名前の娘が、正しくて勇気のある人でよかったって、とても喜んでいると思う」



走り去るサクラとユーリを見つめるイズラに向かって、グレタが叫んだ。

素直な、グレタの言葉に、言われたのはイズラなのに私も胸がポカポカ温まる。魔族を批判する人が多いけれど、こうやって私の代わりに魔族は悪くないって言ってくれる人もいる。世の中捨てたもんではない。

ツキンッと刺さっていた棘が消えて、温かくなった胸に、私は頬を緩めて―――グレタを抱えていた腕にぎゅ〜ッと力を込めた。







(グレタ、イズラ…)
(魔族を想ってくれて、ありがとう)




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