10-2
船に乗るのは魔剣モルギフを探しに、人間の地へ行った以来だ。
あの時に、ユーリのおぞましい魔術で、己の魔力を引き出され――…産まれてから一度も会えなかった相棒達と再会出来たのだ。帰りは、いろいろあってツェリ様の船で。
――つまるとこ何を申したいかって?
どれも豪華な船だったって事だ。 豪華客船の時は、いろいろ連れまわされて疲労困憊だったが…今回は、コンラッドが気を使ってくれて、ツアーで申し込んだ小旅行なので、船室はこじんまりとした室内だ。
『……』
深夜、皆が寝静まった室内を、サクラは見渡して――自身の隣にくるまるように横になっておる、赤毛の女の子を、心配気に見つめる。
この部屋にはベッドが二つしかないので、サクラとレタスと赤毛の女の子。そして隣のベッドには、ユーリとヴォルフラムが寝ていた。コンラッドの姿は見えぬ。
…――今のうちだな。
サクラはニンマリ笑みを零した。
『――玄武』
女の子の額にそっと手を添えて、玄武に呼びかけたのだが、寝ていなかった女の子に、パシッと手を撥ね退けられた。
『……熱を下げるだけだから、安心しろ』
「……誰も信じない。信じちゃダメ」
うわ言のように呟かれた言葉に、私は息を呑んだ。
……拒絶する小さなこの子に、なんと言ってよいのか判らぬ。
信じてはならぬと自身に言い聞かせなければ、生きて行けぬほど――…この赤毛の女の子は過酷な環境で生きておったのか――。
《そいつを診ればいいのか〜?》
『うぬ』
《熱を下げるだけなら、サクラの方が早いんじゃね〜の》
赤毛の女の子に姿を見られぬように、具現化した玄武が舌を出しながら、そう言っておるが――…頼られたのが嬉しいのか、白い体がうっすら朱くなっていた。
確かにな。熱を下げるだけならば…薬が得意な玄武より己の方が得意だが、船の上だからだろうか……魔力が上手く練れぬのだ…。なので、玄武に任せた方が得策だろう。
『善いではないか、任せたぞー』
《…判ったよ》
目を細めた玄武だったが、ペロっと舌を出して、了解してくれた。
――善かった…。意外に鋭い玄武に何か言われるかと身構えてしまったぞ。
横たわる女の子の背後から、玄武が魔力を送って熱を冷まし始めたのを横目に――…重く感じる己の体を、若干硬いベッドに沈めた。
…―――何かに呼ばれておる。
『(朱雀か青龍だろうか)』
途端、襲ってきた眠気に従って――…素直に意識を飛ばした。
□■□■□■□
――さわさわ…。
風が木々を揺らしている、心地いい音を聞きながら――…目を開けた。
視界いっぱいに広がる桜と、何処までも晴れ渡る青い空。そしてサクラは大きな湖にぷかぷか浮いていた。
さわさわと、風にゆられて桜の花びらが舞い、幻想的な景色。
《……主》
『青龍。…――白虎も』
《なんじゃ、サクラ。今から修行でもするんかい》
――ん?
『うぬ?呼ばれたから来たのだが…貴様等が呼んだのではないのか?』
《……なにぃ?ワシらは、呼んでおらんが》
《……》
目を丸くした私に、青龍も白虎もきょとんとしたのち――…怪訝な表情を浮かべた。
『…そうなのか?まぁ善いか。 あ、でも今日は修行はよい』
《珍しいのぅ。ここに来といて修行せんとは》
『あー…なんか体が疲れておるのだ。思うように動かぬ』
――ダルいし、体が重く感じるのだ。
《……大丈夫なんか》
『う〜ぬ。まあ大丈夫だろう。 これから温泉にゆくのだ!!羨ましいであろう。白虎も玄武も人の姿になれるならば――…一緒に温泉に入れるのだがなー』
《温泉…》
《……》
羨ましそうな顔をした白虎の横で、眉間に皺を寄せたままの青龍。
深刻そうな表情を浮かべて仁王立ちしておる青龍に――…私は疑問に思いながら、寝転がっておった体を起き上がらせた。
立ち上がった事で、近くなったサクラと青龍の距離。
『どうした、青龍。…貴様、温泉嫌いであったか?』
《そうなのか?》
白虎とサクラは仲良く同じ方向に小首を傾げた。
《……否、そうではない》
『なら――…』
《主、ここに呼ばれて来たと言っていたが…》
『うむ、そう申したな。引っ張られたから来たのだぞ』
私の言葉にさらに、眉間に皺を寄せる青龍に、どうしたのか口を開こうとしたが――…それよりも早く私達の背後から、第三者の気配がした。
《ッ、――主ッ!!》
『――!!』
《!!》
気配を感じ取った瞬間――…三人とも、警戒態勢を取った。
私は、斬魄刀を。 青龍も斬魄刀を構えて、主であるサクラを守るように前に立ち、白虎はその青龍の隣で威嚇しながら、鋭く前を見据えた。
『!!…――貴様は…』
___私達の前に降り立った人物は、意外な人間だった。
(ここで会ったが百年目!!)
(……主を守るのは我等の使命)
(サクラがワシらの全て)
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