OTHERS | ナノ


今日も大切なあの方が

戦地へ赴き旅立ちます

ああ、どうか大切なあの方が

無事にお帰りになられますよう




君死にたまふことなかれ




時代は戦争の真っ只中。
ガイロス帝国とヘリック共和国は今現在も激しい衝突を繰り返している。

毎日のように軍が出撃し持ち帰ってくるのは、勝利の喜びと大敗の嘆き。
負傷した兵士たちのうめき声。
何より見て胸が苦しいのは、今はもう物言わぬ蒼白の顔。

「何故、戦争などするのでしょう。」

呟いても答えの返ってくるはずもなく、部屋はただ静まりかえるしかない。
私はただいつも見ているだけ。
出撃していく者に応援の言葉を送り、帰還してくるものに労いの言葉をかける。
ただそれだけしかできない。

心配でたまらない。
兵士たちはもちろんだが、何より愛しいあの方が。



コンコン



「?どなたですか?」

「失礼します。」

「!!!」

扉を開けて入ってきたのは心待ちにしていたあの方。
軍帽を手に持ち、太陽のようにきらきらと輝く金糸をなびかせる。
目には美しい翡翠の宝石。

「ただいま、戻りまし…おっと。」

「カール様!」

名前を呼ぶと同時に思い切って足を踏み出し、あの方の首に手を回す。
優しく抱き返してくれるあの方。

「ファーストネームお嬢様。ただいま戻りました。」

そう言って私の唇に自分の唇を重ねてくれる。
優しいそのキスで私を深い安堵感で包んでくれる。

「心配でたまりませんでした。無事に帰られてほっとしました。」

「…。少し顔を見に寄っただけです。」

いつもならまたキスをしてくれるのに今日は何か違っていた。
そんな普段と違う様子をやはり私は感じ取ってしまう。

「?どうかなさいましたか?」

「明日からまた遠征に出ます。」

「!!!!」

「ですからすぐに準備に行かなくてはなりません。ホントに今は顔を見に寄っただけなのです。」

「また、ですか。」

「はい。」

私は大富豪の姫。
相手もまた大富豪である
だがそれと同時にこの方は軍人。
こんなに酷いシナリオがあってもよいのだろうか。
またこの方の毎日の無事を祈ることしかできないなんて。

「今回はかなり長くなりそうです。国境付近まで行きますので。」

「!? そんなに遠くに行ってしまわれるのですか?」

「申し訳ありません。」

「…。」

ここで泣きついて留まるように言えばよいのになんて損な性格なのでしょう。
涙を見せる素振りもせずにいつもこう言ってしまう。

「いいえ。あなた様は軍人。それがお仕事なのですから仕方ありません。」

「申し訳ございません。」

本当に申し訳なさそうに謝ってくれるこの方を見るのが心苦しくて。
今にも泣き出しそうなこの方を見て涙が零れそうで。
私はいつも無理に笑顔を浮かべて言ってしまう。

「さ、明日の準備が大変なのではありませんか?早く行ってあげてください。」

「はい。では、また。」

ぎゅっと抱きしめてくれる腕が温かくて。
顔に触れる金の細い髪がくすぐったくって。
離れてほしくなかったけどそんなことも言ってられない。
だって本当に仕方ないんだから。



パタン



”また”なんてあるのだろうか。

”また”会える保証なんてあるのだろうか。

”また”抱きしめてもらえる保証がどこかに存在するのだろうか。

私は頬を伝う一筋涙に気がついた。

「アレ?変ですね。いつから泣いていたのかしら?」

溢れてくる涙はなかなか止まらなくって。
もしかしてずっと泣いていたのだろうか。

いつから?

あの人が出て行ってから?

あの人に抱きしめられてから?

あの人の顔を見たときから?

それともあの人が帰って来るずっと前から?

「いつから泣いていたのでしょう?」

本当は寂しいんです。

本当は悲しいんです。

本当は泣きたいんです。

本当は、本当は。

「側にいてほしいんです。」





翌日、あの方が出立する時間が来ました。
夕べは怖くて眠れませんでした。
いなくなってしまうと分かっていながら何故止めようとしないのでしょう。

「ではファーストネームお嬢様。行って参ります。」

「……。」

あの方は私の手にキスするとだんだん離れて行ってしまいました。

行かないで。

いなくならないで。

行ってほしくない。

私は上のテラスからゾイドへ乗り込もうとするあの方を見下ろす。
すると、セイバータイガーのコクピットに足を掛けあの方は私を見上げて口を動かした。
何?何て言ってるのですか?

『……して…す。』

「??」

『……から……してます。』

気がつけば目から涙が零れていてそれから何を考えていたか分からない。
手すりを越えて思い切りあの方の胸へと飛び降りる。

「!!?お嬢様!何を!!??!?!?」

側近たちの止める声なんてどうでもいい。
私はただ、今すぐあの方の側へ行きたかった。

怖くはなかった。
絶対にあの方が抱きとめてくれると信じていたから。

あの方は手を広げてしっかりと抱きとめてくれた。

「カール様。」

「行く前にどうしても伝えたいことがあったのです。」

私をその温かい腕から解放するとあの方は肩膝をついて私の前にひれ伏しました。
手を取るとまた優しくキスをしてくれた。

「今まで私はきちんと自分の気持ちをあなたに伝えたことがなかったですね。」

「カール様?」

「本当は言うべきか迷ったのですが。」

立ち上がってその輝く翡翠で私を見据えてあの方は言った。

「愛しています。心から愛しています。」

それは先程口の動きだけで私に伝えてくださった言葉。

「他の誰よりもあなたを愛している自信があります。」

人目もはばからぬその甘い言葉。

「もし、戦争が終わり私があなたの許へ帰ってくる日が来たなら、そのときは…。」

のどから手が出るくらいに欲しかったその言葉。

「私のものになってください。」

震えるくらいに嬉しいその言葉。

「結婚して欲しいんです。」

言われても言われても足りないくらいのその言葉。

「ファーストネームお嬢様?」

「って…。」

「?」

「帰ってきてくださるのですか?」

「……。」

「私の許へ必ず帰ってきてくださるのですか?」

目から溢れ出る涙が止まらない。
今までずっと我慢してきたのに。
あの方の前では決して泣かないと。

下を向いて目をこすっている私には一瞬何が起こったのかわからなかった。
ただ足が地に着いている感覚がなくなった。
あの方は私の腰を持ち高々と抱き上げてくれたのだ。

「カール様?」

目をきょとんとさせた私を見てあの方がふっと笑う。

「あなたがもし待っていてくれると言うのなら、私は必ず御身の許へ帰ると約束しましょう。」

立った一言で十分だった。
私を安心させる声、手、仕草に笑顔。

「約束ですよ?絶対ですよ?」

私はあの方の首に手を回して初めて自分からキスをした。
いつもはあの方がしてくれる優しいキスを今日だけは自分からした。
不意をつかれたようにあの方は顔を少し赤くした。

「お嬢様?」

「お待ちしています。あなた様が戻られる日を毎晩夢に見て。いつまでも。」

「お約束します。必ず・・。」

周りの者から送られる祝福の拍手。
あの方は私を抱きしめて耳元で囁いた。

「行ってくるよ。ファーストネーム。」

短くそう言うとあの方はすっと私から離れた。
私は驚きのあまり目を見ひらいていた。

初めて呼んでくれた私の名前。
”お嬢様”なんていう堅苦しい言葉をつけずにただ純粋に名前を呼んでくれた。
嬉しくて嬉しくてたまらなかった。





しばらくしてあの方はセイバータイガーに乗り込み出発していった。
遠ざかる軍団を見つめて私はその姿が見えなくなるまで見送り続ける。

「お嬢様、そろそろ中へ。」

「はい。」

その時さっと風が吹き抜けていった。

「きゃっ。」

風はいつでも吹いてきていろんなものを運んでいく。
風の吹いていくその先には先程出立していってもう見えなくなったあの方の軍団。

ああ、風よ。

どこまでも吹いていきあの方を見守って。

どこまでも吹いていってあの方を助けてあげて。

どこまでも吹いていってあの方の側にいてあげて。

側にいられない私の代わりにどうか、どうか。





「ん?今何か聞こえたような。」

「どうなさいましたか?少佐。」

「いや、どうやら風の便りだったようだ。」

「は??」

「ああ。何でもないんだ。気にしないでくれ。」

「??」

(幻聴?そんなはずはないな。確かに聞こえたよ。)

『ああ、どうか、愛する人よ。君死にたまふことなかれ。』

(ファーストネーム。必ず帰るよ、御許へ。)





私の愛するあの方は今日も無事でいてくれるでしょう。










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2018.09.18
パソコン時代の再録です。
もうこの大佐大好きすぎて今でも待受がこの人です。





※お返事不要の方はお申し出お願いします。


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