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今なんて?





ここにいろ





諏訪はアリスが一瞬何を言っているかわからなかった。
今彼女は何と言っただろうか。

「は?家出?」

そう言うのがやっとだった。

「うん、家出。あ、家出って言っても何も言わずに勝手に出てきたわけじゃないよ?お父さんもお母さんも私が日本で三門大学に通ってるのは知ってるし、それにおじいちゃんの家に住んでるのも知ってるし。」

アリスは急にペラペラと聞いてもいないことを話し出した。
諏訪は嫌な予感がした。
アリスがこうやってペラペラと急に喋り出す時は大抵いいことはない。

そう、そして今回も例に漏れず、その予想は当たっていた。

「…お父さんとお母さん、離婚したんだ。」

「離婚?!」

諏訪は驚きを隠せなかった。
アリスの両親といえば近所でも有名な仲良し夫婦で、諏訪も幼い頃の記憶だが仲睦まじい2人の様子を覚えている。
そんな2人が離婚だなんて。

「おいおい、冗談だろ?だって…だってあんなに仲良かったじゃねえか!」

諏訪はそれが信じられなかった。
信じたくなかったからなのか、つい声を荒げてしまった。
そして諏訪はそれにハッとして口元を押さえた。

「あ、悪ぃ。つい。」

「ううん、いいの。」

アリスは続けた。

「私もね、ずーっとお父さんとお母さんは仲いいんだって思ってた。でもね、全然そんなことなかったんだって。」

「…いつ離婚したんだ?」

「今年の初め。私が三門市に来る前。話を聞かされたのはもうちょっと前。」

依然としてアリスは諏訪に背を向けている。
諏訪からはアリスが泣いているかどうかわからなかった。
だが少なくとも笑顔で話しているわけではないのは、声の震えからわかった。

「私がね、自立できる年になるまで待ってたんだって。それでね、どっちと一緒に来るか決めなさいって。勝手だよね。」

アリスはキュッと手を握った。

「だってね、決められるわけないもん、そんなの。私はお父さんもお母さんも好きなのにどっちか選べって。そんなの無理だよ。」

質問すれば何でも笑顔で答えてくれた父、どんなわがままを言っても優しく笑って許してくれた母。
アリスはそんな2人しか知らない。

「離婚の話をされた時のお父さんとお母さん、知らない人みたいだった。」

今までの両親は一体何だったのか。
厳しかった父、甘やかしてくれた父、尊敬していた父。
優しかった母、受け止めてくれた母、憧れていた母。
それらは全て彼らがアリスのために10年以上続けてきたお芝居だったのか。
アリスは両親のことを信じられなくなった。

「だからね、お父さんからもお母さんからも離れたくて。どこか遠くへ行きたかったの。」

「…何でここに戻ってきたんだよ。」

諏訪はアリスに尋ねた。
両親から離れてどこか遠くへ行きたかった。
それならば別にここ三門市じゃなくてもよかったはずだ。
アメリカにいた期間のほうが長かったアリスなら、頭も良いし向こうの大学に行ったほうが友達もたくさんいただろう。
それでもアリスは三門市に帰ってきた。
幼い頃に過ごしたこの町へ。

「だって、ここには…。」

アリスは写真立ての写真を見た。

「洸ちゃんが、いると思ったから。」

ポタポタと写真立てにアリスの涙が落ちる音がした。

「ここに帰ってきたら洸ちゃんがいるかもって思ったから。」

幼い頃に別れたきりの彼。
手紙を書いても1通も返ってくることもなかった彼。
それでも彼ならばきっとこの心に空いた穴を埋めてくれるのではないか。
アリスはそう信じて会えるかどうかもわからないこの場所へと帰ってきたのだ。

「あの時ぶつかったのだって偶然じゃない。図書館から外を見ていたら洸ちゃんが見えて…。すぐにわかった。だって何も変わってなかったもん。」

どんなに背が伸びていても、髪の毛を金髪に染めていても、大人ぶってタバコを吸っていても、アリスには一目であそこを歩いているのが諏訪だとわかったのだ。
図書館から慌てて走り出てきて、偶然を装ってぶつかった。
名前を言っても思い出してもらえなかったら諦めようと思ったのに。
彼はすぐに思い出して、また昔のように笑ってくれた。

「洸ちゃんに会いたくて帰ってきたの。」

アリスの話はそこで終わった。
諏訪は何といえばいいかわからなかった。
頑なに両親と連絡を取りたくない理由。
こんな話を聞かされてはもう怒るなんてできないし、怒るつもりもない。

ただ何といえばいいのかが、わからなかった。

「洸ちゃん。」

アリスはこれ以上涙が溢れないように上を向く。

「寂しい。」

それでも溢れている涙を止めることはできない。

「寂しいよぉ。」

そう言って天井を仰いで泣くアリスがひどく小さくて、悲しくて。
諏訪は気がつけば後ろから抱きしめてその腕にアリスをしまい込んでいた。

「洸、ちゃん?」

急に後ろから抱きしめられて、アリスは諏訪の胸に背中から倒れ込んだ。
そして泣きそうな顔をしている諏訪の真っ直ぐな視線とかち合う。

「ここにいろよ、ずっと。」

諏訪は大事な宝物を扱うように、アリスを優しく抱きしめてそのアリスの柔らかな髪に顔を埋めてキスを落とす。

「寂しいならずっとここで俺と一緒にいろ。」

「ホント?」

「ああ。家探しとか別にいいだろ。俺がここで、この町で、側にいてやる。」

「ホントのホント?」

「嘘は言わねえよ。」

アリスはその諏訪の言葉の数々が嬉しかったのか、自分を抱きしめる諏訪の腕に手を添える。

「嬉しいなあ。洸ちゃんがずっと一緒なら絶対に寂しくないもん。」

アリスはそこでようやく心から笑って見せた。
目には涙が溜まったままだし、泣きすぎて顔はぐしゃぐしゃだが、それでもたしかに嬉しそうに笑った。

「私、洸ちゃんと一緒にいる。」

「そうしろ。」

そう言って笑いあった頃にはもう既に朝日が昇り始めていた。





『ここにいろよ、ずっと。』

(って言ったのによ…。)

諏訪は昼過ぎに目を覚まして隣で気持ちよさそうに眠るアリスを見下ろした。
あれから朝日が昇ってようやく本当の意味で落ち着いた2人は急に睡魔に襲われそのまま一緒にベッドで眠りについた。
先に目が覚めた諏訪は隣で眠るアリスの寝顔を見て一瞬ドキッとする。

だがしかしである。

(こいつ、絶対ぇそういう意味に思ってねえだろ。)

諏訪は今朝アリスにたしかにこう言った。

『寂しいならずっとここで俺と一緒にいろ。』

これは諏訪にとっては告白というか、何ならプロポーズをしたようなものだった。
だがいくら疲れているからと言ってもここまで無防備に横に寝られると男として傷つく。
いや、むしろというか、やはりというか、アリスの中では依然として諏訪は頼れる、自慢の幼馴染なのだろう。

(何て言やあお前に伝わんだよ、アリス。)

諏訪は盛大にため息をつく。
するとアリスの目がピクリと動きうっすらと目を開けた。

「洸ちゃん?」

「おう、おはよう。」

「うん、おはよー。」

アリスは寝ぼけ眼で返事をすると、そのまま諏訪の胸に擦り寄る。

「洸ちゃん、おはよー。」

「おう、おはよう。」

そのまままた寝息を立てるアリスに、諏訪はやはりため息をついた。

(やっぱりそうかよ。)

諏訪の苦難はまだまだ続くのだった。










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2018.12.19
諏訪さん連載12話目更新です。
ちょいシリアスパート続いていましたが一旦これにて。

※お返事不要の方はお申し出お願いします。


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