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「あー、負けちゃったか。」





after the 負けられない闘い ver.太刀川隊 side Heroine





(あっぶねえ…。)

(アリスさん、つっよ…。)

本日午前中の出来事だった。
突然現れた唯我 アリスという女性は、自分の弟である唯我 尊の扱いついて異議申し立てを行った。
自分よりも弱いやつに唯我をいじめる権利はないと。
アリスの傲岸不遜な挑発に乗り、太刀川と出水はそれぞれアリスと模擬戦を行い、負けたほうがアリスが満足するまで今日1日三門市を案内をすることになった。
唯我曰く、アリスを満足させられるのはどんな大企業の御曹司にも無理だとのこと。

そんな中行われた模擬戦で太刀川と出水は何とか2人ともアリスに勝利した。
アリスは負けてしまったことをさっぱりと受け止めているが、太刀川と出水はそれどころではない。
アリスが予想以上に強かった。
唯我の姉だからとなめてかかったのは大間違い。
それほどまでにアリスは実力があったのだ。
そうと知っていれば攻め方はいろいろあっただろうに。
約束は約束なので、太刀川と出水は2人でアリスに三門市を案内することから辛くも逃れたのだった。

「まあ、仕方ないね。私が負けてしまったんだし。2人に町の案内を頼むのは諦めるよ。」

太刀川と出水はアリスのこの反応が意外だった。
出会ってまだ数時間も経っていないが、アリスは唯我とは違った意味でわがままな面がある様子。
てっきり再戦を申し込まれたり、負けたけど案内しろ、などと理不尽なことを言われると思っていた。
だがわりとあっさりと引き下がるアリス。
何だか2人はそれを残念に思った。

(考えたら勝ったらデートはできないんだよな。)

(わざと負けたほうがよかったかな。)

などと考えるが、2人はわざと負けてあげるだなんて器用なことはできない。
紙一重での結果ではあったが、2人はそれぞれ攻撃手とトップクラス射手の地位と名誉を守ったのだ。
そこは素直に喜びべきである。

「案内してもらえないのは仕方がない。じゃあ、私が2人をもてなそう!」

「「は?」」

アリスは名案だというように両手をパンと鳴らす。
見ていた唯我はというと何となくこうなるだろうなと思っていたのか、何も言わなかった。

「考えたら私が負けた時のペナルティを決めてなかった。だから私が2人をもてなすことにするね!」

「いや、おい、待てよ。」

「俺達午後防衛任務…。」

「何がいいかな?」

今日の午後太刀川隊は防衛任務がある。
太刀川と出水はアリスとの勝負に勝ったので、アリスを1日案内することは避けられたが、1日付き合うということからは逃げられないようだった。

「君達何かしたいこととかある?ちょっとした無理とかでも聞いてあげるよ?」

アリスはにっこりと笑う。
どうも午後の防衛任務には出られそうにない。
2人が唯我を見ると、唯我は珍しく頼もしい顔をして親指を立てた。
その意味するところは代役は自分が探すから姉のことをよろしく頼む、ということだった。

「何かって言われてもな…。」

「そうですよね…。」

太刀川と出水は顔を見合わせる。
普段いろんなことを言ってるような気がするが、いざ言ってみろと言われると困ってしまう。
2人は一生懸命普段の会話を辿り、最近何の会話をしたかを思い出す。
すると出水がポンとある日の会話を思い出す。

「あ、映画。」

それに太刀川は相槌を打つ。

「あー、映画な!でもアレ公開まだ先だろ?」

つい先日の話だ。
最近面白い映画はないかと談義をしていたところ、どこから聞きつけたのか荒船が突然やってきてオススメの映画を何本か教えてくれた。
その中で太刀川と出水の興味を引いた映画があったのだが、それはまだ公開が1ヶ月も先の映画でどう頑張ったって今見ることはできないものだ。
出水はそういえばそうかと眉尻を下げてもう一度日常を思い出す。

「その映画って何ていうタイトル?」

アリスは出水にそれを聞くとまたにっこりと笑った。

「よし、決まり!じゃあそれを見に行こうじゃない!」

「え!?いや、だからアリスさん!」

「公開はまだ先なんだよ。話聞けよ!」

「あ、もしもし私。あのさ…。」

太刀川と出水の話も聞かずにアリスはどこかに電話を始めた。
出水は怪訝な顔をして唯我を見たが、唯我はまた親指を立てることしかしなかった。

「そうそう、その映画。うん、宜しく!え?2時間かかる?ダメよ、1時間。えーじゃないの!1時間って言ったら1時間よ!宜しく!」

電話の向こうではまだ誰かが叫んでいたが、アリスは構わず電話を切った。
そして太刀川と出水に振り返り、今度はいたずらっ子のような笑みを浮かべて右手でOKサインを作る。

「1時間後にショッピングモールの映画館のスクリーン貸し切って見れるようにしたから行きましょ!」

「は!?」

「マジですか!?」

太刀川と出水は驚く。
公開がまだ先の映画を1ヶ月も早く、しかも映画館を貸し切って見られるだなんて夢だろうか。

「え、その話ホントに?」

「出水くん、疑り深いなー。唯我の女に二言はないよ!」

さすがは大企業の令嬢だ。
無理難題は押せば通すことができるだなんて。
太刀川と出水は呆気に取られてしばらく動けなかった。

「さ、早く出かける準備してきなよ!私も映画は久しぶりだ!」

アリスはそう言って太刀川と出水の背中を押した。





「あー、面白かった!」

「これ荒船さん羨ましがるでしょうねー!」

アリスの言ったとおり、ショッピングモールに入っている映画館のスクリーンの一画は唯我グループ貸し切りの札が掛けられており、何やらいろんなお偉方の出迎えを受けた。
アリスがそんなお偉方の相手を少しした後、すぐに映画が始まった。
そして2時間という長編映画を3人で堪能して、今少し遅めのランチを三門市でも有名なレストランでしているところだった。

「っていうか、至れり尽くせりなんですけどいいんですか?」

「何だ、至れり付くせりって?」

「いや、やっぱいいです。」

レストランで昼食を摂りながら出水は疑問を思い浮かべる。
たしかに勝負の件はあったが、ここまでアリスにしてもらうのは悪い気がしたのだ。
最も隊長である太刀川はそんなこと考えてもいないようだが。

「アリスさん、どうしてこんなによくしてくれるんですか?」

考えてもわからなかったので出水はそのまま疑問をアリスにぶつけた。
アリスは出水の質問に鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見せ、そして笑った。

「どうしてって、私が君達をもてなすのがそんなに変?」

「いや、そういうわけじゃないですけど、言って俺達初対面じゃないですか。」

たしかに出水の言う通りだった。
2人とアリスはほんの数時間前に出会ったばかりだ。
勝負のことは確かにあった。
だが、自分達が負けていてもアリスにここまでのもてなしはできなかっただろう。
そう考えるとあの賭け自体、お互いに賭けるものが違いすぎて勝負になっていなかったような気もする。

「私は君達のもてなしだったらどんなものでもきっと嬉しかったよ。」

アリスは少し切なそうな顔を一瞬見せた。
それに太刀川と出水はドキッとする。

「こういう言い方は失礼だとわかっていて言うけど、ちょっと庶民の生活に憧れててね。見てみたかったっていうのもあるし。それに尊のこともあるしね。」

「唯我の?」

太刀川と出水は顔をまた顔を見合わせる。
あの軟弱者の唯我が何だというのだ。

「私達の母はあまり丈夫な人じゃなくてね。
子供も2人目は望めないと言われてたんだ。
だから私は女だけど長子、跡取りとして厳しく育てられてね。
その反動なのか、後から生まれた尊はものすごく甘やかされて育って。
太刀川くん達にも迷惑を掛けている始末さ。」

何とも言えない表情のアリスに太刀川は言った。

「唯我のこと嫌いなのか?」

「ふふ。ずばり言うね。でも答えはハズレ。そんなわけないでしょ。弟なんだから。」

アリスはテーブルに置かれたデザートのケーキをフォークで突く。

「君達を今日もてなしたのはその可愛い弟が世話になってるからだよ。」

そしてイチゴを突き刺して口に放り込む。

「それに隊室の扉壊しちゃったしね。」

そう言って笑ったアリスはやはりどこか寂しげだった。
そんなアリスを見て太刀川は出水を見る。
出水は何も言わずに首を縦に力強く振った。

「じゃあ、最後ぐらいは俺らがもてなしてやるよ。」

「え?」

「できの悪い弟分のお姉さまにご馳走しますよ。」

「え?え?」

太刀川と出水は立ち上がると、それぞれアリスの手を握った。

「おい、行くぞ。」

「え?どこへ?」

「言ったでしょ、ご馳走しますよ。」

アリスはワケのわからないままレストランを後にした。





「ここは?」

「見てわかんだろ。商店街だよ、商店街。」

「いや、わかるけど、それは。」

アリス達がやってきたのは夕方人で賑わう三門商店街だった。
活気のある商店街で、アリスはここに来ただけでワクワクしてしまった。
しかしここにそんなに美味しいものがあるのだろうか。

「すげえウマいものご馳走しますよ。」

首を傾げるアリスに出水はそうやって人懐こい笑顔を浮かべた。
やがて太刀川と出水はある店の前で立ち止まった。

「おーい、おじちゃーん!」

「格別コロッケってまだあるー?」

「コロッケ?」

アリス達が立ち止まったのはこの三門商店街に昔から店を構える精肉店だった。
お肉の品揃えもさることながら、お惣菜のラインナップも充実。
この時間には売り切れてしまう商品も多々ある。

中でもこの精肉店の格別コロッケは人気が高い。
おかずのつもりで買ったけど、我慢しきれずに帰りにペロリと食べてしまう主婦が続出。
もちろんお腹を空かせた育ち盛りの男の子達も大好物だ。

「おや、太刀川くん、出水くん。いらっしゃい。」

中からは人の良さそうな店主が出てきて太刀川達を見ると笑顔を見せた。
もう一度言うが、この精肉店のコロッケはその名の通り格別だ。
コロッケ好きの太刀川と出水は店主と顔見知りなぐらいここに通い詰めていた。

「運がいいね。まだ残ってるよ、格別コロッケ。いくつ食べる?」

「全部で3つちょうだい。」

「3つかい?」

太刀川の言う数に店主は首を傾げるが、アリスの姿を見留て納得のいった顔をした。

「そこのお嬢さんは新しい顔だね。布教活動かい?」

「そうそう。このお嬢様によ、最高にウマいもん食わしてやろうと思ってよ。」

「それは嬉しいね。はい、どうぞ。全部で360円ね。」

そう言うと店主はまだ湯気のあがる熱々の格別コロッケを太刀川と出水に手渡した。
そしてそれをまた太刀川がアリスに1つ手渡す。

「食えよ。ここのコロッケやべえぞ。」

「さっきケーキ食べたのに…。」

「コロッケは別腹ですよ。ほら、アリスさん食べて。」

アリスは手渡されたコロッケを見下ろす。
確かに先程ケーキを食べた。
だが、そうだとしてもこのコロッケは食べずにはいられない。
それほど食欲をそそる香りが湯気とともに立ち昇っていた。
そしてアリスはそれを一口食む。

「!?…おいしい、すごく。」

アリスは今までにこんなものを食べたことがなかった。
アリスはこんな商店街での暮らしなんて知らない。
それでも何だか懐かしくて、それでいて優しい味が体に染み渡る。

「こんなコロッケ食べたことがないよ!」

アリスはパアっと顔を輝かせて太刀川と出水を見た。
それに2人は満足そうである。

「当たり前だろ。ここの格別コロッケは最強なんだよ。」

「どうですか?俺達のおもてなし。」

アリスはもう一口コロッケを食べてこう言った。





「最高だよ、2人とも。」





夕日に照らされたアリスの笑顔は今日見た中で一番輝いていた。










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2018.11.11
side Heroineです。
最後に出てくるお肉屋さんは、short storyの”コロッケ大戦争”からの友情出演です(笑)



※お返事不要の方はお申し出お願いします。


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