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そばにいるよ





おいていかないで





「ただいま。」

「あら、おかえりなさい、秀次くん。」

三門市にあるとあるアパートの一室。
夕方学校と任務を終えた三輪は自分の家には帰らず、その部屋を訪れた。
持たされている鍵を使い、まるで自分の家に帰ったかのように挨拶すると、すぐに家の主が奥からひょっこりと顔を出した。

彼女の名前はアリス。この部屋の主だ。
この小奇麗なアパートで一人暮らしをしている。

「ご飯食べてきた?」

「食べてない。」

そのままスタスタとリビングまで入ってくる三輪を迎え入れたアリスはにっこりと笑ってカウンターキッチンの中から声をかけ、とりあえずカップにお茶を入れた。
温かい香りにすんと鼻を鳴らすと、三輪はアリスのほうを振り返った。

「・・・・・。」

「わかってるわよ、お腹空いてるんでしょ?ちょっと待ってね。」

三輪が視線で訴えるとアリスはまたくすりと笑う。
思考がバレているのが悔しいのか、恥ずかしいのか、三輪はふいっと視線をアリスから外すと、ソファに座り込んだ。
アリスは既に用意していた夕食の鍋に火をかける。
するとすぐに美味しそうなカレーの匂いが部屋中に広がった。
気を抜けば腹の虫がなきそうで、三輪はグッとお腹に力を込めて耐える。

「お腹の音がなっても笑わないわよー。」

「うるさい。」

するとそれがアリスにはまた筒抜けだったようで、三輪は少し不機嫌そうな声で返事を返した。
やれやれといった表情をアリスはしてみせたが、こちらに背を向けている三輪にはわからない。
アリスは、予め作っておいたサラダを取り出し、二人分の夕食をプレートに用意すると三輪の前に差し出す。

「はい、どうぞ。」

「いただきます。」

機嫌の悪そうな顔をしたまま食べだした三輪だったが、カレーを一口口に運ぶとすぐに表情を崩した。

「幸せそうな顔してるわよ。」

「ふん。仕方ないだろ。アリスのカレーがうまいのが悪い。」

「それ褒めてるの?」

こんなに褒められてる気のしない褒め言葉も珍しいとアリスは思った。
三輪が素直でないことは知っているので気にはしないが。

「たくさん食べてね、作りすぎちゃったから。」

アリスのその言葉に三輪は振り返る。
するとコンロの上に大きなサイズで作られたカレーの鍋が目に入った。
三輪はアリスをきっと睨む。
その視線にウッとなって、今度はアリスが三輪から視線を外した。

「何で大きなほうの鍋で作った?」

「・・・いやー、陽介くん達も来るのかなーと。」

アリスは視線を逸したまま三輪に答えた。
すると三輪は先程までの幸せな顔はどうしたのか、不機嫌な顔に逆戻りした。

「ま、別にいいけどな。」

全然よくなさそうな顔をしていう三輪にアリスは心の中でため息をつく。

(ヤキモチ焼きだなあ。)

アリスがそう思った時。

「ヤキモチなんて焼いてないからな。」

と、今度は三輪がアリスの心の内を読んで見せた。
そして二人で顔を見合わせて笑い合った。





食事を終えて、食器を洗い終わるとアリスは三輪の隣に腰掛けた。
少し距離を置いて座るのはいつものこと。
この年下の男の子には距離を開けておかないと大変なことになってしまうのだ。

「もっとこっちに座ってもいいんじゃないか?」

「きゃ。」

折角距離を置いてもすぐにその間がなくなってしまうのはいつものこと。
三輪はアリスの肩に腕を回し、抱き寄せる。

「ちょ、ちょっと!宿題は!」

「ない。」

「ん!」

突然何の前触れもなく唇を塞がれるアリス。
胸を押して抵抗してみてもさすが相手は男の子、敵うわけもない。

「だ、だーめ!今日はもう帰る時間でしょ!」

三輪が唇を離した瞬間にアリスは時計を指差す。

「今日は泊まってくると言ってある。」

「また勝手に!」

三輪がそう言ってまたキスをしようとしてきたので、アリスはそれを拒む。

「あ、明日の朝早いからダメ!」

「そうか。」

アリスが苦しい言い訳で抵抗すると三輪はやけにあっさりと引き下がった。
このまま押し倒されることは回避したが、この引き際の良さを不審に思ったアリスは首を傾げて三輪を見る。
その視線に気がついた三輪はニヤッと笑った。

「つまり朝早くない時はいつでもしていいということだもんな。なら我慢するさ。」

「!」

三輪の言葉にアリスは顔を真赤にする。
アリスは仕事の関係で週に2回、朝早く出かけなかればならない時がある。
三輪からすれば1週間の内、まあ2日程度なら我慢してやろう、だがあとの5日は好き放題にできる、ということになったらしい。

「っ。大人をからかわない。」

「悪かったよ。」

ぷいっと怒って顔を背けるアリスのこめかみに三輪はそっとキスをした。

「少し寝る。」

「あ、ちょっと!」

三輪はそのままゴロンとソファの上に寝転がり、アリスの膝を枕に目を閉じた。
すると疲れていたのか、すぐにすーと寝息が聞こえた。

「まったく。」

アリスは三輪の柔らかい黒髪を指でくるくると弄ぶ。

この年下の少年と付き合いだしたのは大分前だが未だに慣れない。
自分のほうが年上なのに、彼を翻弄できた試しがない。
せいぜい米屋や奈良坂達と話している時にヤキモチを焼く彼を見たことがあるぐらいだ。

「姉さん。」

すると不意に三輪がそう呟いた。
そしてほろりと目から涙がこぼれ落ちる。
アリスは胸が締め付けられる思いがした。

「…あの子はもういないよ、秀次くん。」

つられてアリスも一粒涙を零した。

三輪の姉は4年前のネイバー大規模侵攻の際に亡くなった。
三輪がボーダーに入ったのはその殺された姉の仇を討つため。

アリスはその三輪の姉のことを思い出す。

「どうして死んじゃったのよ。」

三輪の姉は、アリスの親友だった。
気の合う友、人生そうそうこんな友人はもうできないだろう。
そう疑う余地のないほど大事な友達だった。

それでも、三輪とアリスの愛する彼女は死んでしまった。

「あなたは私をおいていかないでね。」

アリスは三輪の髪をそっと撫でると、寝ている彼にそっと口づけた。










******************************
2018.09.27
なんか悲恋じゃないはずなのに悲しいかんじにしあがったぞ?



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