ワールドトリガー 夢小説 | ナノ


いいなあ。





遠くから





『本日の訓練はこれで終了です。』

スナイパー訓練室内にアナウンスが流れた。
私はふうとため息をついて、荷物を持ってブースを離れる。
今日の訓練の結果は中の中ぐらい。
平々凡々の私からすればいつも通りの成績だ。

訓練が終わり、正隊員達がはけていくと、入れ替わりに個人で訓練をする人達が流れ込んできた。
私はというと、一度ブースを離れはしたが、しばらく休憩を取った後、隅っこのブースが空いていたのでそっとそこに入った。

私は桐島 アリス。
少し前にB級にあがったばかりの新米正隊員。
トリオン量普通、運動能力普通、学力普通。
何もかもが普通すぎて笑えない中学3年生だ。
ポジションはスナイパー一筋。

もともと運動が得意じゃなかったからまずアタッカーが選択肢から外れた。
それと同じ理由でガンナーもボツ。
頭を使いそうなシューターは土台無理だ。
戦闘員ではなくてオペレーターという手もあったが、説明を聞くとシューターよりも頭を使いそうなので却下。
その消去法の結果残ったのがスナイパーだった。
目立たずひっそりと相手を狙い撃つ。
地味な私にはぴったりだと思ったが、それでも難しそうという印象は拭えなかった。

そもそも私はただ友達の付き添いでボーダーの入隊試験を受けて、何かよくわからない内に受かってしまっていたという、本気で目指していた子からはお叱りを受けそうな理由でボーダーに入ったのだ。
(ちなみに友達は嵐山さんのファン)
入ったその日に私はボーダーに向いていないかもと思いながら、とりあえずスナイパーの訓練場へと向かって。

そこで荒船先輩と出会った。

現場監督はあの嵐山隊の佐鳥先輩だったけど、その他にも何人かスナイパーの先輩方がいて訓練生を見ていた。
その中に帽子を深くかぶった黒い服の男の人がいた。
それが荒船先輩だった。

第一印象は、あの人だけには教えてほしくない、だった。
だって目つきも悪いし、ずっと腕組んでじっと見てくるし、怖かったんだもん。
訓練の最中にも目をつけられないように、話しかけられないようにビクビクしていたけど、そういう時に限って当の本人が最終的に私の担当になったりするもんだから、その時は正直絶望した。

とりあえず言われたとおりに構えて、言われたとおりに何度も撃った。
荒船先輩は何も言わない。
でも全部打ち終わった後に一緒に確認した的を見て、彼は優しく笑った。

『なかなか筋がいいじゃねえか。その調子でこれからも練習しろよ。』

そう言って、ごく自然な手付きで彼は私の頭の上にぽすっと手を置いた。

『は、い。』

誰かに褒められるのも、まして頭を撫でられるなんてことは鈍くさい私にとっては幼い頃にもあまり経験がなく久しい感覚だった。
その時の荒船先輩の優しい笑顔と声が忘れられなくて。

そうして私は荒船先輩を好きになった。

以来数ヶ月私は荒船先輩の言葉を信じてひたすら狙撃の訓練をした。
あっという間に、とはさすがにいかなかったが、なんとかB級隊員に上がれたのがつい先日だ。
それでも一緒に入った友達はまだ苦戦しており、まだC級。
どうして急にそんなにやる気になったのかと聞かれたが、そこはうまくはぐらかした。
こんなこと知られたらそれこそ面白がられてしまう。

「おい、半崎。さっきのもう一度やってみろ。」

「はいッス。」

訓練場の隅から荒船先輩達の訓練を見守る。
先程の訓練が終わってから荒船先輩達はそのまま残って訓練をしていた。
今は半崎先輩のフォームの確認をしている様子。
荒船先輩のチームは全員スナイパーという異色のチームだ。
だからああしてチーム全員がそろってよく訓練をしている。

(よし、私も頑張ろう!)

遠くで訓練をしている荒船先輩の笑顔にキュンとなりながら、私は自分の端末で訓練用にまとめた動画を再生する。
再生するのは模擬戦の動画が主。
東隊(高度すぎてあまり参考にならない)、三輪隊(同じく高度すぎてあまり参考にならない)、それから冬島隊と嵐山隊(自由すぎて参考にならない)を見てみるが、やっぱり最後は荒船隊の動画に戻ってくる。
最初に教えてもらったのが荒船先輩だったからっていうのが大きいと思うけど、一番見ていてしっくりくるのは荒船先輩の撃ち方なのだ。

何回も再生して、何回も練習して。
いつかもう少し近づいて、もう一度あの声で優しく笑いかけてほしかった。

「荒船くーん。ちょっといい?」

「何だ、加賀美。」

そこへ荒船隊オペレーターの加賀美先輩がやってきた。

「この間の報告書の件なんだけど…。」

ち、近い!荒船先輩と加賀美先輩近いってば!
思わずイーグレットを握る手に力が入ってしまう。
そこへ今度は東隊の人見先輩がやってきた。

「荒船くん、これこないだ借りたDVD返す。」

「おう、どうだった?」

「まあまあ。」

「てめえ、言ってくれるじゃねえか。」

そう言って人見先輩を小突く荒船先輩。
もう人見先輩も近いってば!

「助けて、ポカリ。」

「落ち着け、荒船。」

…いいなあ。

仲の良さそうな先輩達を見て何だか落ち込んでしまう。
今楽しそうにしているあの人達はみんな高校3年生、同い年だ。
そりゃそうだ。同い年っていうのは何だかそれだけで親近感が湧いてしまう。
私だって同い年の子と話したり、ふざけたりするのは楽しい。

だから落ち込んだって仕方がない。
そう自分に何度も言い聞かす。

いいなあ…。

それでもそう思ってしまうのは仕方のないことだろうか。

加賀美先輩は美人だし、人見先輩もカワイイもんなあ。
私のような中学生では、成人一歩手前の高校生には敵わない。
どんなに背伸びをしたって、私があの輪に入れることはないのだ。

私は自分の頬をパチンと叩き、気合を入れ直す。

(集中しよ。)

こうして遠くから見ているだけで満足しなきゃ。
もともとあんなにカッコイイ先輩を好きになる私がいけないんだから。

「…い。」

私と荒船先輩には何の共通点もないんだから。
今は練習することだけが唯一近づける可能性。

「…おい。」

先輩のことは遠くから見ているだけで我慢しなくちゃ。
そうでないと自分が悲しい。

「おい!!桐島 アリス!!」

「ひゃいいぃ!」

突然後ろから大きな声で名前を呼ばれて思わず声が裏返る。
そしてこの声はまさかと後ろを振り返ると、そこには荒船先輩が呆れたような顔をして立っていた。

「あ、あ、荒船先輩!な、なん…。」

「お前な。いつまで練習するつもりなんだ?」

「へ?」

荒船先輩に言われて辺りを見回すと、だだっ広い訓練場にはいつの間にか人影はなく、私と荒船先輩の二人だけになっていた。
私は慌てて時計を見る。

「えっ!?20時50分!?」

「すごい集中力だな。全然気づいていなかったのか?」

荒船先輩はまた呆れたようにため息をついて、でも笑ってくれた。
その顔はあの日私に見せてくれた笑顔そのもので思わず胸のあたりがきゅんとしてしまう。

「鍵閉めるの、俺が当番なんだが?」

じゃらりと荒船先輩の手の中で鍵が擦れる音がする。
私はそれを見て青ざめると、慌てて荷物をカバンに詰め込んだ。

「あ、あの、わた、私!すみません!」

大きく頭をさげるとまた頭の上から笑い声が振ってきた。

「いいさ、気にするな。それよりこんな時間だ。送っていってやる。帰る準備してこい。」

「えっ!?」

い、今何て!?
送ってくれる!?荒船先輩が!?

「い、いえ!そ、そんな私…!」

「いいからさっさとしろ。女の子一人をこんな時間に帰すわけにはいかねえだろ。」

な、なんて優しくてカッコイイ!!
私はもう一度頭を下げ直すと、訓練ブースを片付けてロッカーに荷物を取りに走った。
ロビーで待ってるからな、と叫ぶ荒船先輩の声が聞こえる。
こんなラッキーなことはない。

(ああ、ホントに…。)

遠くから見ているだけにしなくてはと思い直したところなのに。
それでも私の心臓はうるさいくらいに早く脈打っていた。





「お、お待たせしました。」

「おう。じゃあ帰るぞ。」

ロビーで待っていてくれた先輩はもちろん換装を解いて制服姿だ。
もちろん帽子もかぶっていない。
普段あの黒い隊服に帽子の姿しか見ていないから、何というか…。

ああ、カッコイイ!制服姿カッコイイ!!

先輩、カッコイイです、とても。と口に出せる度胸があるはずもない。

「桐島はいつも遅くまで練習してるのか?」

「あ、い、いえ。というか実は門限は21時でして。」

「盛大に過ぎているな。」

「はい。すごく怒られました。」

さっきロッカーで慌てて家に電話するとお母さんからものすごい剣幕で叱られた。
正隊員になったからいつかは防衛任務とかが入るかもしれない、というのは理解してもらっているが、普段何もない日は21時までには帰ってくるように言われていたのだ。
さっさと帰ってきなさいと言われて通話は強制終了。
言い訳する隙もなかった。

「先輩はいつもあんな時間まで?」

「ん?いや、いつもは鍵閉めた後隊室で…。」

「!ご、ごめんなさい!今日も何か用事が…。」

「ああ、いや。今日は帰ろうと思ってたから気にするな。」

荒船先輩はそうやってまた笑うといろんな話をしてくれた。
チームのこと、同級生のこと、学校のこと。
私はどんな些細なことでも行き漏らさないように耳を傾けた。

「それで今日人見のやつが俺のお気に入りの作品をな…。」

でも当然その話の中には私は登場しなくて。
出てくるのは穂苅先輩、加賀美先輩や人見先輩達ばかり。
私はそれを聞くのがだんだん辛くなってきた。

「?桐島?どうした?」

「っ。」

荒船先輩の中に私はいない。
それはどうしたって無理なんだ。

どんなに背伸びをしたって、私があの輪に入れることはないのだ。

「!?お、おい、桐島、どうしたんだよ!?」

「ふ、えっ。」

私の目からはいつの間にか涙が溢れ出していた。
それを見て荒船先輩はとても慌てた様子だった。

「ちょ、ちょっと待てよ、何か拭くものは…。」

ガサガサとカバンの中を探る荒船先輩。
その間にも私の目からぼたぼたと涙が溢れる。

ああ、ダメだ。止まってよ、お願いだから。

そう願っても止まるどころか余計に涙が溢れてくる。

「桐島、悪い。俺、何か言っちまったか?」

そう言ってやっと見つけたハンカチで荒船先輩は私の涙を拭う。
そんなに優しくしないで。お願い。だって私は、私は…。

「好きです、荒船先輩。」

「え?」

「好き、なんです、私。荒船先輩のことが。」

涙と一緒でもう止めることができない。
思いが溢れて、止めることなんてできない。

「だ、だから、寂しくて。先輩と同い年じゃないし、子供だし。わ、私…。」

「っ。」

荒船先輩はただただ泣き続ける私を急に抱き寄せて腕にしまいこんだ。
私は突然のことにただただ混乱した。

「せ、先輩?」

「悪い、桐島。そんな風に泣かせるつもりじゃなかった。」

荒船先輩の優しい声が耳元でする。
すると急に寂しさより恥ずかしさが勝ったのか、私の涙は引っ込んで代わりに急に顔が熱くなった。

「あ、あの、荒船先輩?」

「はー…。でもお前、先に言うなよな。それ。」

ま、俺が悪かったけどよ。と言って荒船先輩は私を開放した。

「俺が言おうと思って今日お前が帰るの待ってたのによ。」

「えっ!?」

私は言われたことが理解しきれず荒船先輩に問うた。

「え、せ、先輩。言うって何を…。というか、待ってたって鍵の当番だったんじゃ…。」

「鍵の当番は今日は東さんだったんだよ。代わってもらったんだ。お前が珍しく遅くまでいるから。」

少し顔を赤くして先輩は頭をガシガシとかいた。

「ちなみに言うっていうのは、愛の告白な。」

「え、先輩!?」

先輩は私を壁際に追い詰めると、片方の手を私の頭のすぐ横についた。

「桐島。俺、お前のことが好きなんだ。」

「えっ!?!?」

荒船先輩はまっすぐに私を見つめてそう言った。
私はボッと顔が更に熱くなるのを感じ、それでいて先輩の視線に耐えられず顔をうつむかせた。

「おい、視線逸らすな。」

「だ、だって。」

「大体お前が先に告白してきたんだろ。」

先輩はもう片方の手を私の顔に添える。

「両思いってことだろ?もっと嬉しそうな顔しろよ。」

「む、無理です!先輩を直視できません!」

顔をあげさせようとする先輩に抵抗して顔をあげようとしない私に先輩は軽くため息をつく。

「おい、傷つくぞ。顔見せてくれよ。」

「!? せ、先輩!?」

荒船先輩は顔をあげない私にしびれを切らして、額に、こめかみに、音を立ててキスをしてきた。
そんなことをされては心臓が持たないと、私は抗議をしようと顔をあげる。

「せ、先輩、やめ!」

「やっと顔あげたな。」

すると先輩は動きを止めて優しく笑った。

「俺の彼女になってくれねえか?」

「あ、わ、私…。」

「寂しくて泣くぐらい俺が好きなんだろ?」

「! あ、あれは…。」

荒船先輩は意地悪そうな顔して私を見てくる。
どうしたって私にもう一回告白させたいように見える。

「す、好きですけど。」

「それから?」

「か、彼女になります、喜んで。」

「ありがとうな、アリス。」

「ん。」

月明かりの下、私は荒船先輩とキスをした。





その晩は更に帰るのが遅くなってお母さんにしこたま怒られたけど、
翌日荒船先輩が一緒に謝りに行ってくれた。










******************************
2018.09.30
20,000打企画、海里様からのリクエストです。
荒船さんか来馬先輩ってことだったので、荒船でやらせていただきました。
お待たせしてすみませんでした。


※お返事不要の方はお申し出お願いします。


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