こんなに幸せなことはない。 永久に幸あれ 「しゅーじ!一緒に帰ろうぜ!」 「悪いが、陽介。今日は約束がある。」 ボーダー提携の普通高校。 一日の授業も終え、放課後どこかに遊びに行かないかとそこら中で生徒がざわついている中、 米屋は今しがたボーダー同隊に所属する三輪にフラれたところである。 普段は出水と帰るのだが、あいにく今日は太刀川隊は午後任務が入っており彼は午前の授業を終えると早退してしまった。 そこで偶には三輪と一緒に帰るかと思い、声をかけたわけだが。 「先約かよー。何々?彼女とか?」 それは冗談のつもりだった。 三輪にそんな浮いた話をもちかければいつも面倒臭そうに、”そんなわけないだろ”と返ってくる。 そう、いつも通りの返事を米屋は期待していたのだ。 「まあそんなところだ。」 しかし現実というのは一体何が起こるかわからない。 目の前の三輪は何と言ったか、米屋には一瞬わからなかった。 「は?え?マジ?」 「じゃあな、陽介。」 そのまま何食わぬ顔で教室を去ろうとする三輪を慌てて米屋は引き止める。 「え、待って待って。た、隊長。今なんて?」 あまりの衝撃に動揺しすぎて、普段は口にしない”隊長”だなんて言葉で呼んでみる。 三輪は後ろからぐいと引っ張られ、いつもどおりの面倒くさそうな顔で米屋を振り返った。 「だから約束が…。」 「いや、うん。誰と?」 「彼女。」 もう一度聞いてもやはり聞き取れなかった。 というかもう脳みそが受け付けなかった。 「嘘だ!嘘!」 「何怒ってるんだ、お前。」 米屋は動揺した。ここに出水がいれば何と心強かったことか。 怒っているつもりはない。もし三輪に恋人ができたというのであればこんなに喜ばしいことはない。 それでも毎日のように基地で訓練し、ネイバーは全部ぶっ殺す、姉さんの敵を取るんだ、しか言わなかった三輪に、事もあろうに彼女ができただなんて信じられないという気持ちのほうが上回った。 「お前、一緒に来るか。そういえばお前に会ってみたいと言っていた。」 「ぅえ!?マジで。行く!」 三輪の幻想か何かかと思っていた米屋も、目の前の隊長が放つ言葉がどうも真実味を帯びているので信じるしかなかった。 目の前の三輪は今まで見たこともないような柔らかい表情をしている。 先ほど”彼女”といった時のはにかんだ顔だなんて多分この先そうそう見られるものではない。 これは本物か、現実か、真実か。 米屋はどうしてもそれを確かめたかった。 「じゃあ行くぞ。近くの喫茶店で待ち合わせをしている。」 「お、おう。」 歩き出す三輪を追いかけるべく慌てて鞄を肩に提げると米屋も教室を後にした。 三輪に連れられてやってきた喫茶店は学校からそう遠くない場所に佇んでいた。 普段米屋や出水であれば入るどころか見向きもしないような、そんな感じのするおしゃれで静かな喫茶店だった。 ここに来るのはどうやら初めてではないようで、喫茶店の扉をくぐると老齢の店主が静かに奥を指さした。 混雑はしていない、でも人が全くいないというわけでもない店内。 歩くと木の床を叩く靴の音がよく響いた。 「あ、秀次先輩。」 一番奥の4人がけの席に座っている女の子がこちらに気が付き顔を上げた。 読んでいた本を閉じ、立ち上がろうとしたのを三輪が制す。 「待たせたな、アリス。」 「いいえ、さっき来たところです。」 そう言ってにっこり笑った女の子テーブルにはもう飲み終わりそうなぐらいに減ったグラスがあった。 テーブルへの水の滴り具合からしてもついさっき来たとは思えない。 それでもそう返事するのがいつも通りなのか、三輪はそうかと一言つぶやくとアリスと呼んだ女の子の隣りに座った。 「どうした、陽介。座れよ。」 「お、おう!」 米屋は三輪に促され、席についた。 席に座るときアリスと目が合った。 「アリス。米屋 陽介だ。俺の隊の最後の一人だ。」 「この人が!」 簡単な紹介だった。それでもアリスには十分伝わる内容だったようで彼女はにっこりと笑った。 「初めまして、桐島 アリスと言います。米屋先輩、宜しくお願い致します。」 「お、おう!よろしくな、アリスちゃん!」 差し出された手を米屋は握り返し握手を交わす。 ニコニコ笑うアリスの横で三輪が少し不機嫌そうに眉根を寄せた。 「何故、お前が名前で呼ぶ。」 「いや。ごめん。つい、学校のノリで。」 恋人のアリスを初対面で名前で呼ばれたのが気に入らなかったらしい。 米屋は両手を顔の前で合わせて苦笑する。 その様子を見てアリスが笑う。 「秀次先輩、私気にしてないですよ。」 「お前が気にしなくても俺は気にする。」 「ふふ。ありがとうございます。」 米屋は目が点になった。 三輪とはそれはそれは長い付き合いで、というわけではないがそれなりに一緒にいる時間は長いし、大体三輪のことはわかっているつもりだった。 だが今目の前にいる三輪はどうだ。いちいち見たこともない表情で笑い、聞いたこともない声で笑う。 そうだ、そうだ、ここ最近米屋は三輪に感じていた違和感を思い出した。 何か最近雰囲気変わったなとつい先日出水と話したところだったじゃないか。 今その原因がわかった気がする。 「奈良坂先輩や古寺くんも名前で呼ぶじゃないですか。」 「それとこれとは話が別だ。」 米屋はそこでハタと気がつく。 「待て!奈良坂と章平にはもう紹介したのかよ!」 「紹介も何も学校が同じなんだから正直付き合いは俺よりあいつらの方が長いぞ。」 「はあ!?何だよ、それ!俺一人聞いてなかったのかよ!」 「うるさいぞ、陽介。ほら、飲み物決めろ。」 「オレンジスカッシュ!」 三輪は騒ぎ立てる米屋に構わず店員を呼ぶ。 オレンジスカッシュとブラックコーヒー、それにホットカフェオレを注文した。 「先輩、よく私が次ホット頼むのわかりましたね。」 「アリスはいつも1杯目はアイスで寒くなって2杯目必ずホット頼むからな。」 「いやあ、バレバレですねぇ。」 そう言って照れたように笑うアリス。 何だ、これ。すごいラブラブじゃないか。 米屋は一人蚊帳の外感を味わった。 「二人はいつから付き合い始めたんだ?」 「内緒だ。」 「そこは教えてくれないのかよ!」 「お前に言ったら…ん、悪い、電話だ。少し席をはずす。」 突然の電話での呼び出しに三輪は席を立って店の外へと出て行った。 そこへ店員が先ほど注文したドリンクを持ってやってくる。 それと一緒に注文をしいていない茶菓子がことりと置かれる。 不思議そうに店員を見上げると、店長からプレゼントだそうですよ。とちらりとレジに立つ先ほどの店主を見た。 二人はお礼をいうと早速クッキーに手を伸ばした。 「にしても驚いたぜ。秀次に彼女とはねぇ。しかもこんなにかわいい子!」 「や、やだなぁ、米屋先輩。照れちゃいますよ!」 初対面でも案外話が弾み、三輪がいない間気まずい感じにならずに済んだ。 その間に先ほど三輪が教えてくれなかったことをアリスは少しづつ教えてくれた。 自分がテレビに映った三輪に一目惚れしたこと、同じ委員でお世話になってる奈良坂と古寺に頼み込んで三輪を紹介してもらったこと、何度もフラれるも猛アタックしてやっと彼女にしてもらえたこと。 意外だ。という感じでもなかった。むしろ冷静に考えれば三輪が女の子にかまってる姿など想像できない。 彼女からアタックしたという内容は納得のいくものだった。 「なあ、アリスちゃんは秀次の姉ちゃんのこと知ってんの?」 米屋はふと気になって聞いてしまった。 三輪がボーダーに入った理由、ここまで強くなった理由。 「知ってますよ。」 三輪の姉は4年半前の大規模侵攻でネイバーに殺されて亡くなった。 以来三輪はネイバーを憎むようになり、姉の敵討をするためにボーダーへ入隊。 今では精鋭と呼ばれるA級チームに身をおくようになった。 「お姉さんのこと忘れてください、なんて私言いません。 お姉さんの代わりに私がなることもできません。 だってお姉さんはお姉さんしかないないんですもん。」 少し悲しそうに外で電話をする三輪をアリスは見た。 張り詰めて、張り詰めて。 憎んでいないと、戦っていないと自分でいられない。 そんなのは悲しすぎる。 「でも一緒に泣くことはできるから。 だから私は秀次先輩の彼女にしてほしかったんです。」 結構粘りましたよ、私、とはにかむアリス。 米屋は少し安心した。 何だこの子ならきっと三輪と一緒に歩いてくれる。 いい彼女をもったものだと純粋に羨ましいとも思える。 「お似合いだな、いいじゃん!」 「へへ、ありがとうございます、米屋先輩。」 「悪い、長くなった。」 そこへ三輪が帰ってきた。 ニヤニヤしながらこちらを見てくる米屋を見て、何か話したなとアリスを見れば当の本人は素知らぬふりして外を見ていた。 「はあ…。 奈良坂と古寺もくるぞ。近くに来てるらしい。」 「お、いいじゃん!三輪隊集合だな、隊長!」 「おい、外でそんなに隊長って呼…。」 「隊長って響きかっこいいですね、先輩!」 「もっと呼んでいいぞ、陽介。」 何だかんだ三輪の方ももうアリスなしでは生きていけなさそうな様子に米屋は大きく笑った。 あの後奈良坂と古寺も合流し、一頻り話をした後店を出た。 目の前を歩く三輪とアリスを見て米屋は奈良坂に言った。 「しかし、お前らが仲介人とはねー、意外。」 「初めは断ったんだがな、アリスがあんまりしつこいから折れた。」 やれやれと言った様子の奈良坂に古寺は苦笑した。 相当な悶着があったに違いない。それはそれで今度話を聞こうと米屋は思った。 「まあアリスなら三輪について歩けると思ってな。だから後押しした。」 「奈良坂先輩、すごく力入ってましたよね!」 自分と同じことを思っていたのかと米屋は一人小さく笑った。 とそこで分かれ道に差し掛かる。 「じゃあ、俺達はこっちだから。」 「おう、またなー!」 三輪とアリス、米屋と奈良坂と古寺に別れてそれぞれ帰り道につく。 と奈良坂が突然米屋の服を掴み、足を止めさせた。 「どした?」 「陽介、折角だからいいもの見せてやる。」 奈良坂は先ほど別れた道の壁に隠れてこそりと三輪達が帰っていった道を覗く。 米屋は首を傾げながらも同じようにこっそり壁から顔を出す。 「あ。」 「俺達と別れるとああやって手を繋いで帰るんだ。全く隙だらけだな、ウチの隊長は。」 「ああ、そうだな、ホント、”好き”だらけだな。」 幸せそうに手を繋いで歩く二人。 三人は二人の末永い幸せを心から願うのだった。 ******************************* 2018.9.12 およそ3年ぶりの更新っていうね・・。 ※お返事不要の方はお申し出お願いします。 back WT | back main | back top |