ワールドトリガー 夢小説 | ナノ


雨が降っていた。

覚えているのは、むせ返るような雨と、それに紛れる血の匂い。
それから土気色の肌。
あの子の両親や友達の泣く声。

雨が降っていた。

それ以外にもあっただろうが、何も思い出せない。

『鋼くんってやっぱりすごいんだね。』

最後に残るのは霞みゆくあの子の笑顔だけ。





丘の上での出会い





「…う、鋼。…鋼!」

「!!」

目が覚めると俺を心配そうに覗き込む来馬先輩の顔があった。

「鋼、よかった。起きたんだね。大丈夫かい?」

ほっとしたように笑う来馬先輩が、俺にタオルを差し出す。
俺はボヤける視界を慣らすように乱暴に目を擦りながら体を起こすと、先輩からタオルを受け取った。
受け取ったタオルを顔に当てれば、
べっとりとした感覚に襲われ思わずため息を付く。

「すみません、俺もしかしてすごくうるさかったんじゃないですか?」

寝ていただけのはずなのに、よくみれば顔だけでなく、体中が嫌な汗に包まれていた。

「ううん、そんなことないよ。」

困ったような顔で笑う来馬先輩。
いつもの来馬先輩の優しい言葉。
しかしそれはすぐに嘘だと知れる。

「鋼さん、大丈夫ですか?だいぶうなされてましたけど。あ、水を持ってき…ぅわぁっと!」

部屋にひょっこり入ってきた太一が、俺がうなされていた事実と冷たい水を持ってきた。
水に関しては頭から被る形になったが。

「うわぁぁ!すみません、鋼さん!!」

「太一!気をつけなきゃダメじゃないか!…鋼、大丈夫かい?」

来馬先輩がすぐに新しいタオルを持って来てくれる。
風邪は引かなくて済みそうだ。
ついでに少し頭も冷えた。大丈夫そうだ。

「すみません。心配かけて。」

「そこは謝るところじゃないよ、鋼。」

来馬先輩が俺の顔を隠すように頭から更にタオルをかぶせて頭を拭いてくれた。
俺、今もしかして変な顔してただろうか。

「今ちゃんももうすぐ来るし、ミーティングできるように準備しとくんだよ、2人とも。」

そう言って来馬先輩は奥へと消えた。

ああ、あの日の夢を見るだなんていつぶりだろうか。
天気…。今日雨か。
雨だししかも、ああ、そうか。
明日であの日から1年経つ。

「鋼さん、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ、太一。」

俺はごまかすように太一の頭を帽子の上からぐしゃりと撫でた。





「と、これが今週の予定だったんだけど…。」

今がやってきて鈴鳴第一のメンバーが揃ったところで、ミーティングが始まった。
今週の予定の確認。
任務、訓練などの時間割表を見てそれぞれ確認をする。

「で、水曜日の合同訓練なんだけど、予定変更で明日になったんだ。」

来馬先輩が変更済みの予定表をくれた。
明日は非番の予定だったが、合同訓練が入っている。
よくあることと言えばよくあることなので、普段なら何とも思わないが明日は生憎大事な用事がある。

合同訓練というのがまたまずい。
自隊だけでなく、他隊にまで迷惑をかけるし、来馬先輩の面子も潰してしまう。

さて、何と言って休もうか。

「あ、鋼。」

俺があまり良くない頭で知恵を絞っていると、来馬先輩が言った。

「明日は休んで平気だよ。一緒に訓練する隊の人たちにはもう言ってある。」

そう言って優しく笑ってくれた。

「だから気にしなくていいよ。」

こういう時できる隊長と言うのは大変助かる。
でも休むのはとても私的な理由だ。
俺はチラッと今と太一を見た。
ちゃんとわかっているよと言うように、来馬先輩と同じように笑っていてくれたので安心した。

「気を遣ってもらって悪いな。」

「何言ってんの!
その代わりあたし達の分もきちんと近況報告してきてよね!」

そうやって笑う今は少しだけ悲しそうだった。

「ああ、そうだな。」

俺は短くそう返すしかなかった。





翌日も朝から土砂降りの雨だった。
俺は片手に小さな花束と少しのお菓子が入ったビニール袋を持って、三門市が見下ろせる丘の上を目指して坂道を登っていた。

行き交う人はおらず、車も通らない。
まるでこの世に俺だけ取り残されたような、そんな感じだった。

「着いた。この坂雨の日はキツイな。」

なんて独り言を言って、丘の上の門をくぐる。
門をくぐるとそこにはよくある光景が広がっていた。
綺麗に磨かれた石に、人の名前が掘られており、辺りには雨でも掻き消せないほどの線香の香り。

そう、お墓だ。

俺は通い慣れた道だとでも言うように、真っ直ぐと目的の墓石を目指す。

「よお、久しぶり。」

俺は立ち止まって、小さな墓石に視線を落として話しかけた。
どうして人は返事が返ってくるはずもないのに、墓に来るとこう話しかけてしまうのだろう。

「はい、これお前の好きな花。
それからこれは今と太一からで、
あと来馬先輩から…あ、これ駅前にできた高級菓子店の新作だ。
テレビでやってたけど高いんだぞ、これ。」

雨ですぐにぐしゃぐしゃになってしまうのはわかっていたが、
俺は預かってきたお菓子類を並べた。
この雨じゃ墓の掃除なんてできない。
俺はとりあえず古い花を捨てて、買って来た花を挿すだけにとどまった。
これまた雨が酷すぎてすぐに花びらが散ってしまいそうだ。

「もう1年とか早いよな。」

俺は目を閉じて、墓の主と過ごした日々を思い返した。

初めて会った日。
一緒に遊んだ幼いころの自分達。
小中高と一緒に通った登下校の道。
初めてトリガーを起動させた時の感動。

そして守れなかった最後の日。

『ごめんね、鋼くん。助けに来てくれてありがとう。』

話は変わるが俺は人に魂と言うのが宿っているって言う話を信じている。
ほら、死んだ時に体重が少し軽くなるって話があるだろ?
それは魂が体から抜けるからなんだって説、俺は信じている。

実際に自分で体験したから。

腕の中に抱えていたあの子。
息を引き取った瞬間ズシリと重くなったかと思えば、何だか同時に軽くなったかのようにも感じた。
それはあの子の魂が抜けてしまったからなんだって、俺はその説を聞いた時納得した。

「雨酷いし、帰るな。」

俺はそう言うと踵を返して歩き出した。

「あれ、君今来たばかりじゃないの?」

後ろから不意に声をかけられた。

「このお墓の子、君の大事な子じゃないの?」

俺が声に反応して振り返るとすぐ前に女の子が立っていた。
何だ、この子。

「俺の勝手だろ。」

「そりゃそうだね。」

「?!」

傘で隠れていた顔が露わになった瞬間、俺は思わず息を飲んだ。
目の前に立つ女の子が、今し方思い返していたあの子とそっくり…とまではいかないが、どことなく同じ雰囲気を持っていたからだ。
俺はしばらく動けなかった。

「あのさ、初対面で不躾なのは承知なんだけど、ボーダーの鈴鳴支部?
ってどこにあるか知らない?
あたし最近引っ越して来たんだけど迷っちゃってさ。
迷子なうだよ、迷子なう。」

「あ、ああ。」

本当に初対面なのに不躾だ。
俺のこいつの…桐島 アリスの第一印象はこんな感じだった。

「俺、鈴鳴の人間なんだけど何か用か?
今日は人出払ってるから行くなら本部がいいと思うぞ。」

「え?!マジで?!日付間違えた?!」

そう言ってポケットからガサゴソと紙切れを出して俺に差し出す。
ぐしゃぐしゃにされたそれには配属命令書と言う文字が印刷されており、城戸司令の判が押されていた。

「…本物?」

「失礼だぞ、君!」

本物だとして、こんな大事な書類を普通ポケットに突っ込んでここまでぐしゃぐしゃにするだろうか。
俺は雨の中でしなっていく紙を広げて読む。

名前は桐島 アリス。
誕生日の日付的に18歳か。え?俺と同い年?
鈴鳴支部への配属命令書、ランクはB。

「どう?本物っぽいでしょ?」

二カッと笑った顔はいたずらっ子ようで、一瞬でもあの子と重ねてしまったことがなんとなく不快だった。

「…。俺今から本部行くけど着いて来るか?」

でも何だか放っておけないところだけは似ていた。

「ホントに!?ありがとう!
あたし桐島 アリス。アリスちゃん♪でいいよ!」

「…桐島でいいだろ。俺は村上 鋼。」

「じゃあ、鋼ちゃんって呼ぶね!」

「せめて普通に鋼にしてくれ。」

ノリが悪いなぁなどと言いながら歩き出した俺の後を着いて来る。
これが桐島 アリスとの始めての出会いだった。

本部までの道すがら、坂道を降りる途中。

雨はやんでいた。










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2015.6.3
武士系男子の連載が今幕を開ける!
ちょっとシリアスめなお話です。

※お返事不要の方はお申し出お願いします。


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