ワールドトリガー 夢小説 | ナノ


あー、もうホント。





お前がいいならそれでいい





翌日、アリスが諏訪の元を去ったことは瞬く間にボーダー基地中に広がった。
アリスが根付のところに仕事をしばらく休みたいと言いに来たことと、一人暮らしをするために部屋を紹介してもらえないかと頼んだことがきっかけだった。
それを聞いて、諏訪がアリスを傷つけたのではないかと怒ったアリス派の職員が物申しに諏訪隊の隊室にやってきた。
だが隊室でまるで屍のように雀卓に突っ伏している諏訪を見て、職員らはなんというかそういう雰囲気でないことを理解して何も言わずに帰っていった。

「諏訪さん、大丈夫ですか?」

堤は諏訪がいたたまれなくてとりあえず話しかけた。

「大丈夫じゃねえ、死ねる。」

だが帰ってくる言葉はこんなものばかりだ。
堤は夕方の任務に代役を立ててはどうかと諏訪に提案するが、諏訪は首を横に振った。
おそらく任務や訓練で体を動かしていたほうが気がまぎれるのだろう。
諏訪は通常通り任務に向かった。

案の定諏訪はいつも以上に任務に精力的に取り組んだ。
ネイバーの体を散弾銃でぶっ飛ばしているときは何も考えなくていい。
だがパタリと体の動きを止めた瞬間にそれは激流のように流れ込んでくる。
アリスの顔、声、髪、吐息や瞬きさえも鮮明に。

諏訪はこれ以上基地にいるのは自分にとっても周りにとってもよくないと思い、その日は早々に帰宅するのだった。





アリスが諏訪のもとを離れてから数日経った。
未だ屍のような諏訪と、ボーダーのアルバイトを休んでいるアリスは顔を合わすことなく時間だけが過ぎて行った。

「蓮ちゃん、ズバリ1人暮らしに適した家とはどんな家かな?」

アリスはまだ月見のところに厄介になっていた。
月見の家で根付にもらった家の資料を見るアリス。
来た頃は泣いてばかりいたアリスもすっかり落ち着き、今は明るく振舞っている。

「それは何に重きをおくかで変わってくるわ。」

だが平気なはずがないのだ。

「うーん、そうだよね。やっぱり日当たりかな?オートロックとかセキュリティが優先?」

アリスは独り言を呟きながら根付からもらった家の資料を楽しそうに見ている。
月見にはそれが、なんというか痛々しかった。

『洸ちゃんのこと悪く言われたの、悔しい。』

あの日アリスが諏訪を思って流した涙を月見はよく覚えている。
何が理由でアリスが諏訪のもとから出てきたのかはわからないが、アリスと諏訪は一緒にいるべきだ。
月見はらしくもなく焦ってしまい、ここで下手を打ってしまった。

「ねえ、アリス?無理しなくてもいいのよ?」

その言葉にアリスは紙をめくる手を止めた。
そして月見のほうを振り返らずに言う。

「何が?」

「諏訪さんと何があったの?帰ったほうがいいんじゃないの?」

アリスはそう言われて手に持っていた資料を思わずくしゃりと握りしめた。

「何でもないもん。」

「何でもないことはないでしょう?」

「何でもないってば!」

月見の言葉にアリスは月見のほうを振り返ってつい声を荒げてしまった。
月見はそれに驚きを隠せなかった。
こんなに声を張り上げてアリスが怒るだなんて。
アリスは自分でも大声を出してしまったことにハッとして口元を押さえた。

「あ、ごめっ…。」

アリスの目に涙がじわりと滲む。
それを見られる前にアリスは月見から顔をそらす。
沈黙の中アリスは急に荷物をまとめ始めた。

「ごめんなさい、蓮ちゃん。私出て行くね。」

アリスは出していた荷物を適当にリュックサックに詰め込むと玄関のほうへ走る。
月見は慌てて止めようとしたが間に合わず、アリスはすごい勢いでどこかに走り去ってしまった。
月見も後を追いかけて外に出るが、あたりを見回してもアリスの姿はなかった。

「足、ものすごく早いじゃないですか、諏訪さん…。」

月見は肩で息をしながらため息をついた。
いつだったかアリスは運動が苦手で走るのが遅いと聞いていたのに。
こんな時ではあるが月見はあの頃を懐かしく思い出してしまう。

「諏訪さんに連絡しなきゃ…。」

月見は置いてきてしまった端末を取りに部屋へ戻っていった。





「はあ、やっちゃった。蓮ちゃん怒ってるかなあ…。」

肌寒くなった夜風に当たって頭が冷えたアリスは先ほどの行為をとても後悔していた。
月見が自分のことを思って言ってくれたのに。
アリスは勝手に怒って家を飛び出してきてしまったのだ。

「とりあえず泊まるところ探さなきゃ…。」

アリスはトボトボと公園を歩き、とりあえず途中にあった自動販売機でおしるこを買った。
吐けば白くなるその吐息を見ながら、同じく真っ白に立ち上るおしるこの湯気を見つめる。

寂しい。

冬になってくるとただでさえ世界は物寂しく見えるのに、アリスは自分でひとりぼっちになってしまったのだ。

寂しい。

こんな風に寂しく感じたのはいつ以来だろうか。
アリスはふと自分の両親から離婚の話を聞いた日を思い出す。
あの時も家族を失った喪失感に絶望した。
だがあの時はまだ心に拠り所があった。

それが諏訪の存在だった。

離別してから10年以上経ったのに未だに自分の心を占有していた諏訪。
彼に会うことができたなら、きっとこの寂しさもなくなるだろう。
アリスはそう信じていた。

そしてそれは現実となった。

再会を果たした諏訪。
子供の頃と何も変わらない彼にアリスがどれだけ救われたかはわからない。
だがアリスはその諏訪を自分から突き放してしまったのだ。
アリスはおしるこの缶をギュッと握りしめる。

(洸ちゃん。)

家に帰ればきっと諏訪は自分を受け入れてくれるだろう。
だが諏訪のもとへ帰るのは自分にとっても、諏訪にとってもよくないとアリスは考えていた。

(私、最低だ。)

思わず目に涙がにじむ。
下を向いているから余計にそうだ。

「お嬢さん、そこ隣座っていい?」

すると不意にアリスは誰かに声をかけられた。
アリスは慌てて涙を拭いてその声をかけてきた人物の方を向かずにベンチの隅による。

「あ、どうぞ。すみません。」

「どうも。」

声をかけてきた男はそのままどかりとアリスの隣に座る。
そして突然アリスの前に開いたお菓子の袋の口が現れた。

「ぼんち揚いかが?」

「じ、迅くん?!」

アリスに声をかけて隣に座ったのは迅だった。
それなのにアリスは全く気がつかなかったのだ。

「ぜーんぜん気がつかないんだもんなー。」

「ご、ごめん、迅くん!どうしてここに?」

「俺は実力派エリートなーの!」

そう言って迅は笑うとぼんち揚を1つ、その口に放り込んだ。

「行くところないんでしょ?ウチにおいでよ。」

迅はそう言って立ち上がるとアリスの手を引いて立ち上がらせる。

「ウ、ウチって玉狛?」

「うん、部屋余ってるしさ。今頃京介と宇佐美が片付けてくれてるよ。」

「あ、ありがとう。でもどうして?どうしてここにいるのがわかったの?あ、もしかしてサイドエフェクトってやつ?」

「うーん、それもあるけど。先に蓮さんから電話があってさ。」

アリスはじわりと目に涙が溜まる感覚がした。
月見が迅にアリスを探してほしいと頼んだのだ。
先ほど理不尽に怒ってわめき散らした自分を月見は心配して気遣ってくれたのだ。
アリスの目から涙がこぼれた。

「あー、泣かない泣かない。俺が泣かしたみたいになるじゃん!」

「だ、だってぇ!」

ああ、どうしてこんなに自分の周りには優しい人が溢れているのか。
それなのにどうして自分はこんなことをしてしまうのだ。
アリスの中で嫌悪感がぐるぐる回る。

「寒くなったし早く行こう。あ、ご飯食べてないんだって?レイジさんに何か作ってくれるように頼んであるから帰ったら食べようよ。」

そう言って迅は冷たくなったアリスの手を握り歩き出した。

(アリス。)

それを公園の木の陰から見ていたのは諏訪だった。
月見から連絡があり、そして迅からも連絡があって様子を見にきていたのだ。
こんな夜遅くに1人で公園なんて危ない。
そう思って諏訪は急いでやってきていたのだった。
だが迅が連れて行ってくれるのならもう安心だ。

(迅、アリスのこと頼むな。)

諏訪は2人が公園から出て車に乗るのを確認すると自分も家に帰って行った。





「うん。うん、大丈夫。うん、しばらくは玉狛で面倒見るから安心してよ。また連絡する。おつかれ、蓮さん。」

アリスを玉狛に連れてきてから数時間。
迅はアリスと食事を採り、玉狛基地内を案内し、烏丸達が用意した部屋へと案内した。
しばらくは部屋で他愛もない話をしていたが、やがてアリスはスイッチが切れたようにコトッと眠ってしまった。

アリスが眠ったことを見届けると迅は月見に電話をかけた。
迅は月見を安心させるようにアリスの状況を1つ1つ伝えると電話を切った。

「蓮さんも案外過保護だなあ。」

アリスのことになると人が変わったように心配する月見に迅はくすりと笑う。
そして眠るアリスを見てベッドに腰掛けた。

(アリスちゃん…。)

迅はアリス顔にかかった髪の毛を払ってやった。

「おやすみ。」

そうして部屋の電気を消すと迅はその部屋を後にした。










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2019.12.11
約半年ぶりの更新です、大変お待たせしました(滝汗
諏訪さん連載33話目更新です。


※お返事不要の方はお申し出お願いします。


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