こんなことになるなんて思ってもみなかった。 行かないでくれ 寒さ深まる11月の初め。 諏訪とアリスはとある場所に来ていた。 「洸ちゃん!次はアレに乗ろうよ!」 ここは三門市から少し離れた場所にあるテーマパーク。 この11月から新しいエリアがオープンされると話題になっていたテーマパークだ。 この新しいエリア登場のCMを見てあまりのワクワク感にアリスは諏訪にどうしても行きたいと飛びついたのだった。 案外ミーハーなところがあるアリスのキラキラとした表情を見て諏訪が断るはずがなかった。 「おう。」 諏訪もテーマパークは別に嫌いではない。 幸い平日に時間を調節してくることができたため、そこまで何時間もアトラクションに待たされることもない。 諏訪も諏訪なりにこのテーマパークを楽しんでいた。 「洸ちゃん、連れてきてくれてありがとう!」 こんな風にアリスが笑ってくれるのならば。 諏訪には遠出をしてでも出かけてきた甲斐があったと笑った。 「あー、面白かった!ちょっと休憩!」 アリスは満足気にベンチに座って伸びをした。 諏訪もその隣に座る。 朝から遊び倒しているので、さすがのアリスも少し疲れたようだ。 足をブラブラさせてストレッチをしているのがその証拠だ。 もうすぐ夕方にもさしかかるが、まだ夕方だ。 夜のテーマパークも存分に楽しむ気でいるだろうアリスが、疲れたから帰ると言いだすはずもないと思い、諏訪はふっと笑って顔を上げた。 するとそこにはおいしそうな香りを放つ屋台があった。 「アリス、腹減らね?」 昼食はアリスが行きたがっていたキャラクターレストランで摂り終えていたが、それももう何時間か前だ。 「あー、ちょっと減ったね!」 お腹を押さえて首をひねるとアリスは笑って返事をした。 「あそこでちょっとなんか買ってきてやるよ。」 「あ、待って、じゃあ私も!」 そう言って諏訪が立ち上がるとアリスも慌てて立ち上がろうとした。 だが諏訪にピンとおでこを弾かれ、アリスはベンチから立ち上がれなかった。 「足疲れてんだろ?無理すんな。」 「ありがとう!」 諏訪が笑うとアリスは笑い返す。 そして諏訪はにっこりと笑うと多少並んでいる屋台のほうへと駆けて行った。 アリスはそれを嬉しそうに見てふんふんと鼻歌を歌った。 「羨ましい。」 すると不意に隣からそんな声をかけられた。 アリスがその声に反応して隣を見ると、隣のベンチに女性が座っていた。 どうやら自分に話しかけているらしく、アリスはその女性とバチリと目が合った。 どこかで会ったことのあるような、不思議な雰囲気を持つ女性にアリスは一瞬ドキッとする。 「さっきから見ていたんだけど、ステキな彼氏さんね。」 そうやって自分を見てニッコリと微笑む女性にアリスは慌てた。 「あ、彼氏じゃないです、ただの幼馴染ですよ!」 「そうなの?」 アリスの答えに女性は意外そうな顔をした。 「すごくいい雰囲気なのに。」 アリスの中で何かがざわりと揺れた。 この女性とこれ以上話してはいけない、そんな風にさえ思った。 だが思いとは裏腹にアリスは話を続ける。 「洸ちゃんはただの幼馴染ですよ。それに昔私フラれていますし。」 アリスは表情に少し影を落とす。 「洸ちゃんも私のこと、ただの幼馴染って思ってますよ。」 そんなことを言うアリスに女性は怪しくくすりと笑った。 「本当にそうかしら?」 「え?」 どこかで見たことのある雰囲気で笑うその女性の言葉にアリスはまたドキリとする。 「私にはそんな風に見えないわ。あんなに大事そうにあなたのこと見てるのに。周りから見ていても妬けちゃうわ。」 アリスはそう言われて思わず諏訪のほうをパッと見た。 するとちょうど注文を終えたらしい諏訪と目が合った。 諏訪は優しく笑って、アリスに手を振ってくれた。 「っ!」 アリスはその時どうしようもなく、心が締め付けられた。 「そんなわけっ!」 そんなわけがない。アリスがそう言おうとした時、その女性は立ち上がった。 「教えてあげる。」 アリスの目の前まで来た女性は、かがんでアリスに視線を合わせた。 「そんなに大事な思い、ずっと閉まっておくなんて無理よ。」 「っ!」 「蓋を開ける時が来たなら早く開けたほうかいいわ。」 アリスをじっと見るその女性の目は何もかもを見透かしているようで、アリスは心拍数が上がるのを感じた。 「私の占い、よく当たるの。」 そう言って女性はにっこりと笑った。 そこへちょうど諏訪が戻ってきた。 「アリス、おまたせ…って、あ?どした、知り合い?」 アリスが見知らぬ女性と話をしているのを見て足を止める諏訪。 それに気がついた女性は姿勢を戻して諏訪に振り返った。 「いいえ、このお嬢さんに少しお話に付き合ってもらっていただけ。ありがとうね。」 そう言って女性は去っていく。 「じゃあね、子羊ちゃん。」 諏訪はその女性を見てなんだかどこかで見たことのある雰囲気だなと思ったがあまり気に留めなかった。 買ってきたクレープを持ってアリスに1つ手渡す。 「なーんか、どっかで見たことのある顔だったなー。」 「そう、だね。」 アリスは諏訪にもらったクレープを黙って口に食んだ。 「おいしい、洸ちゃん、ありがとう!」 アリスはそう言って精一杯笑ってみせた。 その日からアリスの様子が変わった。 なんとなく元気のない日が続き、それは諏訪が感じ取れるレベルのものだけではなく、周りの友達も気がつくレベルに達していった。 「諏訪さん、アリスちゃんなんだか最近元気ないですね。」 諏訪隊隊室で堤が不意にそんなことを言った。 その時は防衛任務のすぐ後だったこともあり、小佐野を含める諏訪隊全員が隊室にいた。 「諏訪さん、何かしたんでしょ。アリスちゃんマジで元気ないもん。」 「するかよ!!」 小佐野の言葉を全力で否定してみたが、しかしアリスの元気がないのは確かだ。 そしてその原因が一緒にいる時間が1番長い諏訪である可能性は十分にあった。 本人が自覚していない場合もある。 「アリス先輩、いつ頃から元気ないんですか?」 笹森が心配そうな表情を浮かべて諏訪にお茶を差し出す。 諏訪は笹森が淹れてくれた温かいお茶を飲みながら頭を悩ます。 「んー、テーマパーク行った時は元気だったな。あ、いや、でもその次の日ぐらいから考えたら元気なかった、か?」 諏訪はアリスの様子を1つ1つ思い出してみる。 テーマパークに行った日は当然元気だった。 はしゃぎまわってライドを選び、お土産屋を覗き、屋台という屋台の前で立ち止まっていた。 いつからだ。いつからアリスの元気がなくなった。 諏訪は腕を組みうーんとうなる。 と、そこへ小佐野がつけていたテレビの画面が目に飛び込んできた。 「あー!!!」 諏訪はテレビ画面に映る人物を見て大声をあげた。 それに驚いたのは堤達だった。 「諏訪さん、うっさい。」 「どうしたんですか?急に。」 小佐野と笹森は反射的に耳を塞いだ手を下げた。 諏訪は立ち上がるとテレビを指差した。 「こいつ!こいつあの時アリスに何か話してやがった!!」 「ええっ?!この人に会ったんですか?!」 テレビの中で映る女性は、テーマパークに行ったあの日アリスと話していた不思議な女性だった。 「間違いねえ、こいつだ!こいつ誰だ?!」 諏訪はテレビをつけていた小佐野に問う。 すると代わりに堤が答えた。 「誰って今有名な占い師ですよ。知りませんか?門司(もじ) ココナ。 何でもすごい的中率とかで政治家とか芸能人とかも結構この人の占いアテにしてるらしいですよ。 テーマパークに本当にいたんですか?この人自身ものすごく有名ですよ?」 テレビの中で怪しく笑う女性はたしかにあの日見た女性だった。 諏訪はだんだんとその時のことを思い出してきた。 アリスが座っていたベンチの隣のベンチに座っていたこの女性は、諏訪が屋台に並んでいる間アリスと何か話していた。 何を話していたかはわからない。 だがその時のアリスは少し顔色が悪かったように思える。 クレープだって半分くれたし、閉園時間までいようと言っていたのに暗くなってきたら疲れたから帰ろうと急に言い出した。 何を話していたかはわからない。 だがアリスの様子を変えるような何かを話していたことには違いない。 諏訪はそう確信した。 「こいつがアリスに何か言いやがったんだ、間違いねえ。」 諏訪はギリリとした表情で画面の向こう側の女性を睨みつけた。 「悪りぃ、俺先に帰るわ!アリスは今日はもう家にいるはずだからな!堤、報告書頼む!」 諏訪は換装を解いてそそくさと荷物をまとめると皆に別れを告げた。 堤は何も言わずに諏訪に敬礼するのだった。 「アリス!」 諏訪は全速力で帰ってきて家の扉を開けた。 するとちょうどリビングから出てくるアリスと鉢合わせになった。 「わぁ!び、ビックリした。どしたの?洸ちゃん。」 それはいつもの様子のアリスに近かった。 諏訪は首を傾げた。 てっきりまだ元気なくしているかと思って急いで帰ってきたのに杞憂だったのかと諏訪は肩を落とした。 「あ、いや。」 諏訪はとりあえず靴を脱いで家に上がりアリスに向かった。 そしてアリスの肩に手を置こうとした時。 「変な洸ちゃん。」 アリスは諏訪のその手を交わして玄関に向かった。 諏訪はその時何故か嫌な汗をかいた。 玄関で靴を履くアリスを見て諏訪は問うた。 見ればアリスは何やら荷物が詰まっていそうなリュックサックを背負っている。 「アリス、出かけんのか?」 アリスは諏訪の問いかけにピタリと手を止めた。 「…うん。」 アリスは靴を履き終えると立ち上がる。 その時アリスは諏訪のほうを決して振り返らなかった。 「洸ちゃん、私このお家出ようと思って。」 そして衝撃の一言がアリスの口から放たれた。 「は?」 諏訪は一瞬何と言われたかわからず、喉の奥からその一言を絞り出すのがやっとだった。 諏訪は引き笑い、こめかみをつっと一筋の汗が伝った。 「何言ってんだよ。ずっとここにいろって言ったじゃねえか。」 その言葉にアリスは一瞬ピクリと反応した。 「洸ちゃんこそ何言ってるの?私達ただの幼馴染なんだよ?」 アリスの声は震えていた。 「私なんかがいたら洸ちゃんいつまで経っても彼女とかできないでしょ?」 「っ!」 諏訪はアリスのその一言にカチンときた。 「お前、それ本気で言ってんのか?」 諏訪は怒ったような声でそう言ってアリスへと近づいた。 「俺はお前が…!」 そしてその言葉を言おうとした。その時。 「言わないでっ!!」 アリスの叫びが諏訪のその言葉を打ち消した。 アリスはその小さな肩を震わせながら言った。 「お願い、その先を言わないで…。」 そして頬を伝った何かを拭う仕草をしたアリスは出て行った。 「バイバイ、諏訪くん。」 諏訪のことを一瞥することもなく、アリスは扉の外へと消えたのだった。 アリスが出て行ったそのしばらく後に、諏訪のところに月見から電話があった。 アリスと何かあったのか、月見はそう諏訪に尋ねた。 だが諏訪が答えられるはずがなかった。 諏訪が1番何が起こったのかを理解しきれていなかったからだ。 月見の話ではアリスの様子はこんな感じだ。 突然やってきて数日泊めてほしいと言ってきた。 その目は泣いていたらしく腫れていた。 部屋にあげるとまた泣き出して泣き疲れて眠ってしまった。 泣いている理由をいくら聞いても教えてくれなかった。 ただ1つだけ教えてくれたのは、全部自分が悪いのだということ。 諏訪は悪くない、全部自分が悪いのだと。 アリスはそれだけを月見に話したという。 諏訪は月見にアリスのことを頼むと告げると電話を切った。 そして誰もいないリビングのソファに寝転がり天井を仰ぐ。 『バイバイ、諏訪くん。』 さよならの一言だけが諏訪の頭に響いた。 諏訪は両手で目を覆う。 「あー、泣きそ。」 その言葉を拾うものは誰もいなかった。 Prev | Next ******************************* 2019.06.10 32話目にしてようやく物語が大きく動いた感ある。 ※お返事不要の方はお申し出お願いします。 back WT | back main | back top |