心が痛むが仕方がねえ 俺の気持ちがわかったか 「おや、桐島くん。今日はもう帰るのかい?」 「はい!お疲れ様でした、根付さーん!」 「ああ、お疲れ様。気をつけて。」 季節はすっかり秋めいてきて、今は10月の初め。 涼しくなってきたがまだ暑い日もあったりして油断できない日々が続いていた。 その日、夕方までのボーダーのアルバイトを終えたアリスは1人で帰り支度をして早々に職場を後にした。 普段なら夕方までアルバイトがある時は諏訪と一緒に帰ることが多く、いつもは諏訪がアリスを迎えに広報室まできていた。 だが今日のアリスは諏訪を待つことなく1人で荷物をまとめるとさっさと帰って行ってしまった。 (洸ちゃん、遅くなるって何時ぐらいになるのかな。) アリスはそんなことを思いながら腕時計に視線を落とした。 昨夜のことだ。 夕食を一緒に食べていると諏訪が今日は帰りが遅くなると告げた。 午前は大学、午後は防衛任務と訓練。 そしてその後は諏訪隊のメンバーで来たるランク戦に向けての作戦会議があると言っていた。 普段なら諏訪隊の隊室で待っていることもあるが、さすがに大事な作戦会議の横で待っているのは迷惑かと、アリスは快く頷いた。 (今頃は隊室か。寄って行こうかな…いやでももう話し合い始まってるかもしれないし帰ろうっと!) そう思ってそのまま帰ろうとした時。 「あれ?」 アリスはボーダー本部基地のエントランスで堤を見かけた。 しかも隊服ではなく、私服姿だ。 アリスはおややと首を傾げた。 今頃は諏訪隊はそろって隊室にいるはずなのに。 もしかして堤は体調が悪いか何かで帰るのだろうか? アリスは心配になって堤に声をかけた。 「堤先輩。」 「あ、アリスちゃん。こんにちは。今帰り?」 しかしアリスが声をかけても堤は至って普通に元気そうだった。 顔色も悪くないし、いつも通りの仏の顔だ。 アリスはますます首を傾げて、何かおかしいなと思った。 そして極め付けはこれだ。 「あれ、諏訪さんは一緒じゃないんだね?」 「え?」 その言葉にアリスはどう反応したらいいかわからなかった。 一緒じゃないもなにもアリスからしたら一緒にいるはずなのはむしろ堤のほうなわけで。 「え、だって…。今日は防衛任務と訓練があって。それにランク戦に向けて作戦会議があるって…。」 「え?それは明日のはずだけどな。」 堤は端末を取り出して予定を確認した。 するとやはり今アリスが言った予定は明日のものだった。 「諏訪さん、伝え間違えたのかな?」 堤は首を傾げながら端末をしまった。 アリスも一瞬そう思った。 諏訪ならうっかり明日の予定を間違えて伝えてきそうだ。 だが伝え間違えたとしてもそれが間違いだったことに少なくとも午前の大学の授業が終わった時点でわかるはずだ。 だって防衛任務も訓練もないのだから。 前にも予定を間違えたことがあったが、諏訪はその時は連絡してきた。 「今日はこっちに来ないって言ってたからアリスちゃんもバイト休みかと思ってたよ。」 「あ、えっと。」 しかも堤にはボーダーには来ないと伝えていた? ますますもってアリスはわからなくなった。 だってということは。 諏訪が明らかにアリスに嘘をついたことになる。 「わ、私帰ります!」 「あ、送って行こうか?」 「大丈夫です!」 アリスは呼び止める堤の声を振りほどき、足早にボーダー基地から飛び出した。 それから家に帰ってきたアリスは夕食を食べるのも忘れてソファの上で膝を抱えていた。 (洸ちゃん、嘘ついたの?) 今まで諏訪に嘘をつかれたことなんて一度もなかった。 いや、諏訪にだって都合がある。 何事かアリスに知られたくないこともあるだろう。 それに同じ隊の堤にまで隠していることだ。 余程のことがあったに違いない。 頭ではわかっている。 でもそれがこんなにも不安で寂しい気持ちにさせられるだなんて。 下を向いたら思わず涙がこぼれそうだ。 アリスは端末を握りしめた。 連絡をしてみようか。いや、だが立て込んでいたらかえって悪い気がする。 それにわざわざ嘘をついてどこかに行っているのだ。 連絡なんかしても出てくれないかもしれない。 (洸ちゃん。) アリスは膝を抱えて時が過ぎるのをただ待った。 「ただいまー。」 日付が変わろうとしていた頃。 玄関の扉が開き、諏訪が静かに帰ってきた。 いつもならアリスはもう寝ている時間だ。 当然諏訪もアリスが寝ているだろうと思ったのか、ただいまを言う声は小声だった。 「って、ぅお!アリス、起きてたのか!」 明かりのないリビングに入って諏訪は驚きの声を上げた。 荷物をカウンターに置き、アリスの元へと行く。 「アリス、どうした?っていうかお前風呂とか入ってねえの?服とかそのままじゃねえか。」 諏訪は何かあったのかと心配になり、アリスの前にしゃがみ込んで目線を合わせた。 アリスは顔を少し上げて諏訪の顔を見る。 諏訪の心配そうな顔。 だがそれとは裏腹にアリスは少し怒っていた。 「どこ、行ってたの?」 「あ?だから今日は隊で…。」 諏訪のその言葉にアリスは顔を上げた。 その目には涙がたまっている。 それに諏訪は驚いて何かを言おうとした。 「嘘。」 だがそれはアリスの言葉によって遮られる。 「今日帰りに堤先輩に会ったもん。」 「えっ?!」 アリスがそう言うと諏訪はあからさまにまずいという表情を浮かべた。 アリスはそれがまたショックだった。 「嘘つくなんて酷い。知らない。」 そう言ってプイッと顔を背けるアリスに諏訪は慌てた。 「いや、悪い!悪かったよ!」 「悪いと思ってるならどこで何してたか教えてよ。」 「それは…。」 諏訪はそれには困ったような顔をした。 少し考えてはあとため息をつくと諏訪は立ち上がった。 そして先ほどカウンターに置いた荷物の中から1つの箱を持ってきてテーブルに置く。 「何これ?」 「開けてみろよ。」 「?」 なんだか少し照れたように諏訪は視線をアリスからはずすとそう言った。 アリスは首を傾げながらも言われた通りに箱を開けた。 「これ…?」 箱の中にはホールケーキが1つ入っていた。 そして上にはいびつな文字で『アリス、誕生日おめでとう』という文字が書かれたプレートが乗っていた。 わけがわからずアリスは諏訪を見上げる。 すると諏訪はバツが悪そうに頬をかきながら白状した。 「今日は玉狛でそれ作ってたんだよ、レイジに教わって。こないだ俺の誕生日祝ってくれたろ?だからこれはそのお返しだ。」 「でも私の誕生日は…。」 アリスの誕生日は4月だ。 そんなものは半年前に終わってしまっている。 「だーかーらー。明日はアリスの誕生日からちょうど半年だろ?お前もこないだ俺の誕生日過ぎてるのに祝ってくれたし。」 先日アリスは諏訪の誕生日が終わっているにも関わらず、やっぱり個人的にも祝いたいからとゲーム機と麻雀のゲームソフトをくれた。 しかも内緒で麻雀の特訓をしていたため、今では諏訪と家で2人で遊ぶことができる。 「じゃあこれホントに私のために?」 「俺が他の誰にこんなことすんだよ。」 諏訪はそう言ってアリスの隣に座り込む。 「はあー、でもミスった。やっぱ堤達に言っときゃよかったぜ。」 今日は諏訪隊は完全にオフだった。 だから諏訪は堤も笹森も小佐野も基地には来ないと踏んでいたのだ。 それにアリスのためにケーキを作るなんて言ったら堤と笹森はともかく小佐野にどうからかわれるかわからない。 そうでなくてもケーキの作り方を教えてくれと木崎に言いに行った時はニヤニヤされて気分が悪かった。 だが結果としては口裏を合わせなかったことでアリスを傷つけたのだ。 「…嘘ついて悪かったよ。」 「あ、ううん!私のほうこそ、その…怒ってごめんなさい。」 アリスは諏訪が謝るのを聞いてハッとして、次の瞬間シュンとしてしまった。 諏訪は自分のためにやってくれていたのに1人で怒って申し訳ないことをした。 こんなにステキなプレゼントを用意してくれたのに。 「でも俺の気持ち少しはわかったか?」 「え?」 「え?じゃねーよ!こないだ俺に内緒で冬島のおっさんとこに通ったり、太刀川達と買い物行ってただろ。」 「あ。」 アリスはそう言われてまたハッとした。 そうだ、自分だって嘘はつかなかったが、結果的に今回諏訪がしたようなことをしていたのだ。 諏訪が気を利かせて聞かないでいてくれたからアリスは嘘をつかずにすんだが、もし諏訪が冬島のところで何をしていたのかと聞いてきていたならきっと嘘をついただろう。 そう考えるとアリスはますますうなだれた。 「ごめん、洸ちゃん。」 そして思わず涙が目尻に滲む。 「おいおい、泣くなよ。せっかく作ってきたケーキがまずくなるだろ?」 そう言って諏訪がアリスの頭に手を置いた時。 ぐううううう 盛大にアリスの腹の虫がなった。 アリスは顔を真っ赤にしてお腹を抑えたが今更遅い。 「アリス、もしかして飯も食ってねえの?」 「え、あ。…うん。」 アリスは顔を赤くしたままコクリと首を縦に振った。 諏訪はそれに笑う。 「はは、じゃあもうケーキ食っちまおうぜ。ちょうど日付変わったしよ。」 そう言われて時計を見やれば確かに日付は変わって正真正銘アリスの誕生日から半年経っていた。 「ろうそくも買ってきてるからよ。」 諏訪はキッチンから皿やらを取ってきてケーキにろうそくを立てた。 19本もろうそくが立ち並ぶとなかなか壮観だ。 「19歳と半年おめでとう、アリス。」 「ありがとう、洸ちゃん。」 アリスはふーっとろうそくの火を消すのだった。 Prev | Next ******************************* 2019.04.08 諏訪さん連載28話目更新です。 しれっと紳士力発揮する堤。 ※お返事不要の方はお申し出お願いします。 back WT | back main | back top |