ワールドトリガー 夢小説 | ナノ


だから言っただろ





あいつは全然気にしてねえよ





日曜日。まだまだ暑い日が続く8月ももうすぐ終わる。
夕暮れ時になってほんの少しだけ涼しくなった街中をアリスは1人で歩いていた。
何も入っていなさそうなリュックサックを背負い、紙切れを1枚持っている。
そうして立ち止まって腕時計を見たその時。

「あ。」

視界の端に見知った人間が通り過ぎるのを見つけた。
アリスはハッと顔を上げてその彼を追いかける。
幸いその知り合いの男の歩調は緩やかなもので、アリスは走ることなくその男に追いついた。

「迅くーん!」

後ろからアリスがそう呼べば、その男は立ち止まりアリスのほうを振り返った。
思った通りその男は迅 悠一で、アリスの友人のその人だった。

「あれー、アリスちゃんじゃん。」

手にはいつものぼんち揚げ。
日差しが眩しいのか、いつもは額の上に上げているサングラスをサングラスとして活用していた。

「今度は嵐山と間違えなかったね。」

「さすがにもう間違えないよー!」

迅がそうやってからかうと、アリスは少し恥ずかしそうに笑うのだった。
実は初対面の時少々やらかして、アリスは迅を嵐山と間違えて声をかけたことがあったのだ。

「あれ? 諏訪さんは? 珍しいね、もしかして1人?」

迅は辺りをキョロキョロと見回す。
アリスのいる場所にその人ありと噂の名高い幼馴染様である諏訪は今日はいない。
それは迅からしてもやはり珍しいことだった。

「うん。今日はね、私1人だよ!」

今日は日曜日で大学は休み。
アリスは珍しくボーダーでのアルバイトも休みだったが、あいにくと諏訪はガンナーの合同訓練に防衛任務まで入っている。
アリスは今日は何しようと考えた結果、翌週のご飯のおかずの作り置きに1日を注ぐことにしたのだった。
家にあった材料をかたっぱしから使って数品作り、あとはまた買い物で材料を買い足して続きをするつもりだ。
だがギラギラと太陽が照りつける中さすがに買い物に行くのがしんどく、夕方になるまで待っていたのだ。

「それ、買い物のメモ?」

「うん、メモしとかないと無駄遣いしちゃうしね!」

アリスがそう言ってペロリと見せてくれたメモには思っていたよりもびっしりと食材の名前が並んでいた。
それに諏訪のビールまで買う予定があるようだ。

「…。」

迅はアリスをほんの少しだけ見つめてから言った。

「アリスちゃん、俺も買い物一緒に行ってあげるよ!荷物持つの手伝う。」

そう言って迅が笑うとアリスは驚いた。
それと同時に喜びの声をあげた。

「ホント?助かるなあ、それ!」

だが迅の服装を見て、アリスは慌てて今度は首を振った。

「あ、ううん。でもいいよ。迅くんパトロール中なんじゃない?」

迅はいつもの玉狛のジャージを羽織った姿だった。
この迅の姿はトリガーで換装している状態で、つまり仕事着だ。
アリスは迅のこれを私服と思っていたので、諏訪にそれを聞かされた時は驚いた。
つまり今迅が何か仕事で街中にいたのじゃないかという思考に至ったのだ。

「ううん。街をブラブラしてただけ。ブラブラするのが俺の仕事だからさ!」

迅はそう言ってテヘッとウインクをして見せた。
ブラブラしているのが仕事とは、よくそんなに軽く言えたものだ。
迅は見知った人間の未来が視えるサイドエフェクトを持っている。
迅が街中をブラブラ歩くということは、そこですれ違ったりした人々の未来を視ることになり、結果としてネイバーからの侵攻などを予想するのに役立っているのだ。

「そうなんだ、じゃあお願いしようかな!」

だがアリスはそんな事情は知らない。
本当にブラブラしているだけだと信じたアリスは迅と2人でスーパーに買い物に向かったのだった。





「よいしょっと、これで全部だね。」

「迅くん、ありがとう!すごく助かったよ!」

アリスと迅は買い物を終えて諏訪の家に戻ってきた。
迅は実は車で来ていたのでアリスは調子に乗って諏訪のビールをたくさん買った。
そしてもちろん迅はそれらを諏訪の部屋まで持ってきてくれたのだった。

「じゃあ、俺はこれで。」

迅は荷物を運び終わるとさっさと帰ろうとした。
だがそれをアリスが服の裾を引いて引き止める。

「あ、待って、迅くん。あがっていってよ。お礼したいし、お茶淹れるから!」

「えっ?!」

迅はそのアリスの誘いに驚いた。
ここは諏訪の家だ。今はアリスと一緒に住んでいるからアリスの家と言ってもいいだろう。
だがいくらそうだとしても迅はからすればここは諏訪とアリスの愛の巣だ(ただの幼馴染だが)
そんな家に諏訪の許可なくあがることは避けたかった。

「洸ちゃんがね、お礼にあがってもらえって。」

だが迅のその心配は杞憂に終わった。
アリスは事前に迅に買い物を手伝ってもらっていることを伝えていたようだ。
そして諏訪が迅にあがっていけと言っている。

「汗だくじゃん、迅くん!疲れたでしょ?遠慮しないで!」

「…じゃあお言葉に甘えようかな。」

迅はそう言って靴を脱ぐと諏訪宅にあがりこんだ。
アリスは買ってきたものを冷蔵庫にテキパキしまいながらお茶の準備をする。

「お茶淹れるからちょっと待っててね!」

「ゆっくりでいいよ。」

迅はそう言ってリビングを見渡す。
そうして何気なく片隅の本棚を覗いた。

「! これ。」

迅は見たことがある本を見つけて思わず手に取った。
いや、手に取ったのは本ではない、アルバムだ。
そう、これはアリスが住んでいたアリスの祖父の家から持ってきたアルバム。

「…。」

ネイバーに壊されてしまったアリスの家。
その家から荷物を掘り起こして運ぶのを迅も手伝ったからよく覚えている。
迅は汚れだらけのそのアルバムの表紙を手で撫でた。

「迅くん、お茶入ったよー!」

「待ってましたー!」

迅は思わずアルバムを持ったままソファに座った。

「あ、それ私が小さい頃のアルバム。」

「うん。あ、ごめんね、勝手に見ちゃって。」

「ううん、全然いいよ!はい、これお茶とぼんち揚げ。」

「ぼんち揚げ!」

迅はアルバムをソファの上に置くとコップに手を伸ばした。
アリスもコップを持つと迅の横に座った。
迅はアリスのアルバムをめくっていく。
それはたしかにアリスが幼い頃の写真で、一緒に写っている回数が多いわんぱくそうな少年はきっと諏訪だろう。
あまり変わらないと言えば怒られるかもしれないが、なんだか今の諏訪はなるべくしてなったというか。
それほどに小さい頃の諏訪には今の面影がよくあった。

「ね、迅くん!これ洸ちゃんだよ!今と全然変わらないでしょ?」

そう言ってアリスが笑う。
迅もそれに笑い返してページをめくった。

「っ。」

迅は思わず顔を歪めた。
そこには幼いアリスと諏訪が1人の老人と写っている。
背景はかんじのいい和風な庭園。
きっとアリスの祖父の家だ。

そう、先日半壊してしまったアリスが住んでいた家だ。

「? 迅くん? どうかした?」

迅が少し辛そうに拳を握って俯くと、さすがに異変を感じてアリスは迅を覗き込むような仕草を見せた。

「ごめん、買い物に付き合わせたから疲れちゃったかな? 具合悪い?」

迅の頭の上からアリスの心配そうな声が降ってくる。

「アリスちゃん、あのさ。」

そして迅は意を決したように顔を少しだけあげた。

「俺、アリスちゃんに謝らないといけないことがあってさ。」

「え? 何? 迅くん、私に何かしたっけ?」

迅の言葉に心当たりがないアリスは首を傾げる。

「アリスちゃんってサイドエフェクトって知ってる? 諏訪さんから何か聞いてない?」

「あ、サイドエフェクト知ってる!洸ちゃんと嵐山くんに教わったよ!」

アリスは諏訪達に言われたことを思い出した。

「えーと。たしかトリオン能力の優れた人に稀に発現する特殊な能力だっけ? ビームとかは出せないけど、なんかすごい力って聞いたよ!」

「(ビーム?)うん、そんなかんじ。…俺もさ、サイドエフェクト持ちなんだ。」

迅がそう言うとアリスはぱあっと顔を輝かせた。

「えっ?!そうなんだ!迅くんってやっぱりすごーい!さすが実力派エリートを名乗ることあるね!」

「はは。まあね。」

アリスが控えめな拍手をしてくれたことに迅は乾いた笑い声を返した。

「俺のサイドエフェクトは未来視。知っている人の未来を視ることができる力だよ。」

「えっ?!すごい!超能力みたい!」

しかしアリスはすぐに気がついた。

「あれ、でもじゃあ…。」

もしかしてあの日のネイバーの攻撃も?

アリスは言葉に出して続けなかったが、迅にはそれがきちんと届いていた。

「そうだよ。俺、あの日アリスちゃんが危ないって知ってたんだ。重症か、最悪死ぬ。そんな未来だった。」

迅は静かに続けた。

「アリスちゃんに怖い思いをさせない方法はあった。それに家が壊れないようにすむ方法もあった。でもアリスちゃんを助ければ他の住民達がどうなるかわからなかった。だからそのままアリスちゃんのほうにネイバーを行かせたんだ。」

迅は膝の上に置いている拳をまたキュっと握った。

「友達なのに囮にしたんだ、俺。君のことを。」

アリスはようやく理解した。
迅が何を気にしていて、何を苦しんでいたのか。

「だから許してもらえるようなことじゃないと思うけど、ごめん。ごめんよ、アリスちゃん。」

迅はそう言ってソファに座ったまま深く頭を下げた。
そんな迅にアリスは何も答えなかった。
どれくらい沈黙が続いたかはわからない。
だが迅にはその間がとても長く感じた。

「迅くんって優しいねえ。」

そんな迅の上から降ってきたのはいつも通りのアリスの間の抜けた声と手の温もりだった。
迅のその癖のある髪の毛をアリスはポンポンと撫でた。

「何で私が怒るの? 迅くんは迅くんのお仕事をしただけでしょ?」

アリスの言ったその言葉に迅は聞き覚えがあった。

『何で俺が怒んだよ。お前はお前の仕事しただけだろ。』

それはあの日、半壊したアリスの家に行った時に諏訪が迅に言った言葉と同じだった。
迅は泣きそうになってしまい顔を上げられなかった。

「何で? だって怖かったでしょ? それに諏訪さんやおじいさんとの思い出の場所だったんじゃないの?」

それでもそのアリスの優しさに甘えまいと迅はそう言った。
それにアリスはふっと笑った。
そこで迅はようやく顔を上げてアリスを見た。

「確かに怖い思いもしたし、家も壊れちゃったよ? でも…。」

アリスは迅が持ってきたアルバムが収まっていた本棚を見た。
よく見ればそこにはアリスと諏訪の幼い頃の写真が飾られていた。

「私には守ってくれる人がいるし、思い出ならまたこれからどんどん作っていけるもん。」

そしてその隣にもう1枚、先日の旅行の時に撮った諏訪との写真が飾られていた。
その写真立ても先日諏訪がくれた大切なものだ。

「 洸ちゃんがいてくれればそれでいいの。」

目を閉じて思うのは当然彼のこと。

見た目がヤンキーで、でも面倒見が良くて親しみやすくて、いつも周りから頼られて。
そんな自慢の幼馴染が傍にいてくれるならアリスはそれでよかった。

「それに最悪私死んでたかもしれないんでしょ? だったらありがとうだね、迅くん。私を死なせないでくれてありがとう!」

迅はそうやって笑ってくれるアリスに心からホッとした。
本当はこうなることがわかっていた。
それでも先ほどまでの不安や罪悪感は本物だったし、先がわかっているからと言って何も感じないわけではない。

「アリスちゃん、俺…「ただいまー。」

迅が何かを言おうと手を差し出した時、玄関の扉が開き諏訪が帰ってきた。
アリスはぱあっと顔を輝かせて立ち上がるとそのまま玄関に走っていった。
迅の手は行き場をなくし宙をかく。

「おかえり、洸ちゃん!」

「おう。あ、迅まだいんのか。」

諏訪は玄関にある男物の靴を見て部屋の奥を見る。
するとソファに座ったまま自分に手を振る迅の姿があった。

「おー、お前せっかくだから飯も食ってけよー。」

「あざーす!」

「あ、もうそんな時間か!ご飯作らなきゃ!」

アリスはバタバタとキッチンへと入っていった。
諏訪はそのまま荷物を寝室に放り込んでリビングへと来ると、迅の横に座る。

「諏訪さん、お疲れ様。」

「おう。あ、ありがとな。買い物。」

「いいですって。」

ヘラっと笑う迅の顔は諏訪が知っている迅そのものだった。
諏訪は迅の頭をあの日のようにぐしゃぐしゃっと撫でる。

「な? あいつはそんな器の小せえ女じゃなかっただろ?」

迅は諏訪が何のことを言っているかすぐにわかった。
そして諏訪があの日からずっと心配してくれていたことも。

迅はアリスと諏訪に罪悪感を感じていた。
先日の大規模な侵攻の際にアリスを囮に使ったこと、またそれを2人に黙っていたこと。
そしてその罪悪感のことを諏訪に話したあの日から諏訪も迅のことを気にしていた。
旅行の時も迅は普通に振舞っていたが、時折アリスのことを辛そうな表情で見ていたことに諏訪は気がついていたのだ。

「アリス、何だって?」

「内緒。」

「なんだよ、それ。」

そう言って諏訪と迅は笑い合う。
諏訪とアリス、全く同じことを言っていただなんて言ったら諏訪はどんな反応をするか。
それをネタにからかうのも面白いかもしれないけれど今日は何だかそんな気分じゃない。

「アリスー、腹減ったー。今日の飯何ー?」

「オムライスー!あ、迅くん、苦手なものとかない?」

「俺、バターライスのがいい。」

「がってん承知だよー!」

その日迅は久し振りに心から笑ったような気がした。










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2019.03.02
諏訪さん連載22話目更新です。
22話目は諏訪さんの出番少なめで迅出張ってます。


※お返事不要の方はお申し出お願いします。


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