過去拍手 | ナノ




昔から、当たり前のように私を助けてくれるのが哲だった。


年は2コ違い。身長もずっと哲の方が高い。小学校は毎日の通学を哲と一緒。一緒に行って、帰りも一緒で、青道野球部の練習を見てから帰る。そんな風にいつも一緒にいる事が多かったせいか、私たちはよく兄妹に間違えられていた。

中学の頃、部活で帰りが遅くなっった時に、哲が玄関で待っていて自転車の後ろに乗っけて一緒に帰った事は数えきれない程あった。で、何回かお巡りさんに『そこの中学生、二人乗りは止めなさい』って怒られて、哲が私が足を怪我している事にして庇ってくれた。同じ手を3回使ってバレてその度にまた怒られたけど。
知らない先輩に告白されて困っている時に助けてくれたのも哲。傘を忘れた時に傘を貸してくれたのも哲。失恋した時に励ましてくれたのも、受験の時に勉強を教えてくれたのも、いつもいつも哲だ。

何でそんなにしてくれるのか聞いたら、幼馴染だからと笑って答えてくれてた。
それが最初こそは嬉しかったのだけど、いつからか満足できずにモヤモヤした気持ちが胸を埋めるようになっていった。


気が付けば私は哲の事が好きになっていたのだ。


幼馴染にありきたりな展開かもしれないけど、好きになってしまったものは仕方がないじゃないか。

この恋を自覚した時は、私って哲の事好きだったんだ、なんて驚いてはしゃいで、勝手にどきどきしていた。でも段々と幼馴染という関係からずっと動いていない事に気付きモヤモヤしてきて、気が付けば勝手に落ち込んでしょうもない気持ちになっていた。
きっと私の事は、一人の女子として見る事はないのだろう。幼馴染か妹、又は親戚の女の子みたいな身近でそれ以上関係が進まないような存在でしかないんだ。

そんな矢先、放課後に居残って友達と喋ってから帰ろうと思ったら、階段を踏み外して足を挫いてしまった。慌てて大丈夫かと聞いてくる友達に、大丈夫だとは答えてみたものの、立ち上がれば痛みが走り、歩けばその度に段々痛くなる。
ふと頭に浮かんだのは哲の困ったような怒ったような顔で、馬鹿みたいな話かもしれないけど「何やってるんだ。大丈夫か?」と言う哲の幻聴まで聞こえてきた。ほんと、馬鹿みたい。

「大丈夫?歩ける?」
「うん、平気だよ。家に帰るくらいはできるし」

哲がいなくたって、自分の事は自分でできる。もう頼ってなんかやんないんだ。

「私歩くの遅いと思うから、皆先に帰っていいよ」
「ほんとに大丈夫?」
「結城先輩、呼ぼうか?」
「大丈夫だって。哲は無関係だし、ほんと」

何とか玄関まで着いて、不安そうな顔をする友達を宥めて見送った。また明日、なんて笑顔で手を振ってはみたものの、いざ歩こうとすると正直笑えないくらい痛い。

いつもならきっと、哲を呼んでもらってちょっと怒られて、おんぶされて家に帰っていただろう。お母さんに『また哲君に迷惑かけて』って怒られて、哲に有難うを言って見送る。
でもそれをされたら、いつまでたってもそ関係からは抜け出せなくなってしまう。哲には助けてほしいけど、幼馴染として助けてほしくなんかない。

自分でも何を考えているのか分からなくなって、泣きたくなった。



「何やってるんだ、大丈夫か?」



聞こえてきた幻聴に、ほとほと呆れてしまう。だからいつまで経っても、私たちは幼馴染のまんまなんだ。本当に私は馬鹿だなぁ。

そう思った時、ぽん、と頭に手を置かれてハッとした。

その手の感触に顔を上げれば、哲の顔がそこにあった。


「な、なんで、いるの?」
「お前の友達から聞いたんだ。足を挫いたんだってな」
「え?う、うん」
「ほら、帰るぞ」

そう言って私の前で背を向けてしゃがむ哲。これはアレだ、おんぶだ。小っちゃい頃から私が怪我をした時なんか、よく哲がおんぶして家まで連れて行ってくれていた。こんな年になったら女子をおんぶする事なんて恥ずかしいはずなのに、高校生になっても変わらないだなんて、私は女子として見られていない証拠だ。
一瞬哲が来てくれた事に嬉しくて涙が零れそうになったけど、それを考えるとまたあのモヤモヤが胸を覆った。

「いい。一人で帰れる」

そう言えば、振り返った哲が厳しい顔をしていた。

「馬鹿言うな。悪化するぞ」
「いい!一人で帰るの!」

近付く哲の手を叩き払えば、一瞬気まずい沈黙が流れた。手が痛い。

私は何の意地をはっているんだろう。いつもみたく、有難うって言えば済むはずなのに、いつまでも変わらない扱いに勝手にイライラして哲に当たっている。それでもこうなてしまった以上、私としては引っ込みがつかなくて、意地でも自分の足で帰るつもりだった。
けれども哲が強引に手を引いて自分の背中に乗せるので、不本意ながらも哲におんぶされる形になってしまった。


「重いから降ろして」
「重くない」
「いーから」
「重くない。危ないから黙っておぶさってろ」


ぴしゃりと言われれば、どうしようもない。
それきり暫く、私たちは口を聞かなかった。学校を出て、暗くなった道を歩いていく哲。まだ春の夜風が肌寒い。

暫く歩いて行って、先に沈黙を破ったのは我慢しきれなくなった私の方だった


「哲は、どう思ってんの」
「何がだ?」
「私の事。小っちゃい時からいっつも面倒みてくれて、いっつも助けてくれて」
「まぁ……幼馴染だから、な」

ずきんと胸が痛む。

幼馴染って、何。他の子と比べたらうんと長く友達で、距離も近くて。でもそれ以上にはなれない。沢山の時間を一緒に過ごせるけど、いつかきっと大人になったら、もっと一緒の時間を過ごす人ができてしまう。恋人や奥さんにはなれない。小っちゃい頃からの友達と、この先の人生でずっと隣を歩く人は別物だ。

聞いた私が馬鹿だった。我慢して黙って送ってもらえば良いものを、何で聞いちゃったんだろう。哲の肩に顔を押し付けて、泣きそうなのがバレないようにした。哲の背中や肩はいつのまにか大きくなっていて、何だか私だけが子供みたいに感じてしまう。

私だけがおいてけぼりで、哲はどんどん大人になっていく。子供な私はお兄ちゃんの背中を追いかけるように見て、きっといつか哲の隣で微笑む女の子の姿も見てしまうんだろう。

そんな風に悲しい未来を考えていると、不意に名前を呼ばれた。返事をせずに無視を決め込もうとも思ったが、哲は構わずに何かを言おうとしていた。



「何なら、一生でも構わない」


少しの間を置いてからぽつりと呟かれた言葉に、私は顔を上げた。


小さく、「え?」と聞き返したけど、何も返ってこない。今度こそ、私の願望から聞こえた幻聴だったんだろうか。だとしたら私、相当馬鹿だな。

でも、


「その、お前なら、一生面倒見てもかまわない」


暫く経ってからそう言った。いや、もしかしたら最初の呟きに私の頭がついていかなくて、かなり時間が経ったように感じただけかもしれない。
いやいや、そんな事はどうでも良くて、何その突然の宣言。直ぐには理解できなかったけど、つまりは、そういう事なんだろうか。

私の聞き違いや早とちりの勘違いかとも思ったけど、街灯の下を通った時に真横にある哲の耳が赤くなっているのを見て、そうではないことを知った。意識すればする程恥ずかしくなってきて、哲の言葉が頭の中で何度も再生される。


哲、と呼んでみれば、『そういう事だ』とだけ返事が返ってきた。


大きな背中から感じる熱。夜風の冷たさなんて微塵も感じなくなっている。

この心音は私のものなのか。それとも哲のものなのか。


いつもの家路が、とてもとても長く感じた。


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