過去拍手 | ナノ




半分外人さんだからきっとこうだろう、という偏見というか思い込みはあまり良くないとは思ったものの、いざ考えてしまうと止まらなくなってしまった。
事の発端は私の親友の何気ない発言で、でもその何気ない一言が私にとっては大問題だった。


優君と付き合って一ヶ月。野球部を引退して冬になる前、同じ講習を受けていて段々仲良くなって、受験生だというのに気が付いたら付き合う事になっていた。恥ずかしながら、私にとっては初めてできた彼氏でして、受験勉強で忙しい中でも彼との何気ない会話や行動がすべて新鮮で毎日が大変だった。半月経った頃に、居残り勉強で遅くなった私を彼は送ってくれた。歩いて15分弱のとても近い距離だったけれども、手を繋いで歩いた。
そんな私と彼の様子を親友のみっちゃんには毎日の様に聞かれて、彼との様子、というか進展具合を話すのが日課になっている。
そして今日、キスはまだなの?なんて言われて、まだ早いよと慌てて答えれば、奴も手を出すのが案外遅いとか何とか言われてから件の問題発言がぽろりと零れ落ちたのだ。


「クリス君とキスしたら、きっとディープキスかな?」


一瞬何を言われたのか分からなかったが、理解した瞬間に顔中に熱が広がった。

「なな、なっ!な!」
「真っ赤になっちゃって。かーわいーのー」

にっしっし。と笑って見せる彼女。なんてことを言うのか。私たち高校生だよ!でも私が恋愛に疎かっただけで、ほんとは皆そんなの普通なのだろうか。

「おーい」
「…どうしよう」
「何が?」
「私のファーストキスが、でぃ、ディープキスだったら」
「なんかエロいね」
「えろっ!?」
「ごめん、冗談だよ。半分はアメリカ人だし、やっぱり激しいのかなぁなんて思っちゃっただけ」
「は、激し…どうしよう」
「おーい。冗談だってばー」

頭の中でぐるぐると巡る不安と恥ずかしさ。おとなしくて優しい彼が、初めてのキスでディープなものをしてくるはずはないだろうとは思っても、彼女の言葉も頭から離れない。キスはしたいとは思っていたけど、せめて最初は触れるくらいが丁度いいんじゃないか。それとも皆はもっと積極的なのか。やっぱり外人気質でディープなのか。エロい展開になってしまうのか。
ぐるぐる、ぐるぐる考えて、気が付けば今日の講習が始まっていた。気持ちを切り替えて集中しようにも隣には当の彼が座っているので、ことさら集中なんて出来なくなってしまう。
勉強中にこんなエロい事考えてしまうだなんて、私最低だ。

「今日は何か変だったが、もしかして具合でも悪いのか?」

本日最後の講習が終わってすぐ、彼は私に声を掛けてきた。なんともない普通の会話なのに、ついつい視線が彼の口元に行ってしまう。もうほんとダメだ私。

「違うの。悪いのは私なの」
「え?」
「ううん。何でもない!ちょっと疲れているだけ」
「じゃあ送っていく」
「え!?い、いいよ!優君だって自分の勉強あるでしょ」
「馬鹿言うな。お前が具合悪そうなのに一人で帰すなんてできないだろう」

思わずきゅんとしてしまった。もう、大好きです、このやろう。
断る理由なんてないし、お言葉に甘えて送ってもらう事にした私は、まだ大きく鳴る心臓を落ち着かせるためにゆっくりと問題集やプリントを鞄にしまった。

日が早くに落ちてすっかり暗くなった帰路を並んで歩き、他愛のない話をする。今日やったあの問題よく出るね、とか、あの問題は卑怯だ、とか。いつも通りの普通の会話をしているはずなのにどきどきしてしまうのは、私が変な事を考えているからで悪いのは彼じゃない。今日の私はもうダメだ。なんて考えていると、急に彼が立ち止った。

「やっぱり変だぞ。何かあったのか?」
「な、何にもないの。ほんと、何にもないの」

眉をひそめる彼に焦る。ずっとキスの事考えていたなんてバレたら大変だ。やらしい子って思われてしまう。

「講習も集中できてないようだったし、話していても意識は別の方を向いているし。何かあったのなら相談してくれ」
「……」
「俺たち、付き合ってるだろ?一緒に頑張って大学に合格しようって言ったはずだ」

真っ直ぐに見つめられれば、もう逃れられない。その目はずるいよ。
意を決して私は口を開いた。

「あのね、みっちゃんがね、優君とまだ…きす、してないのって言うから」
「なっ…、それで?」
「その……優君は半分外人だから、き、きっ、キスは、ディープキスかなって、みっちゃんが言って、」
「あいつ、」
「でもみっちゃんは悪くないんだよ!私が意識しすぎたせいなの。ごめん!!」

俯けば、しばしの沈黙。エロい子だって呆れられて嫌われてしまうだろうか。そんな子とは付き合いたくないから別れてくれって言われるだろうか。怖くて涙が出そうで、唇を噛み締めた。すると、ふいに頭と背中に手を回されて、気が付けば彼の胸板に顔が当たっていた。

「具合が悪かったり、成績で落ち込んだりじゃなくて良かったよ」
「軽蔑しないの?」
「そんな事でしない。それよりも深刻な悩みじゃなくて良かった」

 軽く手に力が込められて、暖かさが増す。嬉しさで我慢できなかったものなのか、安心したためのものなのか、涙が一滴流れて彼のブレザーに吸い込まれていった。もう、なんで彼はこんなに優しいのだろう。沈黙のまま抱きしめられて、考え事も全部飛んで行ってしまった。このままいつまでも、こうしていたいと思った。

「キス、しても良いか?」
「え?」
「ダメか?」
「…いい、です」

抱きしめれらたままの体制で、片手を頬に添えられる。手を繋いでいるときよりも、その手が大きくて暖かいのだと改めて気付いた。胸の鼓動が煩くて、覚悟したのにどきどきして。しばらく見つめ合ってから、目を瞑らなくてはと思って目を閉じれば、小さな笑い声が彼から漏れ出した。

「え?何で笑ったの?」
「いや、目を瞑るのに力が入りすぎて眉間に皺が寄ってたから」
「うそ!?」
「ほんとだ」

恥ずかしすぎる。台無しだとがっかりしていると、名前を呼ばれて気が付いたら口を塞がれていた。

短くはない。触れるだけだけれども、唇と唇がくっついて、彼の温かさを感じる。自然と瞼が落ちて、微睡むような心地。やがて吐息と共に名残惜しく離れた唇。新たに入ってきた空気は、まだ暖かい。お互いの顔を見つめると、一気に恥ずかしくなった。

しちゃったよ。キス。

「初キス?」
「うん」
「俺もだ」

はにかんだ彼も耳まで赤くなっていて、嬉しくなって抱き着いた。

嬉しくて恥ずかしくて、でもやっぱり嬉しくて、この報告は明日みっちゃんに出来るかどうかは分からない。





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