背が小さな女子が、背伸びをしながら一生懸命に一番上の本棚にある本を取ろうとしている。そこへ男子がやってきて、いとも簡単に本を取って彼女へ渡す。そうしてそこから恋に発展する。
なんて、ベタベタの少女漫画みたいな展開が現実にあるわけがないと思っていた。それがまさか、自分が体験することになろうとは思わなかった。

逆のかたちで。




1.だいたい10センチ




課題のために昼休みに図書室へ来た伊佐敷は、やっと見付けた本を取ろうとしていた。が、肝心の本は本棚の一番上にある。背伸びをして取るのも無理をしているようで恥ずかしいし、かといって踏み台を使うのも男として何か負けたようで悔しい。
よりによって何故あんなところにあるのか。

別段、身長が低くも高くもない。もしどっちかと問われれば、若干低い方に分類されるのかもしれない。
それでも特に身長にコンプレックスを抱いた事はなかったが、伊佐敷は今初めて自分の身長を恨んだ。

さてどうしようかと悩んでいると、ふと横に人の気配がした。そして横から白い手が伸びてきて一番上の本棚のところで止まる。

「どの本を取れば良いですか?」
「へ?」

少し低めの女子の声が聞こえてきて驚いて横を見ると、自分より背の高い女子が一番上の本棚に白い手を掛けていた。その長身のせいで一瞬男かとも思ったが、制服は女子だし、顔だって女子の顔だ。


「えっと、その深緑色のやつ」
「これですね。はい、どうぞ」

戸惑つつも答えると、彼女は軽々と本を取って伊佐敷に手渡す。

「…どうも」

向き合って礼を言えば、控えめな微笑みが返ってきた。そうして小さく頭を下げて、身を翻して伊佐敷から離れていった。

一体彼女は何なのだ。気になって視線で彼女を追うが、突き当たりの本棚の前を右に曲がったところで彼女が見えなくなってしまった。




「それって、E組のみょうじさんじゃないかな」

夕食後、小湊に彼女のことを話してみると、案外あっさりと彼女のことがわかった。

名前はみょうじなまえ。
図書委員長で文芸部副部長。
身長は179センチ。
得意科目は古典、苦手科目は体育。

聞けば聞くほどに首を傾げたくなるような、見かけに反した中身。あれだけの身長があるのだから、もっとその恵まれた身体を活かせる事をすれば良いのに、と思ったが、そんな事を本人以外の人に言っても何の意味もないし、ましてや、他人が口を出すべき事ではないのだと開きかけていた口を閉じた。

「で、みょうじさんがどうかしたの?」
「別に。すんげぇ背の高い女子がいたから気になっただけだよ」

そう、ちょっと気になっただけ。別に、だからどうした分けではない。

ないのだけれども、何故か彼女の事が気になって、翌日には廊下に出た時やE組の前を通った時に彼女の姿を探してしまった。あれだけ背が高いのだから目につくだろうと思っていたが、なかなか見つからない。もしかして小湊が他のクラスと勘違いをしていたのだろうかとも思ったが、どうやらE組で合っていたらしい。
昼休みの終わり際、教室移動で廊下に出てきた彼女を見た。
一際高い身長で周りの女子がとても小さく見える。むしろ男子の中に混ざっていた方が違和感がないくらいだ。

ふと、女子と話していたはずのみょうじの視線が純の方へ向いて、伊佐敷は慌てて視線を逸らした。そうして自分の教室へと足早に戻っていった。


次に彼女を見かけたのは、最初にあって一週間後。あの時の本を返しに図書館へ来ると、カウンターでポツンと座って本を読んでいた。伊佐敷が、返却です、と言ってあの時の本を渡せば、有り難うございますの一言で、あの時の事など覚えていないような素振り。
それが何処かで寂しいような、悔しいような感じがした。

もしかしたら、それが顔に出ていたのかもしれない。
カウンターから離れようとしたとき、「これ、」と呟いた声が聞こえた。そして視線がぱちりと合わさって、彼女が前と同じように控えめな微笑みを見せる。

「こないだの本ですね」
「あぁ、まぁ。あん時はありがとな」
「いいえ。図書委員ですから。図書室で困ったら声掛けてください」
「おう」

もう少し、彼女と話がしたい。何か話題は無いだろうか。
そう思った時にカウンターの奥の部屋から「みょうじさん、ちょっとこっち来てー」と声があがった。それに彼女が返事をして立ち上がる。

瞬間、一気に目線が上に上がった。

自分より高い身長。恐らく、哲と同じくらいだと思いまじまじ見つめてしまってから、彼女とまた視線が合ってハッとした。途端に恥ずかしくなって視線を落とせば、苦笑交じりに彼女は言った。

「デカいって思ったんですよね」
「いや、」
「ホントの事なんで。慣れっこですし」

何となく彼女の顔が見れない。女子でこれだけ背が高いのだ、それをコンプレックスにしている事だって考えられるわけで、もしかしたら彼女を傷つけてしまったかもしれない。ちょっとまずいことを言ってしまったと謝ろうとしたとき、トン、と彼女の手が頭に乗せられた。



「丁度10センチくらいですかね?」


「は?」


わけがわからずぼけっとしている伊佐敷。間を置いてから彼女を見れば、伊佐敷が感じている罪悪感なんて無意味なものだとでも言う様に、彼女は自分と伊佐敷の身長差を手で測っていた。他の女子よりも少し長い指を使って身長差を表す。

「はぁ!?」

遅れて彼女のやっていた事を理解して、思わずそう声が出てしまった。普段こんなことをされたなら、舐められたとか、からかわれたと思って怒るところだが、今は彼女がこんな事をしたことにまず驚いて、それからほんの少しだけ腹が立った。で、ここが図書室だったと思い出して慌てて片手で口を押えると、今度はクスクスと遠慮なく笑って彼女は言った。

「身長の事で私に悪いと思いましたよね」

柔らかく図星を突かれてどきりとすれば、それも顔に出ていたらしい。やっぱり、と呟かれる。

「まぁ、そりゃ…悪かった」
「さっきのでお相子ですから、気にしないで下さい。本当に慣れっこですから」

言われて少し視線を上げれば、見えるのは彼女の控えめな微笑み。彼女の言う通り、慣れっこなのだろう。

「みょうじさーん。早く来てー」
「あ、今行きます。じゃあ、ホント気にしないでください。えーっと…」
「伊佐敷だ。伊佐敷純。3年B組。同じ学年なんだから敬語いらねぇよ」
「えっと、うん。私はE組のみょうじなまえ。じゃあね、純」
「え、あ、おぅ」

くるりと振り返ってみょうじはカウンターの奥の部屋へと入って行った。伊佐敷が呆けている間に、代わりに背の低い女子がでてきてカウンターに座る。

「返却ですか」
「え?あ、いや、もう終わった」

そう言って図書室を出て行った。


騒がしい廊下に出てきて、ふわふわした歩いているのかいないのかよく分からない足取りで教室に向かった。


『10センチくらいですかね』


そう言った彼女。確か小湊が彼女の身長は179センチと言っていた事を思い出した。

「ちょっきり10センチじゃねぇかよ」

自分との身長差に、色々な感情が湧いてきた。中でもはっきりしていたのが、女子より背が低いだなんて格好悪い、という気持ちだ。そう思っている自分を尚恰好悪いと思ったのだけれども、同時に何処かで感じたことのある緊張に似た感覚を思い出すのに、直ぐに頭がいっぱいになった。

この感覚は何だっただろうか。野球では感じない、もっと別な緊張感みたいなもの。


思い出そうとするたびに、長い指で表した身長差と、控えめな微笑みが頭を何度も過った。



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