小説-野球部と文化部シリーズ | ナノ


御幸一也


御幸一也と手芸部



腕まくりをしようとボタンを外したら、まさかボタンそのものが外れるだなんて思いもしなかった。やっちまった、ボタン繕うのって案外難しいんだよな。なんて思いながら地面を転がって行ったボタンを探していると、目の前に見つけたボタンを白い指が摘まんだ。

「これ、御幸君の?」
「あぁ、とれちゃって。さんきゅ」

隣のクラスの苗字名前。俺のクラスの女子と仲が良くて昼休みになるとしょっちゅう遊びにきている。おとなしくて優しい。背は小さくも大きくもなく。あまり目立たないタイプ。普段は裸眼だけども授業中は眼鏡。勉強はできるが運動は不得意。そして、俺の好きな子。
前に座っている倉持は、彼女を見てニヤリと俺よりも意地の悪そうな笑みを浮かべた。こいつは俺が彼女の事を好きな事を知っている。
以前、この教室で彼女と友人と談笑しているのを見かけた時に、緩く下でまとめていた長い髪を解いて結びなおす仕草を見てしまった。解かれてさらさらと絹のように流れ落ちる髪はとても綺麗で、少しの風が吹けばふわりと仄かに良い香りがしそうだと思った。女子からシャンプーの香りなんかしたらドキッとするけど、彼女には桜とか梅とか、優しい花の香が似合うのではないだろうか。それを倉持に話せば、

「お前やっぱ苗字が好きだったんだ。どーでも良いけどその発想キモいからヤメロ」

と、ドン引きされた。
なんてことを倉持の顔を見て思い出していたら、ふいに彼女が言ってきたのだ。

「良かったら、私、繕ってあげようか」
「え?」

思わずの展開に一瞬付いて行けなく、一拍遅れてから「いや、悪ぃよ」と答えるより先に、既に彼女が昼食を食べていた席へ行き水玉のポーチを取ってきて、小さな裁縫セットを取り出していた。なんて素早い。

「私、手芸部だから気にしないでいいよ」

控えめに微笑む姿にきゅんとしてしまう。この気持ちがバレないように眼鏡を上げるふりをして顔を隠す。指の隙間から見えた倉持が、笑いを堪えているのが見えてイラッとした。

「じゃ、折角なんで、お願いします」
「うん。座って。あ、倉持君ちょっとごめん。席貸してくれる?」
「勿論。もう何分でも座っていいぜ」
「?有難う」

後で覚えていろ。
白い小さなケースに詰まった針と糸。手際よく準備をして、じゃあ手を出して、と言われそのままボタンが取れた方の手を出す。針がシャツに刺されて、白い糸がすっと通る。
手元に落としていた視線をちらりと上げれば、優しい顔で俺の手元を見ている彼女の顔があった。長い睫毛は頬に影を落として瞳を隠す。化粧なんてしていないのだろう、自然で柔らかそうな白い頬。でも、色つきリップは付けているらしい。
思わず見とれてしまっていたが、気が付けばボタンの繕いは最後の仕上げに入っていて玉結びされた糸の付け根を小さな鋏で切り取った。

「はい、終り」
「…」
「御幸君?」
「え?あ、おう。助かったぜ。さんきゅう」
「どういたしまして。じゃあね」

そうしてまた手際よく裁縫セットをしまい、膝下まである眺めのスカートを揺らして友人の席へ戻って行った。
手元の少し色の違う糸で繕われたボタン。恥ずかしいような嬉しいような気持ちで胸のあたりがくすぐったくて、どうしたら良いかわからなかった。

「あれ?もう終わったのか?」
「おう。どこ行ってた」
「便所。で、ボタンは繕ってもらったのか?」
「あー…、まぁ。なんか新婚気分だった」
「ヒャハハハ!気持ち悪ぃ!」
「うるせーよ」

馬鹿笑いする倉持を机の下から蹴ってみたが、すっきりしなかった。

昼休みの終わり際、教室を出ていく彼女と目が合って、彼女は小さく手を振ると、今度は取れないようにね、なんて笑って行って出て行った。
この糸の色が違うボタンは、この先取れる事はないだろう。これは彼女と俺が急接近した証で、乱暴に外す事なんて絶対にしない。洗濯も念を入れてする。それくらい大切なものになった。

ただ、こんな事を倉持に言ったら、また気持ち悪いとかなんとか言われるので言わないけれど、彼女は今度は取れないようにねと言ったけれども、彼女とああして近づけるのなら毎日でもシャツのボタンが外れてくれれば良いと思った。
どうやら俺は重症らしい。




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