小説-野球部と文化部シリーズ | ナノ


結城哲也


弱くて話にならないと兄に言われた。そりゃそうだろうさ。私素人、あなたプロ。でも私だって将棋が好きなので、冗談でもそんな風に言われると腹立たしいし悔しい。
ムッとして言い返そうにも、やはり私が弱いから仕方がないのか、という事が頭を過ってしまい言葉は喉元で止まった。そうすると兄はため息を吐いて部屋を出て行った。



「…やんなるなぁ…」
「どうしたんだ苗字」

昼休み。何となしに呟いた言葉に前の席で談笑していたはずの結城が反応した。驚いて彼を見ると、いつの間にかこちらに振り返っている。彼と談笑していたはずの野球部員達も私と同じように驚いており、「何でもない、独り言だよ」肩を竦めて冗談めかして笑ってみれば、結城がスッと目の前の席に座った。そうして持っていたプリッツを差し出してくる。

「喰え。元気がでるぞ」
「…糖分の方が嬉しいんだけど」
「じゃあ食わないか」
「いただきますよ」

普段はお菓子を手づかみで食べないようにしていたけど、今はどうでもいい。袋から頭を出したプリッツを一本取って口に入れれば、塩っぽい味が広がる。

「らしくないな。いつもの元気はどうした」
「何でもないってば。友達と話してなよ」
「将棋仲間が落ち込んでいるのに、放っておけないだろう」
「……最近さぁ、負けてばっかなのよ」

兄に負けて、父にも負けた。部内のトーナメント戦は、最近では私の欄だけ黒星が沢山ある。
こんな事を言ったら部員に反感を買うかもしれないが、好きなだけじゃやってられないのだ。

学校での成績が落ちて奨励会を辞めて一年。学校と将棋を両立させられないのなら、将棋自体も止めろと言われた。でも諦めきれなくて両親に頼み込み、勉強での成績を上げつつ将棋部に入部して将棋は続けている。
将棋一家の私にとって、弱いことは将来の路を一つ断つ事だった。聞いた話では、プロの子供で見込がないからと奨励会どころか将棋を完全に止めさせられた子がいるらしい。そんなの絶対に嫌だと思いながら、私はここから這い上がってやる、と息巻いてきたわけなのだけれど、最近は成績の調子は良いものの今度は将棋がうまくいかなくなってきてしまった。
父や兄と指す度にコテンパンにされるし、終わった後にはため息まで吐かれる始末。正直、彼らが私の将棋に失望しているとしか思えなくなってきた。
このままでは、噂のあの子と同じ運命を辿る事になってしまう。
あー怖い怖い。

なんて、半分冗談めかしながら結城に話せば、彼は相槌を打ちながら真剣に聞いてくれた。どうせ私の気持ちなんかわからないだろうと投げやりになっていたのだけれども、どうにも彼はそんな事など微塵も思ってないらしい。
彼の真剣に話を聞いてくれる様子に釣られて、私は内に仕舞っておいたはずの不安や焦りとか、悔しさまでも、つらつらと彼に話してしまった。

正直、将棋が怖い。最近は勝っても負けても生きている心地がしない。勝つことに必死すぎるからなのだろうか、勝っても楽しさなんて全然感じなくなっている気がする。
そう話せば結城は「そうなのか」と相槌を打つ。

負けたら負けたで、またか、という気持ちと、どうして私はこういう風にしか指せないのだろうという悔しさが交互に出てきて、ぐちゃぐちゃな気持ちになる。
そう話せば結城は「辛い時だな」と言った。

私の話に短い言葉を掛けられて、どんどん言葉が零れ落ちる。気が付けば私は泣いて、結城が皺の寄ったヨレヨレのハンカチを差し出してきて、思わず私は泣きながら笑ってしまった。

「ちゃんとたたみなよ」
「すまない」
「まぁ、使わせていただきますが」

ヨレヨレのハンカチを目に当てて、涙を拭く。

「皆負けて強くなっているんだ。今すぐにとは言わないが、苗字も頑張れ」
「うん。結城も、甲子園行きなよね」

あぁ、と短い返事が返ってきて、ハンカチを返す。と、伸ばされた手はハンカチを受け取らずに、私の頭に伸びてきた。そして私の頭をぽんぽんと撫でる。

「元気がでる<おまじない>だそうだ。この前、純から借りた漫画で読んだんだが、効いてるか?」
「へ…へぇ〜、有難う。なんか効いてる…気がする?」

それ、絶対に少女漫画だろ。そしてこいつは分かってないんだろう。ほら、伊佐敷が驚いてさっきからチラ見してる。すっごい恥ずかしいんですけど。

それでも結城が私を励ましてくれようとしている事は確かで、それだけで私はもう十分だ。おとなしく頭を撫でられて、お礼の言葉を言った。

随分と気持ちが楽になって、今なら勝っても負けても前みたいに楽しく将棋を指せる気がする。まぁ、勝ちたいけど。

「指すか?」
「そうだね。一勝負したいな。せっかくだからお礼兼ねて、今度一局お願いするわ」

今日の御礼に、今度は彼の将棋にとことん付き合ってやろうかと思う。それまでに勝ち進んで、私を取り戻そう。



(よし、6七歩)
(また今度って言ったじゃん。あとあんた、目隠し将棋できないでしょ)
(今ならできる気がする)
(だまらっしゃい)




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