小説-野球部と文化部シリーズ | ナノ


倉持洋一


食堂のおばさんが来れなくなったと聞いたのは、昨日の夕飯の後だった。一人は風邪でダウン。もう一人は親戚の不幸で三日程休むらしい。俺らの飯はどうなるんだろうと言う話を部屋でしていて、多分誰かの母親とかが来るんじゃないかって事で落ち着いた。

「お早う倉持」
「……え、あ、はよッス」

朝、食堂でエプロンを付けて支度をしていたのは、同じクラスの苗字。何で土曜の朝に部外者が食堂に居るんだと呆けていたら、監督がやってきて事の顛末を話し始めた。

おばさん達が休むと決まったのは昨日の朝で、高島先生がおばさん達の代わりを手配していたらしい。でも代わりの人なんてなかなか見つからず悩んでいたところ、うちに調理部があった事を思い出し一か八かで頼んでみた。すると、土日くらいなら、なんて引き受けてくれたようだ。

「お前、調理部だったんだ」
「まぁ。これでも部長だよ」
「へぇ〜」
「でも、部員五人にも満たない小さな部活何だけどね。今日は三人しか来れないし」

言って厨房を指差せば、その先に居る女子が二人小さく会釈をした。つられて俺も頭を下げる。何すればいいのかな、なんて困った様子で二人で固まっているのを見ると、きっと彼女らは一年生なんだろう。小声で話す会話は不安ばかりで、こりゃ苗字も大変だなと思った。

「倉持さんや。同じクラスのよしみでさぁ、手伝ってくんない?」
「あ?何で俺が、」
「見ての通り、人手が足んないの。朝ごはん食べたかったら手伝ってよ」
「しょーがねぇな」






「モッチ先輩、何やってんすか?」
「うっせ、バカ沢村」
「倉持、エプロン似合わないね」
「亮さんひどいッス」

で、案の定俺は他の奴らに笑われるわけで、哲さんなんか写メを連写していた。いつ連写機能の使い方を覚えたんだよ。御幸の奴は絶えずニヤニヤしながらずっとこっち見てやがる。後でぜってぇシメる。つかお前も手伝えよ。

ぎゃあぎゃあと騒ぎながら一通りの部員が朝食を済ませて後片付けも落ち着いた頃、カウンターの奥で忙しなく動いていた苗字から休憩の一声がかかって、やっと椅子に腰を落ち着けた。ふと、テーブルに影が差したかと思うと、エプロン姿の苗字が前に座ってお茶を持差し出してくれた。

「ほい、お疲れ」
「…おー、疲れた。あんがと」
「ご飯なくなっちゃったけど、あとちょっとで炊けるから待ってて」
「おう」

俺の飯はお預けか。
一先ず、意外と忙しなく動き回ったのと厨房が予想以上に熱かったのとで喉がカラカラで、お茶を口の中に流し込んだ。氷の入った冷たいお茶が一気に喉を潤す。

「普段のおばさん達も、毎日こんなに苦労してるんだよ」

言われてみればそうだ。毎日朝早くから来て、こんな大所帯でしかも大食い男子の朝飯と夕飯を作って、相当大変だという事が今日の手伝いで分かった。

「つーかお前も、すげぇな」
「まぁ、毎日四人分のごはん作ってるしね。カニさんウィンナーとか上手に作れると妹と弟が喜ぶし」
「カニってどう作るんだよ」
「コツがあるんですよ、倉持君」
「へぇ〜」
「でも時間かかるし、滅多に作らないかなぁ。家族とか、好きな人にしか作ってあげないかも」
「なんだそりゃ。そういえば、お前ん家は両親共働?」
「うち、片親なんだ。お母さんが小学生の時に死んじゃったから、お父さんと私と、弟妹の四人。何か私がお母さんみたいになっちゃってさ、気が付いたら料理得意になってた」
「…ふ〜ん、大変だな」

やべ地雷踏んだ、と思ったが苗字は特に気にした風でもなく、まぁね、と言いながら何でもないように小さく笑う。
何度も同じ事を聞かれているのか、慣れてしまった、というような感じだ。その様子にほっとしていると、苗字が続けて口を開いた。

「でも結構楽しいよ?それに皆でおいしいって言ってくれながらご飯食べてくれると嬉しいんだ」
「良い家族だな」
「うん。自慢の家族」

目を細めて愛おしそうに笑う姿に、一瞬くすぐったいような恥ずかしいような、不思議なものを感じた。と同時に、顔に熱が集まるのを感じて、わざと頬杖をついてあまり顔を見られないように横を向く。
何やってんだ俺。


そうして少し会話をしていると、お茶を飲み終えた苗字は立ち上がって背伸びをした。後片付けも少し残っているし、きっと昼食の準備もすぐに始まるのだろう。まだやることは残っているんだ。
せっかく手伝うなら最後までと思い俺も立ち上がろうとすれば、炊飯器から飯が炊けたらしい音楽が鳴り、苗字からは「アンタは朝ごはん食べな」と止められてしまった。

「はい、どーぞ」
「お、おう。さんきゅ」
「今日は手伝ってくれたから、おまけしといたから」
「まじで?」
「まじです。……特別だからね」
「ん?さんきゅ」

そう言って背を向け、厨房に戻って行く苗字。おまけってなんだろうと皿を見れば、一見おかずも量も変わらないようだ。もしかしたら、忙しくて入れ忘れたりしたのかもしれない。

けれども、目玉焼きの横のウィンナーを食べていって最後の1個になってから気が付いた。


皿の上にのっかった、カニの形のウィンナー。


「おまけ」って、これかと思うと、あいつの弟や妹が喜びそうな姿が何となく頭に浮かんできた。こんなに細かく包丁を入れて、きっと最初は苦労したんだろうな。

そう思って和んだのも束の間で、ふと苗字の言葉が頭を過った。


『家族とか、好きな人にしか作ってあげないかも』


厨房を見れば、こちらに背を向けて洗い物をする苗字。どんな表情をしているかなんて見えなかった。そのせいか一層気になって、胸のあたりがそわそわくすぐったくて仕方ない。

これは期待しても良いんだろうか。特別なものを『お礼』に『おまけ』してくれただけだろうか。それとも、『特別』は苗字の気持ちにも含まれているんだろうか。


込上げる、そわそわくすぐったいものを抑えてウィンナーを口にすれば、嘘かと思う程美味くて。


こんな事ガラじゃないけど、僅かな期待から、将来苗字と一緒に彼女の作った飯を一緒に食べる妄想をしてしまった。なんてことは、誰にも言えない。



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