めいっぱいの力を込めて投げたボールは、距離が伸びずに力なく地面へ落ちて行った。効果音を付けるとしたら、へろへろ〜という音だと思う。

幼馴染の丹波光一郎・通称こーちゃんに誘われて、今日は高校の近所の公園でキャッチボールをしている。何故こんなことになったのか、いまだによく解らず、微妙な気持ちでひたすらボールを投げている。
というのも、昨日の夜に急にこーちゃんからメールが来たのが始まりだった。

<明日、昼飯食って14時に太陽公園。動きやすい服で。>

幼馴染のくせに事務的過ぎる文章なのは、彼が照れ屋な所為だろう。高校にあがってから二人で遊ぶことなんて滅多に無くなったので、珍しいなと思いながら翌日公園に行くと、小さな公園内をランニングしている彼が居た。お待たせ、と手を振れば、そのままこちらに走ってきてグローブを渡され、唐突にキャッチボールが始まったのだ。
部活で何かあったのかと聞けば、別に、という言葉とボールが返される。授業で悩んでいるのかと聞けば、またもや同じ言葉とボールが返ってくる。某女優ですかあなたは。
そうしてかれこれ30分程、無言でキャッチボールをしていれば、ようやく彼から言葉が発せられた。

「怖がらないで、思いっきり投げてみろよ」

そう言ってかなり後ろに下がった。普通の男の子や野球部員からすれば大した距離ではないのかもしれないが、運動部でもない私にその距離を投げろだなんて鬼ですか。しかも、彼は私が運動が苦手な事は充分に知っているはずだ。もう嫌がらせにしか感じないんですけど。

「どんだけ下がってんの!無理だよ!」
「投げてみないとわかんねーだろ」
「いやいやいや!こーちゃんピッチャー!私運動音痴!」
「いいから早く投げろよ。届かなくても笑わねぇから」

言いながらちょっと笑っているのがムカついて、こうなりゃびっくりするくらい投げて、ぎゃふんと言わしたる。と思い投げれば、ボールは私と彼の真ん中くらいで落下していった。

ほら、やっぱりね。

「まぁ、そんなもんだろ。どんまい」

なんて笑いながら言って、ボールを広いに来る。笑わないって言ったのに。

「もういっちょ投げてみろよ」
「無理だって!どーせ届かないもん」
「いーから。ほら」

返ってきたボールをこぼしつつも受け取る。投げろったって、とどかないのに投げて何が楽しいんだ。あれか、届かないザマを見て楽しんでるのかチクショー。

「力まないで、楽しめよ」
「…ねぇ、何でキャッチボールなの」

投げやりに投げてみれば、彼が落下地点まで走ってきて取ってくれた。そこからまた投げ返されて、そうして少し後ろに下がる。

「そうだな。届かないって分かっていても、投げないより投げてみた方がスッキリすんだろ」
「訳わからん。答えになってないよ」
「お前さぁ、何か悩んでんだろ?」

返ってきたボールが少し重く感じた。

「何にも悩んでないよ」
「嘘つけ」
「私、こーちゃんに嘘ついたことないじゃん」
「あるだろ。両手じゃ数えれないくらい」
「え、勘違いじゃない?」
「お前嘘つくの下手なんだよ」

届かなかったのは最初の1回きりで、あとは全部、かれが落下地点まで取りに来てくれてキャッチボールが成り立った。案外これは楽しいかもしれない。

「次カーブ投げるぞ」
「何故!?」

素人相手に馬鹿かと思った。けど、投げられたのは緩く投げられた普通のボール。
と、思ったら。

「哲のこと好きだろ」
「!?」

カーブというか、とてつもない変化球が来やがった。
ボールはグローブの手前で落ちて、何回かバウンドして転がった。

「光一郎さん、今なんと?」
「だから、哲の事が」
「だぁらっしゃあああ!!」
「お、いい球投げられるじゃねぇか。つかお前、純かよ」

そんな事はどうでも良い。いきなりそんな事言われてびっくりしたのと恥ずかしいのとで彼を睨み付ければ、翳された手がボールを持ったまま下がった。
何故、私が哲君を好きな事を知ってるのか。友達にも言ったことは無いし、勿論彼に相談したり哲君の話題を私から出した事もない。

「な、何で?」
「だから、お前嘘つくの下手なんだよ。隠そうとしても全然隠せてないし。あいつの話になると逃げるように話題変えるし」

そんなに私は分かりやすかったのか。それより、高校に上がってから彼は寮生になって話す機会も昔より減ったのに、よく分かったな。
グローブを構えると、緩いボールが返ってきた。

「何で言わないんだ」
「は?何を?」
「その、告は…好きだって」
「言えるわけないっしょ。哲君は人気者でしょ?私なんか無理だよ」

そうだ。哲君はモテる。本人は今は野球が大切とか言って、今まで告白してきた子の全員を振っているそうだけど、それを知っていても哲君への告白は絶えない。でも、私にはそれができない。
こーちゃんと同じ高校に上がって、照れ屋で内気な彼が心配でよく野球グラウンドに様子を見にいった。彼のお母さんに頼まれて差し入れを持って行ったりもした。そうしている内に野球部とも少しずつ仲良くなって、教室でも彼らとよく話すようになった。そうして哲君を好きになっていったのだけれども、好きだなんて言ったら、この2年間の関係は崩れてしまうかもしれない。そう考えると、この気持ちを伝えずに皆と一緒に、何でもないように笑っていきたいと思った。
どうしてこんなに面倒な気持ちを抱えてしまったのだろうと最近になって悩むようになったのだけれど、まさか彼に気付かれているとは思いもよらなかった。いったいいつから知っていたのだろう。

「わかんないだろ、言ってみなきゃ。ボールだってさっきから届いてるし」
「それは、こーちゃんが拾いに来てくれているからでしょ」
「あいつだって来てくれるよ」

緩く投げられたボールは、私のかなり手前に落ちようとしていて、慌てて拾いに走った。危ういまま何とかグローブに収まったボール。何か大切なもののように思えて、拾えた事にほっとした。

「哲ならうまく受け止めてくれるぜ。結果どうであれ」
「なんでそう思うのさぁ」
「感?」
「感かよ!」

笑って投げ返せば、やっぱり彼は拾いに来てくれる。背もうんと高くなっ、性格も勇ましくなりつつあるけれども、こういう優しいところは、そういえば昔から変わっていない。とっと回りくどいけれど、勇気づけてくれているのだと思えば、もっと彼とキャチボールを続けたくなった。

「あー、今ならすごい球投げれるかも」
「やってみろよ。ちゃんと受け止めてやっから」
「バズーカ―ボールとか投げちゃうかもよ?」
「いや、やっぱ普通の球で」

なんて笑っていれば、聞き慣れたどきっとする声が聞こえて。振り向けば哲君がグローブを持ってこっちへ向かってきていた。こんな偶然あるかと思ったら、どうやらこーちゃんが哲君を誘ったらしい。オフまで野球かよなんて笑いながら小突きあって、視線を私に移した。

「みょうじ、お疲れ」
「あ、うん、お疲れ様」
「こいつキャッチボールしたいって言ってんだけど下手過ぎて」
「なっ!」
「ほう」

お前だろ、キャッチボールしようって言い出したのは。

「俺はこれから用事があるから、悪いが付き合ってあってくれないか?」
「構わないが、良いのか?」
「何が?」
「俺で」
「良いんだよ。手のかかる奴だけど宜しく頼む。じゃあな、なまえ」
「ちょっと、こーちゃん」

彼の後姿に呼びかけたけれども、彼は振り向かずに小さく手を振って公演を出て行った。勝手に呼び出して、勝手に帰って行くだなんて、まったくなんて奴だ。明日学校でこらしめてやる。
にしても、どうしよう。急に二人にされて困ってしまい、おずおずと哲君に視線を移すと彼はじっと私を見ていた。

「その、なんか…ごめん」
「いや、オフだったしな。気にするな」

その、ふっと笑った顔が私は好きだ。

「じゃあ、キャッチボール付き合って」
「あぁ。どれくらい投げられるんだ?」

言いながらゆっくり下がる彼。そうだ。彼はこういう人だった。目の前にいる人に真剣に向き合ってくれる、誠実な人。私は何を怖がっていたのだろうか。
右手の中にあるボールがまた、ひどく大切なものに思えて、ぎゅっと握りしめた。

「わかんない。とりあえず、私が投げれそうな距離に立っていてくれれば頑張って投げてみようと思う!」
「そうか。じゃあ…」
「近っ!!5メートルくらいしかないじゃん!私もっと頑張れるよ!」
「そうか?じゃあこのくらいか?」
「……頑張りマス」

遠いですよ、哲さん。

でも、やってみないと分からないんだよね。ボールを握りしめて構えれば、哲君はしっかりとグローブを構えてくれた。ずっと先にいる彼に、届きますように。

私の手から離れた白いボールは、青空の下をゆるゆる進んで彼目掛けて飛んで行った。






********


あとがき

初めてのダイヤ夢が、こんなぐだぐだで、すみません。結城夢なのに丹波メインになってしまった。
PCキーボードのYが調子悪く、丹波さんが<こーたん>になった事が何度も…。彼そんなキャラじゃないですよね。丹波さんも哲さんも大好きです。
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