プラスチックで繋がる







視界の果ての方にまで立ち並ぶビルは目が眩みそうなくらい沢山聳え立っている。山脈みたいな重量感は流石コンクリートジャングルの名に恥じないと頷いた。そんなオフィス街の更に奥、所謂一等地と呼ばれるその場所へと、五条くんは迷いなく足を進めていく。黒いコートとサングラスを纏うその姿は微妙な成金っぽさが拭えないが、太陽光を透かす美しい白髪の神秘にその雰囲気が少し身を潜めているとも言える。…………全ては突然だった。仕事がオフで久しぶりにのんびりした休日が過ごせそうな時に彼から電話が掛かって来たのだ。内容自体は非常にシンプルで「10分後にはそっちに行く」という、物凄く唐突な宣言だった。勿論少しも用意出来ていない私は慌てたけれど五条くんがそれで止まるような人ではないと知っていたのでせめてアイメイクだけでも、とポーチを引っ掻き回す。何とかある程度の化粧は出来たけれど、髪までは手が回らず、学生時代のように高い位置で一つにまとめ、どうにか事なきを得た。



だいたい15分くらい経ってからだろうか?SNSに外に出ろと端的なメッセージが届き、慌てて飛び出せば直ぐにタクシーに乗った彼に後部座席へと連れ込まれ、そして、今に至る。私も東京に住んで長いけど、こんなところに足を踏み入れた経験は無い。田舎者みたいにキョロキョロと首を回しては屋上が見えないくらいの背が高いビル群を見上げ、頭の奥が痛くなる気がした。何処に行くの?と問いかけた私に彼は「すぐに分かる」とだけしか答えない。漠然とした不安を胸に抱きつつ手を引かれるがままに五条くんに続き、気付けばシャンデリア輝くエントラスを抜けて、豪華な大理石のエレベーターへと私達は乗り込んでいた。そして、たどり着いたのは……








「う、わぁ……!!」
「まぁ、悪くないだろ?」








扉を開けた瞬間、青空が私を出迎えた。ダークウッドで揃えられた落ち着いた雰囲気の家具とはアンバランスな一面の採光と爽やかな色合いに思わず目を細める。高専から出て一人暮らしをするとは聞いていたけれど、こんなに良い部屋を買うなんて想像していなかった、というか、想像を絶している。五条くんほどの術師になると稼ぎが跳ねると知ってはいたけれど此処までとは思っていなかった。来いよ、と手慣れた動作で私を導く彼に慌てて靴を脱いで、お邪魔します、と呟きながら恐る恐る廊下の上に足を下ろした。靴下が汚れていないか、もっと良いものを履いてくれば良かった、と無数の後悔を感じる私なんて知らない様子で彼は丁寧に一つ一つの部屋を説明していく。洗面台もお洒落な作りになっており端の方に綺麗なコップが2個置かれている。脱衣所すら私の家の何倍もの広さがあるし、お風呂も一度に2人くらいは入れそうなスペースが確保されていた。ちらりと見えたパネルにはジャグジーの文字が刻まれているし、これがリッチ、というやつなのだろうか。






リビングとダイニングが一緒になった中央の部屋にはぐるりと囲むように窓が設置されていて、何処からでも東京の街並みを一望することが出来る。座り心地の良さそうなソファに1枚板のテーブル、椅子は来客に備えてなのか2脚が向かい合うように置かれていた。まさに絵に描いたような高級マンションで感嘆の声ばかりが私の口から零れていく。五条くんはそれを見てクツクツと喉を鳴らして阿保みたいな反応だなと揶揄ってくるけれど、きっと私は悪く無い。誰だってこんな家を見たら大した反応なんて出来ないと思う。今だってそうだ。キングサイズのベッドなんてドラマでしか見たことなかったのに、彼の寝室には平然と鎮座している。並んだ2つの枕も随分寝心地が良さそうだ。凄い凄いとはしゃぎっぱなしの私を大きなベッドの中央に座らせた彼は、外したサングラスと交換に近くのラックから"何か"を取り出し、私の手にぎゅ、と握らせる。プラスチックのカード、だろうか?高い位置にある彼の顔を見つめたけれど、五条くんは一言「見ろよ」と少しつっけんどんに告げた。妙な緊張感が部屋の中を支配する。私だけでは無く、五条くんも何だかいつもより硬く見えて、一体何を渡されたのか想像するだけでも少し怖かった。ほんのりと震える手を上向きに返し、畳んでいた指を朝日と共に咲く花のようにそっと、優しく開いた。







「……これ、は?」
「……」






私の手の中にあったのは触れた時に分かった通り、一枚のカードだった。シンプルかつ高級そうな手触りのそれは下の方に金箔で「Key」と書かれている。五条くんはなにも言わなかった。ただ、白い頬に薄く乗った紅色ときゅ、と結ばれた一文字の口を見て、私はひとつの可能性にたどり着く。まさか、と思った。でも、今視界に入っている枕は2つだし、近くに置かれていたスリッパも2足分あった。思い返せばリビングの椅子は2脚だし、洗面所のコップは2つ、ひとりで入るには広過ぎるバスルーム……全ての点が線で繋がったような、ミステリー小説の伏線が回収されたような、あの、感覚。これは、もしかして、







「カードキー……?」
「……ここの合鍵、お前も要るだろ」







合鍵、という響きと彼のぶっきらぼうな口調。かぁ、っと顔に熱が集まるのが分かった。ごじょうくん、これ、と情けなく揺れる声に彼は恥ずかしそうに髪を掻き上げながら「……同棲、したい」と呟く。どうせい、とオウムみたいに繰り返すのに盛大に舌打ちした五条くんは、ぎゅっと強く私の体を抱きしめて、嫌か、と尋ねてきた。そんなわけない、嫌な訳ない、そう示すようにふるふると首を振って広い背中に必死に腕を伸ばして彼を受け入れる。わたしも、したい、素直に伝えた言葉はキチンと耳に届いたらしい。五条くんが私を抱く力が更に強くなって、苦しいくらいに息が詰まる。でも、それがまた幸せを増長させている気がした。







「…………良かった」
「……すごく、びっくりしたけどね」
「ここまでしたんだ、驚いてもらわねぇと困るっての」







安堵の息を吐いた五条くんはぐりぐりと肩口に顔埋めて甘えてくる。これは彼の癖みたいなもので、動物みたいなこの仕草が私は結構好きだったりする。優しく受容するみたいに彼を撫で続け、彼がこのタイミングを選んだ理由について少しだけ頭を回した。……五条くんは知っている。明日、彼が初めて正式に受け持つことになる生徒を迎えに行くことを。同時にそれは補助監督としての勉学を終えた私の初めての仕事でもある。態々合わせた訳ではないけれど、私にとっても、彼にとっても一種の区切りであり、新たなスタートを切るのが"明日"なのだ。だからこそ彼は今日、敢えて私たちのこれからを示唆してくれたのだろうか。五条くんが何処まで考えてくれているのかは定かでは無いけれど、もしそうだとしたら彼の心遣いはとても温かいものであり、そうでなかったとしても、素敵な偶然だと思う。変わる関係や立場もあれば、変わらないものもある。私と彼の関係はきっと、後者だ。






「お前、いつから家くんの」
「私はいつでも大丈夫だけど……五条くんの都合が付きやすい日がいいかな?」
「なら今日」
「へ?」
「今日から、ココな」






今日、という声にグルグルと脳が廻る。今日って、今日?と子供みたいに問いかけた私に五条くんは首を縦に振って肯定を示した。……確かにいつでも大丈夫だとは言ったけどまさかそんな指定をされると思わなかった。私が返す言葉に迷っているのを見た彼は分かりやすく眉を顰めると、お前が言ったんだぞ、と言わんばかりの視線を向けてくるので曖昧な笑顔で取り繕う。でも、服とか何も持ってないよ?と一先ず弁解してみるも、服なら貸す、他のも使えば良い、の一点張りで彼は私を離すつもりが無いらしい。うーん、と意識せずとも困った声が落ちた。五条くんはそんな私を見つめてから肩を落とすと「……分かった、」と睫毛を伏せてぼやく。カーテンが引かれて昼なのに薄暗い部屋の中で儚げな雰囲気の彼が寂しそうに瞳を曇らせる。綺麗な彼が落ち込むのを見ると悪いことをしてしまったようでこちらが悲しくなってしまう。五条くんは私がくるのを少なからず楽しみにしていたのだろうか?途端に申し訳ない気持ちが込み上げて、どうにか五条くんに謝ろうとした。…………が、気づいた時には私の視界は反転し、布ずれの音と共に目の前が五条くんで一杯になる。めいっぱい混乱する私の頬に重力で流れた白い毛先が触れ、彼は、笑った。







「なら、帰れなくすればいいよな?」
「…………うそ、」
「捺と新居で初セックス、楽しみにしてた」







こんなにすぐ出来るとは思わなかったけど。ころり、そんな音が聞こえそうなくらい可愛らしく笑みを浮かべる五条くんの顔と言葉の内容が少しも合っていないのは気のせいではない。この感じはきっと、今からするつもりだ、ちらりと壁に掛かっていた時計を見たけれど、少なくともまだ今はお昼で通用する時間の筈だ。…………ぜ、ぜったいだめだ…………こんな時間にこんなコトをしたら恥ずかしすぎて絶対におかしくなる。どうにか逃れようと体を捩ったけれど、キングサイズのベッドではあまりに無慈悲で矮小だ。五条くんは私の体を自らで覆うようにのし掛かりながら、首筋に顔を寄せてかぷ、と唇だけで噛み付いてくる。ひっ、と短い声が漏れる私に気を良くした彼はそのまま何度も何度も首に、喉仏にキスを繰り返す。この行為は儀式のようなものだ。五条くんが私を抱く時に始まりの合図として決まって首の近くにキスをする。これは、習慣付け、条件反射、パブロフの犬……そう呼ばれる類のものときっと同義だ。五条くんの唇が首筋や頸に当てられるだけで、私の体は準備を始めてしまう。五条悟という人間の全てを受け入れる、準備を。






「っ、ごじょう、くん、」
「……っ、ん、」
「や、っ、だめ、五条くん……っ」
「…………」






ふ、と、私の服に手を掛けていた彼の手が止まる。ぎゅ、と閉じていた目を開けば、明らかに"不満です"と顔に書かかれている五条くんが視界に飛び込んでくる。すっかり彼に負けてしまい、ふわふわと出来あがろうとしていた私の体に力が戻ってくるのが分かった。もう一度、ごじょうくん、と名前を呼ぶと彼の目は更に鋭く、厳しいものに変わった。白く長い睫毛の奥にある青い瞳が私を捉えて、あのさ、と厳しそうな声が落ちた。







「なんでずっと"五条"なの?」
「…………え?」
「だから……ッ、悟って呼べよ」







捺。と、最後に付け加えるように私の"名前"が露骨な響きをもたらしている。彼は怒っているわけではないとすぐに分かった。でも、かと言ってその訴えを取り下げるつもりはないらしい。さとるくん、と脳内で彼の名前を思い浮かべては馴染みの無さがどうにも心地悪い。期待するように彼は私を覗き込む。でも、私にはとてもじゃないがそれを呼ぶ勇気が無かった。ふる、と自信なさげに私が小さく首を横に振ったのに、五条くんは物凄く驚愕した顔で瞼を大きく見開いた。は?と威圧にも近い困惑の声。それ以上何かを言われるより先に程良い硬さの枕を抱えて顔を隠せば、おい、こら、という言葉と共に大きな掌がそれを引き剥がそうと入り込んでくる。や、やだ、やだ、と聞き分けの悪い子みたいに拒む私に五条くんもムキになり、殆ど無理矢理枕を奪い取ると容赦なベッドの外へと放り投げる。きっと買ったばかりだろうに、彼はそんなことを気にするつもりも無いらしい。






「……何でだよ」
「慣れない、し、恥ずかしいから……」
「なら俺が閑夜って呼んでも良いのかよ」
「そ、それはそれで変な感じがするっていうか、その……」






ぐぐ、と口を尖らせて眉を寄せた不機嫌そうな顔が近付く。視線を横に向けてどうにか彼の責めるような目から逃げてはいるけれど、五条くんはそれを許さない。閑夜、と意識して私を呼ぶ聴き慣れない音にそわそわと脚が揺れた。悟と呼ぶのが嫌なわけではないが、ただ単純にもう何年も呼んできた「五条くん」という呼び名を矯正できる気がしなかったのだ。彼は暫く苦い顔を浮かべていたけれど、途中で深く深く息を吐き出して、仕方ねぇな、と呟いた。一瞬私も力を抜こうとしたけれど、自分の中にある彼に対するセンサーが嫌と言うほど反応していて、これは多分、まだ何かあるだろうと自然に察知した。五条くんは私が何となくそれを悟っているのを理解すると、改めてつよく体重を掛けてくる。中途半端に脱がされていた服をもう一度丁寧に剥ぎ始めた彼は、未だ熱い手を内腿に沿わせると、ぐいっ、と一思いに私の足を開かせてしまった。





っ、あ、と頼りない声が溢れた私に口角を持ち上げる。既に立ち上がった大きなソレを私の中央に押し当てた彼はいやらしく腰を上下に動かして、私を見つめる。ずる、ずる、と質量が擦り合わせられる音に、感覚に、直ぐに全身に血液が循環して倒れそうになる。なんて、倒錯的なんだろうか。吐き出した息が熱い、一旦冷めていた体が一気に沸騰して暴走してしまったみたいだ。柔らかく私を包み込むきっと高級であろうマットレスとシーツの中に囚われて身動きが取れない。ごじょうくん、と呼んだ名前を呑み込むみたいにキスをした彼は、言う。







「今日、ちゃんと悟って言えるまでイかせてやんねぇ」
「ぇ、……え!?」
「嘘じゃねぇぞ、本気だからな」
「そ、そんなの、死んじゃう……」







悪くない死に方だろ、と悪態を吐きながら彼はもう一度私に口付けをする。優しくて、甘い、蕩けるような行為。するすると指先で焦れったくなぞられる胸元。顔を見ればわかる。五条くんは本気だ。心地よい刺激と、この後見るであろう地獄を想像して背中が震えた。懇願するように、助けを乞うように、ごめんなさい、と口にした私にもう遅い、と無慈悲な彼が拗ねた声で告げた。











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