次に学生たちの任務の現場となり得る場所の選定にふらふらと出向いていると、捺から連絡があった。これが個人連絡なら舞い上がったんだけど、どうやら僕への仕事の依頼らしい。要約すれば自分が案内することになっているから落ち合おうという業務的な内容だったけれど、まぁ、少しでも彼女と過ごせるなら普通の仕事よりマシかな、と気持ちを切り替えて送られてきた位置情報の場所へと足を進めた。近くまで行けばパンツスーツ姿でオブジェの前に立つ捺をすぐに見つけられたけど、僕が声をかけるより先に通りすがりの男が彼女に吸い寄せられるみたいに近づくのが分かった。あ?と思っている間にも男は捺の目の前に立つと胡散臭い笑顔を向ける。やるぞ、と思った瞬間にその男は捺の肩を抱こうと腕を持ち上げる。


だから、ぐ、と彼女に言い寄る男の腕が彼女に触れるより早く掴んだ。何か言っている男はさておいて、突然現れた僕を驚いたように見上げる捺の視線になんだか少し、懐かしさを感じた。そういえば、昔もこんなことあったっけ。








「何してんの」
「…五条、くん、」







あれは確か蒸し暑い日だった。たまたま街で見かけた捺がよく分かんねぇ男を前にして明らかに困った顔をしていたこと、男は薄着だった彼女の肌を舐めるように見ていたこと、そしてその手が腰のあたりに回されていたこと、よくよく覚えている。それを理解した瞬間に腸が煮え滾るような怒りが込み上げて、いつの間にか2人の間に割って入るように立ち竦んでしまっていた。男は何か言いたげに口を動かしたけれど俺より随分低い位置にある頭からは少しも威圧感も感じられない。で、何をしようとしてんの?と純粋に問いかければ、格好悪く舌打ちしてから腹いせと言わんばかりに捺を睨みつけて「男居んなら言えよ!」と怒鳴り散らして走り去ってしまった。アイツ勝手に声かけて当たり屋かよ、と気分を悪くしつつ、おい、と捺に声をかけるとハッとしたように彼女は肩を揺らした。俺を見た大きな目がゆらり、と左右に動いてすぐに察する。こいつ、めちゃくちゃビビってるじゃん。



「……捺」
「ぁ、」
「俺を見て、そんで深呼吸」



できるだけ落ち着いた声を意識して発する。それに従うように息をしようとした彼女が妙に焦った様子なのを見て逆に俺が心配になってくる。驚かせないように彼女の視界に腕を入れながら、しっかりと見ている前で両肩に手を置いて、落ち着けよ、と見つめてやると捺はやっと軽いパニックから回復したらしい。こくこく、と何度も頷いてからゆっくりと深呼吸をし始めた。若干過呼吸になりかけていた肩の動きの速度が緩み、胸郭も一定のペースで上下する。もう大丈夫だろう、とそっと手を退けてやれば「あり、がとう」と言葉に詰まりつつ捺は俺に感謝を述べた。本当は今の格好にも言いたいことは山ほどある。こんなに肌を見せるなとか、薄すぎるだろ、とか、父親みたいな感情ばかりなのはどうかと思うが気になるのだから仕方ない。でも、今の彼女に態々追い討ちをかける気にもなれなくてもう帰るのかと聞くと、少し悩んでからうん、と答えたのを確認してから傑に端的に予定の断りの連絡を入れた。理由は別に後で言えばいいか、と書かなかったけど、まぁアイツのことだし多分問題はないはずだ。帰るぞ、と踵を返した俺に「え!?」と驚きの声を上げて慌てて付いてくる彼女は必死に何か言おうとしていたが。待って、だとか、だめ、だとか、全く要領を得ない。思わず、言いたいことがあるならハッキリ……と俺が言いかけた時、それを遮るように彼女は俺の目の前に飛び出した。



「っ、ちょっと、まって!」
「……何?」
「五条くん、今から出かけるんじゃ……」
「気が変わった、今日はもう部屋で寝る」



それ以上理由いる?と尋ねた俺に捺は視線を地面に落とした。ぽつり、と「迷惑、かけてごめん」なんて呟かれた言葉に静かな憤りの感情が腹の奥底に渦巻いていくのが分かる。あのクソ男、何コイツに謝らせてるんだよ、やっぱ一発ぐらいブン殴るべきだったな。そうやって後悔している俺を恐る恐る見上げた彼女は俺が随分怒っているとでも思っているんだろう、酷く困ったように眉を引き下げてもう一度「ごめん」と口にした。あぁ、ムカつく、胸の奥の方が嫌に騒ついて落ち着かない。お前が悪いわけじゃないのに何回謝るつもりだよこの馬鹿。


どうしようもない苛立ちに思い切り舌打ちをしようかと思ったが、さっきのクソ野郎の顔が頭に浮かんでギリギリで噛み殺す。必要以上に捺を驚かせたいわけじゃない。私は大丈夫だから、とヘッタクソな顔で笑おうとする明らかに大丈夫では無さそうな女に限りなく腹が立って声も出なかった。いい加減にしろよ、と掴んだ手首が折れそうなくらい細く感じて思わず力を少し緩めながら高専の方へと彼女を引きずるように歩いた。慌てて足先で踏ん張ろうとしていたけれどそんなもので止められるはずもなく、つんのめるようにして彼女の足は前へと進み始めた。




「お前、なんでもかんでも謝んのやめろよ」
「……ご、ごめん……」
「だからそれをやめろって言ってんの」
「でも、ならなんて言えば、」




ありがとうございました、でいいだろ。振り向かずに吐き出した声は彼女に届いていたらしい。少しの沈黙の後に「ありが、とう」と戸惑いながらも口にされた感謝にやっと怒りが収まったあの感覚は、今でも忘れていない。









「ありがとう、五条くん……」
「いいえ?今でもあんなに言い寄ってくるナンパ居るんだね」







私スーツなのに、と少し不満そうに自分の格好を見下ろした彼女にバレないように口角を持ち上げる。なんだ、もう言えるじゃないか。そう思えばあの時自分が言った言葉は珍しく彼女にとって少しはプラスに働いたのかもしれない、と思えた。あの頃の自分の行いを褒めてやれることなんて滅多に無いけれど、これは悪くなかったのかもしれない。ふぅ、と息を吐き出した彼女は軽くスーツを叩きながら向こうに車を止めているから、と僕を誘導したが、なんだかこのまま仕事に行ってしまうのがどうにも惜しくて、ギュ、と捺の手を……あの時とは違って今回はしっかりと"掌を"握った。彼女のきょとん、と瞬きして見上げる小動物みたいな仕草は昔と大して変わらないなぁと笑いながら「ちょっと付き合ってよ」と返事も聞かずに秋葉原へと足を踏み出した。





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