「捺さんって、学生ん時モテた?」
 

 
 
 
 いつも通り一年生三人を安全運転で高専にまで運んでいる最中、野薔薇ちゃんが「あ!」と何かを思い出したように手を打った。バックミラー越しに彼女と目を合わせてて首を傾けた時に発せられた疑問に、えっ、と思わず戸惑いの声が零れる。同時に数秒前まで瞼を閉じていた伏黒くんが助手席でゆっくり青い瞳を持ち上げたのが見えた。
 
 ……確かに、学生らしい話題ではあると思う。この呪術界に生きている彼らにとって日常生活や学校生活のアレコレを語る機会はそう多くない。正確に示すのならば話したい気持ちが削がれる、とも言う。それだけストレスが多い現場なのだ。実際私も……私達もそうだった。
 


 
 
「全然だよ。中学までは呪術のこともあまり詳しくなかったし……」
「じゃあ高専入ってからは?」
「……野薔薇ちゃん、何か面白いことでもあった?」
 
 
 


 エッ。と次に固まったのは彼女の方だった。彼女のことだからきっと、この話題に辿り着くまでのきっかけがあったに違いない……と予想してみたが、どうやら当たっていたらしい。ジトリと細められた瞳が一瞬右隣の虎杖くんを見て、虎杖くんが不思議そうに「釘崎なに?」と問いかける。そして野薔薇ちゃんはそんな彼に返事をすることなく助手席のヘッドレストをドンドン、と何度も叩いた。それに呼応するように伏黒くんの頭が揺れて、おい、とやや不機嫌そうに首を回す。……相変わらず仲がいい世代だなぁ、と、つい口角が緩んでしまった。
 
 私たちも仲は悪くなかったと思う。……出会ってすぐの頃は決してそうとは言えないけれど、彼らはかけがえのない大切な仲間になった。幾つか道を違えたが、それでもやっぱり当時の思い出は今も尚、色濃く残されている。私達の頃とは男女の関わり方も随分違っていて、虎杖くん達は様々な面でフラットだ。これもまた、時代というヤツなのかもしれない。彼等の分け隔てのなさにはほんの少し、羨ましさすら感じる時があった。もしかするとかの感情も隣の芝が青い≠ニいうなのかもしれないが。
 
 
 


 
「……捺さんは昔の友達とか知り合いに会うこととか、ある?」
「術師になってから?」


 
 
 
 
 そんな私の思考回路を途中で断ち切ったのは、クリーム色の髪を逆立てた虎杖くんだった。彼は少し釣り上がった三白眼でこちらを見つめている。質問の意図は読めないけれど、静かな表情がなんだか印象的だった。答えを導き出すためにハンドルを握りながら幾つか先の信号を見つめるように道路の奥へ視線を向ける。
 
 
 


 
「……ない、かなぁ」
「やっぱりそれが自然?」
「他に聞いたことがあるわけじゃないけど……やっぱり術師になる人はそれまでに色々あった人も多いから、」
 
 


 
 
 黒い車体が歩道橋の下を潜り、一瞬車の中に影が溢れた。その光景に仄かな安心感を得るのはそれこそ私の術師としての本能≠ニいうヤツなのかもしれない。昔はこの力が嫌いだった。大切な人を飲み込んでしまった闇を、恐れていた。でも今は寧ろ、父から遺伝し、私に刻まれた「陰影操術」は私を形作る大切な術式になった。そうやって意識が変わったのはきっと、彼のおかげだ。
 この感覚はきっと、非術師には分からない。呪いに魅入られて、呪いで戦いながらも、呪いを敵とする矛盾だらけの世界で生きるにはふつうでは、難しい。虎杖くんは自然という言葉を使ったけれど、それは遠くない表現だと思う。ここで生き、染まるほどに、同じくらいの黒に飲まれている人としか本能の意味では通じ合えなくなる。荒んで、いくんだ。
 
 ……だから、この世界の最前線に立ちながらも善性を失わず、できるだけ被害を抑えることをあたりまえ≠ノしている五条くんはきっと最強≠フ称号を得ている。綺麗事だけではいられないこと。呪いが生み出される過程には非術師が、人間が密接に関係していること。それらを理解しながらも彼は今も尚、生きている。
 
 

 
 
「私は清々してるけどね」
「え、そう?」
「まぁ……俺も概ね釘崎に同意だ」
 
 

 
 
 きょとん、と瞳を丸めた虎杖くんと対比して野薔薇ちゃんと伏黒くんは小さく息を吐き出す。二人共似たような目をしていた。確かに普段のスタンスを見る限り彼らがこの返答をすることは予想できた。だけど、考えていたよりもずっとドライな口調なのが少し面白く感じる。それに対する虎杖くんは寧ろ何か深く考えているように見えて、彼らのバランス感覚を肌で感じ取った。野薔薇ちゃんは理解できない事は当たり前だし、してもらおうとも思わない。伏黒くんは相手がどう感じていたとしてもやることは変わらない。そんな考え方らしい。……なんだか、らしいなぁ。
 
 
 
 

 
『呪術は非術師を守るためにある』
『呪術に理由とか責任を乗っけんのはさ、それこそ弱者がやることだろ』
   

 

 

 
 
「閑夜さんはどうですか」
「……え?」

 
 
 
 
 記憶の中に逡巡した彼らの言葉に想いを馳せていると、隣に座っていた伏黒くんが静かな声で私に問いかけた。あと、青ですよ。続けられた指摘に慌ててアクセルを踏み、車を発進させていると伏黒くんは私があまり話を聞いていなかったことを悟ったらしい。もう一度唇を動かして「何を信念に、ここに居るんですか」と声を紡いだ。……難しい、質問だ。ついそう思ってしまう自分がいる。でも、そんな気持ちとは裏腹に自然と言葉は吐き出された。
 
 
 

 
「信念とか、あんまり考えた事ないなぁ」
「え、意外!捺さんそういうの大事にしそうなのに」
「そう見える?」
 
 

 
 
 野薔薇ちゃんの言い回しに少し微笑み返して、真面目そうに見えているなら良かったと伝えれば今度は三人全員から好奇の目が向けられた。みんなが私の答えを待っているらしい。……こんなにも期待されるような信念≠ナはないから少し恥ずかしいけれど、学生達が答えを求めているのであれば、私の立場上言わずにいる訳にはいかない。
 
 
 

 
「私がこの仕事を続けてるのは……別に、何かしたいことがあるんじゃないんだよ」
「……と、言いますと」
「私にとって大切だと感じる人たちがこの世界に多いから、私も此処に居たい……それだけ」
 
 
 

 
 ……そう。私には高尚な思想なんてない。勿論目の前で死にそうになっている人が居たら助けようとするし、問題が起きれば非術師、術師、呪いなんて関係なくそれを解決しようとするだろう。その程度の常識らしい♀エ覚を持ちながらも、結局私がここに留まった理由は一緒に沈みたい人達がこの船に乗っていて、少しでも船を強固に、それどころか環境汚染すら取り除こうと生きる人達がこの世界で生きているから、なのだろう。後部座席に座っていた虎杖くんと野薔薇ちゃんは顔を見合わせて、伏黒くんは私に向けていた視線をゆっくりと逸らしていく。
 
 

 
 
「……結局やっぱさ」
「……あぁ」
「そういうところが捺さんらしいよなぁ」
「ええ?」
 

 
 
 
 そうかなぁ。とぼやく声は車内に消えていく。ウンウンと何かに納得した様子の彼等が言う私らしさ≠ヘ正直分からないけれど、少年たちが頷くのについ、絆されていくのであった。


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