太陽が眩しく辺りを照らして、青というよりライトブルーに近い空が広がった。一月の第二月曜日は日本中のお母さん方、もう少し大きく言えば殆どの人が"晴れ"を望む日だと思う。かく言う私も一応そう思っていた「雨なら相当めんどくさいだろうなぁ」なんて理由で。


地元での集まりを終え、タクシーで向かうのは山の奥。今日拾ったのは比較的若い運転手だったらしく場所を伝えれば酷く目を丸くされてしまった。本当ですか?と失礼にも聞き返してきた運転手の視線は私の全身に向いている。気持ちは分からなくない。誰が見ても重そうな、というか実際かなり重量感のある伝統的な和装は車に乗るのすら苦労する。背中で華やかに開いた帯が背凭れの本来の機能を阻害しているし、歩幅も随分小さくなる。確かに私も正直面倒な気持ちはあれど、親しい友人に会うためなのだから仕方ないと落とし込んだ。間違ってないからお願いします、と言いながらバックを漁り、目当てのものがないことに気付いて息を吐き出した。あぁ、これは口寂しい。


窓の外に流れていく田舎らしい景色を眺めつつ指先を揺らす。別に目新しくはないし、高専は実質私の職場のようなモノだ。なんならこの日の着付けのために実家に帰ったときの方が新鮮に感じた。ウチの親も私と同じく別に行事に熱を込めるタイプではないけれど、完成した姿を見て「似合うじゃん」と褒め言葉なのかよく分からないことを言われた。結局のところ、親にとって「成人式」というかモノはそれなりに大事なことなのかもしれない。私に子供が出来れば分かるのかね、なんで考えたが昨日の仕事内容がふと頭を過り、すぐに否定する。ここに居ると結婚や出産が相当私に縁の無いものだと想い知らせれる気がした。別に願望があるわけじゃ無いから良いけれど、呪術界というものは相変わらず一般的な女にとって生きづらい世界だ。




「……あ、硝子!」
「……似合うじゃん」




それなりについたタクシー代を払って暫く歩き、そもそも見るだけで嫌になる階段を見上げて肩を落としたその時、背後から私を呼ぶ声が聞こえた。咄嗟に溢れた"私なり"の最大級の褒め言葉は小さすぎて本人には届いていなかったらしい。嬉しそうな顔をして伸ばしていた髪を美しく、上品に結い上げた捺が小走りで駆け寄ってくる。背後に携えているのは冬の禿げた木々のはずなのに彼女の周りにだけ春の陽気が漂っているような温もりが溢れている。明るい色でも、決して派手な柄でもないのに。落ち着いた金箔と銀箔で出来た屏風や菊を散らせた生地はしっとりとした小紫に染められ、彼女らしい奥ゆかしさが溢れている。ここまでの道のりで飽きるほど見た赤やらピンクやらとは違う、ひっそりと道端に咲いたような美が、彼女にはあった。




「黒地だったんだね!硝子にすっごく似合う……!柄も可愛いし、綺麗で素敵……」
「捺も綺麗だよ。買ったの?」
「ううん、これはお母さんが成人式に着てたみたいで……」




楽しそうに話を続ける彼女に相槌を打ちながら並んで階段を上がっていく。憂鬱だったはずの石畳も彼女の顔を見ているとそんなに苦ではなかった。普段よりも明確に、けれど微かに色付いた目元と頬は肌艶が自然に映え、捺が少しだけ大人びて見える。別に今までが子供っぽいとは思わないけれど、成人の日を表すのに相応しい容姿だ。そしていつの間にか登り切った先で門を潜り、入り口近くで待っていたスーツ姿の女性を見つけると彼女は更に明るい表情で私に一言断ってから道の上を駆けていく。なるほど、彼女は馴染みの補助監督だ。大方晴れ着を見せると約束でもしていたんだろう。緩く手を振りながら遠のく背中を見送り、ふ、と息を整える。


……一応、視線だけで辺りを見渡したが一瞬頭を過ったあの男の姿は見えない。アイツが忙しいのはここで働く人間皆が分かっている。だから別に期待はしていなかったし、特別会いたいわけではないが、ただ少し、意外だった。這ってでも来るのかと思ったのに。





「……その程度か、アイツも」
「だれが、その程度だって……?」




ガッチリ、と突然背後から掴まれた肩にガラにも無く背が揺れた。そして、勢いのまま振り返ったはいいものの、はぁ、はぁ、と大きく浅く呼吸を繰り返す間抜けな姿に「は?」と疑問とも呆れとも断言出来ない声が零れる。私が想像したアイツ、少し危惧した存在……そう、五条悟がそこには立っていた。黒くて明らかに上物であろう袴を身に付けた私達とそう変わらないほどに身動きがしづらそうな五条は学生時代でも稀に見るか見ないかの疲労がその"端正"な顔に浮かんでいる。一体何なんだ、と問いかけた私をチラリと見た青い目はバツ悪そうな色合いで「……京都から、飛ばしたんだよ」とそれだけ言って逸らされた。




「京都?」
「……一応京都まで帰らされたんだよ。めんどくせぇ話聞いて、会った事もないヤツらに祝われて、流石に俺でも疲れるっつーの」
「アンタでも"疲れる"とかあるんだ。ていうかよく抜けられたね」
「俺をなんだと思ってんの?あんだけ話聞いたんだからもういいだろ……で、アイツは?」
「アイツって?」
「……分かるだろ」
「分かんないから聞いたんだけど」
「…………捺だよ」




勿論分かり切ってはいたが、折角ならと言わせてみれば気味が悪いしくらいの小声で友人の名が紡がれる。人の振袖見て何も言わない男に教えてやる義理はないと戯ければ「オマエは普通に似合ってるから言うことない」なんて素直なのかそうじゃ無いのかよく分からない言葉を返された。五条は割とそういう所のあるヤツなのだ。仕方ないと態とらしく肩を竦めて彼女が向かった先を示してやれば、彼の視線は途端に其方へと飛んでゆく。此処からだとそれなりに距離があるけれど、大体は伝わったらしい。隣から息を呑む音が聞こえた。大きく開かれたサングラスの奥にある薄い瞼と今日の空みたいな瞳が揺れる。……数秒の沈黙の後、五条はグッと前紐を強く引き直し、羽織を掛け、ゴホン、と大きく咳払いをした。そして、さあ歩き出そう、という一歩手前で私の方へと振り返り「変なとこないよな!?」と必死の形相で最終確認を行う。





「ないよ、多分」
「信じるぞ、お前のこと」
「こんなことで信じられても困るけどね」
「…………行ってくる」




戦地にでも赴くのか?と投げ掛けたツッコミは多分届いていない。明らかな緊張を宿した最中は不思議なことに彼女へと近づく程に消えていく。これじゃあの子が気付かないのも無理ないな、と思いつつ、平然と捺に声を掛ける姿を見せ物でも見るみたいに見つめた。どちらかと言えば捺の方が慌てて見えるけれど、実際は先程自分の権力と金と呪力をフル活用してどうにか好きな子の晴れ姿に間に合ったような男だ。ソイツ、アンタの事が好きで好きで仕方ない男だぞ。そうやって言えたらどれだけ楽だろうか。ここに居ないアイツも、これを見たら同じようなことを思うだろう。







「……オメデト、あんたも」






届かないと知っていて、白い息と共に賛辞を吐き出す。この空の下、何処かで同じ日を祝っているのかもしれない男への憎しみと純粋な祝いの気持ちを込めたそれは天に登った。視界に映るのは五条を見上げながらキラキラと感動した目を向ける彼女と、ぐいっとあからさまに顔を逸らしつつ素っ気無い態度を貫く彼。……あーあ、嫌になる。タバコ一本くらい吸わせてよ、そう思いながら一人で自室に戻ってやろうとしたが敢えなく撃沈。結局私も同級生二人の輪にほぼ無理やり引きづられ、高専内を練り歩くことになったのは、多分、言うまでもないだろう。









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