「ここは捺さんにはクールすぎるかなでもこっちは甘すぎるし……!」
「……えーと、野薔薇ちゃん?」
「え、何?」
「今日は野薔薇ちゃんの誕生日……だよね?」






キョトン。そんな音が聞こえてきそうな間の抜けた顔。野薔薇ちゃんは私の言葉に平然と頷くと首を傾げて「そうだけど?」と至極当然のように答える。あっけらかんとした声色に迷いはなく、すぐに陳列されたコスメに目を向けてキャッキャも楽しそうに頬を緩めた。……まあ、野薔薇ちゃんがこれで楽しいのなら悪くはないけれど。








きっかけは1時間前に遡る。お昼過ぎに単独の任務が終わって疲れた、と体を伸ばした彼女に例の如く「誕生日おめでとう」と伝えたのだ。学生達の誕生日は出来るだけ覚えて祝うことに決めている私にとって、これはある種習慣のようなものだ。野薔薇ちゃんは目を丸くしてから、そうだった!と驚きの声をあげる。ここ最近の忙しさに自分の誕生日を忘れてしまっていたみたいだ。





「た、誕生日を忘れるなんて……!絶対無いって思ってたのに……」
「大人になると結構あるんだよね、それ……」
「そうなんですか!?じゃあこれ、老化ってこと!?」





頭を抱えて嘆く野薔薇ちゃんは動物のような唸り声をあげながら俯いた。実際まだ彼女は高校生だし、加齢に悩む必要は一切無いとは思うけど、あまりの落ち込み様に此方までなんだか心配になってくる。今まで祝った男の子達とは違う女性ならではの反応に戸惑いかつ、多少気持ちが分かるような感覚で、苦笑いしながらミラー越しに彼女を見つめた。……仕事も終わったし、折角なら彼女の気分を持ち上げてあげたい。そんな一心で高専に向かっていた道路から道を外れるようにハンドルを回す。目指すは東京でも大きくて立派な百貨店。日頃からオシャレに気を使う彼女には、きっとここがぴったりだ。





「野薔薇ちゃん」
「……何ですか?」
「夏の新作、見に行こっか」





 






……此処に至るまでの経緯をぼんやりと頭の中で辿ってみた。辿ってみたけれど……やっぱり何故この状態になってしまったのかは分からない。本来ならカウンターに座っているのは私ではなくて彼女の筈で、各ブランドのお姉さんが快くテストしてくれる相手も私ではなく野薔薇ちゃんだった筈なのだ。それなのにどうして私がメイクされているのだろう。野薔薇ちゃんは野薔薇ちゃんで真剣な顔をしつつアドバイザーさんと「少し赤みが強すぎる」「マットすぎる」など最新のメイク用語を飛び交わせながら話し合っていた。その光景に今日は私の誕生日だっけ?と錯覚してしまうのは仕方ない気がする。





「やっぱり捺さんはどっちかっていうと綺麗めの方が似合うから今度はあっち見に行きましょ!」
「そ、そうかな?でも今日は野薔薇ちゃんの……」





ほらほら!と私の言葉を聞いていない彼女は相変わらずノリノリでデパートの化粧品売り場を駆けていく。たまに私を振り返っては目を細め、吟味する姿は中々どうして本気のようだ。野薔薇ちゃんの選ぶ色はどれも私が一人では選ばないような色ばかりで少し戸惑ってしまうけれど、不思議なことに肌に乗せてみると案外上手く纏まることが多いのだ。私はもう28歳で彼女とは一回りくらい年齢差がある。化粧と言ってもそろそろ年相応に、と無難なブラウンを選ぶことばかりで、こんな冒険をしたことは無かった。そもそも私が学生の頃はこんなに多種多様なアイシャドウやリップは無くて、時代の流れを感じる。……そんなことをポロリ、と野薔薇ちゃんに零すと、彼女は少し笑ってから新鮮ですか?と私の顔を覗き込んだ。答えは勿論"イエス"そんな反応を見た綺麗な彼女は尚更楽しそうに顔を綻ばせた。手にはちゃっかり買っていた自分用の新作アイシャドウが入った袋と私用に選んでくれたリップ。普通の高校生らしい全力な姿が眩しくもあり、微笑ましかった。






「美味しい……!!」
「気に入った?」






カラン、とドアの前のベルが鳴り、新たな客が静かな空間に足を踏み入れる音を聞きながら私達は行きつけのカフェを訪れていた。写真映えするケーキに味わい深い紅茶。それぞれの席では内緒話をするように様々な女性が顔を突き合わせて笑い合う。そんな人達から見た私と野薔薇ちゃんはどんな関係に見えているのだろうか?もしかしたら仲睦まじい姉妹のように思われているのかもしれない。そう考えるとなんだか微笑ましく感じた。捺さんいいお店知ってるよねぇ、とぼやきながら苺をフォークで突き刺した彼女に小さく笑みを浮かべる。ここが気に入ってくれたなら良かった、と宝石みたいな瞳でケーキを見つめる彼女の姿を暫く眺めていたけれど、どうしても聞いておきたいことがあったので、タイミングを見極めつつ私は彼女に伺うように声を掛けた。







「野薔薇ちゃんは今日、楽しかった?」






一瞬の沈黙……そして、それを破るように野薔薇ちゃんは「そりゃ、もちろん!」と大袈裟なくらいに頷いた。隣の席に置いた袋を持ち上げて頬擦りでもするように顔を溶かし、めちゃくちゃ可愛いの買っちゃったし、と笑顔を浮かべる彼女に嘘はない。どうやら本当に楽しんでくれているようだ。今日は私が奉仕する側だった筈なのに、どちらかと言えば寧ろ野薔薇ちゃんに散々奉仕されてしまった気がする。お金は私が払ったけれど、素敵なアイテムを見繕ってくれたのは彼女だ。感謝すべきは私の方かもしれない。





「さっきはありがとう、私だけだとあんな色選ばないから新鮮で楽しかったよ」
「捺さんあの色めちゃくちゃ似合ってましたよね!?アイツは私に感謝して欲しいくらいだわ」





フン、と鼻を鳴らした彼女の言う"アイツ"の姿をなんとなく察しながら曖昧に笑い返す。彼なら本当に感謝しかねない所があるなぁ、と思うのは多分自惚れではない。見せた時の反応教えてくださいよ?と眉を持ち上げた野薔薇ちゃんに頷いて覚えておくよ、と返答すると彼女は満足気に口角を持ち上げる。それから桃ジュースをストローで啜って、はぁ、と一息吐き出してみせた。疲れたのかな、と野薔薇ちゃんの顔を覗いたけれど、そこに浮かぶのは疲労というより"満足感"に近かった。







「……私、こっちの出身じゃないからあんな風に同性にコスメ選ぶとかあんまりしたこと無かったの」
「……!そっか、野薔薇ちゃん上京したんだもんね」
「そ。あんな古臭い村、清々したわ!」







呆れに近い感情を顔に滲ませつつ、吐き捨てるように言いながら野薔薇ちゃんは軽く手を振る。それから、ふ、と抜くように小さく喉を動かして「……だから、楽しかった」と少しだけ気恥ずかしそうに笑った。そこでやっと、私は彼女がこういった時間の過ごし方を選んだ理由を悟った。伏黒くんや虎杖くんとは荷物持ちはしてもらえても、一緒に化粧品を見て選ぶ、なんて体験はなかなか難しい。本当は同い年くらいの女の子とワイワイ過ごせるのが一番だろうけど、少しでも野薔薇ちゃんが楽しんでくれるなら、いくらでも付き合ってあげたい。純粋にそう思った。






「……私でいいならいつでも付き合うよ」
「……ほんと?」
「うん、すっごくほんと」
「すっごくほんと、ってナニソレ」






ぷっ、と思わず、といった様子で吹き出した彼女に私も笑う。名前の通り薔薇みたいに棘のある女性でもあるけれど、それ以前に野薔薇ちゃんは綺麗で可愛らしい女の子なのだ。等しく守られるべき、子供だ。そんな彼女の些細な幸せを買い物に付き合うだけで提供できるなら、いくらでもそうしてあげたい。あぁ、でも、そうだ。





「真希ちゃんもこういうの、嫌いな訳じゃないと思うよ」
「え、マジ!?真希さん誘ってもいいかな……!?」
「うん。ちょっと慣れなくて恥ずかしがるかもしれないけど……回ってるうちに楽しんでくれると思うから」
「なら今度は真希さんも入れて三人で買い物行きましょ!」






モチベ上がるわと目尻を緩めた彼女は大きく伸びをする。呪術界に揉まれた、まだ権威が低い若い女の子。彼女達をもっと大切にしてあげたい。彼女達が生きやすい世界にしてあげたい。そんなちょっとした夢を抱きながらティースプーンをくるり、と一周回した。黄金色の美しい液体がふわり、と回転して、天井から降りたビーズランプに照らされてキラキラと光を反射させる。彼女の言う通り、今度は此処に真希ちゃんも呼びたいなぁ、なんて。そんなことを考えながらホイップクリームが乗ったショートケーキを口の中に放り込んだ。







……この後高専に戻ってから早速野薔薇ちゃんに今風のリップの付け方をレクチャーされ、たまたまその場に居合わせた五条くんが「え、可愛すぎない!?」と辺りを飛び回ったのは、また別のお話。








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