「悟、誕生日おめでとう」
教室に入るなり、傑は俺を見ると目を細めて楽しそうに笑った。おー、と返事しつつも傑が下投げで渡してきたペットボトルを片手で捕まえて、コーラとラベリングされいるのを確認してニヤリと笑みを作る。なんだ、分かってるじゃないか。この時期に飲むには冷たい炭酸飲料は若干辛いところもあるが、やっぱコーラは美味いから例外にしてもいいな、だとかしょうもないことを考える。それに続くように硝子もまたオメデトー、と気の抜ける祝いの言葉を口にしたので、笑ったまま手を上向きにして伸ばせば「集るなよ」と文句を言いつつもちょっと高めのスナック菓子が置かれて割と満足する。これ夜中食べると最高だよなマジで、と呟く俺に不健康児じゃん、と突っ込んだ硝子を煩い、と突っぱねてゆっくりと視線をその隣に向ける。
びく、と分かりやすく肩を跳ねさせた捺はそれはもうおどおどとした様子で「お、おめでとう……」と口に出す。なんだよ、その言い方、と空いていた彼女の後ろの席に荒々しく座れば捺は更に困ったように眉を下げる。また始まった、と言わんばかりの視線を捺からは見えず、俺にだけ向けるあたり、今日も悪者扱いされるのは俺の方らしい。でも、仕方ないだろ。人の誕生日にこんな自信のない祝い方する奴が居るか?ジト、と不満を隠さず彼女を見つめればもっともっと小さくなるのが目に見えて分かり、居心地の悪い。別に虐めてるわけじゃねぇだろ、寧ろそっちが変に萎縮してるんだっつの、と、我ながら分かりやすく機嫌が落ちていくのを傑も悟ったらしい。まぁまぁ、と俺たちの隣に立つと、目の前の机に小さな紙箱を置いた。
「何これ、開けていいの?」
「勿論、悟のために持ってきたんだ」
「私もまだ見てない、どうなったんだろ」
ふぅん、と2人の反応を見てから前に座る捺に目を向けたが、彼女はこちらを見ている割にはすぐに目を逸らしてしまう。ムカつくなァ、とどうしようもない苛立ちを感じながらも箱を開けば、ふわり、と甘い匂いが鼻孔を擽った。それに導かれるように思い切って蓋を全て広げれば、眩しいくらいの白がふんだんに使われた円形の物体が姿を現した。上には真っ赤な苺がいくつも堂々と寝かされており、瑞々しい果実らしい特有の香りも漂ってきた。"ごじょうくんおめでとう"とチョコで出来た板プレートに少しヨレながら入れられた文字に思わず瞬きをする。……ショートケーキ?俺が口を開くより先に「おぉ〜!」と揃った声で箱の中身を覗き込んだ傑たちは美味そうだ、綺麗だなんだと騒ぎ立ててもはや俺を弾き出している。いや、何でだよ。俺のために買ってきたんだろコレ。そんなことを考えつつも妙に楽しそうな2人を見ると態々何か言うのも忍びない気がしてくるので厄介だ。ふ、と目に入った捺はというと曖昧な笑顔を浮かべてなんだか落ち着かなさそうにしているから此方もまた意味が分からない。硝子と傑の反応はまぁ、分からなくは無いけど、こっちは何を考えているのかすら理解出来ず参ってしまう。
だからなんだ、という話ではあるのだけれども、どうにも放っておけない気持ちにさせるのは彼女のせいなのか、それとも俺の性分なのか。おい、と掛けた声に捺はこちらを向いたが、横からずいっと遮るように傑の顔が現れて「ほら、」と言いながらいつのまにか綺麗に四等分されたケーキを載せた皿と銀のスプーンを差し出した。用意がいいというよりは、ちゃっかりしてると言うべきか。ハイハイ、と返事しつつ受け取ればやけに面白そうに頬を緩めた、気がした。気付けば硝子もあの捺でさえも俺を見ていて……一体なんなんだよ、そんなに食べて欲しいのか?と微妙な気持ちで一欠片掬い取って口の中へと押し込んだ。
「……あ、」
妙に期待が篭った目が居心地悪かったが、口に入れた瞬間に感じたクリームの甘さと噛み締めた苺の爽やかさが溶け合って飽和した瞬間に意図せずに声が溢れた。美味い、と、ぽつ、と言葉が落ちた途端に傑と硝子は嫌らしい笑顔でお互いを見つめ合った。マジでなんなんだよコイツら、と煮え切らない感情を携えつつもぐもぐ、と口を動かして喉の奥へと運び込む。や、まぁ、普通にケーキは美味かった。割と甘いクリームだけど苺の風味でしつこ過ぎないし、結構イケるタイプのやつ。これどこで買ってきたの?と自然な流れで問い掛ければ、待ってました、と言わんばかりに2人は一歩俺の机から離れた。開けた視界に映ったのは顔を真っ赤に染め上げた捺の姿で、え、と抜けた声が出る。まさか、と傑を見上げると俺の考えを肯定するように頷いて目尻を引き上げると「これ、捺の手づくり」と衝撃の事実を告白する。なッ、と思わず指先から力が抜けて重力に従って落ちていくスプーンを硝子が地面に着く前に捕まえて皿の上に戻す。珍しいにやけヅラを浮かべた硝子は改めてチョコプレートに目を向けると耐えられない、と言わんばかりに吹き出して笑い始めた。
「ごじょうくん、って、普通こういうの名前じゃないの?」
「だ、だって!私がさとるくんって書くの変だし……!」
ただでさえついて行けてない俺の耳に、慌てて立ち上がった彼女の口から聞こえた「さとる」の3文字がグルグルと回った。さとるくん、って、お前。ゲラゲラと笑う硝子に必死に弁明する捺を茫然と見つめ、固まった俺の肩をポン、と叩いた傑は「おめでとう悟クン」と明らかに面白がりながら俺を揶揄ったのでとりあえず脛を蹴った。見下ろした皿の上にはまだ半分以上のケーキが残っているし、箱の中には手を出されていないパックマンみたいな形になったホールが鎮座している。勿体無いな、と深く考えるより早く辿り着いた思考にブンブンと頭を振った。何が勿体無いんだ馬鹿か俺は!勢いのままもう一口押し込んだスポンジは柔らかく、やっぱり文句の付けようが無いくらいの味がして、絶妙な敗北感を味わった。なんか悔しい、ぜんぶコイツらの掌の上ってこと?あームカつく、つーか、どんな誕生日だよ、コレ。そんな思考に陥りつつも、じんわりと自分の顔が熱く感じるのが気のせいじゃないことぐらい、自覚していた。