!もしも五条悟が高専時代に素直になれていてお付き合い出来ていたらif!













「悟にホワイトデーのお返し?」
「う、うん……!」






ふむ、と顎に手を当てて考える夏油くんとは違い、毛先をクルクルと指に巻き付けて暇潰しをしている硝子は面倒くさそうに「アイツならなんでも喜ぶでしょ」と呟いた。明らかに興味が薄い彼女にもう少し助けてよ、と縋るような目を向けたけれどあまり効果は感じられない。夏油くんは苦笑しながら、まぁまぁとその場を収めてくれたけれど、硝子の言葉を否定はしなかった。



今年は彼と付き合ってから初めてのバレンタインだった。本当は当日に何かしてあげたい、と思っていたのだけれども、数日に渡る任務が丁度2月14日に被る形で入ってしまい、それは叶わなくなってしまった。後悔を抱えながら高専に帰ってきた私はすぐにごめんなさいと謝ったけれど、なんと五条くんは有名なメーカーの可愛くてキラキラしたチョコレートを手渡してくれたのだ。目を丸くして固まる私に少しぶっきらぼうに、それでも「……お疲れ」と労ってくれた彼の気持ちが兎に角嬉しくて、優しくて、凄く胸が一杯になってしまったのだ。


……こうして、バレンタインの代わりに私がホワイトデーにお返しすることを約束して、前日に至ったのだけれども……あんなに高くて綺麗なチョコレートを貰ってしまった手前、彼に何を渡せば釣り合うお返しになるのか分からず途方に暮れて、結果的に友人2人に協力を仰いだ、という訳だ。






「まぁ、硝子の言う事も一理あって……高いお店で買ったチョコレートより捺の手作りの方が悟は特別に感じるんじゃないかな」
「そうそう、甘い物も好きだしアンタが作ったお菓子なら喜んで食うでしょ」
「ほんと?本当にほんと……?」






決して2人を疑うつもりはない。ない、けれど……普段料理もあまり作らない私がお菓子作りなんて、自信も無ければ作り方すらままならない。五条くんは優しいからきっとどんな物でもお世辞を言ってでも食べてくれると思うけれど、折角なら素直に美味しいと喜んで貰える方がいい。それか見た目とか中身にインパクトがあるものとか、食べていて楽しく思ってもらえるものがいいなぁ、なんてぼんやりとした展望を言葉にすると、硝子が不意にニヤリと何か思いついたような顔を浮かべる。捺、と私の名前を呼んだやけに機嫌良い彼女に何と無く悪い予感がしたけれど、一先ず彼女の浮かんだ案を聞くことにした。






「……って感じなんだけど、どう?」
「……す、凄い……!それは五条くんもびっくりするかな!?」
「絶対するね、しかも喜ぶよ」
「……喜ぶ所か色々と捺が心配になるけど……せめて10個くらいまでにしておきなよ」






今までどんな雑誌でも見たことも聞いたこともない提案に感激する私と、でしょ?と鼻が高そうな硝子。そしてそんな私達を曖昧な顔で見つめる夏油くん。早速材料を用意しないと!と張り切った私の背中を見送る2人が「硝子……程々にしてあげなよ」「何?酷いことは言ってないでしょ」「渡した次の日捺が動けなくなっていたら困るだろ?」なんて会話をしていたことなんて、ちっとも知らなかった。














五条くん、と控えめな声とノックが俺の部屋に響いた。その声の主が分からないほど馬鹿ではなくて、適当に読んでいた雑誌を棚の奥に押し込んでから一呼吸置いてドアを開けると、相変わらず自分よりも随分低い位置にある頭が目に入る。少し辛いくらいに頭を持ち上げて、それでも俺と目が合うことに嬉しそうに笑う彼女をどうにも愛おしく感じる度にこれが恋なのか、と実感するものだ。今大丈夫?と小首を傾げた捺に一言、ああ。と答えた俺は彼女を迎え入れる為に片腕で扉を支える。お邪魔します、と律儀に頭を下げた背中を数秒見つめてからドアを閉め、何処に収まるべきか分からずおろおろとする彼女の手を取り、先程まで自分が触っていたベッドの上へと誘導した。俺が持っていない方の腕から提げられた小さな紙袋の正体が何なのかは日付を見ればすぐに分かる。……いや、ぶっちゃけ朝からめちゃくちゃ期待してたから見なくても分かるけど。






「えーと……ご、五条くん!」
「そんな気合い入れなくても聞こえてるっつーの。……なに?」
「私、バレンタインのお返しを持ってきて、それで……」






どうぞ、と少し震える声にぼんやりと染まった頬。分かりやすい緊張の現れに無意識に口元を緩めつつ受け取った紙袋を開くと、中には小さな箱が一つ、堂々と鎮座していた。シンプルな水色の箱は何処かチープで、でもそれが妙に嬉しくて、開けていい?と尋ねた俺に彼女が控えめにこくこくと首を縦に振ったのを確認してからリボンを解き、そっと蓋を引っ張り上げた。ふわり、と鼻腔をくすぐる独特の粉っぽさと甘い香りに自然と口に溜まった唾を飲み込んで、コロン、と可愛らしいサイズ感で複数入ったブロック型の生チョコをじっくり見つめた。少しココアパウダーが掛かっているのだろうか、店で食べるものと比べて一つ一つが少しだけ歪で、均等過ぎないブロック状なのが逆に愛らしいというべきか。正直、彼女が俺だけのために手作りの甘い物を作った、という過程に満足感があるのでそれ以上何かを望むつもりも無かったけれど、これは予想以上、というか、普通に、嬉しい。




一粒掴んでぽい、と口の中に放り込む。すぐ目の前に硬い表情の捺が座っている事に何となく笑いそうになるのを堪えつつ、舌に乗った蕩けていく感覚に目を細める。香ばしいビターな香りがする割には口当たりは滑らかで濃厚なミルク系の甘さが広がっていくのにじんわりと体と脳が温まるのを感じる。糖分の味、というのはこういう物を言うんだろうな、と考えつつ出来るだけ素直に「美味い、」と呟けば捺はホッと息を吐き出して安堵に肩を下ろした。……彼氏が彼女の作ってくれた物を不味いなんて言う筈がないのに。こんな事にさえ一喜一憂するいじらしさに弱い、と自覚したのは最近のことだ。





「よかった……甘めにしたんだけど、どう?」
「ちゃんと甘いし、俺は気取ってカカオっぽいのよりコッチのが好き」
「そっかぁ」





ふにゃん。そんな効果音を付けて笑いそうな姿はどう見ても小動物のようにしか見えない。こんなに可愛い女を目の前にしながら食べるチョコレートは格別過ぎるといっても過言では無いと思う。そんな思いでもう一つ、と箱に手を伸ばしたが、捺はそれを見るとやけに慌てた様子で俺の手を制し、何故か"ダメ"だと言い放つ。まさか貰ったものを食べるのにダメが出るとは思わず、は?とつい抜けた声を漏らした俺に気付いているのか、気付いていないのか。彼女は自らの指でチョコレートを一つ摘むとそのまま自らの小さな口の中に収めてしまったのだ。






「……」
「…………」






不思議な沈黙が俺の部屋の中に訪れた。さっきまでの和やかな空気は何処へやら、俺の目の前には自分で作ったチョコレートを自分の口に入れた……というか正確には唇で"挟み込んでいる"捺が座っているのだが、いや、マジで何だこれ。まるで宇宙の深淵を見てしまったかのように理解が追いつかない自分の部屋のベッドの上に座る世界一可愛い彼女が自作のチョコレートを咥えてこっちを見つめている……という視界に入ってくる状況だけでもう俺の全てが混乱していた。一体なにが起きている?



元より丸く、大きい瞳が艶っぽく輝いていた。まるで何かを待っているかのように潤んだ光は静かに俺に向けられている。平たく言えば信じられないくらい可愛い顔をしていて吸い込まれそうになっているのだが、この行動の意図自体は全く分からない。意味が、分からない。……分からないというのは実際は適切では無いが、逆に脳裏に過ぎる当てはまりそうな可能性が一つしかなくて、彼女がそれを選ぶとはどうにも考えられないのだ。だって、こんなもん、俺が直接"あの唇から"奪い取る以外には何も思いつかないだろ。





「ん……」
「……いや捺、それ……」





何がしたいのか、そういう意味を込めて口を開いた時に出てしまった俺の困惑した声にみるみるうちに捺の眉が下がりっていくのが分かって、ウッ、と苦しさに溢れた唸りが吐き出される。フォローしようにも上手い言葉が見つからない俺に今度は泣きそうな程不安定に揺れ始めた瞳を見て、あぁもう!と盛大に舌打ちしてから半ば強引に彼女の頬を支えてキスをした。少し重ねるだけの触れ合いで、無理矢理如何にか歯で奪い取ったキューブを勢い余ってごくり、と飲み込んでしまった俺は喉に感じた瞬間的な違和感に顔を顰める。折角の手作りチョコをもっと味わいたかったようなそんな複雑な気持ちで捺に目を向けたが、これが正解なのかも定かでは無い。






「……い、今のでいいのかよ」
「そ、そうだと、思う、けど……」






両者の戸惑った声がぼんやりと部屋に反響した。仕掛けてきた側だというのに煮え切らない様子の彼女にムッとしながら問い詰めれば捺はこのアイデアが硝子と傑のものだとあっさり白状してみせる。こうすれば五条くんが喜ぶって教えてもらって……と小さくなる彼女に今ここに居ない2人に後から尋問することを決めつつ、俺がさっき妄想していたのと殆ど理由が違わなかった事に、ひっそりと電流が走ったような衝撃を受けた。こんな展開エロ漫画で死ぬほど読んだことあるけど!?と理解した途端に煩くなり始める心臓を気合いで鎮めようと左胸あたりに手を置いたが、治る気配はない。くだらないアホみたいなアイツらの提案。……だが、これは好機だとも思った。




残されたチョコレートはあと8つ。そのうち小さめの一つを摘んで捺の唇に当て「咥えて」と頼む。彼女は驚きながらもおずおずと俺の指からチョコレートを唇で受け取ると、弱々しい表情を浮かべていた。指先に触れた柔らかな感覚、熱い吐息、そしてこの頼りない顔…………ずん、と腰の奥の方が重くなったのを感じる。そっちがその気なら俺だって遠慮はしてやらない、そんなつもりでもう一度、今度はしっかり味わうつもりで唇を合わせた。





「っん、ぅ……」






捺の口から小さな声が溢れる。俺はさっきよりずっと長い時間彼女と唇を合わせ続けた。どのくらい経過したのか分からないが、じわり、とお互いの熱で挟まったチョコレートが溶け始めたのを感じる。そろそろ奪おうか、いや、まだもう少し。微妙な感情の機微を自覚しながら焦ったく俺たちは触れ合う。途中耐え切れず不意に瞼を開けた彼女と一瞬目が合って、瞬間ぶわっと駆け巡るように伝わってきた彼女からの熱量に驚き、思わず目を大きくした俺と体を離してしまった捺の口からぽろり、とチョコレートが落下していく。勿体無い、そんな思いから反射的に掌で捕まえて、初めよりも随分溶け柔らかくなったそれをぺろり、と飲み込んだ。今度はしっかりと、寧ろ初めよりもよっぽど柔らかく蕩けるような味わいに純粋なデザートとしても評価せざるを得ないし、何より……"こっち"の反応が悩殺されるくらいには素晴らしい。






「っ、ごめ、」
「……いーよ、もっかい」






咄嗟に謝ろうとした彼女の髪を撫で、もう一度を要求する。捺が部屋に来た時よりもっと赤い顔で困っているのに気付きながらも俺は生チョコをもう一つ手に取って、あーん、と声を掛けた。俺の顔と指先を交互に見つつも恐る恐るそれを咥えた彼女にもうきっとニヤケは止められない。少し捺との物理的な距離を詰め、腰に腕を回した。逃す気はない、そんな気持ちの表れに本能的に気付いているのか彼女は肩をびくりと揺らす。今度は少し首を傾けながら食むみたいに捺の唇を奪った。まるでそうするのを分かっているみたいに意識せずとも俺の手は彼女の腰と下腹部をゆるゆると撫でるように動いている。ぴくん、ぴくん、と小鹿みたいに震える姿に目を細めながら滲むような甘さをしっかりと堪能していく。それがチョコレートの甘さなのか、彼女の甘さなのかは分からない。でも、美味い事に変わりはない。






「は、ぁ……っ、ごじょ、くん……」
「……捺、」






どろん。一つ全てをお互いの熱で溶かし切った時にはもう、俺も捺も完全に思考が浮かされていてすぐさまひとつ、もう一つ、とチョコレートを貪っていく。みるみるうちに数を減らしていく生チョコと、それでも止まらない欲望に体全部が侵食されていくような気がした。すっかり彼女も抵抗する気は無くなったらしく、一度キスする度にぐったりと俺の胸の中に収まるようになっている。暑い。まだ春と呼ぶには寒いはずの室温の中で俺たちだけがイレギュラーな熱を放散し続けていた。残りは、後3つ。上手く回らない思考の中、俺はそのうち一つを捺に咥えさせ、もうひとつを自分の口に軽く挟み込んだ。蕩け切った瞳が俺との次を期待しているのが手に取るように分かる。ん、と顔を寄せてすっかり慣れたようにキスをして、俺は自分の咥えているチョコレートを彼女に受け渡した。びく、と震えて少し驚いていた捺だったが、それに倣うみたいにそっと俺の口の中に控えめな動作で押し付けてくる。不器用な仕草が可愛くて、ふ、と息を漏らして笑いながらゆっくりと俺の口の中で一回り小さくなったそれを今度は捺に返してやる事にした。充てがった唇の間からするり、と十分に濡れた舌を滑らせて、一瞬逃げようとした彼女のものを絡み合わせる。鼻から抜けるような高い声が小さく落ちて、聴覚を刺激されながらも俺は捺とふかくふかく、キスをする。完全に溶けてしまった物体を返却するという名目で。






「あ、ぅ……っ」
「は、ぁ……」






どちらのチョコが溶けたのが先だったのか、もう覚えていない。夢中になって貪って、気付けば俺も彼女も息を上げていた。ぐ、っと体重を掛けながら見知った自分の布団の上に捺の身体を磔にして見下ろす。見上げる綺麗な瞳には、俺しか映っていない。確かな優越感のもと最後の一つに手を伸ばそうとしたけれど、ふ、と途中で方向転換させて捺の頬を指の腹でゆっくりと焦ったくなぞる。擽ったそうに身を捩るのが、少しクスリと息を吐き出すのが堪らなくて自分の体を押し当てるようにしながら何もない唇へと噛み付いた。あまいし、うまい。かぷ、がぶ、箍が外れた俺を止めるものはこの部屋にはいない。俺が欲しかったのはチョコレートではなくてきっと、こっちだったに違いない。息継ぎの合間に俺の名前を呼んだ捺に、返事の代わりに好きだ、と落として、それに嬉しそうに緩む顔が愛しいやら、余裕があるようで悔しいやら。もっと俺だけを考えていろ、と叱るみたいに俺はまた彼女にキスをする。……残った一つを冷蔵庫にでも入れておけば良かった、と後悔するのはそれからもっとずっと後になってからだった。







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