過去拍手A
「慣れないなぁ、お葬式」
生憎の天気の中、黒い傘を差す彼女が呟いた。その声は決して大きなものではなかったが、この雨の中でも不思議とはっきりと音として僕の耳に入ってきた。どう答えようか少しだけ思案して「慣れる人なんていないだろ」と素直に当たり障りのない言葉を口にすると、そうだよね、と寂しそうな笑顔を見せる。高専にいる以上、昨日すれ違って少し話した顔見知りの友人や知り合いが次の日には顔すらも残らない死体になった、なんてこともあり得なくはない。勿論、僕や……彼女も。想像すらしたくないけれど、絶対に無い、なんて言い切れない。この世に絶対がないことは最近は特によくよく理解している。
「僕の葬式があったとしてさ」
「……そんなの、嫌なんだけど」
「……ただの例え話だよ。僕が簡単に死ぬと思う?」
「多分五条くんより私の方が早いよ、きっと」
嫌だ、と素直に言われたことに内心少し驚きつつも自然と口角が緩みそうになったが、その後の彼女の言葉にはあまり笑えなかった。現実的な話、本当にそうなる可能性の方が高い気がしてならなくて、その冗談を冗談として受け取るには僕達は少しこの世界に染まりすぎたのかもしれない。彼女は僕が話を続けないのにほんのちょっとだけ困った顔をしながら、なに?と改めて問いかけてきた。面白くない軽口だった自覚はあるらしいく、それはどこかバツ悪そうな声だった。その様子を見ながらもう一度、僕の葬式があったとして、と前提条件を繰り返す。それから、特に大きな意味も無くふと浮かんだ疑問を彼女に投げかけた。
「僕の為に泣いてくれる?」
「……五条くん、」
「ん?」
「多分、五条くんが想像してるよりね、」
私泣くと思うよ。と、雨音が響き渡る外なのに真横で囁かれたような感覚に陥った。彼女の言う通り、正直僕の想像より彼女の回答は優しいものだった。思わず殆どの聞こえないくらいの名前を呼んだけれど、彼女は僕を見なかった。小さな屋根で覆われた表情は何も分からない。でも、それが嘘じゃないことぐらいは伝わった。……そっか、と落とした僕の声は不思議な調子を秘めている。彼女の回答は嬉しかった。自分を想って彼女が泣いてくれるのは悪くないどころかとても満たされるし、有難い。でも同時に彼女を泣かせてしまう罪悪感も何処かについて回っている気がしてならない。……こんなロクでもない想像はやっぱりするもんじゃないな。
「……五条くん、なら、私のお葬式なら?」
「うーん、そうだなぁ」
「うん、」
「この世の全てに絶望して地球滅ぼしちゃうかもね」
……なにそれ、と確実に呆れた響きだった。ケラケラと喉を鳴らして何その反応!と笑ったが彼女は不服そうに見える。やだなぁ、嘘じゃ無くて本当のことなのに。君が居なくなった世界に追い詰められた僕が価値を見出せる気がしないんだよねぇ、なんて、手をひらひらさせる僕に「……五条くんは生徒を守ってあげてね」と残酷な呪いを妙に真剣そうに口にした彼女に、分かってるよ、とだけ静かに呟いた。しんしんと降り続く雨の中、いつにも増して黒い僕たちか水溜りに反射して見える。彼女にとっての優先順位はきっと、自らより生徒なのだろう。そんな思考が透けて見えて複雑な感情を抱いた。僕は君の事も助けたいんだけどなぁ、そんな思いを届けるにはきっと、なかなか骨が折れるのだろう。それでもいつか、少しでも捺が僕に助けられても良いと思えるくらいまで諦めるつもりはない。僕はこれでも結構しぶとい方だ、譲るつもりはない。静かに1人そんな決意を持ちながら、僕達は高専まで隣り合って歩き続けていった。
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「五条悟!最強のお前に参考までに聞きたい!」
「お、何々?暑苦しいねぇ〜……いいよ、何でも答えてあげる」
「お前は……どんな女が好みだ?」
先ほどまで東京高専のテレビを食い入るように見ていた東堂は推しアイドルである高田ちゃんの魅力を再確認してから、近くを通り掛かった現在の呪術界最強の男である五条悟にかねてからの質問を投げかけた。何でもいいよ、と言った手前五条はどんな質問でも受け入れる気でいたが、少しも予想していない問いかけにパチリ、と瞬きをする。だが、そこは流石五条悟と言うべきか。対して戸惑いもせずにそうだなぁと顎に手を当て首を傾げる。彼の頭の中には言うまでも無いが1人の女性だけが浮かび上がっている。
「努力家で、一生懸命で……ちょっと自分に自信がないところもあるけれど、やれることをやろうとする子で」
「ほう?」
「ポニーテールも下ろしてるのもどっちもめちゃくちゃ可愛くて、僕を見上げる仕草とか超そそるよね」
「……ん?」
「ま、ぶっちゃけ体型とかはもう何でもいいって言うか、アイツなら全部いいってか、イケるっていうか?」
「……」
「後はそうだなぁ……僕のことをちゃんと見ててくれる……」
「なぁそれって、」
「……そんな僕の元同級生の女の子かな!」
あの東堂が押されるぐらいの勢いでつらつらと話し終えた五条悟の脳内に浮かぶ女性と東堂葵の思い当たる女性は恐らく同じであろう。最早それは好みではなく断定的な1人を指している事は目に見えているが……流石は五条悟。こんな時でも規格外だな……としみじみ頷いた東堂は「一途でいる漢らしさは確かに重要だな」と毒にも薬にもならない言葉を口にしたが、五条はそれに満足そうに、そうでしょ?と笑っている。学生である東堂はこの男が10年近くも片想いを続けていることを知らないが、この話を聞いたからには相対的に自分の知る補助監督である彼女の評価も引き上げざるを得ない。元々それなりに高く買っていたが、最強にここまで好かれるなんて何をしたんだ?と俄然興味が湧いた。
……その頃どこかで、自分のことをそんな風に話されているなんて考えもしない捺はくしゅん、とくしゃみを一つして外に映える木々を眺めた。もうそろそろ花粉症の季節だろうか、なんて、呑気なことを考えながら。