「……えーっと……纏めると七海や灰原に嫉妬してるってことでいい?」
「違ぇよ!!なんでそうなるんだよ!!!」






じゃあ何なんだい、と問いかけた私に「それは……」と言葉を詰まらせる悟にゆっくり息を吐き出した。皮肉なほどの青天の日の午後に突然投げかけられた親友からの質問、というよりは愚痴に近しい話に呆れた気持ちが留まることを知らない。これを彼が話そうとしたキッカケは恐らく、先日の合同訓練での出来事だろう。この日も別に何か代わり映えする事なく通り過ぎていったのだが、いつもと違うところもあった。捺は訓練の時は毎回、悟と本気で組手をしている。それは彼女の強くなりたいという想いに根負けした悟が了承した結果の行為で、1日1回までというルール付きで行われている。それは悟の本気を何度も食らっていたら怪我をしかねない、というのも理由の一つであり、悟自身が彼女に友人以上の感情を抱いているからこそ設立された物だ。尤もそれが本当に彼の"本気"なのかは定かではないが、明らかに手を抜いている訳ではないことは伝わってくるので、悟なりの誠意の現れだと思っている。しかし、彼女も彼女で強情なところがあり、一回までと約束していても大抵の場合が「もう一回だけ」と要求してくるのだ。そして悟がそれを一蹴して終わる……というのが常なのだが、この日はそうでは無かった。







「……あり、がと……五条くん、」
「……あぁ?」




地面に伏した捺が体を起こしながら口にした言葉に私と硝子は思わず目を見開いた。硝子はいつものように彼女を止めに行くつもりで立ち上がりかけていたのに、今日の彼女は2度目を望まなかったのだ。悟も悟で捺の行動が相当意外だったらしく、戸惑ったように瞳を揺らしているのが分かった。そんな私達に気付かず立ち上がろうとする彼女を支えたのは真面目で人当たりの良い後輩……灰原だった。大丈夫ですか?と労るように捺に声を掛けながら腕の下に自身の体を押し入れて運んで行こうとする姿は毎日繰り返している日常に発生したイレギュラーのようなものだった。全く着いて行けていない私達を尻目に、灰原と反対側から彼女を支えたスラリとした……これまたよく出来た後輩の七海は軽く息を吐き出しつつ「閑夜さんはもう少し限度を見て行動して下さい」と釘を刺している。そんな2人を交互に見つつ、へらりと笑った捺はごめんね、ありがとう。と、特に疑問を感じず今の状況を享受している。



木陰へと運ばれていく捺を見つめる私。呆然と見送る悟。いつの間にか座り直していた硝子が何の気無しに「取られちゃったね」と呟いた言葉に勢いよくこちらに振り返った彼の顔に明らかな不愉快が浮かんでいる。あぁ、これは尾を引くぞ、と遠い目をした私は今後のことを想像して、胃の奥の方がキリキリと締め付けられる気がした。









「一応灰原にも聞いたけど、捺に色々見てもらう約束をしていたんだって」
「色々ってなんだよ」





どかり、と不服そうな顔でサングラス越しに私を睨む悟は明らかに八つ当たりをしている。そりゃあまぁ、好きな子が自分以外の男の方に行くのが面白くない気持ちは分かるが、実際別にお互いに下心が無いのだから本来なら気にする必要は無いのだろう。でもそこは悟だから、と言うべきか。何度もそんなつもりはないと説明している私や挙げ句の果てに硝子にまで嫉妬を絶やさないこの男がそんな説明をまともに取り合う筈がない。何度も特訓をせがまれるのを毎回断っているくせに、いざせがまれないとなると動揺を隠せない悟は本当にややこしい人間だ。灰原も七海もまだ高専に来て日は浅いが、悟が捺に向ける感情については重々理解していたし、灰原は兎も角、七海は今回の件で悟に睨まれているのがそれなりにストレスらしい。将来も有望な2人にこれ以上負担を掛けるわけにもいかず、私がここでそれを鎮めないといけないのだが……先が思いやられるばかりだ。





「大体そういう事は俺に聞けば良いだろ」
「……捺とあんな戦いをしているような奴に聞けると思うかい?」
「……」





グッと眉を寄せつつも押し黙るのを見るあたり自覚はあるらしい。同級生の女性を容赦なくボコボコにしている先輩に稽古を頼めるのは余程自信があるやつか、馬鹿か、向上心の塊のようなヤツぐらいなものだろう。……灰原辺りなら一番最後に当て嵌まりそうだしあり得るかもしれないけれど、七海は嫌がるだろうな、と七三分けの彼が頭の中で分かりやすく顔を歪める絵面が想像できた。彼は特に悟のことは苦手らしく度々投げられている捺を見て理解できない、という顔をしていた。好き嫌いというベクトルでは無く、単純に分からないのだろう。私達からしてみると悟の行為は紛れもなく愛に近しいものだと認識しているが、七海から見れば例え説明を受けていても難しい、割り切れない事なのかもしれない。それに、






「捺の方が分かりやすく教えられそうだし」
「俺が分かりづらいって?」
「君より彼女の方が向いているだろう、という話だよ」





ふぅん、と興味なさげな態度を取ってみせる彼は誰が見たって機嫌が悪い。実際悟が他人に親身になって自分の持つ何かを伝授したり、教える姿なんて全く想像が出来ないし、元々のセンスや才能の差が極端にある場合は彼のレベルについて行くのも難しいだろう。その点捺はあの雰囲気からも分かる通り優しく丁寧な女性だ。話しやすさも教え方も恐らく悟よりは上手い、と思う。座学の成績も優秀だし、理論的に考えることも多いと言っていたのを聞いたこともあるし、私達の中では声も掛けやすく、期待通りの知識を得られるという点で彼女が選ばれるのは考える必要が無いくらい自然な事だ。相変わらず悟は不満そうだけど、飼い犬に手を噛まれたような、そんな気分なのだろうか。別に彼女は悟の犬ではないのだけれども。口を尖らせている彼は別に、と拗ねたような声を落としながら不意に口を開いた。





「……教えるのは百歩譲って良いとしても」
「うん?」
「あんなに近付いたり、自分からアイツらに触ってまで教える義理はねぇだろ。……捺も一応女だし」
「……誰よりも女性として見ているのはお前だろ」
「あ?」
「いや、何でもないよ」





思わず声にしてしまった"事実"に睨みを効かせてきたのに対して、にっこりと出来るだけ笑顔で受け流しながら悟からの追撃を避ける。これもよく思うけれど、そんなに心配なら私に言うのでは無く捺本人に言って欲しい。彼女も少し鈍い時があるので正しく伝えるのは難しいかも知れないが、上手くいけばそれ以上の進展も見込めるだろう……多分。と、無責任な事を考えて若干現実逃避を続ける間にも悟は椅子の足を蹴ったり、指先で机の上を連続してつついたりと苛立ちを隠す様子はない。単純に言えば悟は捺が自分以外の男に触るのも、触られるのも、笑顔を向けているのも基本的に気に入らないのだ。とんでもない規模の独占欲と言うべきか、もしくはそれ以上の何かかもしれない感情に支配されている彼はやはり面倒だ、と言わざるを得ない。





「そんなに気にするなら悟もちゃんと捺を指導してあげれば?」
「……指導ってなんだよ」
「捺が2人にしてるみたいにね、近付いたり……言い方悪いけど触ったりとか」
「さわ……ッ!?」





勢い余って座っていた椅子を薙ぎ倒しかねない勢いで立ち上がった悟の顔は驚愕一色に染められている。左右に小さく揺れる瞳は困惑や期待、様々な感情が入り混じり判断がし辛いが、少なくともさっきまでの怒りは少しは収まっているみたいだ。自分の今日の身の振り方やその他の全てはこの後の次の彼の一言で決まる。さあどうだ、と一種の賭けをしている気分で私に向けられる視線を見つめ返した。







「さ……」
「さ?」
「触りてェ〜…………」







……どうやら誘導には成功したらしい。悟は力が抜けていくようにずるり、と後ろ下がった椅子に腰掛けていく。母音で唸りながらぐったりとしている悟からは先程までの毒々しさや牙は一切抜けており、ただの恋する男子高校生になっている。内心少しほっとしつつ「そうかい」と答えた私に彼は返事こそしなかったが、否定もしなかった。天井に青い目を向けながら両腕を宙に伸ばしてまるでそこに彼女がいるかのように動かす姿は若干滑稽に見えなくもないが、恋するとこうなる物なのだろうか?悟は熱っぽいため息を零している。





「あ〜……捺…………」
「好き?」
「……分かってんだろ」
「そりゃあ、ねぇ」





これで分からない、何て言えばそれこそ嘘つきになる。悟はこう見えて存外分かりやすく素直な人間だと思う。彼女に対しては何処までも素直になれてはいないけれど、私や硝子にはこうして中身が無いような惚気ですら発散してくるのだから根本的に仲が悪くない人に対しては思うままに動いている気がする。よくまぁこれほどまでの想いを閉じ込められているな、と感心するくらいに捺には冷たくぶっきらぼうに接していることも多いが、その実意気地が無くもだついているだけ、というパターンも数知れない。一応今の所彼女も、彼の言動自体に困る事や悩む事はあれど、悟本人が嫌いな訳ではないと何度も自ら口にしているし、本当に焦ったい。


いつか彼が惚気ている場に彼女をスタンバイさせてやろうか、なんて事も硝子と何度か話している。いっそのこと今回でもいいけれど、さすがに"触りたい"なんて願望は直接的すぎるか。悟のことはどうにかしたいけど私は捺を困らせたいわけではない。……当たり屋みたいに嫉妬していくのはどうかと思うけど。






「捺さん!!これ返しに……あれ?」
「灰原……」
「……あぁ?」






ガラガラ、ぴしゃん。少し扉が反動で戻ってくるくらいの強さでこじ開けられた教室とそこに立つ眩しい後輩の姿に本能的に"まずい"と感じた。少し気分が上がり始めている悟に触られていた灰原本人との接触は色々と悪影響になることはまず間違い無いだろう。悟が何か言う前に何の用事なのかと私が尋ねると、彼は不思議そうに首を傾けつつも爽やかな笑顔で「捺さんにこれ返しにしました!」とふわふわに選択されたタオルを差し出した。薄いブラウンのそれは男性モノというよりは女性に向けて作られたデザインに見え、すぐに彼が捺から借りた物であろうと推測できた。悟を刺激する前に早急に私が回収して彼女に返さないと大変なことに……





「……おい灰原、何でお前がこんなもん持ってんだよ」
「あ、前の練習の時に貸してもらっちゃって……ちゃんと洗濯して返しに来ました!」




へぇ……と低い声でボヤく悟の顔には青筋が浮かんでいる。じわりとただでさえ大きな呪力が怒りの感情を吸ってさらに質量を増し始めているのを肌で感じて、どうにか無謀な彼を止めようとしたが、あろうことか灰原は悟を見ると閃いた!とでも言わんばかりの顔でそのタオルを悟の目の前に差し出したのだ。当然悟は更に不快そうに顔を歪めると「は?」と威圧的な態度で灰原を見る。幾らこの後輩が良い奴だとしてもここまで来ると中々庇うのには無理がある。最早諦めて悟を抑えるのが先か、それとも灰原を帰らせる方が先か、考えが纏まる前に灰原は屈託ない顔で笑った。





「五条さんと捺さん、仲良いですもんね」
「……仲?」
「前捺さんからも聞きました!訓練も信頼してるから頼めるとか、五条さんは分かってくれてるから、とか……」
「ちょっと待て、もっと詳しく教えろその話」
「?……ハイ!!」





態々灰原の椅子まで引いてから適当な机に座った悟と彼の"話"はその後約30分ほど続き、そろそろ戻りますね!と頭を下げながら帰っていった灰原を見つめる悟の目は妙に達観している。恐る恐るどうだったか、と尋ねた私に彼は「アイツ、良い後輩だよな」としみじみと話していた。すっかり持ち直した悟は鼻歌を歌いそうなくらいには調子が良くて、私は灰原という男の天性の才能を感じて、1人頷くことしか出来なかった。……今後何かあったらアイツを頼ることも視野に入れよう、そう思いながら。






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