過去拍手@
「っ、は、ぁ、ぁあ」
「ごじょ、う、くんッ」
「すき、い……っすきッ……!」
は、と顔を水からあげたように勢いよく上半身を起き上がらせる。少し荒い息、バクバクと煩い心臓の音、そして、大きく昂った俺の、息子。
思わず頭を抱える。これで何回目だ、と我ながら呆れを通して怖くなってきた。所謂朝勃ちにしては元気すぎるこの事象に最近の俺は悩まされている。何か予兆があったわけではなかった。別に彼女のことは、その、もっと前から気になっていたし、逆に何かが変わった訳でもない。それなのにこの一ヶ月、決まって彼女の…捺の夢を見るのだ。しかも、大抵夢の始まりは俺が彼女を組み敷くところから始まる。少し紅潮し緊張した面持ちの彼女を自らのベッドに押し倒し、月明かりが差し込むままにカーテンも引かず情事に没頭する、ある種天国のような夢。……で終わればまだ良かった。これが流石に何度も何度もとなると俺だって不気味になってくる。夢は深層心理の現れとは言うものの、流石に俺だって彼女をこんなに抱きたいとは思っていない……はず、だ。そして何よりこの夢は完全に支配権が俺にある。いつも夢を見た瞬間夢だと気付き、そのまま自分の意思で行為に雪崩れこんでいる。そうだ。俺の意思なのだ。こういうと一気に最悪に見えてきたけど、考えてもみて欲しい。好きな女が、今すぐにでも俺に食べられたがっている出来上がった状態で目の前にいたらそれはもう、食うだろ。うん。
そりゃあ俺だって少しは抵抗しようとした。手を出さなきゃ終わるんじゃないか、そう予想したけれどいざ彼女を目の前にしてどんよりとした部屋の空気と甘い女性の匂いに刺激されると思考力が急激に低下するのを何じる。柔らかい肌に触れるとどんどん余裕がなくなる。つまり、夢を見た時点で全くもって冷静ではいられないのだ。
多分自然発生した夢ではない。何らかの呪霊が関係している可能性が高い。なのに見つけられないのだ。この部屋には何もいなかったし傑に聞いても俺には何も憑いていないらしい。さっさと迷惑この上ない呪霊をどうにか祓ってやりたいのだがこいつの正体も姿も中々捕らえられないのだ。こんな夢を見ている手前ロクに顔を合わせられないしマジでどうにかしたいけど、小癪な奴だ。何を目的にこんなことをしているのかまるで分からないがさっさと出てきて欲しい。深くため息を吐きながら今朝も適当に抜いて立ち上がる。制服に腕を通しながら起き上がり微妙な疲労感と共にドアを開けた。
「っ、わ、」
「あ?」
小さな声がして少し視線を下におろす。そして見えたソレに思わず大きく目を開いた。驚いたように俺を見つめる捺の背中に抱きつくようにして不気味な姿を晒す呪霊の気配は確かに入眠した時に感じるものと一致する。テメェかこの野郎、とついニヤリと嫌な笑みが溢れた。瞬間的に手を伸ばし彼女から引き剥がした呪霊を粉微塵にすればその一部始終を目撃した彼女はポカンと口を開ける。お前鈍感すぎ、と頭を軽く突いてやれば何度も瞬きしてからコクコクと小さく頷いた。まだ状況を把握し切れていない捺に憑かれてたから祓った。と端的に伝えると戸惑いつつも彼女は「あ、りがとう」と感謝の言葉を口にする。別に、と適当に返しながら欠伸を噛み殺して教室へと足を進める。今夜はよく眠れそうだ。
……とかそんなことを思っていたら普通にまた彼女を死ぬほどブチ犯す夢を見て絶望する俺が流石にまた傑に相談した結果「呪術師は自分の強い望みが夢に現れることがある」と教わり倒れそうになったのは別の話だ。
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「は!?」
「声デカイ」
ガタリ、と勢いよく立ち上がったふてぶてしい男は元々嫌味なくらいに大きな目をかっぴろげて「嘘だろ!?」と私に迫ってきた。それをやんわりと制しながらも男の隣で苦笑いしている夏油はやっぱりこうなったか、と小さな声で呟いており、それに同意するように頷いた私は今、数秒前の自分の言動にひどく後悔している。コイツと捺の話をするとロクなことにならないな、本当に。深く息を吐きながら本人に聞いた、と私の知っている事実を答えれば呆気に取られたような表情で五条は倒れこむみたいに先程まで座っていた椅子へと腰掛ける。乱暴な動作にガタガタと嫌な音を立てた事に若干眉を顰めた私に気付いた夏油は今度は私を見ながら落ち着いて、と伝えてきた。いや、私は落ち着いてるけど、と返したけれど傑から見たらそうでもないらしくて持ち前の曖昧な笑顔だけを返された。さてはコイツ、面倒になってんな。
「そりゃあの子にだって彼氏の一人くらい居るでしょ」
「なん……っ、何時!?」
「一年の時までは付き合ってたって」
「ハァ!?!?」
馬鹿デカい声で叫び続けるこの男にそろそろこちらも耳が痛い。大体捺も私たちと同い年なんだし彼氏やら男友達やらが居てもおかしくはない。元々東京に住んでいたんだし遠距離になる訳でもない。別れる理由は少ないだろう。夏油も同じことを考えていたのか「今は?」とさりげなく私に問いかけたけど煩い男もそれを聞き逃さなかったらしい。深く腰掛けていた椅子に再度座り直して私をじっと見つめてくる。ミリオネアの結果待ちかよ、なんて思いながら素直にソイツとは別れたんだって、と伝えるとあからさまにホッとした顔で肩の力を抜いた彼は最早自分の想いを隠す気はないのだろうか。私にジトリ……と見つめられている事に気付いた彼はハッと自分の間違いに気付いたような反応で態とらしく咳払いをすると、無駄に長い足を組み直してこれまた"無駄"にカッコ付けながら口を開く。
「あんなバカにも男は寄ってくるんだな」
「……」
「……なんだよ」
「……どの口が言ってんだか」
「お前、本当素直じゃないな」
はぁ、とそろって息を吐き出した私たちを睨みつけてから堂々と目を逸らしたこの男こそ、自分で言っている「あんなバカに寄ってきた男」だと自覚はあるのだろうか。この後遅れて教室に入ってきた彼女に仕方なく慈悲深い精神で私が彼氏が居るのかと尋ね、キョトンとしてから首を横に振った姿を見て妙に上機嫌になる五条に、お前が一番のバカだよ、と言わんばかりに夏油とほぼ同時にアイコンタクトを取ったのは言うまでもない。