「それじゃあ、行こうか」






私が差し出した手に恐る恐る自らの手を重ねた彼女に笑いかける。明らかに緊張した様子の捺は中々面白くて接し甲斐があった。今頃高専に残る悟は穏やかではないんだろうなぁと思いながらも笑いが堪えきれない。硝子には悪いけど、やっぱりアイツにはたまにお灸を据えてやる必要がある。










「パーティーに潜入ぅ?」
「そう。私ともう一人パートナーの女性を連れて、ね」





今回私が受けた任務について説明すると悟は明らかに面倒そうな顔を浮かべる。硝子はふーん?と毛先を弄っているし、興味深そうにしているのはこの時点で捺だけだった。どんなパーティーだよと眉を寄せつつ問いかけてきた悟に夜蛾先生から説明を受けたままに"とある高校の正装を着て立食する卒業パーティー"だと伝えると何でそんなもんに潜入するんだ、と彼は不満そうに口を尖らせる。……まあ正直それについては私も同感だけれども、行けと命じられたからには断る訳にもいかない。どうやら高校の関係者に呪詛師、もしくは呪詛師と通じている奴がいるらしく、それを特定して情報を持ち帰るのが今回課せられた指令だ。





「それで私か捺を連れてくってこと?」
「……平たく言うとそうだね。どっちか私について来てくれないか?」





一番に反応したのは当然ながら悟だった。は?と不機嫌そうに足を机の上に投げ出すと「捺にそんなん出来ねぇだろ」と予想していたのと寸分違わない言葉が飛び出す。硝子も出たよ……と呆れたように肩を落としていたけれど、名前を出された彼女は目を丸くして固まり、それから困ったような申し訳無さそうな笑顔でそうだね、とそれを肯定したのだ。勿論悟は別に本気で彼女にそういう役が似合わないと言っているのではなく、単に私に正装した彼女を見せたくない、パートナーなんかにさせたくないという根本的な嫉妬に近い感情が寝そべっているのだろうけど、でもまぁ、この対応は頂けない。悟にとって捺は好きな女の子かもしれないけれど、私にとっては彼女もまた大切な友人なのだ。

しゅん、と落ち込んでいる彼女を見た硝子は私に目を向ける。その視線に込められた意味を察して頷いて"任せてくれ"と目の表情だけで返した私はぽん、と捺の肩を叩いた。夏油くん?と不思議そうに顔を持ち上げた彼女に出来る限りの笑顔を見せる。




「捺、私のパートナーになってくれないか?」
「……え?で、でも、」
「悟の言うことは気にしないで。これは私の我儘なんだけど……聞いてはもらえないかな?」
「夏油くんの、わがまま?」




キョトン、とした顔の彼女に首を縦に振る。あくまでこれは私の我儘で頼み事なんだ、というスタンスで伝えると捺は思わず口角を緩めて珍しいねとクスクス笑い始める。うん、悪くない反応だ。引き受けてくれるかい?と再度尋ねた私に「夏油くんのわがままなら、是非」なんて返した彼女に内心しっかりガッツポーズを決めておく。ちらりと横目に見た悟は呆気に取られて静止し、何も言えなくなっていて、硝子は既にレンタル衣装の店を携帯で調べ始めていた。うん、個性溢れてるね。私は捺に一言感謝してから、先生に言ってくるよと立ち上がったが、待てよ、と地を這うような声と共に勢いよく胸倉を掴んできた男の声に来た来た、とほくそ笑む。ここまでは、想定内だ。




「どうしたんだい、悟。何か不満でも?」
「しらばっくれやがって……何で捺なんだよ」
「変な事を聞くね。捺が良かった……それ以上にいる?」
「ッテメェ、」




布が鳴くくらいに悟が私を掴んでいる拳に力を込めているのが分かる。そんなにも嫌ならもっと素直に庇うか、硝子を推薦すればいい話だったのに遠回りしては彼女を傷付けている彼はなんて言うか本当に馬鹿だと思う。救いようがないタイプのバカ。私は彼に掴まれている部分を上から握り直してそのまま引き剥がすと、態とらしくこれ見よがしに捺の手を取った。険悪な私達に狼狽えていた彼女はとても驚いていて、悟もまたほぼ反射的に捺に手を伸ばしていたけれど、今回ばかりは譲る気はない。ぐい、と私の元に彼女を引き寄せて、腰の辺りに腕を回し、そして、





「私も捺のドレス姿に釣り合うように頑張るよ、悟」





にっこり。そんな効果音が聞こえて来そうな嫌味たっぷり全部乗せな笑顔を向けてやった。ギリっと歯を噛み締めた悟のこんなにも酷く悔しそうな顔は珍しくてひっそりと喉を鳴らす。何も言えなくなったのを確認してから、いこうか、と彼女の腕を引いて略奪愛に燃えるサブキャラの気持ちで高専の廊下を2人で歩き出した。捺は何度も教室の方を振り返っては、いいの?と私に心配そうな声を出していたけれど、いいのいいの、と軽く受け流した。アイツもたまにはこうやって全力で失敗する方が成長出来るだろうし、何より、もっと大切にする事を覚えられる筈だ。頭を冷やせよ、親友。










「……夏油くんなんか落ち着いてない?」
「そう?私もこんな所に来るのは初めてだよ」
「見えないよ……貫禄を感じるって言うか……」
「捺も別に浮いてる訳じゃないし。……緊張はしてそうだけど」






ふふ、と零れた微笑みに捺は恥ずかしそうに私を見ていた。別に、変な訳じゃない。それどころか今の彼女はとても綺麗だった。流石に裾が長いドレスは荷が重かったみたいで捺が選んだのはレースが細かくて上品なワンピースタイプの衣装だった。全体的に黒で統一されていて、普段括り上げている髪を肩のあたりに流れるように下ろしている姿はとても魅力的だ。似合ってるよ、と素直な感想を伝えてもあまり信じてはいないらしく、夏油くんがね……と複雑そうな声色でそう呟いていた。




「私はただのスーツだよ、別に面白味もないだろ?」
「その"ただのスーツ"が似合うのが凄いのに!迫力もあるし……スラッとしててかっこいいよ」
「ありがとう。でも捺はもう少し自分の自信を持っても良いんじゃないかな?……ほら、あそこの男さっきからずっとこっち見てるよ」
「……夏油くん目当てじゃない?」
「それ、揶揄ってる?」




そうかも、と口元を覆いながらやっと笑った彼女に私も少し安堵する。私の勝手で連れ出してしまった限りは楽しんでもらう方が良いに決まっている。そっと握った手を導きながらビュッフェ形式のテーブルに足を進めれば彼女は私を少し見上げてからおずおずとケーキやゼリーなど甘いものを中心に皿の上に並べ始めた。私もそれに倣って適当に羊羹や饅頭を並べていく中で、目の前で同じように吟味している参加者の女性の爪が赤く塗られ鋭利に伸びているのに気付いた。それと見比べるように隣の捺の指先に視線を向けたが、彼女の爪は自然な色合いでそこにあるだけで、着飾られては居なかった。一応硝子が予約してくれたところでは髪や化粧だけじゃなくてココもしてくれる場所だった筈なんだけど……忘れられていたのだろうか?もしそうなら悪い事をしてしまったな、と思いながらそれとなく「女の子はやっぱり指先にまで気を遣うんだね」と探るように声をかけて見ると、捺は一瞬瞬きしてから他の生徒の爪を見て、あぁ、と頷いた。




「そうだね、やっぱりネイルとかは可愛いなって思うよ。綺麗に見えるし」
「へぇ……捺は今回しなかったの?」
「あ、うん。してくれる予定だったみたいなんだけど……断っちゃって。ごめんね、予約してくれたのに」
「いや、私は別に気にしないけど……何か理由でもあるのかと思って」




私の質問に捺は自分の指先を暫く見つめてから慣れなくて、と笑ってみせる。そしてそれに続けるように「何かあった時に自然由来の方がいいから」と答えた。……恐らく彼女が言いたいのは捺の術式の一つである"影響"についてだと思う。影響は自身の体から何かを代償とする代わりに大きな力を影に与えるもので、その代償の一つに"爪"がなり得るかもしれない、ということだろう。こうして見れば他の学生と変わらない普通の女の子なのに、必要であればいつでもそうして爪を剥がす覚悟が出来ている事をあまりに簡単に告げたことに少し胸が苦しくなった。彼女を憐れんだからではない。それを合理的だと感じてしまった私自身に対して、だ。彼女も私も、きっと何処までいっても呪術師なのだ。




「だからその……ごめんね。一応相手なのに完璧な装いも出来てなくて……」
「いや、寧ろ任務のためには完璧だろ?私は君のそういうところが好きなんだけどな」
「……そうなの?」
「そうだよ。手を抜かない真面目な人とは一緒に動きやすいからね」




それに、と一度そこで言葉を区切ってから皿をテーブルに置いてから彼女の右手をそっと拾い上げる。確かに華やかさは無いけれど、確かに健康な血色があり艶のあるそれを、私は完璧で無い、とは思わなかった。労るように自らの手でなぞり、細くて小さな女性らしい手に向けて、私は素直な気持ちを答えた。





「捺のも綺麗で可愛らしい手だよ」
「…………夏油くん、そういうところあるよね」





数秒押し黙ってから、へにゃりと弱々しい声で返された言葉と赤く染まった頬はとても女性らしい愛らしさに溢れていて、堪えきれずに頬を緩ませた。けれど、あまりに彼女が恥ずかしそうにするものだから此方までどんどん恥ずかしく感じ始めて、確かに、まぁ、キザな事を言ってしまったとは思うし、相手は普通にただの同級生の女の子だし如何なんだとは思うけど、何も言わずに貶すような男よりはマシだと思いたい。こほん、と切り替えるように咳払いをして上り始めた顔の熱を誤魔化しながら捺の手を握って人の少ない隅の方へと移動する私に「呪詛師、探さないとね!」なんて空元気の彼女の作った逃げ道に、そうだね、と肯定したのは確かに格好悪いと言われても仕方がないかもしれない。




……一応。私たちは上手く紛れ込めていたらしく、呪詛師らしき明らかに呪力を持った教師を見つけ名前も確認出来たので晴れて任務は無事終了したが、会場を離れる前に近くにいた知らない青年に声をかけて2人の全身写真を撮ってもらって当てつけの如く悟に送りつける。すぐに物凄い件数の電話がひっきりなしに掛かってきたので電源を切っておいた。出なくていいの?と捺は首を傾げていたけれど大丈夫、と適当に誤魔化しておいた。補助監督さんと落ち合う箇所へと向かうために夜道を歩く二つの影をぼんやりと見つめる。

不意に、くしゅん、と隣で聞こえたそれに目を向けると彼女は少し肌寒そうに腕を擦り合わせていた。すぐに肩を外して上着を脱ぎ、肌の露出している背中からゆっくりと掛けてやれば、こちらを見上げて眉を下げながら「ありがとう」と捺は笑った。





「帰ったら悟がまた煩いかもしれないけど……まぁ、あんまり気にしないようにね」
「う、うん……頑張ってみる」
「許す必要はないと私は思うけど……アイツ、本当素直じゃないから」
「そうなのかな……でも、私そんなに役に立ててないし」





五条くんの言う事間違ってないよ、と言う彼女は寂しそうに見えた。良くも悪くも悟は捺に様々な影響を与えているのだ。もっとそれを上手く使えばいいのにな、と思ったけれど、それが出来ていれば二人の関係はこうも拗れ無いんだろうな。いっそ悟に可愛いか聞いてみたら?と提案する私に物凄く慌てた様子で手を振り、そんなの無理だよ!?と捺は否定していたけれど、実際、高専の玄関で仁王立ちをしながら待ち構えていた悟が私に殴りかかるより先に彼女を盾にして「可愛いだろ?」と代弁したら、散々何か言いたそうにしてから盛大に此方を睨みつけて耳を赤くして走り去って行ったのだから効果は覿面だったみたいだ。ぽかんと非常に戸惑った顔で遠くなる背中を見送る捺は何が何だか分かっていなかったみたいだけど、まぁ何にせよ少しはこれでアイツも反省するだろう。……多分。捺は私を見上げて夏油くん、何したの?と聞いてきたけど「……君の魔法かな」だとか小っ恥ずかしく誤魔化して笑う事しかできなかった。






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