!もしも五条悟が高専時代に素直になれていてお付き合い出来ていたらif!









「はぁ……」








先程からあからさまな溜息を何度も吐き出す親友に肩を落とす。机に伏してぐったりとした様子の彼からは普段の勢いが全く感じられない。最近は遂に大恋愛が成就したからと機嫌が良い日が続いていたのにこれはどういうことなのだろうか。あり得る可能性としては喧嘩、嫉妬、その両方……まあ代わり映えのないラインナップだ。大抵の場合悟が悪い事が多い分、私もそろそろ飽き飽きしているけれど、今日の彼はいつもとは少し違っていた。


もし、これが彼のどうしようも無い"やきもち"ならば、私や硝子に当たり散らかすぐらいに聞けよ!と迫ってくるか、態度に刺々しさが滲み出るかの二択が殆ど。ハイハイと話を聞いてやって落ち着かせ、どうにか彼女と向き合うように仕向けるのが友人としての私の役目になるのだけれども……今日は全然、少しもアピールしてこない。別に話しかけてくるな、みたいなオーラもないし多分そういう事ではないんだとは思うけど、それにしては落ち込み過ぎだろう。新たなパターンか?と考察しながら、最早本日何回目か分からない絶望した唸りを溢した悟に声を掛けた。






「……いつになく弱々しいね」
「…………まぁ、」






勉強机から顔を上げさえしない彼は、私の声かけにかろうじて応えはしたけれどそこに覇気は感じられない。もっと噛みつかれると思っていたのにどうにも拍子抜けしてしまったが、だからこそ今の状態の悟が相当重症なんだと察した。余程大変な事があったんだろうなと考えつつ、少し背筋を伸ばして気合を入れてから、何があったのか、と尋ねた私に、彼はたっぷりの沈黙を生み出したあと「昨日、」と小さく口を開く。






「捺とヤッた」
「…………え?」
「…………」
「それは……その、性行為、という意味で?」






それ以外ねぇだろ、とツッコミを入れる時ですらも張りがなく、更にはその続きを中々話そうともしない悟を見るに昨日の晩に何か失敗をしたことがヒシヒシと伝わってくる。それは確かに……男としてのプライド、みたいな物に関わるし、言いたくない気持ちも、ここまで気を落とす理由も分からなくはない。分からなくない、が、ただ…………兎に角気になる。正直今までの愚痴と比べても物凄く気になる内容だ。なんていうか普通の高校生でも盛り上がる話題なのに、そもそもの生徒数が少ない高専では一生縁の無い友人との話題だと思っていた。なのに在学中に親友に当たる彼とこんな話が出来るなんて夢にも思わなかったのだ。悟と捺が付き合い出した時ですらパーティーだったのだから、遂にここまできたんだなと感動もひとしおと言うべきか。ずるずると悟の前にまで椅子を引き、改めて彼の話を聞く体勢を整える。なぁに、こんな面白そうな話を逃す手は無いだろう。




「それで?」
「……お前、本気で聞く気無いだろ」
「失礼だな。その為にここまで来たのに」
「一メートルも動いてねぇぞ」
「気持ちだけは何処までも近付いたつもりなんだけど」





にっこり、と味方ですよと伝えるような笑みを見せたけど、彼の信頼には残念ながら至らなかったらしい。探るような嫌そうな表情で暫く私を見ていたけれど、観念したようにもう一度息を吐き出した。少し持ち上げていた顔をまたぐったりと机に付けて籠った声で悟はゆっくりと話し出した。





「……ゴム、開けんのめちゃくちゃ手間取った」
「……なるほど」
「付けんのも練習してたけど……無茶苦茶緊張して待たせたし、ちょっと触られただけで出た、し、」
「…………」
「捺、めちゃくちゃ痛そうだったし……」





徐々に自信が無くなるのと比例して小さくなる声と、ダサ過ぎんだろマジで……とぼやかれたそれに物凄く複雑な気持ちを抱いた。自分に置き換えて考えれば格好付けられなかった夜なんてそりゃもう、穴にでも入りたくなるくらい恥ずかしいし、セーブ機能があるのならリセットボタンを押したいくらいに最悪だと思う。ただ、あの悟ですら好きな子との初めては緊張するものだ、と思うとそれはそれで少し、可愛げがあるような気がした。普段コイツにそんな事一切思わないけど、ここまでしおらしくなるのはあまり見られるものではない。興味と同情が一度に襲ってきてどうしたものか、と自分の立場を確認した。悟としては多分大分落ち込んでるだろうし、ここは一つ励ますべきかな。





「向こうは初めてだったんだろ?」
「だから尚更もっと上手くしようと思ってたんだよ……」
「捺も緊張してただろうし、悟が思う程気にして無いよ」
「……任務でも見ないくらい痛がってたのに?」





それは、と一瞬言葉を詰めた私に悟は向けていた視線を落とすと、はぁ、と息を吐く。そう言われると此方としてはどうフォローしていいのか分からなくなる。所謂処女だったなら痛いって聞くし当たり前のことなんだろうけど、任務で見ないくらいとなると相当だったんだろうなと想像が付いて此方までなんだか悲しくなってきた。捺は結構我慢強いし、あまり怪我をしても痛いなんて言わない所があるし、その彼女が辛そうならそれは確かに、少し責任を感じる気持ちは理解できる。





「めちゃくちゃ歯も唇も食いしばってたし、汗流して、俺の手凄ぇ強く握ってて……アイツは気遣って痛いって言わないようにはしてたけど」
「それが余計辛いと」
「……あんな辛そうなの見たことなかったし、ちょっとビビった」





ぎゅ、と自分の手を思い出すように握り込んだ悟の顔からは後悔や、やるせ無さが染み出している。お互いでの行為は初めてだったんだから仕方ない事だとは思う。でも、それじゃ悟は納得出来ないんだろうなというのは今の様子を見れば伝わってくる。脳内で言葉を選びながら「過去は変えられないけどこれからは考えられるだろ?」と肩に触れて希望を持たせつつ、悟に今後のための反省点はあるか、と尋ねれば、悩む事もなくツラツラと出てくる辺り、相当気にしていることがヒシヒシと伝わってきた。うん、よっぽどだな。





「結構慣らしたつもりだったけど足りなかった。後は俺も興奮して判断鈍った。アイツが良いって言っても解すの続けてれば……」
「まぁ……うん、それは初めてだから仕方ない事だろ?次に活かせばいい。他は?」
「他、は…………」
「思い出せる?」
「…………たぶん、俺のがデカすぎた、と思う」





……ん?と思わず聞き返してしまった私に悟は至極真剣そうな面持ちで此方を見ると「俺、デカいよな?」と確認するように聞いて来たけれど、なんで私にそんな事を聞くのか理解に苦しむ。いや、ちゃんと見たことないけど……と素直に答えると悟は真っ直ぐとその青い目で「お前何センチ?」なんて堂々と質問してきた。冗談ならいくらでも流せるが、ここまで真面目に問われてしまっては流石に困る。悟はこれでも過去随一レベルで本気で私に聞いているんだろうけど、内容が内容過ぎるだろ。





「俺十七ぐらい、太さはギリ四センチとかその辺。お前は?測ったことぐらいあるだろ」
「……まぁ……一応あるけど……」
「言え」
「……長さは十五.……太さは三.八あるか、ないかくらい」
「お前ッ……ベストちんこだぞそれ!?」
「何だよそれ」





神かよ、と驚愕したように目を開く悟に冷静に返してしまったけれど、悟曰く、前に私が貸した雑誌に書いてあった理想のサイズに限りなく近いらしい。なんでも女性に負担が大き過ぎず尚且つ満足できる大きさなんだとか。そこまで読み込んでいた訳じゃないので、へぇ……と薄い反応になってしまったけれど、此方を見るその目は酷く恨めしそうな色をしている。別に小さい訳じゃ無いんだから悪くないだろうと宥めたけれど、あくまで彼の基準と指標は愛しいの彼女にあるらしく捺には無茶なサイズだと肩を落としていた。実際慣れている人には悟のモノはかなり有用なのではないだろうかと思うけど、悟は全く他なんて考えるつもりは無いのでこのメリットは無に等しい。まさに宝の持ち腐れと言うべきか…………悟自身も入る気がしなくて何度も本当に大丈夫かと確認したようだけど、捺は大丈夫だと聞かなかったらしい。まぁ……女の子側からするとガチガチになってるソレを見て今更逃げるのは、と考えるのは自然だし、彼女の性格上そんな事を言い出すタイプでは無い。






「ゴムもその辺で売ってんのだとキツ過ぎるし、捺もしんどそうだし、何も良いことねぇわ」
「一部の人間には煽りに聞こえそうだね」
「そりゃ最初はやっぱでけぇ方がいいだろって思ってたし、割と自慢だったけどさぁ、」





ぐ、と体を反らして天井を見つめる悟は「こうなるくらいなら人並みが良かった」と嘆いている。この男が"人並み"を羨む日が来るなんて……恋はやっぱり人間を変えるものだなとしみじみと一人頷く。それと同時に段々悟が哀れに思えてきた。まさか自分の性器の大きさで好きな子を傷付けるなんて……でも、こんなに愚痴があるとはいえ、はじめて好きな子を抱けたんだから少しは良い思い出もあるだろう。そっちを思い出して次への気力にしてもらう方が良いかな、と思案しつつ、それを引き出す為にも「でも可愛かったんでしょ?」と投げかけると、少しバツ悪そうにまぁ、と目を逸らしていた。うん、これは中々悪く無い反応だ。




「そっちの感想は?」
「……どうって、そりゃ……」
「悟が脱がせたの?」




数秒迷ってから、こく、と首を縦に振る仕草はとても初々しい。緊張したか、と聞いた私にしない訳ない、とハッキリ答えて昨日を思い出すように一瞬目を閉じた悟の顔が耳からじわ、と赤く染まっていく。眉を寄せて口を一文字にするもどかしそうな表情はその心情を物語っており、素直だなぁと感心する私に、悟はぽつりぽつりと大切な時間を語り始めた。下着を脱がす時は手が震えた、見えた肌が白くて驚いた、胸が思っていたより大きかった、触り心地が良過ぎて離すタイミングが分からなくなった、なんて、次々と戸惑いがちに紡がれるエピソードが何というか、むず痒い。聞いた手前、そうか、と当たり障りのない相槌は打つものの、同級生の女子のそういう事情を間接的に知ることになるのは少し気が引けた。特に太腿にホクロがあるなんて情報でマウントを取られても返答によっては悟に散々キレられる事になるから此方としては美味しくないのだ。初夜の衝撃に可愛かった、綺麗だった、緊張した、えろかった、と、語彙力が低下している姿は多少笑えるが、にしてはリスクが大き過ぎる。





「後は……」
「……あとは?」
「……いや、もうナシ。なんかお前に聞かせんのムカついてきた」





肘を付いて理不尽な物言いをしながら私を睨んだ悟は面倒ではあるが、幾分か普段の調子を取り戻しているように見える。多少腹立たしくはあるがやっぱりこっちの方がやりやすくはあって、その意気だよ、と笑いかけてもそれに不満そうに舌打ちしていた。悪くない、それどころか良い感じだ。私としてもあまり聞いてしまうとセクハラに当たりそうな不安があるし。こんな風に考え続けるのは柄では無いと悟本人もやっと気付いたらしいく、やーめた、と両手を頭の後ろで組んで思考を放り投げ、次までに練習して勉強するわ、と建設的な方向に意思を固めていた。





「ま、念願おめでとう。悟クン」
「ケッ」





嫌そうな顔をした彼にクツクツと喉を鳴らした。暫くしてから硝子と捺も教室に入ってきて、いつも通り授業が始まる。授業中もぼんやりと捺の方を見つめる悟に相変わらずだなぁと思いながら、休み時間になると二人で廊下に出ていく背中を見送り、今度は私が息を吐き出したが、ほぼ同じタイミングで重なったもう一つの溜息の方へ思わず目を向けると硝子と視線が交わった。それだけでお互いにあったこと悟り「お疲れ様」「そっちもね」と労いの言葉を掛け合う。悟、多分次はもっと上手くいくと思うから頑張れ、なんて、聞こえないであろうエールを送り、彼らの帰りを待った。だが、戻って来たら戻って来たで、悟が彼女の腰を抱きながら撫でることで砂糖を吐きそうなくらいの甘さが放出されており、青春は凄いなぁと遠い目をしてしまうことになることを、今の私はまだ、幸運にも知らなかった。








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