「ぶっちゃけ、どう思う?」
「……そんなに煙草を吹かせながら言われても困るんだけど……何のことだい?」
「あの馬鹿と捺」






白い煙を吐き出しながら硝子は私に尋ねた。あの馬鹿と呼ばれた男……悟は今任務に出ていてこの場に居ない。同様に捺もそれぞれ単独任務に向かわされていた。どう思う、という抽象的な問いかけへの答えに適切なのはどんな言葉なのか少し迷ったが、とりあえず素直に「捺が苦労しそう」と伝えると、一瞬の間を空けてから硝子は大口を開けて笑い出した。個人的には正直あまり笑っていられない深刻な問題だと思っていたけれど、彼女にとってはそうでもないらしい。





「アンタもっと五条側かと思ってた」
「好きな子を虐めすぎる男の味方はちょっとね」





戯けて肩を竦めた私に、硝子は座っていた椅子をズルズルと引きずって机を挟んで目の前にまで寄ってくる。その表情は何とも楽しそうで、いかにも興味が湧きました、って感情を隠すつもりのないそれに息を吐き出す。他人の恋愛話で盛り上がるなんて虚しい気がするけれど、まあ仕方ないかと切り替えて私も彼女へと向き直った。





「実際さ、アイツに捺って勿体無いと思うんだけど」
「私もそう思うよ」
「マジ?三角関係ってヤツ?」
「こらこら」





冗談だよ、とひらりと片手を振った硝子はこれ以上ややこしくなると手に負えない、と笑っている。……誤解が無いように言っておくが、私は別に捺が嫌いな訳じゃない。寧ろ好きかどうかで言えば結構好みだと思う。これは万が一悟に聞かれると大変なことになるから今後も言うつもりはないけれど、この業界に生きる女性にしては可愛げがあり、柔らかなその性格には惹かれるものがある。元々歴史上名のある術師は男性が多いことで、上層部も男尊女卑のきらいがある為、自然と勝ち気で強気な女性が多くなる中、彼女は珍しいタイプだ。また、今後も自分が呪術師として生きていくのであれば、やはり理解がある人間でないと中々現実的に発展しないのも事実。寧ろ、命を投げ出すような仕事を毎日こなす事になる呪術師は相手のことを想い番を作らない人も多い。




「付き合えてもなーんか喧嘩してそうだし、」
「……それは私も思っていたんだ。悟が少しは素直になれば大丈夫だとは思うんだけど」
「無理でしょ」




バッサリ、と切り捨ててしまった彼女に苦笑する。一応願いを込めて言ったのだけれども、硝子としてはあり得ないらしい。まあ……人はそう簡単に変われるものではないし、難しいだろうけど希望は持ちたいところだ。悟は別に自分の恋心を認めていないわけではない。それどころか私や硝子の前ではこれでもか、というくらいに捺への想いを爆発させている。彼女が少しでもいつもと違う髪型をしていれば机をガタガタと揺らすし、訓練で体に触れた後はぼんやりと自分の手を見つめていることが多々ある。可愛いも綺麗も散々私の部屋で語り続ける癖に本人を目の前にすると信じられないくらい冷たく、刺々しくなる。……何故なのか本当に理解に苦しむけれど、あいつなりの照れ隠し、なのだろうか。最近は理不尽に怒ることは減っていて、捺も悟の前で笑うことが増えてきてはいるけれど、それはそれで悟が悶え苦しむから難しい問題だ。
もし、仮に二人が付き合えたとして、やはり自分の想いを素直に定期的に伝えないと恋愛というか恋人関係は長続きしないだろう。そもそも捺は結構鈍いところがあるし、尚更悟がちゃんと言えるかどうかは鍵になってくる。それに……





「……自分で言うのはどうかと思ったんだけど」
「何?」
「付き合った後も悟が私に嫉妬するビジョンしか見えない」
「あー……」





妙に納得した様子で頷く硝子は天井を見つめてぼんやりとそういったシーンを想像しているらしい。暫くしてから「下手したら私にも妬くかもアイツ」と珍しく神妙そうな顔をした彼女に少し吹き出した。いや、笑うところではないんだけどあまりに真剣な表情でつい。ごめんごめん、と謝る私に少し口を尖らせた硝子は傷付くなぁと態とらしくぼやいてから、同じように吹き出して笑った。揃ってクツクツと喉を鳴らして、はーっと息を吐き出す。この話題でこんなにも笑うことになるなんて思ってなかった。……でもまあ、確かに流石に硝子には妬かないだろう、と言い切れないのが悟の恐ろしいところだ。独占欲はそれなりにあるだろうし、それがこの学年で捺と唯一の同性である硝子に向かないとは限らない。男の私より彼女も硝子と話す方が色々と気が楽なのは明白だ。




「捺も本当、厄介なのに好かれたっていうか」
「……愛は本物だからね」
「そりゃ見てれば分かるけど」




アイツがあんなに分かりやすいなんて思わなかったと続ける硝子に私も思ってなかったよ、と同意して、いつも悟が座っている定位置に目を向ける。きっちり椅子が机の中に仕舞い込まれていないのも彼らしいというか……対照的にきっちりと奥にまで到達し、曲がりなくまっすぐ前を向いている椅子はとても捺らしい。二人は基本的に正反対だ。悟は私が見ても眩しく感じるくらいに自信に溢れていて、捺はこちらが心配になるくらい自信がない。いつか足してニで割って欲しいとぼやいていた硝子の気持ちが良く分かる。でも人は自分に持っていないものがある人間に惹かれるという記事を何処かで読んだし、似てないからこそ上手くいく可能性も残されていると思いたい「まぁ、でも、」ふ、と硝子が窓の外を見ながら呟いた。





「それで自信つくなら、いいかな」
「それは……そうだね」
「あの子ホント自己評価低いし?なのに誰かの為に突っ走る時は迷わない馬鹿だし」
「……うん」
「早死に、してほしくないし」





指の間に挟んでいた煙草に口を付けながら言う彼女のその言葉は紛れもない本心だろう。何処か寂しそうな横顔は友人を案じる一人の女の子にしか見えない。開いた窓から硝子が吐き出した煙が空へと昇って、風に揺られて消えていく。だからあの馬鹿には頑張ってもらわないと、なんて言う彼女も私は少し強がりだと思う。でもきっと硝子はそれを指摘されるのは好きじゃないだろうから頷くだけに留めた。私達を助ける為に平気で自分を天秤に掛けそうな不安定な捺を強引に引き留めてやれるのが悟なのだとしたら、私はそれを応援したい。……尤も、悩みなんてなさそうな彼が、同じクラスの女子に普通に恋をして、素直になれなくて、本人の居ないところで惚気倒しているなんて面白い話を逃す気はないのだけれども。





「いつか、悟と捺が付き合って結婚するってなったら、」
「うん?」
「アイツが捺の知らないところで散々爆発してたの、捺本人に教えてやろうか」
「……いいね、それ」





私の提案を聞いて一度瞬きしてから、にんまり、と口角を持ち上げた硝子に同じように笑い返した。散々こうして友達を困らせてるんだ、一回くらい恥を掻かせてもバチは当たらないだろう。その日を楽しみに待つとしますか、と背中を椅子に反らせた彼女はいつもと変わらない様子で少し胸を撫で下ろしたが、そんな空気を裂くような「疲れたァ〜……」という情緒もクソもない声にほぼ同時に首を入り口の扉へと向けた。足癖悪く靴先でドアを開けた悟は乱暴に中途半端な位置の椅子を引いてどっかりと腰掛ける。思わず私は目の前の硝子に目を向けたけれど彼女もどうやら考えることは同じだったらしい。







「……夏油。さっきの、約束な」
「奇遇だね、私も今そう言おうとしたんだ」
「……は?何の話だよ」







不可解そうな顔で私たちを交互に見る悟は意味わかんねぇ、と機嫌悪そうに言いながら不満そうだ。そんな彼に硝子は「アンタと捺の結婚の話してたの」と物凄く都合の良い部分だけを伝えており「……マジで?」と素直に反応した悟に笑いそうになるのを必死で堪えながら確認するような視線を向けてくるのにゆっくりと頷いて見せる。私の仕草で完全に信じたらしい悟は打って変わって少し口を緩め始めた。あぁ、硝子が悟の奥でコイツちょろいなって顔してる……




「つーか結婚とか早くね?想像が」
「でもするつもりでしょアンタ」
「…………今日捺は?」
「まだ任務から帰ってないよ」
「なら、そりゃ、まぁ……したいけど」




捺が居ない事を態々確認してからやっと話し始める様子には若干呆れつつも中々興味深いことが聞けそうで少し気になった。硝子も同じく悟の回答には面白みを感じたらしく前のめりになりながら質問を続けている。大抵のモノには知らねぇ、と悟は適当に返していたが「和装?洋装?」という問いかけには少し顔を上げて反応を示していた。





「……それは別にアイツの好きな方でいい」
「でも悟の家柄的には和装になるんじゃないかい?」
「んなもん囚われる必要ねーだろ、俺の結婚だし」
「で、実際アンタはドレスと和服どっちが良いの?」





どっちって、と言い淀んだ悟は深く考えるように黙り込んだ。その間に硝子は捺はドレス似合いそうだけどなぁ、とぼやいているけれど、私は和装も悪くはないと思っている。上品で純潔なイメージのある白無垢は彼女らしさが滲み出る気がするし。さて、本命馬の感想は?と硝子と共に期待の目を向けたが、悟は二つの視線に眉を顰めて渋い表情を浮かべている。どこか落ち着かなさそうに膝を揺らし、ぐい、と目を逸らした彼はたっぷりの沈黙の後に「…………どっちも」と消えそうな声で呟いた。





「え?」
「だから……ッどっちも、着れば良いだろ。金、あるし」
「……それは捺が好きすぎて決められないって事で良いの?」
「は、ハァ!?んな事言ってな、」
「いやでも今のトーンはそうでしょ絶対。お前ほんと捺に惚れてんな」
「ばッ……!」
「捺なら似合わないものはないって事かな……流石だよ悟。私たちの想像を上回ってきたね」





うんうん、と頷いて悟の愛に感服していたが当の本人はキリキリと歯を軋ませて勢いよく立ち上がり、お前ら表出ろ!!と声を上げた。顔には青筋を立ててはいるものの、耳がじんわりと赤くなっているのがすぐに分かるので何ら怖くはない。私がハンズアップして敵意の無さを伝えるがそれでは怒りは収まらないらしい。正確に言えば怒りというよりは照れに近いんだろうけど。そんな悟に追い討ちをかけるように「ほら白無垢とウェディングドレスの捺を想像してよ」とゲラゲラ笑っている硝子は容赦がない。思わず拳を握り締めプルプルと震える悟だったが、突然無言で豪快にドンッ、と椅子に座ると机に肘をつき、頭を抱えて深く深く息を吐き出した。大きな手で隠れた顔は読めないが、先程よりも赤くなっている耳介が全てを物語っている。






「ナニ、そんなに可愛かったの?」
「…………俺、捺のそんな姿見たらマジで心臓止まるわ」
「寧ろ今も止まりかけてないか?」






私の声に静かに首を振った悟は今は逆に動きすぎて心臓が痛ぇ……と切実そうに訴えかけている。不整脈かよと手を叩いて喜んでいる硝子と最早苦しそうな悟の絵面は中々酷いもので、一周回って同情したくなってきた。好きな女の子の結婚式姿を想像して悶え苦しむ五条悟を知っているのは多分、私達だけだろう。こういうところがあるから憎めないというか……応援してやりたくなるのが悟の狡いポイントだなと肩の力を抜き、取り敢えず背中を叩いてやった。頑張れよ、の想いを込めたのにいてぇよ……と文句を言われたのにちょっとムカついたから「着てもらうなら何色がいいんだ?」と追い詰めてやれば、これまたそれなりの沈黙を挟んでから、……白。と悟は答える。すかさず連携して硝子が理由を問いただせば、







「…………なんか、俺のって感じする、だろ」






なんて、ふわりと真っ白な髪を窓から入ってくる風で揺らしながら、その大きな体をすくめ、極めて小さな声で言うものだから遂に耐えきれなくなり、私も盛大に吹き出してしまった。反射的に顔を上げた彼に「何笑ってんだテメェ!!」と胸ぐらを掴まれる。分かってはいたが首の付け根の所まで燃えるように真っ赤になった顔で睨みつけてくる悟はキレてるし、硝子は隣で机を叩いているしこれはもう全く収集がつきそうにない。その後見事に教室で暴れ回った私達は揃って夜蛾先生にきっちりと絞られ、一人何も知らない捺は疲れ切って机に伏せる私達を見て何があったの……?と怯えていたけれど、まさか君の晴れ姿を想像して喧嘩になったとは言えなくて、全員の名誉の為に「……何でもないよ」と笑い返す事しか出来なかった。







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