彼女が運転する車の後部座席に俺たち三人が乗り込むのはそう珍しい光景ではない。大抵釘崎が「レディファーストでしょ」と言い放ち、真っ先に堂々と乗り込む。続く俺が真ん中、最後に虎杖が意気揚々と挨拶しながらドアを勢いよく閉める。これがいつものパターンだ。今日もよろしくね、と柔らかく笑ってくれる閑夜さんはそんな俺たちを見て明るく任務へと送り出してくれる。ゆっくりとした滑り出して進んでいく車は乗り心地が良く、運転しながらも話題を振って車内の雰囲気を和ませてくれる閑夜さんは所謂補助監督の"プロ"なんだろうな、と感心させられることばかりだ。彼女と話すのは俺を含めて三人とも、多分、嫌いじゃないと思う。

この日もいつも通りのやりとりが展開される、俺はそう思い込んでいた。……助手席に座る人物を見るまでは。





「皆!今日も張り切って呪霊達を祓っていこうね!」
「何でいるんですかアンタ」





思わず真っ先に突っ込んでしまったが、二人も似たようなことを口にしたので少し安心した。いや、本当になんでいるんだこの人。俺たちの任務に何回も絡んでられるほど暇じゃないだろ、と、どうしてもこの規格外の俺たちの担任……五条悟を見ているとそう思ってしまう。確かに、教師としての責務に生徒の引率は含まれているかもしれないが、五条先生は担任としての側面以上にこの呪術界において欠かせない存在だ。悔しいが、この人は最強だ。今の俺じゃ到底叶わない人間。それが少しだけ歯痒くもあるけれど、現実としてこの人の強さは色々な尺度を越えすぎていて話にならない気がしなくもない。今もケラケラと笑いながら「自分の生徒達の働きっぷりを見学しに来たんだよ」とあっけらかんとしているが、その本意は正直、読めない。

そんな"五条悟"について、俺たちが共通して理解できていることが一つだけある。そう、それは閑夜さん……彼女についてだ。初めて彼女が俺に挨拶をした時から堂々と、嘘をついてまで自分を"彼氏"と偽ったり、常日頃から閑夜さんに付き纏う姿は何度も確認されている。昨日も飯を食いながら虎杖が「五条先生ってやっぱ捺さんのこと好きなのかな?」だとか言い出して論争になることもあった。釘崎は「ガチだけどアレには捺さんは勿体無い」と主張していて俺も概ねそれに賛成していたが、虎杖だけは少し首を傾げながら案外相性悪くなさそうだけどなぁと呟いて釘崎に殴られていた。



……まず、五条先生が閑夜さんのことを好きなのは間違い無いと思う。他の人への態度と比べると明らかに贔屓目に見ている事が分かるし、実際物理的な意味での接触も多い。大抵真希さん辺りに引き剥がされているけれど、あの人があんな風に誰かに……特に女性に分かりやすくアピールするところはあまり見た事がない。それだけでも十分な証拠だが、特に彼女を、




「今日も運転よろしくね、捺」
「うん、任せておいて」





……こうして、甘ったるく捺と呼んで見つめる視線が妙に優しげなのは、確固たるものと思っても良いだろう。基本マスクを付けて視線なんて分からない筈なのに、五条先生が閑夜さんに向けるそれはあまりにも露骨で分かりやすかった。多分俺たちに隠す気すらも無いんだろうけど、彼女はそれでも気付いていないらしい。サラリと受け流してしまう事が常だ。それを見ているとつい鼻で笑いたくなってしまうのは、俺が彼女を紛れもない"善人"だと感じているからなのだろうか。それとも五条先生がこんな事に悩んでいるのが滑稽だからなのだろうか。いや、もしかしたらその両方かもしれない。

色々と考えはしたが、これ以上他人の恋愛に気を取られるのは馬鹿馬鹿しいな、と途中で気付いた俺は思考するのをやめてぼんやりとフロントガラスを見つめた。虎杖と釘崎もいつもなら矢継ぎ早にくだらない話をするのに今日は妙に静かでよくわからない緊張感が漂っているのは恐らく、というかほぼ確実に虎杖の昨日の話題のせいだ。この二人が実際どうなのかが気になる、というオーラを全身全霊に発しつつそれぞれが近い方の窓の外を不自然に見ていた。……かく言う俺もフロントガラスを見ていたけれど。






「捺は最近どうなの?ちゃんと寝れてる?ご飯も食べてる?」
「お母さんみたいな質問だね……別に普通だよ、無理もしてないと思うけど」
「え〜ホント?そういう時の捺信用ないけどなぁ」
「そんなに大変な任務にも付いてないし……一年生の皆も優秀でいい子だしね」





ね?と不意にミラー越しに閑夜さんと目が合って慌てて首を縦に振る。まさかこんな何気ない会話の流れから俺に振られるとは思っていなくて咄嗟に言葉が出なかったが、彼女はあまり気にしていない様子だったので胸を撫で下ろした。優秀な僕の生徒だしね、と嬉しそうな声の五条先生も特に俺の反応を意識に留めていないらしい。「そうだね」と肯定する閑夜さんの声は温かい響きが篭っていて言われているこちらがむず痒くなったが、明らかに五条先生はその言葉自体ではなく彼女の顔や表情を見つめながらしみじみと「……可愛いなぁ」とぼやいていた。それにぴくりと反応した俺たちと「3人とも可愛いもんね」と頷く彼女には明らかな温度差がある。隣の釘崎が思わずといった様子で足をジタバタさせていたが、気持ちは分からなくもないと思った。

だが、五条先生もこれくらいは慣れているのか大してその反応に言及はせずに肯定して話を切り上げていた。今までもこうされてきたのかと思うと俺の中にほんの少しだけ同情心が湧いたけれど、それはすぐに打ち砕かれる事になる。





「……次の赤信号からお互いを褒め合うゲームしない?」
「……え?もしかして私に言ってる?」
「勿論。あ、ほら、赤だよ」
「あ、え、……えー、と、」





突然意味不明な提案を持ちかけた五条先生に俺たちは顔を見合わせた。バレないようにすぐに逸らしはしたけれど、耳は確実に前の席の二人に向けられている筈だ。困ったように口籠った彼女は発進のアクセルを踏むとほぼ同時に「か、かっこいい!」と当たり障りのない褒め言葉を口にしたがそれに豪速球で投げ返すように「可愛い」と言ってのける五条先生はやっぱり流石だった。日々彼女のことを想っているだけのことはある。





「綺麗!」
「僕が見てきた中で一番キラキラしてる」
「背が高い!」
「収まりのいい愛らしいサイズ感」
「つ……つよい!」
「疲れてる時はすぐ気付いてくれる」





何なんだこれは。多分俺たちの気持ちは一致していたと思う。運悪く今日はやけに赤信号に引っ掛かる閑夜さんは必死に言葉を探しているが、五条先生は何の苦もなさそうにスラスラと彼女の"褒めるべき点"という名前の好きなところを告げていく。どんどん肩身が狭そうに縮まっていく姿は何というかこう……まあ、可愛らしくはあるけれど、虐められているみたいでなんとも微妙な気持ちにさせられる。今度は虎杖が窓枠についている腕をもどかしそうに震わせているのが見えて、これも分からなくはないなと思った。





「ほっぺもこんなにふにふにだし」
「っん、ちょ、」
「あ、青だよ」





……なんなんだこれは。あの人俺らがいるの忘れてないか?そう思ってしまうくらいにイチャつきだした事に両脇の二人がプルプルと震え出した。お前ら抑えろ、と言いたいところだが、次の信号で「手の大きさも僕と全然違うもんね〜」なんて言いながらハンドル持つ彼女の手の上に自分の手を重ね始めたところで俺の足も居心地の悪さに揺れ始める。閑夜さんは困ったような顔で五条くんが大きいんだよ、と言っていたけれど、なんというかそれだけで片付けようとしているところが凄い。逆に言うとだからこそ先生の行為がエスカレートすると言っても過言ではないのだが、あまりそれには気付いていないのだろうか……





「お、また赤だよ捺。次々!」
「えー……」
「"真面目で頑張り屋"……ほら、捺の番だよ?」





じっと覗き込むように彼女を見つめる先生は信号に止まっている間左手を一度離した閑夜さんとすかさず指を絡めて繋ぎ、ニヤニヤと口元を緩めた。びく、と肩が揺れた彼女は咄嗟に五条先生の方を向いていたが、俺たちから見える耳がじんわりと赤くなっているのに気付き、もう、俺は黙っていられなくなった。グッと力を拳に込めた俺に気付いた虎杖がそれを制そうとしたが、開いた口は止まらない。






「いい加減にしてください五条先生……」
「へ?」
「運転している人間の気を散らすような行為ばかりして……閑夜さんに迷惑を掛けないで下さい……!」
「ふ、伏黒くん……?」
「そ、そーよ!さっきから聞いてたら小っ恥ずかしいっての!!」
「そ、そーだそーだ!!」






俺に続けるように釘崎と虎杖も若干吃りつつ援護射撃をした。五条先生は一瞬ぽかんと口を開けたが直ぐにハンズアップして何もしてないよ、とでも言いたげなアピールをしてくる。そんな訳はない。閑夜さんは少し焦ったような高い声で「ほら!みんなついたよ!頑張ってね!!」とドアのロックを解除した。タイミングが良い事に今回の目的地に到着したらしい。手前に座る虎杖は慌てて扉を開けてありがとうございました!と言うと、伏黒も来いよ、とでも言いたそうな顔を俺に向けている。





「……閑夜さん、嫌なものは嫌だって断ってください」
「う、うん……ありがとう」
「気をつけて戻って下さいね、ありがとうございました」





ゆっくりと頭を下げてから俺も虎杖に続いて車の外に出た。釘崎も後に付いてきて、最後に五条先生が降りてくる。窓越しに閑夜さんに手を振って彼女が発進するまで見守る彼を思わずじっと見上げたが、それに気付いた先生もまた読めない表情で俺を数秒見下ろし「……恵ってさぁ、」と呟いた。少し緊張しながら次の言葉を待ったが、彼は途中で言うのをやめて絵に描いたような軽薄な笑みに表情をころり、と変化させると、なんでもない!と言い放つ。張り切って行こうかなんて向けられた背中を何とも言えない気持ちでただ見つめる。……五条先生は、俺に何を言おうとしたのだろうか。なんて、考え込みそうな俺に、アンタ意外とそういうとこあるのね、と呆れた顔の釘崎と、俺ちょっと感動した、だとか謎の尊敬の視線を向けてくる虎杖が両側から肩を叩いてきた。……何がだよ、と少し自分でも曲がった返事をした自覚があるが、それに対して二人は妙に楽しそうな顔で笑うだけだった。







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