!もしも五条が高専時代に素直になってお付き合い出来ていたらif!













荒々しくドアを閉めて適当な椅子を引いてそのまま腰掛ける。先に教室にいた硝子が一瞬目を丸くしたけれど、直ぐにニヤニヤと目を細めながら「喧嘩?」と聞いてきた。思わず舌打ちするした俺に図星じゃんと喉を鳴らす姿を目に入れないようにしながら机の上に堂々と足を投げ出した。わかってる、これが幼稚な嫉妬でしかないことは。分かってる、アイツらの間に何もないってことぐらい。……わかってる、捺が、俺の彼女だってことぐらい、ちゃんと。




少し前から付き合いだした。多分、まだ1ヶ月も経ってない。……いや、嘘。忘れる筈が無い。今日で付き合って2週間と3日。絶対ダメだと思ってたのに何の因果か成功した俺の一世一代の告白は、二人には物凄く囃されたものだった。告白の時のセリフとかシチュエーションは3日ぐらい考えた挙句、結局当日全部真っ白になってありきたりな事しか言えなかった。それでも捺は頬を赤く染めて「お願いします」と小さな声でそれを承諾した。嬉しいどころか実感も湧かなくて暫く呆然としていたけれど、次の日から照れたようにおはよう、と挨拶してくるようになった彼女を見て、あぁ、マジで付き合ったんだな、と理解したものだ。





「当ててやろっか、……傑だろ?」
「……」
「アイツ基本誰にでもああだって、一々妬いてどうすんの?」





硝子の言葉には最早ぐうの音も出ない。その通りだった。傑と捺が一緒に任務に出ることは前からそれなりにあった。捺も多分俺よりも傑といる時間の方が今まで多かったし、寧ろ傑の前で見せる何処か抜けた顔の方が本来の彼女のような気がしてならない。これはあくまで俺の偏見と思い込みだけの考えだし何の根拠もないが、少なくとも俺には……俺と話す時よりアイツと話している時の方が100倍落ち着いて見えていた。それに気付いたのは付き合って数日経たないうちの事だった気がする。俺の前では固い顔をしている事が多い捺は、傑との任務の帰りには驚くほど自然な笑みを浮かべていた。それは見ていて綺麗で飽きないし、正直、普通に可愛かった。だからこそ、気に入らなかった。今までの行いが誉められたものじゃ無いことは俺だって自覚している。でも、それでも、やっぱり穏やかではいられなかった。捺が傑と居るのを見るたびに腸が煮え繰り返るような気がしてならなかったし、貧乏揺すりが永遠に続けられる気がした。それでも、何とかやってきたつもりだった。少しは優しく出来ないかと考えた時期もあった。その結果が、これかよ。





「で?結局何したの」
「……傑が廊下で捺のこと抱きしめてたの見た」
「それで?」
「壁足で蹴って何やってんだって、」
「はぁ」
「……怒鳴って、捺に傑がいいならサッサとそうしろって、言った」





最悪だな、とぼやいた硝子は深くため息をついた。それでいいのかよ、と言わんばかりの目に背を向けるように体勢を変えて責任から逃れた。この行為がどれだけダサいか自覚はあるが、もうどうしようもなかった。付き合ってからは声を挙げるのも捺を悲しませるのもやめるって誓ったのにこの有様だ。乾いた笑みが溢れる。もう幻滅どころの話じゃねぇだろ、コレ……なんて、自嘲していたその時だった。ガタン!と大きな音を立てて教室のドアが開いた。そこに立っていた少し息を上げている傑は俺を視界に入れると「悟!」と駆け寄ってくる。本当は睨むなり何なりしてやりたかったが、何だか少し様子が可笑しい。机に手を置いて俺を真っ直ぐに見つめた彼は焦りに満ちた声で言った。






「捺が、倒れて、」
「…………は?」
「今は部屋に……って、」






全て聞き終わるより先に体が動いていた。傑を思い切り押し除けるように飛び出した廊下を走り抜けて、彼女の部屋の扉をノックするより早くこじ開ける。捺!!と叫んだ声がワンルームの小さな部屋の中に響いた。びく、とあからさまに肩を揺らしたベッドに腰掛けている彼女は物凄く驚いた顔で俺を見ている。いつもなら入るのに渋る足はズカズカと容赦なく彼女に近づいていき、そのまま俺は捺の両肩を掴んだ。目線を合わせるように体を屈めて顔色を確認する。少し薄暗い部屋では分かり辛いが、いつもより顔が赤く見えた。貧血だとかそういうのより熱の症状に近いのか?どちらにせよ少しは横になっていた方がいいだろう。





「お前ぶっ倒れたんだろ!?なら寝とけ……ッそれか、こっちの方が体楽なのか?それなら……」
「ぶ、ぶっ倒れ……?」
「は?いや、お前倒れたって傑、に…………」





そこまで言って、はた、と気付く。もう一度捺の顔を見たが彼女に浮かぶのは怠さや苦しさというよりは困惑に近い表情だ。体調が悪いというよりは今の状況に戸惑っているようや、そんな雰囲気に近しいものを感じる。まさか、と思って改めて「……お前、倒れたんじゃねぇの?」と尋ねると彼女は必死に首をぶんぶんと横に振って見せた。あ、の野郎……!とじわじわと苛立ちが込み上げる。相手はあの傑だ、もっと疑ってかかるべきだった。盛大な舌打ちを零した俺を見ていた捺が俺の名前を呼んだ。じっ、と見上げてくるその目が薄い膜で覆われたみたいに潤んで見えて、妙に罰が悪い。ゆっくりと肩から腕を離してそのまま踵を返そうとした。今話したところでどうせもっとコイツを、






「ま、って!!!」






ぐ、っと手首が掴まれた。ほぼ反射的に振り返った俺と彼女の視線が交差する。は、っと捺が息を飲んだのが分かった。する、と手首から自身の掌を離し、袖口をほんの少し触れるように、摘むように持ち替えたその動作は酷くいじらしく思えてドクリ、と心臓が動いた。こんな時でも彼女の可愛さを感じるなんてホントどうにかしてるだろ、俺。そんなこと知らない捺は今にも泣きそうに歪んだ顔で……ごめんなさい、と呟いた。それを言うのは、俺の方なのに。





「ごめん、なさい、私、五条くんを傷つけて……」
「……」
「言い訳になっちゃうけど……ほんとはもっと五条くんと、仲良くしたくて、それで夏油くんに相談して……」





ふらり、と彼女は立ち上がる。立ち上がっても尚、俺と比べると随分低い位置にある頭がこちらを見上げて「こうすればいいって、教えてもらって」そう言いながら服から手を離した捺は俺の胴体に腕を回して抱きついてきた。まるで"ぎゅ"と音が聞こえるような抱擁に思考が停止する。俺がさっき見たような傑への遠慮がちな物ではない。確かに俺を抱きしめようと精いっぱい小さな体が縋り付いて、離れない。途端にバクバクと跳ね上がる心拍数と自分に燻る熱が飽和して頭がクラクラする。彼女の柔らかな髪が摺り寄せられて、ふわり、と香る甘い香りに脳の回路が一つずつショートしていくのを感じた。抱き返さないと、そんな思いがふと過ったが、動かそうとしてもあまりの衝撃に震えそうになる自身の腕が酷く格好悪い。でも、こんなの、耐えれるわけがない。……あまりにぎこちない物だった。そっと、壊れないように、壊さないように捺の背に腕を回した。抱きしめている感覚すら分からないくらいに緊張した。小さくて、俺が本気を出せば背骨なんて砕けるんじゃないかってくらい、儚い物な気がしてならなかった。ど、ど、ど、と規則的に聞こえる自分の拍動は短距離走でもしたのかってくらい早鐘を打っていて恥ずかしくて仕方ない。このままじゃ捺に聞こえるかもしれない。……でも、離したくない。離れたくない。不思議な感覚だった。こんなとこ見せたくないのに、それ以上にこの時間が終わる方が嫌な気がした。





「……悪かった」
「五条くん……?」
「だから、その……怒鳴って、悪かった」
「それは私が、」





自ら罪を被ろうとする捺を否定した。あれは俺が勝手に妬いて勝手にキレただけだし、例え落ち度があったとしてもあそこまでする必要無かった。これ以上彼女が何かを言う前に少しだけ抱きしめる力を強くして俺の胸元にピッタリと捺を押し付けた。空気が間に入るのも惜しいくらいに肌を触れさせて彼女を捕まえる。……やっぱ傑は後で一発殴ろう。練習だかなんだか知らねぇけどコイツを抱き締めるのは許せねぇ。それを許す捺も捺だが「今度からこういうの、俺だけにしろよ」と伝えればそれはもう首が取れそうなくらい頷いていたから、もういい。それよりもこの時間を堪能することの方が俺にとっては重要だ。


柔らかくて、収まりも良くて、抱き心地が良い。何の文句も付け所がない彼女とのハグ。一生このままでもやっていけるような気がするのは流石に言い過ぎだろうか。小さく漏らす声も何もかもが可愛くて俺が支配されていくのが分かる。他人にこんな風にハンドルを握られるなんてあり得ないと思っていたのに、捺になら悪くないと思ってしまうのは重症なのだろうか。……いや、その代わりに彼女のハンドルを握れているんだ、これ以上幸せなことは、多分、ない。





「捺、」
「……ん?」
「いい?」





俺の声に顔を上げた彼女のまつ毛が震えて、数秒してからこくりと小さく首を縦に振ったのを合図に俺は首を下げて捺に口付けた。少しお互いの鼻が触れる、不恰好な物だった。一旦顔を離してからもう一度抱き締め直して唇を重ねる。心なしか背伸びをして不安定に揺れる彼女の体をしっかりと支えながら、まだ慣れないその行為に高揚する。どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。もしかしたら一瞬だったのかもしれないが、それ程までに長い時間そうしていたような気がした。どちらからという訳でもなく終えたキスと、とろん、と少し蕩けた捺の顔にどうしようもない男ならではの感覚に襲われたが、気合いでそれを押さえつけるように彼女にまた腕を回した。腰に鈍く感じる熱と重さは確かに主張しているが、まだ早過ぎるだろ、流石に。と自制する。男ってマジで馬鹿だな、とぼんやり考えながらも俺たちは、晩御飯の時間になるまで静かにこの触れ合いを続けていた。どれだけそうしても惜しいと思いながら、2人だけの空間でただ、ひたすらに、そうしていた。







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