「抱きたい」
「は?」





私のベッドを占領している悟が急に呟いた言葉に耳を疑った。突然何を言い出したんだ、と露骨な視線を向けた私に悟も自分の発言に含まれる語弊の可能性に気付いたのか、猛犬みたいにてめェじゃねぇよ!と吠えてきた。そりゃそうだ。そうなら流石に私だって色々と今後の付き合いを考えていく必要がある。そんな面倒毎は避けたいものだ。……捺の話?と一応確認すればそれ以外誰がいるんだよ、とでも言いたそうな目を向けてきた。私だってそんな顔されなくても分かってるよ、と言ってやりたかったけど寸前で飲み込んでおく。これを言ったところで変にキレられるだけだ。






「でも珍しいね」
「何が」
「普段はもっと好きだの無理だの"可愛い"こと言ってるのに」
「お前な……」






不満げに私の方を見てくる悟はこれでも自覚はあるらしい。睨むような目をしていたが、反論まではしてこなかった。にしても……たった二人の異性の同級生のうち1人にそんな想いを抱えるのはどうかと思う。知ってるこっちからしたら妙に気まずいったらありゃしない。好きだなんだは良いとしてもそこまで直接的な感情を吐露されても私の方が変に意識してしまう気がした。まぁ、私も悟も所謂お年頃ってヤツなんだろうけど、親友の性事情を聞かされても反応に困るだろう。





「発情期?」
「男子高校セーなんて年中発情期みたいなもんだろ」
「お前と一緒にしないで欲しいけど……別に悟なら幾らでも捕まるだろ?」
「は?」





捺に変に手を出すくらいなら、と一応提案してみたが悟はそれが相当気に食わなかったらしい。他の女とか興味ねぇし、と、つっけんどんな態度で私を言葉を跳ね除けた。分かってはいたけれど彼の惚れこみようは相当だ。私も別に悟が捺に無理をするような人間ではないと知っていたから半ば揶揄いのつもりだったけれど……中々通じなかったみたいだ。どうしたものかな、と思いつつ大きな体を投げ出してヤりてぇ……と嘆く姿は割と滑稽だ。人の部屋でそんなことを考えながらベッドに転がるのはどうなんだ、と指摘したけれど一切やめるつもりはないらしい。自分の携帯電話のアルバムを眺めながら「あー……」と声を漏らしているのは最早不気味だ。一体何を見ているんだ、とチラリと覗いてみたけれど、想像通りというかなんというかただ普通に硝子と話している捺の写真が映し出されている。てっきりもっとどうしようもない写真かと思った、と素直に呟くと、なんだよそれ、とジト目で見られてしまった。ごめんごめん、と適当に謝ると隠すつもりのない舌打ちをされて喉を鳴らして笑った。やっぱり今日はずいぶん御機嫌斜めらしい。





「悟は捺の写真何枚くらい持ってるんだい?」
「急になんだよ」
「いや、ただの興味だけど。やっぱり結構あるのかと思って」
「……これだけ」
「え?」
「だから……ッこれしか持ってないって言ってんだろ!」





ほぼキレながら言われた言葉だったが、そこに恐怖は感じない。寧ろあまりの衝撃に内容自体に"恐怖"を感じる。これだけ一緒にいてあの一枚だけ……?好きな子の写真をこっそり行事ごとの販売で買い集める文化があるように今は携帯電話がそれに代わる代物の筈だ。なのに何の変哲もないアレだけなんて……悟のことだからそれで適当に夜を過ごしているのかと思ったけれど、罰悪そうに目を逸らすのを見る限りどうやら本当にそうではないらしい。なんだか同情的な気持ちになって来て「私のを分けてあげようか?」と言ってみたけれど、いらねーし、と刺々しい態度でそっぽを向いている。まあまぁ、と言いながら自分のアルバムを探ると意外とそれなりの枚数の写真が入っていることに気づいた。硝子と捺の写真もある程度あるし、貸し一つだぞ、と彼の携帯にメールで添付して送りつけてやった。ピロン、と乾いた電子音が響いても尚暫く無視を続けていた悟だが、私が何通も送ったことで段々イライラして来たのか、分かったっての!と渋々写真の確認を始めた。





「……な!?」
「感想は?」
「……ッんだ、この笑顔……!?」
「あぁ……それは前の任務でアイス食べた時のかな」





可愛いよね、と特に意味もなく答えた私に悟は急に掴みかかり「お前なんでこの写真隠してたんだよ!?」と先ほどまでとは打って変わって激しく掌を返した。要らないって言ってたのは誰だよ……とぼやいた声までは聞く気はないらしく直ぐに次の写真を見た悟は更に悶え苦しみながら次々に凄い剣幕で写真の出所について聞いて来た。徐々にこれは間違いだったかもしれない、と思い始めて来た私を気にすることなくベッドの上で暴れる悟を遠い目で見つめた。こんなに好きな癖に写真を撮る度胸も無いのはどうなってるんだコイツ……と案外度胸が無い友人を眺めていたが、ピタリ、と急に悟の動きが止まる。明らかな嫌な予感がして触れたくも無いのだが一応「……悟?」と呼びかけた。






「……おい傑、お前これどういうことだよ」
「それは……確かに過激だね」






目の前に出された画面には、少しはだけた浴衣姿で眠る捺とその端に細い指で出来たピースマークが映し出されている。そして画面越しに見る携帯を持つ悟の顔は明らかに「説明次第でぶん殴るぞ」とでも言いたげだ。それは流石に避けたかったので特に包み隠さず、硝子が捺と泊まり込みの任務に行った時に送りつけて来たものだ、と答えたが悟は未だ納得していない様子だ。自分が意図して撮ったものではないと潔白の証明になるメールを急いで探したがどうも受信ボックスに残されている気配がない。それなりに前の話だ、とっくに消してしまったのだろうか?そうなれば硝子に証言してもらう必要があるけど頼むのもまた恥だというか……と、私が考えている間に悟はゆっくりと首を横に振る。





「……傑、俺はそんな事が聞きたいんじゃねぇんだよ」
「え?でも……じゃあ何の事を、」
「お前がこれで抜いたかどうか、に決まってんだろ!?」
「……いや決まってないと思うけど」





とんでもない事を言い出した友人に一周回って冷静に突っ込んでしまったが悟は真剣らしい。青い目で真っ直ぐ見つめてくるのに困惑しつつ否定だけはしっかりと誤解無いようにしておいた。悟はそうか、と何故か神妙に頷いてから「今日から俺はこれで抜く」と堂々と宣言した。いや、だからそれを私に言われても……他の誰に言ってもどうかと思うけど……と微妙な思いを抱えたが、悟本人は満足そうだ。目蓋を細めて黒か……と呟いたり、画面をくるくる回しながら色々な角度で見ているのはどう見ても「変態」だった。あァ?と無駄に柄悪く絡んできた悟に気持ち悪いぞ、とストレートに告げると仕方ねぇだろ!と逆に吠えてくる。……あぁ、捺。私の親友がこれ以上酷くなる前に想いに気付いてやってはくれないか。祈るような気持ちで見ていたが、捺の胸どんくらいだと思う?だとかデリカシーゼロの質問をこうして私に投げ掛けている時点で進展は見込める気がしない。そんなに飢えてるなら本人に早く言えよ、と突いた私にこれまた堂々と「言えるわけねぇだろ!!!」と声を上げたこの男は本当に捺のことになると面倒この上無かった。この後の訓練で悟がいつにも増して捺にぎこちなかった理由を知っているのは自分だけだ、という、嬉しくもない特別を得た私は、今日もまた呆れた顔で硝子と並びながらもどかしい2人を眺めることになった。









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