グツグツと煮立ち始めている鍋をぼんやりと眺め、視線だけを持ち上げながらテーブルを挟んだ前に座る夏油を見た。彼もまた特にやる事がないので似たような表情で水の中に浮かぶ白菜の芯、大根、にんじん、白滝を見つめている。未だ質素な具材だけが風呂に入っている状態では本当に面白い事もなければ、火に態々気をつけるような必要もないので、端的に言えば、私たちは物凄く暇を持て余していた。






「……遅いね、あの二人」
「……"めちゃくちゃ"遅いけど」






強調して言った私に夏油は眉を下げて、そうだね、と軽く同意した。そう、私達は何もただ此処に座って鍋が出来上がるのを待っているわけではない。肉や魚介といった所謂メインディッシュの買い出しを担当しているややこしい二人組を待っているのだ。分かれてから二人には会っていないが、いったい何処にまで買い出しに行ったのか、謎は深まるばかりだ。




そもそも大晦日の今日、突然「鍋食いてぇ」と言い出したのは五条だ。去年はそれぞれの実家に帰ったけれど今年は特に理由も無く高専に残ろうと四人で話し合い、なんなら宅配でも取るつもりでいたのに今朝になって彼はワガママを言い始めた。最初は無視していた私達だったが、あまりに煩く付き纏われ最終的には根負けして共有スペースから鍋と炬燵を引っ張り出してきた、という訳だ。部屋提供ジャンケンに負けた私が渋々炬燵を運び込むのを許可し、男二人に運ばせて準備が出来た訳だけど、急な決定だったので肝心の食材がない。結局二手に分かれてそれぞれで野菜と肉類を分けて買いに行く事にし、私達の優しさを込めて五条と捺を同じチームにしてやった。嬉しい癖に明らかな不機嫌顔を向けてきたアイツにニヤニヤと手を振って近所の八百屋とスーパーに足を進めたのが約二時間前のこと。……流石に、いくらなんでも遅すぎると思うけど。






「私達を置いて二人でデートしていたりね」
「……分かってて言ってる?」
「勿論、そんな事ないだろうけど」






バッサリと否定した夏油は貼り付けたような笑みを浮かべている。冗談でも言ってないと確かにやってられない気はした。時刻は十八時を回っていて私達も流石にお腹が空いてきたけれど、野菜だけの鍋を突く気にはなれない。どちらからという訳でもなく、私たちは息を吐き出した。




「……来年はあの二人、どうにかなると思う?」
「うーん……悟次第かな」
「じゃあ無理じゃん」




なんとなく時間潰しに問いかけたが、彼の返事はシンプルなもので肩を落とした。実際アイツが素直に捺に向き合いでもしたら少しは変わるんだろうけど、出ていく前の様子を見ていても難しいことは明白だ。これでも一年の時よりは柔らかくはなったと思うが
、それを捺本人が知覚していないと意味が無い。ま、去年なら「こいつと買い出しかよ」だとか言い兼ねないし、無言で私達を睨むだけなのは随分な成長と言ってもいいかもしれない。……いや、そんな事はないか。


捺も本当に変なのに好かれたなぁ、と穏やかな友人の姿を思い浮かべる。あまり自分に自信がなくて、それでも一生懸命な彼女。私達の中でも多分一番真面目で、正直、五条なんかと隣に並ぶようなタイプではない。とは言え、アイツにボロクソ言われていても臆し過ぎず、落ち込み過ぎもしない案外据わった所とか、どれだけ文句を言われて弱いと罵られてもそれを吸収しようと考えるとこは、寧ろああいうタイプと上手くやっていく秘訣なのかもしれない。五条も多分、なんやかんや食い付いてくる捺のことを気に入っていたんだと思う。





「そういえば」
「ん?」
「五条っていつから捺の事好きなの?」
「あぁ……ほら、去年のこの時期のさ、」





そこまで言った傑にあぁ、と首を縦に振る。去年の今の時期といえば思い当たる出来事は一つしかない。私達四人全員で請け負った、任務中に、二級から一級に"成った"呪霊との……大袈裟に言わなくても死闘に近かったアレの事だろう。まだまだ未熟だった私達四人全員で怪我をして、ボロ雑巾みたいになりながらもなんとか祓ったことが今では少し懐かしく感じる。この一件以降当時の私たちは少し成長出来たと思うけれど、これがきっかけねぇ。ふぅん、と呟いた私に夏油は興味なさそうだなと笑った。別にそういう訳じゃないけど理由としてはちょっと弱いなと思っただけ、と素直に感想を口にすれば夏油はもっと楽しそうに口角を持ち上げて「かもね」とだけ呟いてその場に立ち上がり、私の向かいから隣へと席を移動した。

大方、あの二人を隣にした方が面白いだろう、とか、そんな考えは目に見えているので態々聞かなかったが、きっかけについて何か知ってそうなのは少し気になる。男同士の絆って訳?つまんないなぁと唇を尖らせた私の空のカップへとすかさず飲み物を注ぐ姿は気の回し方が上手いというべきか、厚かましいというべきか、なんて考えていると、ガタガタ、という物音と共に突然開いた扉の奥から冷気が入り込んでくる。思わず隣に彼と一緒に炬燵の布団をまくり上げて目を向ければ少し弾んだ息を溢す捺と首を縮めて機嫌悪そうに眉を顰める五条が立っていた。





「外寒過ぎんだろマジで……」
「ごめん!遅くなっちゃった……!」





文句と謝罪が同時に飛んでくる凸凹コンビに早速らしさを感じつつ、取り敢えず早くドアを閉めろと指差すと五条は乱暴にドアを蹴り、足で閉めやがった。アイツまじでやりたい放題だなと呆れる私と同じ光景を見つつもおかえり、と柔らかく声を掛けられる傑は細かい事以外への切り替えが早くて感心する。大きな袋を悟から、小さい袋を捺から受け取った夏油は二人が買ってきた食材を机の上に並べ始めたが、ふ、と肉のパックを手に取るとその動きを止めてマジマジと見つめる。何があったんだろうかと覗き込んだ私は彼の視線の先に書かれたバーコード上の値段に言葉を失った。続いておそらく原因であろう男に目を向けたが当の本人はせっせとマフラーを外していて、そのストッパーであった筈の彼女はすぐに私達の視線に気付くと「ごめん……五条くんがいつもこれだって言ってて……」と申し訳なさそうな顔で伝えに来る。そうだった、私達はこの男の財力を甘く見ていたんだった。ラベルを見る限り購入先は駅の近くの百貨店らしく、だからこんなに時間が掛かっていたのかと察することができた。割り勘するにしても高過ぎる高級肉に目眩を感じつつ取り敢えず魚と勿体無いくらいの肉達を鍋へと放り込んだ。私も夏油もきっと同じ思考だ。"食べてから考えよう
"それに尽きる。一瞬目に入った魚のパックの値段も若干割高な気がしたけれどもういい。とにかく私達はお腹が空いたんだ。



「お前ら何そんながっついてんの?」
「煩い、お前も食え」
「はぁ?」



意味わかんねーと言いつつ捺と共に座った五条は数分前の私たちのように鍋をじっと見つめている。全員の分を順番によそいながら世間話のように「遅かったな、混んでたのか?」と振ると顔を上げた五条はそうそう、と嫌そうな顔をしながら買うのも大変だったけど駅前のカウントダウンイベントがクソだった、と吐き捨てる。まあ大晦日だしね、と呟く私にグッと眉を寄せて「しかも!こいつ急に居なくなるし!」と勢いよく親指で捺を指差した。それにびくりと肩を揺らしてから途端に居辛そうに小さくなる彼女に同情した。また何かに巻き込まれたのねアンタ……




「ひ、ひとが多くてその……埋もれちゃって」
「馬鹿すぎんだろマジで……俺がどれッ、だけ!!探したと思ってんの?」
「悟が探したの?」
「そりゃそうだろ、他に誰がいんだよ」
「……で、見つかった?」
「一応な。でも次はぐれられたら面倒だから手を……ッ!?」




そこでハッ、としたように私たちを見た彼は嵌められたと言わんばかりの表情を浮かべる。私達は揃ってへぇ〜?と感心したようにニヤつき、なんだ、案外ちゃんとやってんじゃん。と喉を鳴らす。違ッ……!!と必死に否定しようとする彼を五条くん……?と捺が不安そうに見上げる。五条はすぐに思い切り彼女から視線を外したが、夏油がすかさず捺に出来上がった具材が入った皿を渡して意識を逸らしたのでナイスフォロー、と心の中で褒めておいた。あ、ありがとう、と彼女がゆっくりと受け取り箸を手に取るのに、やっと五条が顔の向きを戻して私を睨んで来たけど赤くなった両耳が見え見えで全然怖くない。硝子もそのくらいにしときなよ、と言いつつも面白そうなのが隠せていない夏油にアンタもね、と笑い返しながら美味しそうに仕上がった高級肉を頬張った。うん、中々悪くない。







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