んー、そうだな







「俺さ、結構ずるいヤツなのかもって思うんだよね」





晴れやかな夏の青空の下。隣に座っていた彼がポツリ、と呟いた。タオルで首に流れた汗を拭っていた私はその言葉に顔を上げて虎杖くんを見つめる。肌を焦すような熱から逃げるように木陰に避難した私の耳には未だに特訓を続けている真希さん達の声ばかりが届いていたのに、彼の吐き出したソレだけは妙にクリアに聞こえた。内容とは裏腹に虎杖くんの表情は静かでいまいち何を考えているのかは分からない。基本的に彼は分かりやすいぐらいに顔や仕草に感情が溢れる人なのに、今この瞬間だけは全く読み切れなかった。私達の間に流れた数秒の沈黙を埋めるように高専を囲む木々の奥からは層の厚い蝉の声が響く。環境音としてそれを受け入れながら、私はゆっくりと口を開いた。





「……虎杖くんがずるいヤツなら世界中のみんながずるいヤツだと思うけど」
「それは言い過ぎ」





クツクツと喉の奥を揺らすような含み笑いを零した彼は、ふ、と柔らかく目を細める。首を軽く俯かせながら優しい瞳で此方を見据える虎杖くんになんだか私の方が落ち着かない。今にも夏の陰と葉の隙間から輝き散った細かな光の中に彼が溶けてしまいそうだ、とそんな事を思った。私の様子を知ってか知らずか、虎杖くんは独り言を落とすように続ける。






「俺は沢山の人に囲まれて死にたいって思うけど……好きなヤツが死ぬところは見たくないな、って」





例えばお前とか。付け加えるように足された自分を指す言葉に微妙な顔をした自覚がある。多分彼もそれに気付いたのだろう。虎杖くんが私を見て曖昧に笑っていたのが何よりの証明だ。……それは、確かにずるいかもしれない。そう伝えると彼は眉を下げて「でしょ?」と笑った。皆に囲まれて送り出されたいのに、自分は誰も送り出したくないなんて、確かに言葉にすれば勝手な感情だ。でも、きっと大抵の人が同じようなことを思って生きていると思う。私だって親しい友人の死なんて出来れば経験したくはないし、出来れば死ぬ時は独りじゃない方がいい。あぁ、でもどうだろう。私ならきっと、誰かの死を目の前で見たら後悔してしまう。それを大事な人に背負わせるのはあまりに残酷な気もした。


ミーン、ミーン、と蝉が鳴く。儚い命を焚べて叫ぶ彼らはなんだか少し虎杖くんに似ている気がする。いつも全力で、それ故に境遇を忘れてしまいそうになる彼。どんな想いを抱えて私と同じ時間を過ごしているのかまるで想像出来なかった。虎杖くんは今幸せなのだろうか、彼にとって幸せとは何なのだろうか。私には、分からない。




「虎杖くんってさ、」
「うん?」
「今、しあわせ?」




だから私は、尋ねた。人の気持ちなんて察して推し量ることしかできないんだ、それならいっそ本人に聞いてみてもバチは当たらないだろう。分からないなりにそんな屁理屈を捏ね回しながら問いかけた言葉に虎杖くんは元々吊りあがった三白眼をまん丸にしてから顎に手を当てて「そう、だな」と少し思案する。私たちを頭上から照らす太陽と同じようなオレンジ色を纏った彼の横顔は眩しい。すっかり見慣れてしまったけれど、目元に描かれた紋様が彼を苦しめる呪いの一端だと思うなんだか無性に叫びたくなる。私が何を言っても変わらないから実際は何もしないけれど、にしても虎杖くんはあんまりな人生だ。それでも彼は、笑う。




「……うん、幸せかな」
「ほんと?どの辺が?」
「どの辺?……んー、そうだなぁ」




虎杖くんは両手の指を取り出すと一つ一つ指折りながら皆の名前を唱えていく。伏黒くんに始まり、野薔薇ちゃん、真希さん達、五条先生……そして、私の名前。ある程度数え切った彼の口元には笑みが浮かんでいる。先の言葉を聞かずともその顔を見るだけである程度彼の気持ちが理解できた。あぁ、彼は本当に、





「凄え人とか、馬鹿みたいに強い人とか、一緒に居て楽しい人とか……高専来て、そういう人達と出会えたのはめちゃくちゃ幸せだと思う」
「……そっか」
「……その中には閑夜も入ってるからな?」





ぱちくり、と瞬きをした。そんなことを言われるなんて思わなくて少し面食らう私に彼は「やっぱ驚いてるじゃん」と呆れ混じりに笑って眉を下げる。どこか気恥ずかしそうに、それでいて真っ直ぐに。虎杖くんは私を含め今名前を挙げた人を大切だと答えた。彼は、すごい。そんな話を本人の目の前で言える辺り虎杖くんは本当に太陽みたいな人だ。自ら発光して周りまでも照らしてしまう、そんな人。でもだからこそ、自分を覆おうとする影には中々気づけない。無償の光を提供するのに、無償の光を提供されることはない。彼は、そんな人だと思う。





「じゃあさ」
「うん?」
「私は、虎杖くんが死んでから死ぬ事にするよ」
「……俺が死んでから?」





今度は虎杖くんが驚いたように瞬きをした。ゆっくり首を縦に振った私が「それならどっちも叶えられるでしょう?」と太陽に向かって笑い掛ければ彼は数秒黙り込んでから「……天才?」と雷に撃たれたような衝撃を纏った顔で呟く。それとほとんど同じタイミングでグラウンドの方から真希さんの、そこサボんなよー、と間延びしつつ私達を呼ぶ声が聞こえた。反射的に立ち上がった虎杖くんが大きな声で返事したのに満足したらしい彼女はまた練習へと戻っていく。また私達の間には蝉の声だけが落ちた。




「……だから、安心して死んでいいよ」
「なんだ、ソレ」




堪えきれない、という様子で吹き出した彼は腹を抱え、声を上げながら笑い出す。今日一番の、何の濁りもない笑顔を浮かべた虎杖くんは暫くそうしてから「はぁ、」と呼吸を整えて滲んだ涙を軽く拭うと、ただシンプルに。ありがとう、と私に投げ掛けた。感謝されるようなことはしてないんだけどなぁ。

立ち上がっていた彼は私に手を差し出した。大きくて、硬くて、安心感のある掌。導かれるように私も手を重ねると彼は眩しいものでも見たようにキュッ、と目を細めてから強く握り込むと勢いよく私を引き上げる。想像以上の強い力に思わずよろめいて、虎杖くんの胸元に寄り掛かってしまうと、彼はそれをある程度予期していたように私の体を抱き止める。少し背の高い虎杖くんの視線と私の視線が緩やかに交わった。




「……ホント、ありがとう」
「……それ、どっちかっていうと今は私の台詞じゃない?」




それもそっか、と虎杖くんはやっぱり太陽みたいに笑う。私は彼を真夏の太陽みたいだと思っていたけれど、どちらかと言うと秋の太陽に近いのかもしれない。透き通るような朝日、そしてどこか脆く、静かで慰めるような日差し。焦がすような熱よりも、何かを包み込む優しさの方が彼らしい気がした。サボりって怒られる前に行くか、そういって握った手をそのままに走り出した彼の背中をぼんやりと見つめる。逞しい、広い背中だった。……なんだかこういうの、青春っぽいかも、なんてね。





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