チキンは如何?








「あのさ、憂太くん」
「ん?」
「好きだよ、私。憂太くんが」





彼の抜けた声が聞こえる間も無く響いた轟音。混乱のままに戦いに雪崩れ込み、気付けば意識が遠くなる。深い水の中に沈むような浮遊感の中、少しずつ体が重く、苦しさがのし掛かる。あぁ、私死ぬのかな。まあでも、告白出来たから悔いは無いか。瞼を下ろしながらそんなことを考えていたけれど、不意に首元が締め付けられるような感覚を覚え、はっ、と目を押し開く。

水面から降り注ぐ光を遮るように少女の影が落ちた。こんな時にさえ、私の服の首根っこを引き揚げる力に感心する自らの耳元に『ゆうたをよろしくね』と鈴を転がしたような声が聞こえた、気がした。






「っ、コホ」
「……捺さん!?」






突然肺に空気が入ったみたいに咳き込んだ。開けた視界が捉えたのは何も変わらない私の部屋の天井と泣きそうな顔で私を覗き込む憂太くんの姿。……そして、こんがりと焼けた、チキンの匂い。アンバランスに私の五感を刺激するソレに脳が揺れたのが分かった。……いや、なんで?困惑しながらもせめて、と私が彼に何か言葉を返すより先に憂太くんの姿は忽然と視界から消え、同時に三つ分の頭が飛び出してきた。口々に私の名前を呼ぶ彼らは紛うことない、私の同級生だ。





「捺!やっと目ぇ覚めたのかよ」
「良かったな、真希」
「しゃけ、」
「……チキンを持って言われても説得力ないんだけど……」





そう。三人からは明らかな油物の匂いが漂い、各々の手には実際にチキンが握られている。有名な白いおじさんがトレードマークのロゴが描かれたバケツとポテトフライが背が低い机の上に堂々と並べられているのを見るに、どうやらパーティー中だったらしい。私の部屋で。憂太くんが涙ぐむくらいに意識がなかった、私の部屋で。

もうめちゃくちゃだ、と遠い目になるのは仕方ないと思う。良かった良かったと言いながらパンダくんは床に座り直したし、棘くんはモキュモキュと頬を膨らませている。真希ちゃんは最後に一度私の額をぐりぐりと押してから二人に続いてこちらに背を向けながらチキンに齧り付いた。……一応、どうやらそれなりに心配はされていたみたいだ。なんだか複雑だけど。

三人の勢いに押しやられていた憂太くんはゆっくりと立ち上がりながら跳ねた黒髪を押さえつけると、苦笑いをしながら「ごめんね」と謝罪の言葉を口にする。この状況では一体何に対してなのか最早分からないけれど、取り敢えず大丈夫、と頷いておく。実際あれだけの怪我を負ったはずなのに不調は感じられないし、呪力もキチンと体を巡っている。ぐ、ぱ、と掌を開閉させる私の行動に憂太くんはまた少し困ったように眉を顰める。





「その、ちゃんと動く?痛くはない……?」
「うん、特に問題無さそう」
「よ、良かったぁ……」





露骨な程に溜飲を下げた彼は体の力が抜けてしまったらしい。私のベッドの足元にへなへなと腰を落として大きく息を吐き出した。なんと、この怪我は彼が治療してくれたらしい。私以外の三人にも咄嗟に反転術式を用いたそうだけど……やっぱり彼は規格外だ。少し前まで不安定だった呪力も今は落ち着いているし、まだ詳しくは聞いていないけれどきっと、リカちゃんとの折り合いも上手くいったのだろう。左手の薬指に嵌められた指輪に自然と視線を向けた私に気付いた彼は、そっとシルバーの縁をなぞり「もう大丈夫だよ」と優しく呟いた。愛おしいものに向ける柔らかなもの。それを感じ取った私は理解する。憂太くん、やっぱりそうなんだ。




「じゃあ、憂太くん」
「なに?」
「私、フラれたってこと?」




カラン、と棘くんが持っていたチキンの骨がお皿に転がった。まん丸の紫色の目が私を捕らえた、と思えば、パンダくんも真希ちゃんも似たような顔をしている。数秒の沈黙の後、仲良く揃って「えぇ!?」と響いた声は小さな私の一室をぐらり、と大きく揺らした気がする。どういうことだよ!?と憂太くんに詰め寄った真希ちゃん、頬に手を当ててクネクネと揺れるパンダくん……一気に騒ついた空間で未だ驚いている棘くんにチキンを一つ取ってくれないかと頼んで「た、高菜……」と困惑の声を漏らしながらも素直に受け渡してくれた彼に感謝を述べた。……うん。久しぶりに食べたけどやっぱりここのチキンは美味しい。




「ってお前もなんで呑気にチキン食べてんだよ!」
「だって、おなかすいたし……」
「捺さん、僕てっきり冗談とかその、友達って事かと思ってて……!まさか恋愛的な意味だなんて考えもしてなくて、その、」
「それ、やっぱ私のことそういう目で見てないって事じゃない?」
「そ、そうじゃないんだ!だって捺さんは可愛いし、綺麗だしッ……!?」




憂太も何言ってんだ!反射的に真希ちゃんに突かれた憂太くんはぐぇ、と潰れた蛙のような声を出しながら私の上に弾き出された。でも、すぐに状況に気付いたのか弾かれるように顔を上げ、私と目が合うなり彼の顔は真っ赤に染まる。ワタワタと両手を振りながら必死に弁明を続ける姿はなんだか面白い。彼の言葉をろくに聞かず「好きな人に寝起きを見られた気持ちを考えて」と揶揄い混じりに野次れば乙骨くんは自らの顔を覆い、勘弁してください……と蚊の鳴くような声で小さく体を丸めた。あぁ、ほんと、とんだクリスマスだ。








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