照れデレ






「ほんっと何なんスかアイツ!!」
「荒れてるねぇ」





ドンッ、と勢いよく置かれたグラスに木製の机が揺れた。ここが人の多い居酒屋じゃなきゃ彼女の声はもっと響いていたに違いない。ほんのり赤くなった頬は可愛らしい理由のせいでは無く、アルコールという大人が愛好する魔法の飲み物の影響だ。可愛くて優秀な後輩をここまで弾けさせてしまうのだから恐ろしい液体だと再確認する。そりゃあ未成年には飲ませられない。日本の法律はあながちきっと間違ってないんだろうな。


天井にぶら下がった照明の、少しオレンジ掛かったカラーに負けないくらいの眩い金髪。ギラリと目を引くその毛束が三ヶ月前からはもっと綺麗に整えられていたのを知っている。そして、折角築き上げた艶をこの数日で一瞬にして失ってしまった事も、私は知っていた。明ちゃんは力強く太陽に向かって伸びる向日葵みたいな女性だ。まだ若いのに事務仕事も呪術師との関係も良好な期待の新人で、目を惹く容姿とは裏腹に私情を仕事に持ち込まない優秀な後輩だった。……だった、のだ。この表現には少し語弊がある。つい先日、そんな彼女が本当に珍しく立て掛けていたスマホの画面を見て盛大に舌打ちをしたのを見た時には流石に驚いたし、彼女自身も自分の行動に半ば驚愕しているように見えた。きっと無意識だったのだろう。そしてこうやって飲みに誘って蓋を開けてみれば……彼氏に振られた、ということらしい。





「中々予定合わないから……って、いつも無理して休み合わせてたの私なんスけど!?」
「まぁ、あるよねそういうの」




大きな氷がゴロン、とグラスの中で転がって、それ越しに見える彼女の姿が揺らぐ。どうやら相当ご立腹らしい。深い溜息とともに私の婚期が……と嘆くのを見る限り、彼への愛情というよりは今後の生活を見据えての嘆きのようだ。明ちゃんなら直ぐに次が見つかるよ、と素直な私の気持ちを伝えてみたけれど今の彼女にはあまり響いてないらしい。そりゃ先輩ならそうでしょうけど!と拗ねたように唇を尖らせる仕草が子供みたいで可愛らしい、というのは今は言わない方がいいのかもしれない。私なんかよりよっぽど明ちゃんの方が愛嬌あるのにな。





「この仕事してたら本当に出会いって少ないっスよねぇ……」
「それは……そうだね。そもそも人口が少ないし」





ですよね!?と机を思い切り叩いて体を私の方へ乗り上げる彼女の弁には熱が入っていた。それと同時に"やっぱり一般人だとダメっスね!"と元彼批判に入るあたり相当怒りが込み上げているのが窺える。彼女を振ったらしい彼氏が呪術なんて知らない世界で生きる人物なのは以前聞いたことがあった。付き合った当時の明ちゃんは今みたいにビールと枝豆なんて頼まずに、可愛らしいピーチウーロンやファジーネーブルをテーブルに並べていたのが最早懐かしく感じる。彼氏があんまり飲まないんで!と花が咲いたように笑う顔を見て「貴女元々飲兵衛でしょう」とつっこみたくなったのを押さえた当時の私は相当偉いと思う。確かに考えてみれば今回の明ちゃんは自分の嗜好を捻じ曲げてまで相手に合わせていたし、それほど相手と長く続くことを祈っていたんだろう。そんな思考で動く彼女に現代的だなぁ、と思ったのを私はよく覚えている。いや、寧ろ許嫁が決められていたような時代の踏襲とも言えるかもしれないが。





「先輩……誰か知り合いにいい人居ませんか?」
「居たら私の方が先に結婚してない?」
「え、先輩って独身だったんですか!?」
「失礼な反応だなぁ」





だって綺麗だし優しいしデキる女だし……!なんて。聞いているこっちが照れ臭くなるようなことをつらつらと明ちゃんは指折りに数えていく。そんなことないよ、と本心のままに過大評価された褒め言葉を否定すれば彼女は謙遜しちゃって、と不満そうに肘を付いた。……私にとっては明ちゃんの方が綺麗で優しくてデキる女に見える。少し顔を傾かせながらちびちびとビールを啜る節目がちな目元は華やかで、可愛らしかった。





「明ちゃんはさ、」
「ハイ?」





枝豆を二粒口の中に放り込んで、気の抜けた返事をした彼女と視線が交わる。日本人らしい彼女の黒い瞳は金色の髪と合わせると人間の本能に危険信号を与える組み合わせだと聞いたことがあった。たぶん、間違ってないと思う。だって私が惹かれたのもきっと、それがきっかけだったから。






「十分可愛いよ」
「へ?」
「任務中の術師とか一般人への対応も上手。伊地知くんも安心して仕事任せられるって言ってたし、」
「え、ちょ、」
「勿論私もそう思ってる。頼れる優秀な後輩だよ」
「ど、どうしたんスか急に!?て、照れるって言うかどう反応すれば……」






ワタワタと大袈裟に手を振って慌てる彼女はやっぱり可愛い。頬に刺した紅は差し色代わりにも見えた。さっきの彼女みたいにスタイルがいい、パンツスーツが似合う、最近の化粧も好き……と幾らでも出てくる素直な私の気持ちをぶつけ続けて、その度肩を竦めて居心地悪そうにする明ちゃんはすっかり酒が抜けてしまったようだ。人が悪いっスよ、とモゴモゴ動かした唇がつるりとしていて目を奪われた。





「……そんな口説かれても何も出ないっスよ」
「いいよ、こうやって顔見て飲めるだけで嬉しいし」
「先輩、罪づくりって言われません?」
「たまにね」





ほらぁ!と講義の声を上げた彼女に喉の奥を鳴らした。揶揄わられている、と思った明ちゃんは「ショーシン中にそんな事言われるとコロッとイくんでやめてください」と私に釘を刺していたけれど、私は別にそれでも一向に構わないどころか願ったり叶ったりとすら思っているのを彼女はきっと知らない。私にしとけば?と浮かんだ笑みをそのままに告げた私にギョッと目を見開いてから、誤魔化したいのか半ばヤケに若いバイトくんへ生を頼んだ明ちゃんはやっぱりとても可愛かった。……いやほんと。冗談のつもりなんて無い。


ねぇ、明ちゃん。他の男より私のが貴女を見てる自信があるんだけど、そこの所どう思う?そうやって迫った私に明ちゃんは耳まで全てを燃えるように熱くさせ、分かんないっスよぉ、と堪らなく弱々しい調子で首ごと頭を逸らせた。カラン、ともう一度、溶けかけていた氷がグラスの中で転がる。分からないキミに分からせるための一手を講じる私の本気度合いを明ちゃんはもっとキチンと理解した方がいいと思う。それが貴女にできる唯一かつ最善の一手だろうから。





「私もファジーネーブルみたいな可愛いお酒を頼めばいい?」
「……やっぱり私で遊んでますよね!?」





ギャンっと吠えたポメラニアンみたいな彼女に歯列を揺らした。今の発言が、明ちゃんのお察しの通り揶揄いの意味を込めているということは私だけの秘密だ。




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