盗人め!









高専で彼と初めて顔を合わせた時、片田舎のヤンキーかと思った。二色に分かれた髪がガラの悪さを助長していたし、鋭い眼光が少し怖く感じた。感じていた筈だった。





「はぁ……好き…………」
「まーた始まったよ……」
「いつもの事だろ」





私の隣で呆れたように肩を落とした野薔薇とメニューに視線を外さない伏黒くん。そして、彼の横に空いた一人分のスペース……そう、もうすぐ到着する私の想い人、虎杖悠仁が座る予定の席だ。恐々していたあの髪も今では空に浮かぶ太陽みたいで愛しさを感じるし、釣り上がって見えた目が機嫌良く細められて柔らかく歪むのを知っている。類稀な身体能力も、それ故に鍛え上げられた肉体も、よく人を観察し、嫌味なく行動している所も全部が全部好きなのだ。一般的にイケメンと評価されるのは伏黒くんみたいなタイプだと理解はしているけれど、あくまで私の心を射止めたのは虎杖くんなのだ。眩しくて、キラキラしてて、それでいて何処か儚い男の子。私の恋した彼はそんな人間だった。





「虎杖、後十分で着くってよ」
「ど、どうしよう……!野薔薇、私変じゃない!?」
「いつもと変わんないわよ!伏黒もなんとか言ってやってよ……」
「……まぁ、変では無いだろ」
「信じていい?本当に信じていいんだよね!?」





なら聞くな、とほぼ同時に紡がれた二人の声は怒りでは無いけれど明らかに面倒そうな調子が乗せられている。……だって仕方ないじゃないか。確かに彼とも、勿論二人ともほとんど毎日顔を合わせてはいるけれど、気になるものは気になる。いつでも可愛くいたいし、なんなら彼の好みに少しでも近付きたい。かと言って伏黒くんから教えられた彼の好みは「身長が高くてスタイルのいい女性」で、全くもって私とは似ても似つかない。何でも外国の女優さんみたいなタイプが好きらしく、正直絶望している。私の身長は平均的だし、体重も極端に軽い訳じゃ無い。太ってはいないと信じたいけれど、虎杖くんが体脂肪率一桁の人間であることを踏まえると彼目線では所謂デブなのだろうか。彼が見た目で判断する人間では無いと信じてはいるが……考えると鬱になりそうだ。深々と溜息を吐いてファミレスの机に項垂れ、突如「今すぐに痩せたい」と嘆いた私に野薔薇は「は?」と意味が分からない、とでも言いたげな顔をしていた。





「私今のままじゃ虎杖くんのタイプに程遠く無い?病みそう……」
「アイツのタイプって"芸能人だったら誰が好き"みたいなもんでしょ」
「……多分そうだろうな。実際に付き合うとなると変わるんじゃないか」
「で、でも、本当にタイプだったら?将来虎杖くんが国際結婚も視野に入れてたら!?私に勝ち目なんて…………」
「俺がどうかした?」





声にならない声、とはきっとこういうことを言うんだと思う。思い切り肩を跳ね上げて喉を掴まれた鳥みたいな音を吐き出した私にいつの間にか隣に立っていた彼はコテンと首を傾げた。その仕草がどうにも可愛らしくて唸り声が出そうになるのを必死に飲み込む間に「遅かったな」「遅刻しすぎでしょアンタ」なんて、伏黒くん達は平然と虎杖くんの登場を受け入れる。何故こんなにも彼らが冷静なのか全く理解できない。私なんて虎杖くんの姿が目に飛び込んできた瞬間から心臓が激しく鼓動し、暴れるのが抑えられないというのに。

虎杖くんは心なしか壁側に寄った伏黒くんに軽く手を持ち上げて感謝を伝えつつ、ちょうど私の目の前に腰を落ち着ける。その一連の動作をまじまじと見つめて焼き付ける私は随分必死だ。流石に自覚はある。でも、やめられる気がしない。





「俺いない間何の話してた?」
「アンタが国際結婚するかどうか」
「何その謎の議題」





サラリと本人に告げられた会話内容に思わず野薔薇を二回くらい見たけれど、彼女は表情を変えずツンと澄ましている。変に反応するな、とでも言いたげな綺麗な横顔にあえなく口を噤んだ私を尻目に虎杖くんは「流石にそこまで考えた事ないわ」と笑いながら返事をしている。たぶん冗談だと思ったんだろうな、と、そんな意図が汲める微笑みにキュウと音を立てて胸が軋んだ。……かわいい、なんて。何にでも可愛いとラベリングして包含するような女になりたくは無いが、虎杖くんはいつでも可愛いからずるい。だから私も可愛いしか言えなくなる。本当はもっとカッコよくて強くて優しくて……私は沢山の彼を知っているのに、それを言葉にするのは存外難しかった。





「で?なんで遅れたのよ。内容によっちゃ"こう"よ」
「"こう"とか言いつつイチゴ噛み潰すのやめてくんない!?」





血肉を貪るような勢いで真っ赤な果実を舌と歯で容赦なく破壊した野薔薇は元々綺麗にリップで整えられた唇を更に染め上げ、インクを垂らしたような攻撃的なカラーに仕上げる。端から溢れた数滴がそれこそ人間の首に噛み付いた吸血鬼みたいで末恐ろしい。フン、と鼻を鳴らしつつナプキンで口角を優雅に拭った彼女がもう一度「弁明してみなさいよ」と虎杖くんにここに来るまでの経緯を話すように促すと、彼は少し目を逸らしつつ、艶のある頬を指先で軽く引っ掻いた。これは、知っている。この癖は少し決まりが悪い時や恥ずかしい時の彼がよくやる動作だ。





「ここ来るまでに前から探してたのを見つけてさ」
「……何それ?」
「ネックレス……か?」
「そう!……なぁ、これ覚えてる?」






あ、と意識するより先に零れた声に虎杖くんは眉を持ち上げて嬉しそうな顔を浮かべた。彼の大きくて厚みのある掌の上に置かれているのは太陽をモチーフにした小ぶりなネックレス。……私はコレに見覚えがあった。以前彼と二人で任務に出た時に展示ケースで見つけた眩いアクセサリーはまるで「虎杖くんみたい」だった。思わず目を奪われてマジマジと見つめてしまった私をまさか彼は、覚えていたのだろうか?でも、私はあの時彼に何を見ていたのかと聞かれても、詳しく答えなかった筈なのだ。まさか君みたいで素敵なネックレスを見つけたなんて、口が裂けても言える気がしなかったから。……それが何故、今私の目の前に?





「なんか前見てたのが忘れられなくてさ、そんなに欲しいんかなって」
「…………い、いいの?」
「うん、なんか似てたし」






似てた?と反復するように聞き返した私にまっすぐな視線を向けた虎杖くんには眼を捕らえて離さないものがあった。真摯な表情、そこに篭る仄かな暖かさ。私の名前を呼んで「似ている」と評価された、たった今この瞬間から更に特別になった贈り物。……虎杖くんはずるい。これはきっと彼にとってはなんでもない友達への善意の行動で、ただの無償の優しさで、そんな行為に心臓ごと引き摺り出されてしまった私が悪いのか、それとも彼が私にとって世紀の大泥棒だったのか、真相は定かではない。結局の所甘んじて彼の好意を受け取ってだらしなく頬を緩ませた私は、野薔薇と伏黒くんが生暖かい目を向けていたのも、虎杖くんに滲む顔が愛しいものに対する視線なのにも気付けなかった。







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