似てないの






わたしと葵くんはちっとも似てない。葵くんは大きくて、私は小さい。葵くんは頭が良くて、私は頭が良くない。葵くんは強くて、私は強くない。葵くんの好きな女の子は"タッパとケツがでかい女の子"で、私はタッパもケツも大きくない。彼と私はやっぱりどこを取っても正反対なのだ。何で彼が私なんかとずっと居てくれているのかは分からないけれど、そんな私たちを唯一繋いでいるのは"幼馴染"という関係だった。




「……あのね、葵くん」
「ん?どうした?」




くい、と背の高い彼の服を軽く引いて呼びかけた私に何か嫌なことでもあったか?と尋ねてくれる葵くんにゆっくりと首を振る。これは葵くんの癖みたいなものだ。昔から何かと虐められたり、揶揄われることが多かった私をいつも助けてくれた彼は日曜日の朝にやっているテレビに出てくるヒーローみたいだと思う。そんなヒーローの彼は常に私が何かされていないかについてアンテナを張ってくれているんだ。今ではもうそんなことはめっきり無くなったけれども、私が彼を呼びかけた時に「嫌なことが起こっていないか」と聞くのを葵くんは欠かさない。何も無いよと否定した私に一度頷いてから少し膝を折り曲げて話を聞く体勢を整えてくれる彼は凄く紳士的だ。小学生の頃、彼はどちらかと言えばガキ大将みたいだったけれど、今はその片鱗を残しつつも私と同い年だと思えないくらいに落ち着いている。これもまた、凄いなぁ、と私が手放しに彼を尊敬している部分のひとつだ。





「葵くんは、なんで私と一緒に居てくれるの?」
「…………」





パチパチ、キョトン。そんな顔で瞬きをした彼は珍しく何も言わなかった。言わない事を選んだというより、私の目には言葉が出てこなかったように映った。葵くんは何か思案するように視線を下げて、暫くしてから何か思い当たったように綺麗に指を鳴らすと「そうだな、」と呟きながら芝の上に腰を下ろす。きっと少し長い話になるんだろう、そう悟った私は彼に続くようにそっと隣に座り込む。スカートのヒダを巻き込まないように気を付けた動作に何故か葵くんは満足そうに頷いたけれど、その理由は分からなかった。きっと心配してくれていたんだと思うけど、流石に私もそこまで子供ではない……つもりだ。子供ではない!と言い切れないのは彼に頼り倒しているのは事実だからなのだけれど。




「まず……確認したいことがある。これはお前が素直に感じた疑問か?それとも……」




あいつらの影響か?と奥の方に目を向けた彼の視線を追いかけて、集まりながら何かを話し合っている彼女達の姿に今度は私が目を丸くする。葵くんは本当に何処まで分かってしまうのだろうか?少し怖くなるくらいに彼は私の事をよくよく理解していた。……そう、私がこんな事を考え始めたのは葵くんと同じ学校に通っている可愛い女の子達と話したのがきっかけだったのだ。


元々高専にはあまり寄るなと葵くんに言われていたけれど、今日は彼のお母さんに「みかんを届けて欲しい」と頼まれたので久しぶりに彼に会える、と、ウキウキしながらこの場所を訪れたのだ。以前にも何度か門の前まで来たことはあったけれど、敷地を跨いだのはこれが初めての経験になる。葵くんには事前に連絡していたけれど今日は珍しく約束の時間になっても彼が現れない。どうしよう、どうしよう、と不安が押し寄せる中で声を掛けてくれたのが金色の髪が綺麗な女の子だった。後ろには他にも青い髪の子と黒いショートカットの女の子が居て揃って皆が「何か困っているのか」と尋ねてくれた時は凄く凄く安心したものだ。


葵くんに会いに来た、としどろもどろになりながら賢明に伝えると、三人は顔を見合わせてから「葵って、東堂くんのこと?」と私に聞き返す。まさにその通りだったので何度も首を縦に振った途端、私は三人にぐるりと取り囲まれることになる。どんな関係なのか、何をしに来たのか、恋人なのか、矢継ぎ早に紡がれる質問。必死に答えてみたけれど基本的に良い顔をされることはなかった。葵くんはモテているのか、と私からも一度尋ねたけれど、あり得ない!と一刀両断されてしまった。どうやらさっきの顔はそういう訳ではないらしい。



「"なんでアンタみたいな子が東堂と居てあげてるの?"……とでも言われたか?」
「なんで分かったの!?」
「図星か」



真依あたりが言いそうだからな、と頷いた彼はやっぱりエスパーに違いない。ほとんど一字一句外さない言動は彼が普段からよく人間を観察している事を指している。やっぱり葵くんは凄い、と、ひっそり感心する私に葵くんはコホン、と一つ区切りを作るように咳払いをする。それから瞼を押し開いて「お前はなんて答えたんだ」と聞いた。




「……幼馴染、だから?」
「疑問系なのか」
「だ、だって、なんで居てくれるのかわからなくて……」




わたしと葵くんは似てないから、と続けた私に彼はまっすぐな視線を向ける。それから、ふ、と唇の端に笑みを浮かべると「半分正解、ってとこだな」と呟いた。半分?と首を傾けた私に、そうだ、と頷いた彼は勢い良く自分の目の前に指を立てて、大きく、大きく、息を吸い込んだ。




「一つ!確かに幼馴染という特別な絆の影響は少なからずある!」
「う、うん」
「二つ!かと言ってそれだけじゃない。何かとお前は放って置けないからな」
「なる、ほど」
「三つ!……そういう綺麗事全部置いておいて、俺がお前と居たいからでは理由には足りないか?」





へぁ、と、思わず抜けた声が零れた。そんな私を気にせず腕を組みながら返事を待つ彼は相変わらず堂々とした様子で座っても変わらない身長差の上から此方を見下ろしている。葵くんが、私と居たい?考えが追いつかなくてぐるぐると脳みそが回転している気がした。言葉が纏まらなくて黙り込む私を彼は静かに見つめる。まるで何かを待つように、じっと。





「わ、わたし、も……」
「…………」
「葵くんがすき、だから、嬉しい……」





絞り出すような声だったと思う。でも、少し語尾が震えて情けない色を携えたそれを葵くんは聞き逃さなかった。彼なら受け取ってくれるという信頼があった。葵くんの釣り上がった瞳がいつもより大きくなって驚愕が浮かぶ。ほんのちょっとだけ居心地の悪い沈黙が降りて、膝を擦り合わせた私に東堂くんはポツリと独り言みたいに、まさか、いやそんな、とぼやいた。見上げた彼の頬がほんの少しだけ赤く染まって見えたのは気のせいだろうか。





「……お前がその言葉をどんな意味で使ったのかは分からない、が、」
「……え?」
「俺も、お前の事が好きだ……かなり昔から」





私が伝えたのと同じ言葉の筈だった。その筈なのに、何故かそこにある響きは私のものと少し違う気がする。彼は目敏く私の反応を悟ると私の頭を大きな手で優しく、優しく撫でた。痛みなんて感じない丁寧な手付きに思わず目を細めると「……やっぱりお前は中々骨が折れる」と葵くんは眉を下げて少し呆れたような、仕方なさそうな表情を浮かべて笑った。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -