飲み仲間








「韓国人って酒呑みが多いってホント?」
「……突然どうした?」




程良い騒めきの中、ガラステーブルの上にグラスを置いた彼女が言葉通り"突然"俺に問いかけた。いや、と前置きしてから「ただの興味」と答えた彼女の視線は厨房へと向けられている。……大方この顔は腹が減ったとか、料理はまだか、と言いたい時の表情だろうな。そう悟ることが出来るくらいには俺達はそれなりに旧知の仲だった。いや、旧知と呼ぶには大袈裟かもしれないが、不安定なこの業界でまだ残っていると言う時点でそれなりに長いことには変わりない。




「まぁ……そうだな。一人当たりの飲酒量は世界一だと聞いたことがあるよ」
「え、そんなに?」




知らなかった、と目を丸くする姿は大人なアソビを少しも知らないあどけない子供のようにも見える。日本人は若く見られる、というのは世界の通説だが、彼女といるとそれをよく痛感した。どこか抜けのあるこの態度は世界的に見ても珍しい部類だ。韓国も大概同じような評価を受けることが多いが、世界的にクライアントをもっている立場からするとやはり日本人の幼さが際だつ。……尤も、彼女が少しも「無垢な少女」ではないことは一番俺が知っているのだが。


思い切り跳ね上げたアイラインに濃くてくっきりとした眉。普段の仕事姿とは180度違ったメイクは彼女の本質を表しているのだろう。この業界で生き抜く上で大事なのは"舐められないこと"だと語る女性も多くいるが、彼女は違った。クライアントの前では"あくまで"柔らかく清楚な雰囲気を作り穏やかに立ち回るのが彼女の生き方で、別に舐められたって構わない。仕事さえこなして金が回ってくるのであれば分かり易い「カワイイ」だって演じる。それが今俺の前に座る彼女の生き方なのだ。……俺は別にどっちの姿も悪くないと思っている。彼女にはさっきみたいに雰囲気自体はキツくとも言動には抜けを残す部分もあるので、俺はそういうところも魅力の一つだと捉えていた。深い意味は無い、あくまで俺個人にとっての評価の話だ。




「時雨も飲むもんねぇ」
「……これでもオマエの前じゃ随分セーブしてると思うんだが」
「嘘だぁ」
「好きな方を信じるといい」




またカッコつけてる、と赤い唇を軽く尖らせた仕草もやっぱり子供っぽい。また、というのは頂けないが、女性の前で格好を付けたがるのはきっと男としてのサガみたいなものだ。それが気に入っている女性なら尚更。可笑しな話じゃ無い。そういうことを言うと「またカッコつけてる!」と叱られかねないので言葉にはしなかったが、少なくとも彼女の言葉を否定はしなかった。ぐ、と喉に通したジョッキの味は晴れやかで日々の凝り固まった依頼主の毒がアルコールという名の違う毒で上書きされていくのを感じた。こんな仕事酒に逃げなきゃやってられないとすら思うのに、酒が基本的に飲めない彼女は一等不憫だ。……だからこそさっきから食べ物の到着を心待ちにしているようだけど、所詮は居酒屋。その辺のレストランとは違って料理が届くペースなんてタカがしれている。




「酒が飲めないと依頼者と話し合いで困らないのか?」
「困るよ。私があんなんだから無理に勧めてくる人もそんなに居ないけど、タチ悪いヤツは逆に飲ませようとしてくる」
「定番の断り方は?」
「No,Thank you!」
「……相変わらず英語にはシンプルで良い言葉があるな」
「でしょ?」




日本人相手だとこうはいかないけど。クスクスと喉の奥を揺らして笑う俺達なりの愚痴を重ねて夜は少しずつ更けていく。待ち侘びていた料理も届き始めて、幸せそうに頬張る彼女に俺の喉が焼けつつも潤うペースが加速した。普段精神をすり減らす現場に立つ事が多い分、たまの休暇くらいでは楽しくありたいものだ。きっと彼女も同じことを考えているからこそ俺のことを誘うんだろう。時計が一周する毎にまだらになる客席を見つめて、終電が近くなった頃に大抵今日の"担当"が会の終了を告げるのだ。




「……そろそろ帰るか」
「もうそんな時間?」
「あぁ、残念な事に」
「すっごく残念」



口角を持ち上げて笑う真意は読み取れない。でも、少なくとも「次は私の番ね」といつもの奢りの約束が為されると肩の荷が降りる気がする。明日があるのかすら不透明な世界と己の仕事。そんな中でお互いを奢り合う予定だけが生きる理由になりつつある、そう思っているのは俺だけじゃない筈だ。





「次会う時まで生きててよ」
「そんなヘマしないさ」
「私もミスしないように頑張るよ」





じゃあ、またいつか。ひらりと手を振ってから身を翻して月明かりの下を歩く彼女は居酒屋の橙色の光の下ではあんなにも餓鬼臭く見えたのに、今では夜の全てを知る美しい蝶のようだった。残り香を鱗粉のように無意識に置いていく姿を見る度に彼女もまた表の世界の人間ではないことを知らしめられる。思わず取り出した煙草に火を付けて肺一杯に煙を吸い込んだ。人より早く死ぬ為の草を貪りながら、せめてアイツよりは先に死なせてくれと思う俺は悪い男なのかもしれない。それと同時に次に連れて行く居酒屋では料理が速く届くところにしようと考えるあたり、きっと矛盾している。








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